83 霧島家1 霧島マサムネ
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振れ幅の大きい小説ですが、今後ともよろしくお願いします。
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霧島父話。長いです。
6/21 15:40 改稿、去り際の会話を微修正
「頭をあげてください、メリアさん。貴方がそんな風に謝ることはない」
大戦時に消滅した前首都、東京の代わりに新設された中枢都市『帝都』に立ち並ぶビル群の中でも、一際存在感を放つ、黒色の高層ビル。その最上階に位置する日本國軍幹部フロアの執務室に、玄野メリアと玄野カゲノブの姿があった。
そこは天皇帝より『軍将』を任じられ、その全権を代行する役目を負った日本國軍の最重要人物であり、世界有数の巨大軍需企業「霧島重工」の経営者でもある霧島マサムネが使う部屋だった。
「すまねえな、マサ」
「玄野、君にまで詫びられるとこっちが申し訳なくなる。勝手に君の力を頼って娘を預けたのはこちらなのだから。本来、子の保護は親の責務。もとより、あなた達に責を負わせようなどとは思っていない」
「いいえ、霧島軍将……この度のことは我が校の不祥事です。責任を持ってお預かりしたご息女をあのような目に遭わせたとあっては、何度お詫びしても足りないと思っています。本当に、申し訳ありませんでした」
そう言って、頭を下げた姿勢で動かない玄野メリア。その隣には帝変高校の校長、玄野カゲノブが立つ。
「もう、十二分に謝罪の気持ちは拝受したよ。何より今回の件は娘の情報をきちんと開示していなかったこちらにも大きな落ち度がある。最初にその情報があれば、また状況も違ってきたはず。とにかく頭をあげてください、メリアさん。かえって困ってしまうよ」
「……はい」
その言葉に深々と下げていた頭をあげ、姿勢を正す玄野メリア。
彼女の目の前、様々な書類が山と積まれた執務机の脇には、日本國軍幹部独特の黒い制服に身を包んだ大柄な男、軍将霧島マサムネが立っている。彼の背丈は195cmもある玄野カゲノブには僅かに及ばないが、それでも鍛え上げられた体躯は、国家権力のトップの一角を飾ることのできる威厳を持ち合わせている。
「帝変高校側で得られた重要情報があるとも聞いているが……先にうちの娘が攫われた『理由』をお話しておきましょう。まずは、その方が良さそうだ」
その男はその体躯に似つかわしくない、丁寧な話しぶりで二人にそう切り出した。
「心当たりがあるのか?」
「ああ、そうだ。そしてそれは、私の方こそ君たちに謝罪しなければならない話でもある。まあ、立ち話も何だ。そこに椅子がある、掛けてくれ」
霧島マサムネはそう言って二人に応接用のソファに腰掛ける事を促し、二人が腰掛けるのを見届け、一呼吸置いた後にまたゆっくりと口を開く。
「うちの三女カナメは戦時中の【異能者増産計画】の最終段階、六号計画の『番外個体』だ。まず、それを入学前に伝えておくべきだった」
その言葉に、玄野メリアは目を見開く。
「六号計画……では霧島さんはやはり……!」
「おい、どいうことだ?」
「そうだな、メリアさんはもう察しているようだが……カナメは『人造』の異能を持つ者。私の異能【万物を切断する者】を原典として異能を転写された人間だ。二人の姉たちも同じくな」
「【異能者増産計画】の【番外個体】、記録に残らない極秘扱いの被験者ですか。被験体の数だけは私も書類で目にしたことがありますが……」
「ああ、そうだ。番外個体扱いで長女サツキは11歳の時に中期の四号計画時に、次女セツナは7歳の時に後期の五号計画の時に施術を受けている。そして、彼女たちは【万物を切断する者】の異能を発現させた。その次に六号計画の最終段階で施術を受けたのがカナメだ」
「八葉の野郎の研究か。自分の娘を奴にいじらせたのか?」
