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96 森の夜1 宿営地にて

 あの後、俺は夕方に日が沈むまでずっと植木(バカ)御堂(ヘンタイ)のコンビと模擬戦を行っていた。


 結果からいうと…………ボコボコにやられた。

 完膚なきまでに叩きのめされた。

 そう、あいつらにだ。


 いや、言い訳はある。あれはハンデ戦だ。

 俺がその気になれば、あたり一面凍らせるか焼け野原にして奴らをあぶり出し、問答無用で叩きのめすことは出来た。

 だがサツキ先生の、

「私が人質に取られてると思ってね? 範囲攻撃はナシ」

 の一言で範囲攻撃手段は封印。

 結局、奴らと二対一での直接対決となった。


 奴らはとにかく、いやらしい攻撃ばかり繰り返してきやがる。

 二人一緒に消えたとき嫌な予感がしたが、ここまでとは思わなかった。


 変態の能力【姿を隠す者(サイトアヴォイダー)】は、今まで変態方面の使い道しかイメージできなかったのだが、奴のタチの悪さは戦闘方面でも全く変わらない。

 姿が全然見えないのだ。おまけに音も気配も完全に消える。相手の姿が見えないということは、いつどこから攻撃が来るのか全くわからず、常に全方位警戒していなければならない。


 それに加えて、植木(モヤシ野郎)の異能。

 言ってみればモヤシ栽培するだけのショボい能力なのだが、あいつのは一度触れた「モヤシの種」なら、離れた場所からいつでも(・・・・)発動できるという特性がある。それをトラップとして使われると非常に厄介だ(ウザい)ということがわかった。


 そういうのも種の在り処さえ分かれば見え見えのテレフォン攻撃で、本来は鼻で笑ってかわしてやるところだが、その種が全く見えないのだ。御堂の能力で完全に隠されている。

 普通のトラップであれば何かしらの予兆や仕掛けなんかが多少は察知できるはずだが、綺麗さっぱり何にもない。


 奴らは二人で組むことで、不可視の攻撃の「タネ」を好きなようにばら撒き、ついでにその攻撃の場所とタイミングを「いつでもどこでも」自由自在にコントロールしながら敵の視界からは完全消滅できるというふざけた仕様の敵キャラと化す。


 サツキ先生の言った通り、奴らのコンビは「最悪」だ。変態と植木が合わさることで、異次元のタチの悪さになっているとさえ言える。


 そうして訓練開始早々、繰り出される時間差発動トラップとゼロ距離不意打ち攻撃の嵐。そんなもん初見で回避など不可能なので、当然ボコボコに打たれた。


 とはいえ、俺もやられっぱなしではなかった。

 途中から『保温』で周りの空気を熱し、全方位をガードしてふざけたモヤシ攻撃は無効化していたのだが、再びサツキ先生の

「それ、訓練にならないわね」

 の一言で封印された。


 鬼かあんたは!!!

 あの鬼畜攻撃にそれ以外の対処法なんてあるわけねえだろ!!!


 結果、俺は出所不明のゼロ距離攻撃に、漢らしく己の反射神経のみで対応するという無理ゲーを強いられることになった。


 まあ、そういうわけだ。

 そういうわけで、惨敗した。文字通りボッコボコにやられた。

 何度股間を打たれ、何度上空に吹っ飛ばされたかわからない。

 全身をくまなくモヤシに殴られ、顔の造形も軽く変わったぐらいだ。


 そういうわけで……


「……大丈夫、芹澤くん? ……ひどい怪我」


 今、俺は【傷を癒す者(ヒーラー)】の神楽さんの異能のお世話になっている。


 日没とともに訓練が終わり、宿営ポイントに全員集まって今は夕食作りの真っ最中だ。今回の合宿はサバイバル訓練も兼ねているということで、みんなは焚き火を起こしての調理をしている。

 女子達とシロのキャッキャという楽しそうな声が聞こえ、見た感じ、まんまキャンプだ。


 俺はというと、赤井と音威の次に負傷具合がひどかったということで、順番待ちで今やっと治療開始してもらったところだ。

 顔はこの方が作業がしやすいから、と膝枕にての治療タイムとなっている。彼女の手から柔らかい光が溢れ、一緒に俺を優しく包んでくれている。

 赤井が何か言いたそうな顔でこっちを見ているが、これは不可抗力だ。俺にとっての至福の癒しのひと時を邪魔しないでくれたまえよ?


