90 異能警察予備隊 訓練2
「うふふふ、可愛いわよ、シロちゃん」
「はうっ!! や、やめるのじゃぁ……!!」
「……じゃあ、ここはどうかな〜……?」
「あっ……! そんな…………はううっ…………!?」
俺は『異能警察予備隊』の訓練の為に山の中にいた。
そう、訓練の為だ。
だが俺の目の前では、ひたすら黒髪の超絶美女と金髪のじゃロリ狐がわちゃわちゃと戯れるという光景が繰り広げられていた。
どうしてこうなった…?
俺は冷静に経緯を思い出してみる。
訓練を受ける生徒たちはサツキ先生の作成した訓練表に沿ってチームを作り、それぞれのメニューをこなすことになった。
第一チームの赤井と氷川君にはシンプルに「全力でぶつかって来なさい」という指示が出た。とはいえ、奴らが本気で戦ったら周囲が危ないのでひときわ離れた訓練場所を指示され、地図を片手に二人で一緒に走っていった。
第二チームは黄泉比良さんと暗崎君。彼らは「黒い影人形を黄泉比良さんに扱わせる訓練」らしい。
黄泉比良さんの異能【人形を操る者】は、実は「人の形」をしていて「意識のないもの」なら何でも扱えるというチートじみた異能らしい。……もしかしたら特撮に出て来る巨大ロボみたいなのも動かせるんだろうか? もしそうだったなら胸熱だな。
ひとまず、暗崎くんの異能【暗闇を操る者】で人形を複数作り出して、お互いに同キャラ対戦してみなさいと言うことらしい。……何それちょっと格ゲーみたいで面白そう。
第三チームには音威といつも際どいミニスカートの風戸さん、土取さんが割り当てられ、一緒にコンビネーションの訓練をする。
第四チームの弓野さんと音無さん、メガネ美少女の火打さんとあと平賀はチームで特殊な火器類の訓練ということで小高い丘へ。
メリア先生、神楽さんは別の見通しの良い場所で待機。彼女たちは臨時保健室的な役割だ。世話役の赤井がこっちに来るということで一緒についてきた神楽家の犬、タロウは神楽さんと一緒だ。
そうしてみんなが指定の場所に向かった後、俺とシロとサツキ先生だけが残ったのだが……
「その可愛い子はだれ、芹澤くん?」
ということになり、俺が一通りシロの説明をすることになった。
こんな格好してるけど元々は狐であり、訳あってペット的な立ち位置で玄野家に居候してるということを説明すると、サツキ先生の目がピカーンと怪しく光った。
……そこから後のことはよく覚えていない。気がついたら、今の目の前のような光景が繰り広げられていた。
「ア、アツシ……はやく助けるのじゃ……あうっ!?」
「待って…………もうちょっとだけだから、ね?」
恍惚とした表情でシロの身体をまさぐるサツキ先生と、変な声をあげながら、されるがままになっているシロ。助けを求められる俺だが、この状況を俺にどうしろと?
それにシロは別にがっちりホールドされている訳でもなく体の自由が効く状態だ。助けろって言うけど、お前、自分で逃げればいいじゃん。
「……あううっ、駄目じゃ、そこは敏感なのじゃぁ…………あっ……」
サツキ先生は別に変なことをしてる訳ではない……と思う。
冷静に見れば、一般的な「人」と「犬とか猫」のスキンシップと変わらない。よぉ〜しよしよしよしッ!と、身体中をもふもふワシャワシャやるアレである。
「はうんっ!? あああッ、そ、そこはダメなのじゃあああ……!! ……あうっ」
変な感じになっているのは、大体、変な声をあげるシロのせいである。……まあ、サツキ先生もそれに便乗してだんだんとエスカレートして行っているけど。若干、鼻息があらい。
「じゃあ、ここは? うふふ、こっちはどうかな? ぐりぐり〜」
「はううっ!?」
やっぱこれ、動物虐待になるんじゃ……? とも思うが、シロはさっきから逃げようともしない。尻尾や耳を弄ばれながら、何故か俺に助けを求めるだけ。
ところで……俺は先ほどサツキ先生から「君はこっちで訓練があるから残ってね」と言われ一人だけ残ったわけだが、こういう状況に陥ってはや15分。
あれから結局何をするか、告げられないまま。
つまり……これが俺の訓練?