「ああ。笑ってくれていい。当時はそれが娘たちの為だと本気で信じていた。この異常な時代を生き抜く為に必要なこと、それは強力な異能の力を得ることに違いない、と」
「……それは大戦中であれば、誰もが考えたことです」
霧島マサムネは玄野メリアの言葉に僅かに笑顔を浮かべ、静かに頷く。
「だが、その過ちに気がついたのはずっと後のことだ。九つの【サイト】で不可侵協定が結ばれ、長かった戦争が終わり……その下部で敵対していた勢力同士でも和平条約が結ばれ、一応の平和が訪れた。
それなのに彼女たちはまた、わざわざ自分から戦場に出向いて戦おうとしている。それも半端に『力』を持ってしまったが為」
「……」
その声から滲み出る後悔の感情に、霧島マサムネの前に立つ二人はただ沈黙して話を聞いていた。
「私がそのような力をもたせたのだ。究極的には、レベル5……玄野、お前たちのような上層には敵わないと知っていたはずなのにな」
「別に、無駄じゃねえと思うが」
「はは、玄野にそう言ってもらえれば少しは気が紛れるというものだな」
そこに玄野メリアが湧き上がった疑問を差し挟む。
「でも、確かカナメさんは最初……」
「ええ、その通りです。メリアさん。
カナメは彼女たちと違った。八葉によれば施術は正常に行えたということだったのだが、なぜか、ほとんど異能が発現しなかったのだ。結局、能力の転写には失敗したということらしかった」
「失敗、ですか」
「だが直後に戦争が終わり、私はだんだん、それはあの子にとって幸運だったのだと思うようになった」
「……幸運?」
「私は軍の要職という立場にありながら、できればあの子には、こんな不毛な領域に足を踏み入れて欲しくない。いつのまにか、そう願うようになっていた。
カナメは余計な力を持たず、日々平穏に暮らせば良い。この時代はそれを許してくれる。力を持つものがそれを守ってやれば良い。あの子はそれが不満のようだったが、私にはその方が良いようにも思えたのだ。……なんとも、都合のいい話だが」
「……霧島軍将」
「ふふ、本当に、私のような立場の人間が言うことではないな。愚かな父親の独り言とでも思ってもらえれば嬉しい」
「おい、攫われた理由は何だ? 何でカナメだけが狙われた?」
「ああ、そうだったな」
霧島マサムネはしばらく考え込むように黙り、またゆっくりと口を開く。
「まだ、確かなことは分からない。だが、二つの心当たりがある」
「二つですか」
「まず一つ目は、結果としてだが、戦争終結に伴う【異能者増産計画】の破棄によって、カナメが奴の最後の被験体となってしまったこと。奴は計画に執着していた。極秘の国家プロジェクトという仕事の枠を超え、研究を自らの生きがいと捉えていたようだった。その為、研究を続けたい一心で中途半端な施術となったカナメを狙うことがあっても不思議ではないと考えている」
「……あと一つは、何だ」
「もう一つの心当たりは、面識だ。サツキとセツナ、彼女らは八葉には用心のために間接的な施術であったので面識がないが、唯一、カナメだけが直接奴と会っている」
「直接、会っている? お互いに顔を知っているのですか?」
「ああ。とはいえ、カナメは当時五歳だ。覚えてはいないだろう。だが、それは本当に私の落ち度だった。当時私は「八葉リュウイチ」のことを勘違いしていたのだ。奴は既に上の二人の娘の施術を完全に成功させ、部下としては信用しても良いなどと。奴の本質を見誤って隙を見せた。異能に関する極秘研究を扱う部署だとは言え、単なる研究員と油断していたのだ」
「……八葉は決して気を許していい人物ではありません。今だから言えることですが……」
「計画の中止が決まった段階で、既に八葉は妙な動きをしていた。研究資料や被験体を実験の名目で外部に持ち出した形跡があった。今思えば、それを察知した時点で奴を即刻処分するべきだった」
「それがお前の言う情報って奴か?」