「本当に、訓練だからってここまでやることないのにね……」


 ほんとそう。そうだよね。

 あのバカと鬼教官にも言ってやってください。

 俺をいたわってくれるショートカットの天使に抱かれる僥倖のひと時。

 そこだけ見れば、結果オーライ。なのだが。


「まったく……あれほど手加減してやるって言ったのに、聞かねえからだぜ?」

「…………は?」


 問題はこれだ。

 またさらに、(モヤシ野郎)を増長させる羽目になってしまった。

 治療を受ける俺を覗き込み、さらにその馬鹿はニヤリと笑った。


「まあ、安心しろよ! 明日はちゃんと手加減してやるから!」


 ピキピキピキィン。

 俺は神楽さんに顔を抱かれたまま、モヤシ野郎の脇にいるサツキ先生に直訴を申し出た。


「……サツキ先生? ちょっと今からこの馬鹿と一対一(サシ)で訓練したいんですけど、いいですか?」

「ふふ、まだそんな元気があるのね? でもその元気は明日までにとっておいた方がいいと思うわ。みんな、明日からはもっとハードになるから」

「…………え?」


 その言葉に、俺は耳を疑った。

 辺りでその言葉を聞いていた奴らも皆、静まり返った。

 この人……本気で言ってるんだろうか?

 もっとハード? 初日でこんななのに?


 俺たちの硬直をよそに、彼女は微笑んだままだ。


「それと、氷川君? ……キミ、今日の訓練で手を抜いた(・・・・・)わね? 私は全力で(・・・)やってきなさい、といったはずだけど?」


 そして、とてもにこやかに、そこにいた氷川君を問い詰めるサツキ先生。彼女が顔に浮かべているのはとても優しげな美しい笑みだ。だが、俺は今日1日で、サツキ先生のご機嫌を表情から読み取ってはいけないということを思い知った。

 背後にあるオーラで察するべきなのだ。今彼女から感じるのはドス黒い何か。ということは、間違いない。あの笑顔は――


「ああ、そうだね。でも、あまりにも赤井くんが可哀想だったからね? 実力の差も結構あったと思うし……」

「そう、氷川くん。でも私は全力で、と言ったのよ。それが君の訓練だからって」

「ええ、それが何か?」


 とてもいい笑顔でサツキ先生に返事を返す氷川くん。ハナっから教官(アナタ)に従おうなんて気はありません、だから何? という感じだ。

 そうして今、俺の目の前では絶世の美女とショタ顔の美少年がお互いに満面の笑顔で向かい合っている。


「ふふ、ちょっと向こうで二人でお話し(・・・)しましょうか?」

「……ああ、わかったよ。そういう方が分かりやすくていい」


 そうして真っ暗な森の中へと消えて行く二人。


 しばらくして、遠くから木々が倒れる音が聞こえた。それから断続的に木が倒れていく。途中で悲鳴。また木々の倒れる音。また悲鳴。それが30分ほど続き……。


 二人は森の中から帰って来た。変わらずニコニコと微笑んでいるサツキ先生と、後ろからゆっくり歩いてくる氷川くん。


 ……真っ青な顔をしている。こんな表情の彼を見るのは初めてだ。


「ふふ、じゃあ今度からちゃんと教官のいうことには従ってね? 私には君たちを鍛える責任があるから。……明日から、よろしくね?」

「…………は、はい…………」

「……あら……氷川くん? お返事の時はなんていうんだったかしら?」


 氷川くんは一瞬ビクン、と肩を震わすと、わなわなと両手を軽く握って顔の脇に持っていき……言った。


「わかった……ニャんっ☆」


 一瞬、時が止まった。


 俺たちは何が起きたのか分からず、ただ呆然としていた。

 皆が硬直する中、風戸さんと火打さんだけがガッツポーズをしていた。

 数瞬後、音無さんが小さく「……アリだな」と呟いた。


「はい、よくできました〜! うん、今のすごくよかったわよ!」

「……えへへ……そうですか?」

 

 頭を優しく撫でて褒めるサツキ先生と、まんざらでもなさそうな氷川くん。


 ……一体、この短時間に何があったというのだろうか。

 何が、彼をそこまでさせたのだろうか?

 いや、何も聞くまい。


「じゃあ、明日は早いからね〜! みんな、早く寝るのよ〜?」


 そう言ってサツキ先生は二つのマグカップを手に、一人で森の中へと消えていったのだった。


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