09 『癒す力』の市場価値
薬で眠らせて、車に詰め込むだけ。
本当に簡単な仕事だった。
高校生一人さらうだけで、大金が転がり込むという話を聞いた時は、何か危ないことをやらされるのかと当然警戒した。
しかし、本当に攫って来て依頼者に引き渡すだけで、仕事は完了扱いになるらしい。
こんなうまい話、飛びつかなきゃ馬鹿ってもんだ。
捕獲対象は帝変高校という学校の一年生、「神楽舞」。
なんでも、傷を癒せるとか言う『【傷を癒す者】』の評価を持つ異能者だと言う。
そいつは世の金持ちにとっては喉から手が出るほど「欲しい」存在なんだそうで、何が何でも手に入れようということらしい。
まあ正攻法で大っぴらに交渉しない辺り、人に言えないような使い方をするのは目に見えている。大方、実験材料か、ある種の奴隷として死ぬまで酷使されるのだろう。
それはまあ、いい。俺の仕事は対象を攫い、依頼主に届けるだけだ。
こんな小娘一人攫うだけで、俺の元に10億の大金がはいってくる。これはまたとない、ビジネスチャンスだ。
そして、俺はやり遂げた。
変なオマケがついて来てしまったが、海なり山なり、人目につかない場所で処分すればいい話だ。
依頼者との待ち合わせ場所までもう少し。引き渡しが終わったら俺は共犯で目撃者となった部下たちを始末し、この仕事を引退して、南国の島国でゆったりと過ごすのだ。
◇◇◇
「…う…」
目をさますと、どうやら俺は車の中にいるようだった。
なんだこれは?
頭が、痛い。ガンガンする。
俺は一体…何してるんだ?
確か、神楽さんと家に帰る途中、覆面した男たちが車から出て来て…
俺は体を動かそうとしたが、腕と足が拘束されている。これは…手錠かなんかか?金属製の硬いものが腕に当たる感触がある。目隠しされていて、見ることもできない。これは…
「ちっ、もう起きやがったか」
図太い男の声がする。そう思った瞬間、
ゴキィッ!!
誰かに頭を思い切り殴られた。
危うく意識が飛びかける。
「兄貴、こいつ、どうします?先にバラしますか?」
「やめろ、車が臭くなるだろうが。仕事が終わった後、お前らで山にでも埋めてこい」
そうだ、あの時車から出て来たのは3人。
後もう一人は…それと運転席にいる奴で、4人か。
ここから逃げて助けを求めるには、どうすれば良いか…
いや、ちょっと待て!
その前に神楽さんはどうした!?
彼女はどこにいる!?
「じゃあ、兄貴、こっちの女は?やっちゃっても良いんですか?」
今度は若干高い、別の男の声がする。
すぐさま、人が拳で人を殴る音が聞こえる。
「バカかお前は?そのガキは大事な商品だ!?傷の一つでもつけてみろ!俺が殺してやる!!」
「す、すいやせん。ただの冗談ですって」
どうやら、神楽さんも同じ車内にいるらしい。
でも、この状況、非常にヤバい。
俺は殺されることが確定していて、神楽さんも何かしらの目的で「売られる」ことが確定している。
これは、誘拐だ。それも、相当にタチが悪い奴らによる犯罪だ。奴ら、この手のことに慣れている。そんな雰囲気がひしひしと伝わる。
どうやったら…逃げられる!?
せめて、せめて神楽さんだけでも逃すには…
そんなことを必死に考えている時だった。
『…芹澤くん、芹澤くん…聞こえますか…』
どこかから、「声」が響いて来た。これは、聞き覚えがある…
『…今、あなたの心に直接語りかけています…』
これは、耳から聞こえるのではない。頭の中に響いてくる声。これは…
『し、篠原さん!?』
俺も、心の中で篠原さんに声を送る。どういうわけか、「やり方」がわかる。
『よかった…二人とも、しばらく呼びかけても反応がなかったので…』
『いったいどうして?いや、そんなことより、今とてもヤバい状況なんだ…』
『知っています。私はあなたたちがさらわれるところを見ていましたから…すぐに助けに行けずすみません…』
『見ていた?』
『あなたたちのずっと後ろを、私も歩いていたのです…下校途中で芹澤くんと神楽さんが二人で歩いているのを見かけて…「あの二人、もうデキてんのかいな?さっそく赤井くんとの三角関係?ぐふふ。」とか思いながら…面白そうだから、追跡していたのです…』
…動機それかよ。別にそんなこと、今言わなくても良いのに…いや、テレパシーって嘘はつけないんだったか?
