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91 異能警察予備隊 訓練3

 シロちゃんとの至福のひととき(スキンシップ)を早々に切り上げ、私は芹澤くんとの訓練に移ることにした。試しに少し威圧をかけてみたけど、彼は敏感にそれを感じ取っているようだった。

 いい勘してるわ。それでなければ修羅場はくぐれないものね。


 私は、お父さんに彼を見定めるよう言われている。

 もし、彼がカナメにふさわしくないような男であれば……構わず「ちょん切ってしまえ」と。……ちょん切るってなんの話かしら?

 それはさておき、私も姉として彼に興味があったのも事実。

 カナメには悪いけど、彼を見定めるのは賛成ね。だって、可愛い妹が変な男のところに行くのは嫌じゃない?

 それに、あの内気だったカナメがいきなりあんなにぞっこんになっちゃうなんて、気になるじゃない。

 お父さんも私も、職権濫用、過保護もいいところだけど……存分に楽しませてもらうわね。


「行くわよ。避けてね? 『断裂(ティアー)』」


 私は抜いた刀に気力を込め、斬撃を繰り出す。

 彼は迷わず斬撃の軌道を予測して、避けた。

 宙を裂いた斬撃は木々を薙ぎ倒して行く。


 なかなかやるわね。

 殺気を察知して、斬撃発生の前に動いている。

 そうでないと、こちらも試し甲斐がない。


「手数、増やして行くわよ」


 次第にスピードを上げて行く。

 彼はそれにも難なく対応する。

 慌てるふりをしているが、それもこちらの隙を誘うためのものだろう。

 彼は完全に、斬撃がどこからくるのか見えているのだから。


 すでに訓練用のイージーモードは突破した。

 とっくに実戦モードだ。

 それでも、彼は当たらない。


 ここまで私の斬撃が避けられたことって、今まであったかしら?

 ……じゃあ、もうちょっといいわよね?


「『断裂(ティアー)』」


 一秒の間に2撃。避けられた。

 3撃。4撃と増やして行く。

 それでも彼は避けきる。


 彼は予想よりも、素早い。それに、よく見てる。


 カナメは彼にアドバイスをもらって色々目が覚めたと言ってたけど、確かにカナメには性格的にも特質的にも、霧島流の「断つ」剣術はあっていなかったのかもしれない。


 今、目の前にいる芹澤くんは全く違うスタイルを身につけている。

 殆ど対極といってもいい。

 彼は霧島流を「剛」とすれば「柔」。それも相当にストイックな柔ね。


 決して相手の流れに逆らわず、私の剣筋のみならず、呼吸や筋肉の動き、環境まで察知しながら自分の動きを決めている。それも、思考を挟まずに無意識のレベルで処理して反応している。

 それでなければこの反応速度にはならない。


 それは相当な年月を、厳しい鍛錬に費やした成果。

 恐ろしいほどの修練の結果でしかこの動きはあり得ない。


 ちょと待って……この歳でそれができているの? こんなの、達人レベルじゃない……


 

 ◇◇◇



「あっぶねえ……!」


 何度も死ぬかと思った。

 マジで容赦ねえな、この人!!!

 ボケッとしてたら軽く10回は死んでたぞ!!!?