「ああ、これが本来、私が開示すべきだった情報だ。わかったろう? これを伝えなかった時点で、私の落ち度なのだ」
「いいえ、それでも私たちにも責任がありますから……」
「おい、メリア。それはもういいだろ。あとはこっちの話だ」
「ああ、そうしてくれ。聞かせてもらってもいいかい、メリアさん」
霧島マサムネにそう言われて、玄野メリアは準備していた情報を話し始める。
「はい。こちらからは二つ。まず一つはご息女の霧島カナメさんのことです」
「カナメのことか……」
自らの娘の名前が出たことで、霧島マサムネは少し視線を落として押し黙った。
「これは未確認の情報でしかないのですが、今回の首謀者が非常に気になることを口走ったらしいのです」
「気になること?」
「それは俺が聞いた。奴は「ここに【根源系】が三人いる」、そう言った」
玄野の口から出た言葉を噛み締めながら、霧島マサムネは顎髭に手をやりながら思考を回す。
「それは、現場に駆けつけてくれたという例の少年と、玄野と……あと一人はまさか?」
「ええ。おそらくその男が発言した状況から推察するに、ご息女、霧島カナメさんのことではないかと」
「そんな、まさか……あの子が? 弱い異能しか発現せずに苦しんでいたあのカナメが?」
「その点に関しては、未確認なので調査は必要です。とはいえ、先日の対校戦争騒ぎの際、カナメさんの異能力は驚くほどの進歩を見せました。あまりに急激な変化だったので、その際【万物を切断する者】から【刃を操る者】に評価が改められましたが、通常ありえないことです。異能鑑定官としての見識からも、彼女の異能には奇妙な点が多いのです」
「……そうか。だが、まさか【根源系】とは……そんなこと、本当にあり得る話なのか、メリアさん?」
「まだそうと決まったわけではありませんが、これまでの経緯も考えると一考の余地があると考えています」
「……なんとも、皮肉なものだ。私が一番力から遠ざけようとしていたあの子が、な」
そうしてしばらくの間、霧島カナメの父、マサムネは地面に視線を落として考え込んでいるようだった。
それを見かねた玄野が声をかける。
「まだそうとは決まってねえだろ? 調べてからだ」
「ああ、そうだな。その調査は一旦、こちらに任せてもらってもいいか? 諜報部にその手の専門家がいる。彼女にも見てもらいたい。結果は君たちにも報告しよう。玄野の【根源系】異能者としての意見も聞きたい」
「ええ、お願いします」
「じゃあ、次だ。メリア」
少し前を向き始めた男に対して、玄野カゲノブは腕時計の文字盤を見ながら、次の話題を話すように玄野メリアに促した。
「ああ、お願いするよ」
「はい。もう一つは、「八葉リュウイチ」に関する情報になります」
「八葉の? 会談前の電話では今回の襲撃事件の首謀者の話、と聞いていたように思うが」
「奴は八葉じゃなかった。俺が直接見たから確かだ」
「ああ、軍の調査部からもそういう報告は受けている。現場に残った血痕から抽出されたDNAは「桐生ヨウスケ」のものと断定された。それもそちらの情報と違いないかな?」
「はい。ですがそれにもかかわらず、首謀者「桐生ヨウスケ」は八葉の『知識』と『人格』を持っていたと考えられます」
「何? それは一体どういうことだ。まさか……」
「おそらく、八葉は自分のコピーを作っています。それも複数いる可能性があります。目的は不明。ですが、私たちはそれに対応する勢力を作らねばなりません」
「軍の異能警察隊が第三派閥の対応で手一杯の現状に、あの八葉が作る勢力圏が加わる可能性、か」
「ええ。かなり高い確率でそういった勢力が水面下で増強されているものと見て、今後の諜報を行う必要もあると考えています」
玄野メリアの言葉の意味を噛み締めながら、軍将、霧島マサムネは視線を落としてポツリと呟いた。
「……また、戦争か」
「……そうならないために、早く動く必要があるのだと思います」