とはいえ、これは願ってもない幸運だ。
今は、彼女が頼みの綱だ。この幸運を逃せば、俺たちに未来はない。
『篠崎さん、学校の先生たちにはこのこと、連絡した?』
『はい、最初、携帯で千早先生に伝えようとして、うまく喋れなかったので、テレパシーで伝えました。』
わざわざ異能を使って…まあ、でも彼女の場合、その方が早いだろうな。
『あのさ、篠崎さん、お願いがあるんだけど』
場所を少しでも把握しなければ、そう念じてメッセージを送ろうと思っていた矢先だった。
「おい、まだこのガキ意識があるぞ。面倒だから薬で眠らせておけ」
「へい」
プシュー。
さっき聞いた音が聞こえ、甘い香りがし…俺はまた意識を手放した。
◇◇◇
『…赤井くん…私の声が聞こえますか…』
それは、赤井が神楽家の飼犬、タロウといつものように散歩に出ているときだった。
『…神楽さんが、今、危機に瀕しています…』
「ッ!?誰だッ!?」
突然、頭の中に声が響き、赤井は慌てて周囲を見渡した。
しかし、そこには誰もいない。
『…私は『【意思を疎通する者】』、篠崎ユリア。あなたの、クラスメイトです…今、あなたに伝えなければならないと思って、心に直接語りかけています…神楽さんが…』
「神楽が…どうかしたのか?」
赤井は色々な疑問は置いておき、知っている名前にだけ反応した。
『…攫われました…黒い車に乗せられて、どこかへ運ばれています…』
「…くそッ…こんな日に限って…」
前々から、彼女の能力を利用する輩が必ずいるはずだと、赤井は警戒していた。
していたつもりだった。
だがまさか、学校でちょっと気まずいことがあってたまたま神楽と一緒でなかった、今日に限ってこんなことになるとは…
赤井ツバサは唇を噛んだ。
「神楽はどこにいるッ!?その車はどこに向かってるッ!?」
苛立ちを隠せず、大声で空に問いかける。
『…ごめんなさい、わかりません…攫われた時、車が向かったのは北の方向としか…』
「チッ…!」
赤井は拳を強く握りしめる。
こんな時に何の役に立たないなんて…自分の異能は、何のための能力なのだ?
「ワォーン?」
何があったの?と不思議そうに赤井の顔を見つめる神楽家の飼い犬、タロウ。
「…悪ィな。つい、大声出しちまった」
その視線に、少し冷静さを取り戻し…何か思いついたように若い秋田犬、タロウの顔を見る。
「なあ、お前…神楽の匂い、たどれたりしないよな…?」
自分でもバカな考えだと思う。警察犬が匂いをたどって犯人を見つける、なんてドラマかなんかでよくあるが、犯行現場から辿って行くならまだしもこんな全く関係のない場所から「辿る」なんて日本語自体が成立しない。しかし、
「ワォン!」
タロウがそう鳴くと、あたりに風が巻き起こり…タロウの元に吹き付けた。
しばらく、タロウはその風を受けて鼻をヒクヒクさせていたが、ひとしきり嗅ぐとー
ついてこい、という風に赤井の持っている手綱を引っ張り、走り始めた。
赤井は戸惑いつつも、タロウに引かれるまま、走って行く。これが、自分の幼馴染、神楽舞のところにたどり着く方法だと祈って…
この時、赤井は知らなかったし、他の誰も知らなかったのだがー
後にタロウは鑑定の結果、『【風を操る者】S-LEVEL 2』の能力者…いや、能力犬であることが明らかになる。これは、まだそのことが知られていなかった頃の話である。
人物ファイル013
NAME : 赤井ツバサ
CLASS : 【炎を発する者】S-LEVEL 3
中学生時代にとある大きな事件を引き起こし、全国ニュースになるなどの大騒ぎになった。強力な能力者であるが為に多くのエリート私立高校が獲得に乗り出したが「興味ない」で悉く蹴られ失敗。最終的にはとある理由で帝変高校に入学した。炎を操る能力は強力で、コンクリート造のビルを一棟、易々と焼失させる程。
現在、諸事情により家を出て、神楽家の所有する空き家を提供してもらい一人住まいをしている。神楽家の犬、タロウの散歩は赤井の日課。
<特技>
火球 ファイアボール
炎壁 フレイムウォール
獄炎 ヘルフレイム
火ノ鳥 ファイアバード
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人物ファイル014
NAME : タロウ(秋田犬)
CLASS : 【風を操る者】S-LEVEL 2
神楽家の飼い犬。秋田犬、五歳。とある事故により瀕死の重体(実際は死亡)となったが神楽の能力で復活を遂げた。その際に異能を発現。しばらく誰にも知られなかったが、本人(犬)は風を使って匂いをかき集めることで、普通は辿れないような匂いの痕跡を辿って楽しんでいた。
<特技>
風の牙
風の爪
カマイタチ
ヤマアラシ
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