86 クロノとアツシ2
結局、シロは玄野家でしばらく預かることになった。
【姿を変える者】に【意思を疎通する者】と、かなり特殊で厄介な異能を持っている上に、人里に降りることを知ってしまった以上、色々と十分に教育した上でないと山には返せないという話になったのだ。
先ほど、出張から帰ってきたメリア先生と校長とみんなで夕食をとったあと、今はメリア先生と篠崎さんで協力してシロをお風呂に入れている。
その間、俺は校長を呼び出して玄野家の庭に出てきていた。
来週の週末から『異能警察予備隊』の訓練がはじまる。俺はメリア先生から「形だけだから」と隊長なんて役目を押し付けられてしまったが、正直不安しかない。
まず、俺はリーダーって柄じゃないし、それに「強ければみんな認めてくれる」だって?
確かにそういうのもあるのかも知れないけど……
俺は現状、そんなに強くない。
氷川くんに楽勝で勝てたのも相性が良かったからに過ぎないし、あの大岩をかっとばせたのも本当にその場の思いつきだ。
襲撃事件が起きた当初なんて、怖くて足が震えていた。
全部、土壇場。成り行きの結果。たまたま上手くいったからいいようなものの、一歩間違えば、みんな悲惨な事態になっていた。
『俺一人だけじゃ駄目だ。みんなで一緒に強くならなきゃ、いろんな状況に対応できない』
あの時はそう思って承諾したけど、それもそうなんだけど……
でも…………俺自身が弱いまんまじゃ、もっと駄目だ。
あの時、俺は少しだけ「みんなで一緒に」を自分が弱いことへの言い訳に使ってた気がする。
自分ができない部分を仲間に補ってもらうこと。
みんな一緒だから何かができるし、みんながいるから大丈夫。それは美談みたいにも聞こえるが、でも結局それは依存の裏返し、自分が何もできないことへの言い訳にもなってるんじゃないか?
もし、一人になったら? 一人で何もかもやらなきゃいけない状況になってしまったら?
そんな状況はどうやったって起きる。逆に今までは運が良かったのだ。
頼れる時に頼るのはいい。でも、それだけじゃ駄目だ。
まずは俺自身が、絶対に強くならないといけない。
「なんだアツシ。話ってのは」
俺が外に呼び出してきた校長はいつものように憮然とした表情で俺の隣に立っている。俺は横に並び立ちながら、校長に話しかける。
「なあ、校長」
「なんだ」
「あんたは、どうやってそこまで強くなったんだ?」
「……なんだ急に。らしくねえな」
不思議そうな表情で俺を見下ろす校長に、俺はそのまま、言葉を続ける。
「俺は強くなりたいと思ってる」
俺のその言葉に校長はまた庭に視線を戻し、呟くように言う。
「強くなりたい、か。今のまんまじゃ駄目なのか?」
今のままじゃ駄目か?
意外にもそう問いかけてくる校長。だが、俺の答えは決まっている。
「ああ。駄目に決まってる。今のまんまじゃ、全然駄目だ。ちょっとばかり異能が使えるようになったからって、俺はほとんど何も変わってない。空から落ちてくる大岩どかしたからってなんだ? 一歩間違ったら、一つミスを犯したら、みんな死んでた」
「……ああ、そうだな」
そうだ。
霧島さんが誘拐されて俺がそこに突撃した時も、この男が助けに来てくれなかったらきっとあの爆弾でやられていた。いや、それよりも前に、俺が自分の異能を制御しきれずに自滅してたかも知れない。
「あんなギリギリじゃ駄目なんだ。今のまんまじゃ、誰も守りきれる保証なんてない」
「そんな保証、どこにもねえよ」
その通りだ。そんな保証なんてどこにもない。
世界最強クラスのコイツですら、全部を守るなんて無理なのだろう。
現に、自分の管理しているはずの高校を、あんなに滅茶苦茶にされてしまった。
ただ強いだけじゃ、何かを守りきるなんてできない。
「でもさ、俺は強くなれるんだろ?」
「ああ、そうだ」
「強くなれば、守れるものは少しは増える筈だろ?」
「ああ、少しはな」
強くなったからって、何もかもが思い通りに行くわけじゃないかも知れない。
でも、このままの俺じゃきっと守りたいものも守れないままだ。
少し夜空を見上げ始めた校長を、俺は横から見上げ、さっきから言おうと思っていたことを言う。
「だから、なあ……力貸してくれ、校長。俺は強くなりたい。今よりもずっと。どんな理不尽な奴が出て来ても、余裕でぶっ飛ばせるぐらいに、理不尽なぐらい強くなりたい」
空を見上げたままの校長。
多分俺の言葉は聞こえてるんだろうが、反応は無い。
「頼む。俺に、強くなる方法を教えてくれ」
俺のその言葉に、校長は憮然とした表情の顔を向ける。
「…………」
しばらくの沈黙。
そのまま俺を見下ろしながら無言で立ち続ける校長。
「……やっぱ、駄目か?」
仮にもこの目の前の男はレベル5。世界に九人しかいない、最高峰の異能者。
前の異能高校対抗戦で俺のコーチ役になったのも、ありえないぐらいに貴重な機会だってのは重々承知している。
こいつが出張だの何だのと、忙しく飛び回っているのも相当なレベルの用事だと言うのも、何となく察している。今日は軍の上層部との会合があったらしいし、天皇帝の名前が出て来たこともある。
普通なら、俺とこうやって話をしているのもおかしいぐらいの重要人物なのだ。それぐらい、俺もわかっている。
「何言ってんだ、お前?」
そう言いながら俺を見下ろしてくる校長。
その顔は少しニヤついているように見える。
「俺はお前の学校の校長だ。生徒を育てるのは当たり前じゃねえか」
「……え、いいの?」
あまりに軽くオーケーの返事を出す校長に少し面食らう俺。
「当たり前だ。じゃあ、行くぞ」
「え?」
行くぞ?
話が終わったから家の中に戻るんじゃなくって?
行くぞ?
まさか…………
「なんだ? いいから行くぞ」
「まさか、今から?」
「そうだ。場所を移すぞ。ついてこい」
「………………は?」
そう言って夜の空に高くジャンプし、瞬時に何処かへ飛び去るゴリラ。
お風呂場から、シロのキャッキャと楽しそうな声が響いてくる。
「ちょっと待てよ……いくら何でも、急すぎだろ!? クソゴリラ……ッ!!!」
俺はとんでもない奴にとんでもない頼みごとをしたのかも知れないと軽く後悔しながら、咄嗟に少し小慣れてきた『点火』で飛び上がり、すでに豆粒のように小さくしか見えない奴の背中を必死で追いかけて行くのだった。
ここで第二章『異能の在処』完結となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
強くなることにさほど関心を持っていなかった主人公がやっと(笑)、強くなることを意識し始めました。ただでさえ化物に近くなっている主人公がさらに力を求めたところで、次章です。
次も多分そんなに間をおかずに更新すると思いますので、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします!
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