しばらくの間、執務室は静寂に包まれ、三人は無言で立ち尽くしていた。
「マサ、今話せるのはコレだけだ。悪いが行かせてもらうぜ。次にアキヒトに会う事になってる」
沈黙を破ったのは玄野カゲノブだった。彼は次の予定を口にしながら自分の腕時計を確認している。
「霧島軍将、誠に申し訳ありませんが、玄野のいう通りです。私たちはこれで失礼したいと思います」
霧島マサムネに向き直り、頭を下げる玄野メリア。
「ああ、すまないね。私の独り言で余計な時間を取らせてしまった」
そうして歩いて執務室を立ち去ろうとする二人の背中に、不意に霧島マサムネが声を掛ける。
「なあ、メリアさん」
その声に玄野メリアは立ち止まり、振り返る。
「はい、何でしょう?」
「軍人で、しかも軍需産業企業の長である私がこんな事を聞くのは奇妙かもしれないが……メリアさん。君は、戦争は嫌いか?」
「……ええ。もちろん」
「戦争のどこが一番、嫌なんだ?」
「私は戦場で人が死ぬのが嫌いなのです」
「戦場で人が死ぬことか」
「はい。人は人らしく死ぬべきだと思います。人間は身体を半分溶かされたり、誰かもわからないような細切れの肉片になったり、風船のように破裂して死ぬべきではありません。出来れば、誰にだってあんな残酷な死に方はして欲しくない」
「……君の言葉は重いな」
「私も、沢山殺しましたから。先日の襲撃事件でも。あそこはそれを肯定する場所。そして戦争は全てを戦場にしてしまう。もう誰にも、少なくとも次の世代には二度とあんなものを体験させてはいけない」
「そうだな、私もそう思う。今も戦争の道具となる武器を売っている私が言えた事ではないがな」
「違いますよ、霧島軍将。力は使い方です。使う者の心次第で凶器にも、護身の道具にもなります」
「使い方次第、か」
「だからこそ、次の世代の異能者達は理不尽を跳ね除けられるだけの正しい強さを持たなければならない。私はそう思っています。それが、その惨状に至るのを防ぐ事になるはずだと」
「それが、玄野が、社会から零れ落ちる異能者を掬い上げる『底辺』としてあの学校を作った理由だったな」
「そんなに難しいもんじゃねえよ。今は異能持ったぐらいで道を外れるガキが多過ぎる。そいつらの居場所を作っただけだ」
「ふふ、当初はもう少し名前は何とかならなかったのかと思ったものだが……今思うとかえっていい名前に思えてくるな」
「おい、もういいだろ昔話は」
「ああ、引き留めて悪かった。また私の悪い癖が出たな。軍としても、霧島重工としても、君たちに対する協力は惜しまない。私にできそうなことは何でも言ってくれ。……ああ、それと」
「何だ、まだあるのか?」
玄野カゲノブは、いい加減うんざりした表情で目の前の男を見る。一見物静かに見えるこの男だが、一旦のって話し始めると非常に長くなる事を知っているからだ。
「前の伊能のような第三派閥とつるんでいそうな政治家程度ならすぐに潰す。情報があれば気兼ねなく報告して欲しい」
「ああ。だが、あまりやり過ぎるなよ?」
「大丈夫。あくまで今の法律に則ってやるさ。さもなければ、あの時代に逆戻りだ。それぐらいの事は承知しているつもりだぞ?」
「そうだ、秩序は守れ。じゃなきゃ、奴らと同じだ」
「ああ、分かっている」
「じゃあ、俺たちは行くぞ。もういい加減、呼び止めるなよ? 次は酒でも持ってくる」
「ああ、またな。楽しみにしている」
そうして、黒い制服に身を包んだ大柄な男は二人が執務室を出るのを見届けると、執務机の椅子に腰掛けて大きく息をつく。
「……カナメにも色々と話さなければ、いや、まずはちゃんと謝るところからか……」
男は静かにそう呟くと、一時的に里帰りしている娘のことを考えながら、山と積まれた許可申請書類の承認作業に取り掛かるのだった。
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