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85 霧島家3 霧島家の食卓

「久々のサツキの手料理だな」



 長女サツキのお手製シチューを掬うスプーンを片手に、霧島マサムネは感慨深げな笑みをこぼしながら言った。


「軍に就職したら料理なんてする暇は無くなると思っていたのだけれど、案外やろうと思えばできるものね」


「そうだぞ。軍はお前が思っていたほどブラックな職場ではないだろう?」


「だって、お父さんいつまでたっても家に帰ってこないんだもの。ひどい時は十九ヶ月帰ってこなかったのよ? そういうものだと思っても仕方ないじゃない?」


「まあそう言うな。上の方にまで行くと色々とあるんだ。悪いとは思っているんだぞ?」


「ええ、こうして駆けつけてくれるだけでも有り難いと思ってるわよ。家族四人が揃うのは本当に久しぶりね」


「ああ、お手伝いさん達にも今日は暇を出してある。久々の家族水いらずという奴だな」


 そう言って満面の笑顔で食卓を見回す霧島マサムネ。

 その正面にはカナメとサツキが席について、姉のシチューを口に運んでいる。

 この四人が揃って食卓につくのは、実に二年ぶりのことだった。


「どう? お味の方は?」

「うん、いいよ。お姉ちゃん、腕を上げたね」


 セツナは素直に料理の感想を漏らす。


「ふふ、一人暮らしを始めたから料理する機会が多いの。できる時だけだけどね」

「ほんと、美味しい」


 カナメも満足そうに料理を口に運んでいる。

 そんな娘達の様子を眺めながら、父マサムネは口を開く。


「カナメ、どうだ学校は? と言っても、色々と不測の事態はあったようだが」

「うん。でも楽しいよ。友達もできたし、先生も面白い人が多いし」


「確かに、面白い人は多いわね」

「そうね」


「え? なんでお姉ちゃん達が知ってるの?」


 不思議そうな顔で姉達を見回すカナメ。


「そうか、二人はもう、あそこの先生方とは会っているのだったな」


「ええ。とても優秀な先生ばかりですよ」

「ちょっとばかり個性的すぎる人もいたけどね?」


「なんだ……また知らないのは私だけ?」


 少しいじけた表情をするカナメ。

 また家族に置いてきぼりにされたようで、どこか寂しそうにしている。

 そんな妹の様子を察して、長女サツキは笑いかけながら声をかける。


「もちろん、カナメにも後でゆっくり話してあげるわよ。でも、あまり楽しい種類の話じゃないのよ?」

「それでも、知りたいから。もう、私も弱いままじゃないんだから……」


 そう言って、少し俯くカナメ。


「ああ、そうだな。今までもお前を仲間外れにしようとしてた訳じゃなんだぞ?」

「知ってるよ。でも……」


「そうそう、カナメは今、結構すごいのよ。ホントもう、誰これ? ってぐらいに進化しちゃってるの」


 空気が重くなり始めたところで、セツナが今日の出来事の話題を差し挟む。


「そういえば、模擬戦したって言ってたわね、あなた達」

「何? 模擬戦? セツナとカナメでか?」


 驚いたような表情でその二人を見るマサムネ。情報としては「カナメが強力な異能力を得た」ことは聞いていた。

 だが、実感としてはまだそれを呑み込めておらず、セツナとカナメが模擬戦とはいえ真っ向から戦うなど、マサムネが持っている感覚ではあり得ないことだった。


「そう。すごいのよ。私と三戦して一本取れたのよ。まあ、私が初見で油断してたのもあったけどね?」

「でも、勝ちは勝ちよ。一本だけだけど」


 セツナの言葉に少し自慢げに返すカナメ。


「セツナにか? それは、すごいな」


 マサムネは素直な感想を漏らす。次女セツナはまだ異能高校三年生とはいえ、戦闘能力だけでいえば推薦枠で陸軍への栄誉入隊が決まる程の実力者だ。そのセツナに模擬戦であれ一本取れる異能者など、全国を探してもそれほどはいない。