金髪のじゃロリ狐娘(雄)とサツキ先生がイチャイチャするのを眺めるのが?
これはこれで、俺の中の何かが鍛えられてる感じもしなくはないけど……?
「……あの、サツキ先生?」
「…………後15分だけ。お願い」
サツキ先生は何かうっとりとした表情でシロを抱いている。
顔がなんか上気してやけに色っぽく見えるんだけど……もはや動物と戯れてるって感じがしない。
サツキ先生がシロの身体を慈しむようにぎゅーっと抱き寄せ、モフモフの尻尾を鷲掴みにするとシロがビクン、と大きくのけぞった。
「はぁううッ!?」
「ああもう、これは……すごいわね。クセになりそう……シロちゃん」
サツキ先生はシロの頭の上の耳ともふもふの尻尾に手をやり、声をかけた。優しい笑みを浮かべてはいるが、目が据わっている。
「じゃあ行くわよ、シロちゃん」
「はう!? な、何をするのじゃっ……!?」
シロはこれから何をされるのかをなんとなく察知し、その場でしっかりと身構えた。……いや、待たなくていいから。嫌なら逃げろってば。
「大丈夫、すぐ終わるから……ね?」
「ダメじゃ! 今すぐやめるのじゃ〜!!」
そして、サツキ先生のシロに対する全方位モフモフぐりぐり攻撃が始まった。
さっきより、ずっと激しい。もはや、高速で動く手がブレてよく見えない。
「はうんっ!? あうっ!? はううううっ!?」
シロはもう、ビクンビクンと変な風に痙攣している。「ひゃああん……」「はぁん!?」とか変な声も出始めた。態度は嫌がってるように見えるけど、不思議と全然逃げようともしない。
……これは、一体、どういうことだ?
解せぬ。
◇◇◇
そして、30分後。
「ふう。待たせたわね……しっかり充電できたから、もう大丈夫」
「………………そうですか」
「……穢されたのじゃぁ……」
ツヤツヤした顔のサツキ先生と、地面に倒れ伏してすすり泣くシロ。
「じゃあ、これから訓練を始めましょう、芹澤くん…………シロちゃん、また後でね?」
名残惜しそうにシロに振り返ってそう言うサツキ先生。
……やっぱ今までのは、俺の訓練に関係なかったんだな。うん、最初から知ってたけどさ。
「……ううう〜……!」
一方、シロはよろめきながら立ち上がって、キッとサツキ先生の方を睨みつけ、
「こ、このナデナデ女……!! よくも……よくも!! お、覚えておくのじゃ〜!!」
半泣きで月並みな捨て台詞を吐きながら、メリア先生達のいる方角へタタタタッ、と走り去っていった。
……今みたいに逃げるチャンスはいくらでもあったのだが……。解せぬ。
「ごめんなさいね、芹澤くん。可愛いものを見ると、つい。……私の悪い癖ね」
てへ、と言う感じで自分の頭をコツンとやり、小さく舌を出すサツキ先生。
全然反省してないのが痛いほど伝わって来る、テへペロだ。美人さんだからって何もかもが許される訳じゃないぞ?
……でも可愛いから許す。特別にな。
「じゃあ、始めましょうか。実戦形式の訓練をするわよ」
「え、誰とですか?」
実戦形式の訓練と言うことだが、ここにはサツキ先生と俺しかいない。
と言うことはつまり……?
「……もちろん、私とよ」
彼女がそう言うと、纏う雰囲気が一変した。
気迫による威圧。
瞬間、鳥肌が立ち、周囲の木々がざわめいたように感じた。
サツキ先生はいつの間にか手にした鞘から、ゆっくりと刀を引き抜いていく。
鈍く光る刀身が姿を現すにつれて、俺の肌がさらに震え、心臓の鼓動が早まり危険信号を鳴らした。
(……ああ、やばい。この人……本物だ)
この気配には、覚えがある。
あの鬼と同じ気配。達人の剣気を込めた威圧。
こんな殺気をいきなりぶつけて来るなんて……完全に化け物じゃねえか。
「行くわよ。避けてね? でないと……」
サツキ先生は微笑みを崩さない。
だが、纏っているのは先ほどまでの愛らしさとは別次元の、何か。
「――殺してしまうかもしれないから」
見惚れるような笑みを浮かべながら極限の殺気を纏う――
美しい鬼がそこにいた。