「ふふ、すごいのね芹澤くん。あれを全部躱すなんて」


 ああ、間違いない。

 この人は正真正銘の危険人物だ。

 美女の仮面を被った、鬼。美しい見た目に惑わされちゃいけない。

 でないと、本当に殺される。


「芹澤くん。ひとつ、教えて欲しいのだけど」

「……なんですか?」


 話し始めると、一瞬、彼女の殺気がおさまった。

 表情はさっきから変わらず、微笑んだままだ。見惚れるような笑みを浮かべたまま。

 彼女は表情を崩さないままで、殺気を自由にオンオフできるらしい。その落差がかえって恐ろしい。


「あなたが剣術を教わったっていう先生の名前を聞いてもいいかしら?」

「名前? 通ってたのはマエゾノ剣道教室で、先生(ししょう)の名前は確か……前園ケンジ、だったかな?」


 剣道教室を名乗りながら、全然、剣道じゃなかったけど。

 ゴルフクラブと鉄パイプで打ち合い稽古して、死角から果物ナイフが飛んでくるような異常な道場だったけど。……そう言えば、俺、竹刀とか握ったことがないな。


「知らない名前ね。君みたいな子を育てられるぐらいだから、有名な人かと思ったけど……後でお父さんに聞いてみようかしら」


 人差し指を頬にあて、何やら考え込んでいるサツキ先生。

 そんな姿もセクシーだ。中身はガチの鬼だけど。


「ところで……私は実戦形式と言ったつもりなのだけど? 避けるだけじゃなくて、君から攻撃してきてもいいのよ?」

「あ、はい……でも」


 相手が教官で演習中とは言っても、俺、女性を殴るのには抵抗あるんだよなぁ……。


「ふふ、遠慮してるの? じゃあ、その気にさせてあげる」


 途端に、十字の斬撃が飛んできた。

 俺はとっさに姿勢を低くしてすり抜ける。

 周りの木々がバサバサと切り倒されて行く。


「ふふ、まだまだ行くわよ」


 ……やべえ。さらに剣戟が激しくなった。

 もうすでに周りの木々は伐り倒されて丸裸だ。

 そろそろ本当にやばい。逃げるだけじゃジリ貧だ。

 相手の手数を減らすには、こっちから仕掛けるしかない。


「……じゃあ、こっちからも行きますよ!」


 俺は斬撃を躱しながらサツキ先生の近くの空気を(・・・・・・)温める。


 ボウン!!!

 瞬時に爆発。

 しかし、素早く身をひねって避けられた。


 ……マジか? 今のは実質、見切り不能のゼロ距離攻撃だぞ!?

 アレを躱せるのはゴリラぐらいだと思ってたが……。


「やるわね」


 だが、初撃は相手の態勢を崩すのが目的だ。

 俺はサツキ先生の両足が地面を離れた瞬間を見計らい、本命の『空気爆発(エアバースト)』を叩き込む。

 ボグン!!!


「う゛ッ!?」


 空気の破裂が脇腹に見事にクリーンヒットした。

 サツキ先生の体はくの字に折れ曲がり派手に後方に吹っ飛ばされる。


「あっ!? やべ」


 しまった。思わず人外ゴリラとの模擬戦の感覚でやってしまった。あいつ、これでも易々と避けるからな。威力は大分落としたつもりだったんだけど、予想より派手に吹っ飛んだ。

 先生の姿がもう見えない。どこまで吹っ飛んだ!? ……いや、消えた?


「……あれ、どこいった?」

「戦闘中に油断しちゃダメよ?」


 首に冷たい感覚。

 抜き身の刀が俺の首に突きつけられていた。

 動きが全く見えなかった……いや、俺は一瞬気を逸らしてしまった。

 その瞬間に見失ったのだろう。


「……参りました」


「ふふ、もう降参? もうちょっと足掻いてくれてもいいんだけど……でもまあ、十分合格ラインね」

「合格ライン?」


 今の、何かの採点対象だったりしたのだろうか。


「あ、ううん。気にしないで。こっちの話だから」


 気にしないで、こっちの話と言われると余計気になるんですが。


「今の、体はなんともないんですか?」

「ふふ、私の心配をしてくれてるの? 大丈夫。軍用の衝撃吸収スーツは結構優れものなのよ。かなりのダメージを分散してくれるわ。ちょっと痛かったけどね」


 そうか、俺はてっきり霧島さんのお姉さんに怪我させてしまったかと思って内心ビビっていたんだけど、それなら良かった。いくら演習上のこととは言え、お姉さんを傷モノにするのはちょっと気まずい。

 とはいえ、逆のことも十分あり得たわけだが……。


「ちなみに、さっきのあの斬撃、俺が避けられなかったらどうしてたんですか?」

「それはもちろん…………」


 サツキ先生は何か言いかけて、しばらく考えたのち、


「…………てへっ」


 いかんいかん、と言う感じで自分の頭をコツンとやり、小さく舌を出した。

 いやいや、それマジでシャレになりませんからね?


「ごめんね、つい……君との戦闘が楽しくて。許して?」


 いくらなんでも、美人さんだからって何もかもが許される訳じゃないぞ?


「……お願い」


 潤んだ目で上目遣いに許しを乞うサツキ先生。

 ……ダメ。ダメダメ。そんなことしたって、これは本当に、許されることじゃないんだぞ。

 そうやって俺がジト目でサツキ先生を睨んでいると、先生は両手を軽くグーにしてほっぺの脇にもっていき、軽くウインクしながら、


「ゆるして、ニャん☆」


 と宣った。その瞬間、俺の何かが決壊した。


「……ゆ……許……します……」


 自然と、口から言葉が出ていた。

 気づけば俺は何もかもを許す仏の境地(ブツ・ゾーン)に至っていた。

 うん。俺が何を怒っていたのか忘れたが、可愛いから許す。

 特別にな。


「ありがとニャん☆」


 まったく……この人は、恥とか、考えないのだろうか?

 この言動に恥じらいが全く感じられない。

 あざとさしか感じない。

 でも可愛い。抗えない。

 ……何だろう。すごく、操られてる感じがする。


「……と、ここまでが準備運動ね」


 急に素に戻ったサツキ先生はにこやかに姿勢を正し、刀を鞘に収めた。

 あれ、今まで抜き身の刃物持ってたの?

 いや、持ってた気がする。「ニャん☆」の時も片手に握ってた気がする。

 ……あれは、実は恐ろしい心理誘導技術なのでは?