 父の言葉に、カナメは少し照れ臭そうに笑う。


「それにね……進化といえば、もう一つ。すごい進化があったのよ」


「もう一つか? なんだろうな」

「へえ、気になるわね。何かしら」


「ちょっと! お姉ちゃん!?」


「…………あっ」


 本気でしまった、という顔で口を手で覆うセツナに、サツキとマサムネの視線が注がれる。


「……ん?」

「……なんの話だ?」


「ごめん! わざとじゃないから……ね?」


 膨れっ面のすごい形相でセツナを睨みつけているカナメに、両手を合わせて許しを願うセツナ。


「ふふ、そういう(・・・・)話ね? ダメじゃない、セツナ」


 なんとなく察したサツキが、意味深な言葉を発するが、父マサムネはまだ見当が付いていない様子で娘達を見回している。


「なんだなんだ、サツキまで? 私だけ仲間はずれか?」


 朗らかに笑いながら、娘達の様子を伺う父。

 それはいかにも、娘だけの家庭の父親という感じで、彼はそんな何気ない会話も存分に楽しんでいるようだった。


「……お姉ちゃん? 絶対今の、わざとだよね?」


「違う。誓って違うから。ホントごめん。許して?」


 顔を真っ赤にして怒り心頭の妹を、姉のサツキがなだめる。


「まあ、いいじゃない。いつかは分かることでしょう? ……相手は、例の芹澤くんかしら?」


 なだめるついでに、問題の核心を突く質問を投げかけるサツキ。

 その言葉にようやく話題をつかんだマサムネ。ピクリ、と少しばかり頬が引きつり、強張った笑顔になる。


「それで、どこまで行ったの? ふふ、キスぐらいしたのかしら?」


 そして笑みを浮かべながら、さらに質問を続ける長女サツキ。

 かなり鋭角に突っ込んで聞いてくるあたり、どうやら、彼女も妹のそっちの進化にはだいぶ興味があるらしかった。


「…………」


 その言葉に、真っ赤な顔のまま、無言で俯くカナメ。


「……ぇぇぇぇええええ!? まさか!?」


 その反応(リアクション)に一番驚いたのは、暴露話をはじめたセツナ本人だった。

 その沈黙が示すのは誰の目から見ても、無言の肯定。質問に対してイエスと言っているに他ならない態度だった。


「…………え、本当に?」


 次に、サツキがそれに続く。

 まさか、質問を投げかけた本人も、本当にそこまでいっているとは予想もしていなかったらしい。否定する反応を引き出して話を穏便に運ぶ予定が、ある意味、次女よりもやらかしてしまった形だった。


 そして、その次に続くのは……


「……ほう」


 瞬間、楽しげだった食卓の空気が一変した。


「はは、そうか、カナメもそんな年頃になったか。いや、結構結構」


 言葉とは裏腹に、ゴゴゴゴゴ……と言う擬音がしそうなほど周囲を歪ませる父のオーラに戸惑いながら声を掛けるサツキ。


「お、お父さん?」


「んん? なんだ?」


 呼ばれて、ゆっくりと、にこやかにサツキの方に向き直るマサムネ。


 その目は確かに笑っている。

 口も笑っている。

 顔全体は朗らかに笑っているように見える。


 だが雰囲気が、全然笑っていない。


「んんん? どうかしたか? 私の顔に何かついてるか?」


「いえ、そういうわけじゃないけど……」


 父の今まで見たことのない種類の威圧(プレッシャー)気圧(けお)され、言葉が出ない長女サツキ。


「はは、芹澤くんと言ったか? 彼の活躍は聞いているよ? なんでも、先日の襲撃事件でカナメを救ってくれたヒーローだというじゃないか。素晴らしい才能を持った少年だと聞いている」


「うん、そうだよ。何度も私を助けてくれたんだ」


 意外にも父に意中の人を褒められ、まんざらでもなさそうに話すカナメ。

 どうやら、父の放つ(プレッシャー)の意味は姉達ほど理解してはいないようだった。


「私が力を使えるようになったのも、ほとんど……ううん。全部、彼のおかげなの」


「そうか、そうか、それは何よりだ。私も芹澤くんには期待しているよ。是非とも一度会って見たいものだ」


 あくまでもにこやかに、三女カナメの話をウンウンとうなずきながら聞くマサムネ。その不自然さに気がついているのは姉二人だけのようで、カナメは嬉しそうに話を続ける。


「芹澤くんはね、本当に凄いんだよ。レベル4の氷川くんも全然敵わなかったし、襲撃事件の時も空に浮かんだ大きな岩を一人でなんとかしちゃったし……私が困ってる時は、いつも助けてくれるの。私が攫われた時もそうだったし、普段も優しいんだよ」