「準備運動?」

「そう、次からが本番の訓練よ」


 その言葉を聞き、俺の背筋を冷や汗が流れた。

 今まで、死ぬ思いで必死に斬撃を避けてたんですけど?

 今のが準備運動って……一体、俺はこれから何をやらされるんだよ……!?


「ふふ、大丈夫。次の相手は私じゃないから、そんなに緊張しなくてもいいわ」

「ど、どういうことですか?」


 ここには、俺とサツキ先生の二人しかいない。


「そろそろ来ると思うわ。時間だから……あ、ちょうど来たようね」

「え? 時間?」


 遠くから飛行機のエンジン音がする。

 サツキ先生が眺める方向を向くと、遠くの空からゴツい飛行機が飛んでくるのが見えた。

 

「どうやらあの子達、飛行機で来たようね。なかなか贅沢な登場をするわね」


 映画とかで見るような貨物輸送用のデカいカーゴだ。


「あれはもしかして、空軍の飛行機ですか?」

「ううん。あれは多分、自家用よ。彼の家はうちよりもお金持ちだから、あれぐらいなら幾つも所有してるはずよ。運転手(パイロット)付きでね」

「自家用であんなのをいくつも?」


 どんだけ金持ちなんだよ、そいつの家。


「きっとあなたがよく知ってる子だと思うわよ」


 自家用であんなデカい飛行機持ってる奴?

 そんな奴、知り合いにいないはずだけど……?



 ◇◇◇



「では、御坊ちゃま。この辺りでよろしいですか」


 輸送機(カーゴ)のパイロットに御坊ちゃまと呼ばれた金髪サラサラヘアーの少年は、双眼鏡を覗き込みながら、着陸場所を指示している。


「そこの開けている場所に二人の人影があるのが見えるかい? その辺りでいいよ。それと例の物資は彼女たちに直接届けてほしい。おそらく場所は……この辺かな」


 少年は紙に地図をさらさらと描き、輸送機のパイロットに手渡した。


「じゃあ、頼むよ、爺」

「かしこまりました、御坊ちゃま」



 ◇◇◇



 近くの開けた場所に着陸した輸送機は、見覚えのある二人の人物だけをその場に降ろし、また空へと飛び立って行った。


「あれって、まさか……」

「お、いたいた! おーい、芹澤ッ!!!」


 そこには、馬鹿でかい声でバカみたいに大きく手を振ってくるとても見覚えのある男が立っていた。

 もう一人の方も俺にとっては見覚えのある、サラサラヘアーを気障ったらしく搔き上げる男。


 その見覚えのある奴ら二人がこちらへテクテクと歩いてきて、俺と顔をあわせるなり、ツンツン頭の方がこう言った。


「よう、芹澤! 今日は俺たちがお前の教官(・・)だ!! ビシバシ鍛えてやるから、覚悟しとけよ!」


 その時、俺の脳裏には疑問符しかなかった。

 こいつらが、俺の「教官(・・)」……???


「フフ、君との訓練に参加できるなんて光栄だよ。芹澤くん」


 御堂スグル(ヘンタイ)はともかく、今日のモヤシ野郎は完全に頭沸いてるんじゃなかろうか。いや、今日に限らず、前からだと思うけど。

 そもそも、これは『異能警察予備隊』の合宿だったはず。

 こいつらが参加するなんて俺は1ミリも聞いてない。


「サツキ先生、これは一体……? 何かの間違いですよね……?」


 俺は首を傾げながら、サツキ先生の方を振り向いた。


「ううん、間違いないわよ。御堂くんと植木くん。この二人が君の今日の「教官」で、本番の訓練の相手よ」

「はあ……!!?」

「ふふ、じゃあメンバーも揃ったし、早速始めましょうか!」


「フフ、望むところだ。いつでも準備オーケーだよ」

「よっしゃあ! いつも通りけちょんけちょんにしてやるぜッ!! どこからでもかかってこい!!」


 テンション高めの3人に対して、俺は頭が疑問符でいっぱいになったまま、しばらく呆然と突っ立っていたのだった。

補足DATA:



『霧島サツキ』


 常に敵の裏を掻く狡猾な戦術と、味方の特性を最大限に生かす指揮センスを併せ持つ。彼女が軍で特例に近いスピードで少佐という階級に昇進したのは、親のコネと関係なく、傑出した実力によるものである。類稀なる指揮センスを持つ彼女は『黒髪の戦乙女(ヴァルキリー)』の二つ名で呼ばれ、軍上層部からの信頼も厚い。

 指揮官としても非常に優秀だが、一旦一兵卒として戦場に出れば微笑みながら敵を切り裂き、一太刀で山ごと斬り捨てる戦闘の鬼となる。その活躍の逸話から彼女は『微笑む鬼(ラフイングオーガ)』とも呼ばれ各方面から恐れられている。

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