「そうか、そうか、それはすごいな。本当に素晴らしいな」


「それに、他にも彼に助けられた子がいるの。私、その子とも仲良くなったんだ。神楽さんっていうんだけどね……彼女も芹澤くんに危ないところを助けられたって」


「ほう、そうか、そうか」


「凄いんだよ、その時は私と同じレベル1だった筈なのに、異能者の誘拐犯をみんな倒しちゃったんだから」


 向き合う父に、少し顔を赤らめながら嬉しそうに話すカナメ。

 ウンウンと機械のように笑顔を縦に振りながら話を聞いているマサムネ。

 おかしい。

 今日の父は、どこかがおかしい。

 姉達二人はその光景を固唾を呑んで見守っている。


「……お父さん?」


 見かねたサツキが父に声を掛けるが、父は突然、違う話題を振り始めた。


「ああ、そういえば、メリアさんが異能警察の『予備隊』を作るらしいな」


「異能警察?」

「予備隊?」


 なぜ、いきなりそんな話をするのかと言うような表情でサツキとカナメが父マサムネの顔を覗き込む。

 父の顔は依然、不自然な笑みを貼り付けたままだ。


「ああ、今セツナがやっているような見習い要員を増やして制度化する話だよ。サツキの方には話が行っているかな?」


「ええ、今週の部内の会議でも話題が出て、概要は聞いてるわね」


「なんでも、まずはテストケースとして帝変高校の生徒達を配属すると言う話だ。その中には芹澤くんもいる。彼らは例の襲撃事件で『異形(ヴァリアント)』に既に接触しているし、今年の新入生は粒ぞろいだから、と言うのが理由らしいが」


「へえ……」


 怪訝な表情で父の話を聞くサツキ。まだ彼女も話の真意が掴めていない。


「近々、訓練を始めるらしいぞ。だからサツキ、お前も行って直接指導(・・・・)をつけてあげたらどうだ?」


 そこでサツキはやっと父の真意と言うか、あからさまな意図を理解した。


「ええ、いいけれど……軍としてはそれでいいの?」


 一応、確認をするサツキ。職権濫用もいいところであるので。


「はは、何を言う。芹澤くんは次の世代を担う、いや、これからの国を担う人物だ。むしろ彼の育成に力を入れるのは軍として、当然のことだろう?」


 不気味なまでに笑顔を崩さない、父マサムネ。話しぶりもさっきから不自然さを全然隠せていないが、父のそのぎこちない言葉に、なぜか自分を褒められているかのように「えへへ」と照れ臭そうにするカナメ。

 姉達二人は、そんな様子を引いた目で見ている。


「だからぜひ、お前には異能警察の職務にあたる先輩として、存分に指導(・・)してあげてほしいんだ。いいかな、サツキ?」


「……わかったわ。私も彼に興味があるからね」


「そうか、受けてくれるか。芹澤くんは未来を担う重要な人材だ。くれぐれも、丁重に(・・・)な」


「はあ……」


 小さくため息をつくサツキ。


 これまで自分は勉強や訓練にひたすら打ち込んでいた為、今までそういうことがなかったので知る機会はなかったが、どうやら父は娘達が恋愛ごとに関わるのには全く免疫がないらしい。


 いつか、セツナが恋人でも連れてこようものなら、いったいどんなことになるのかと思ってはいたのだが。先にカナメがこんなことになるとは……


「いやあ、今日は嬉しい報告が聞けたな。あのカナメがもうそんな年頃になったとは。それも、相手があの芹澤くんか。いや、結構結構」


 父は自分たちをとても大事に育ててきている。

 特に末娘の三女、カナメは姉の自分から見ても、父マサムネは目に入れても痛くないほどに可愛がっている。将来は軍の仕事に就くだろうと武芸や戦闘のノウハウを叩き込み、厳しく接して来た姉二人とは対照的に、カナメには過保護なぐらいだった。

 本人は厳しく接しているつもりだったのかもしれないが、なんだかんだで、戦闘事に関わらせること以外のワガママは全て聞いてあげていた。


 実際、甘々である。溺愛といってもいいほどに。


「サツキ、彼は国の未来を背負うような人材だ。彼の能力が今後の世界の趨勢を決めるといっても過言ではない。だから、くれぐれも、彼の育成は……」


 父マサムネは長女サツキに不自然に固まった満面の笑顔を近づけ……


「厳しめにな」


 小声でそう言ったのだった。

二章も終わりに近づきました。


///


ブクマや最新話の下からの評価をいただけると、継続モチベが上がります!

気が向いたらどうかよろしくお願いします。

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