81 狐の学校入り その1
襲撃事件の傷跡も生々しい帝変高校。
校庭はえぐれ、校舎は破壊されところどころにヒビが入っている。窓はことごとく割れ、ガラスの交換のためにほとんどが取り外されていて廊下や教室の風通しがとても良い。
目下、色んな場所で改修工事が行われていて、工事の人間の出入りやら、建築資材の搬出入やら構内はいつもよりも騒がしい。
その雑然とした帝変高校の構内に、周囲の生徒たちの注目を集めながら颯爽と入って行く『少女』が一人いた。
小柄だが、遠目から一目見てその姿が放つ魅力が分かるほどの美少女は意気揚揚と手足を振って校舎の玄関へと歩いていた。
歩くたびに彼女の金色の長い髪が風になびきさらさらと空中に揺れる。底辺高校の在校生で、金髪の女生徒は珍しい。加えて頭の頂部は少しだけ白くなっていて、特徴のあるその頭の白い模様がさらに注目を集めた。
周囲の人間は足を止め、どうにも目立つ彼女のことを口々に噂した。
「誰だ? あの子?」
「あんな可愛い子いたっけ?」
「うちの制服着てるぞ」
「じゃあまた転校生かな?」
「ああ、きっとまた鷹聖学園からだろう」
様々な憶測が飛び交い、それがまた別の推測を呼ぶ。その正解を知るものは、誰もいない。
「ふんふんふふ〜む♪」
当の小柄な女生徒はそんな周囲の好奇の視線を気にするでも無く、奇妙な鼻歌を口ずさみながら歩いていたのだが、校舎の前に差し掛かったあたりでふと足を止め、そこにいた男子生徒に声を掛ける。
「おい、そこの」
「え、俺?」
いきなりビシッと指を指されて「そこの」と呼ばれた男子生徒は戸惑いながら、自分の顔を指差して問い返す。その反応に満足げにうなづく少女。
「そうじゃ。そこの人間。教えるが良い。アツシはどこじゃ?」
「アツシ?」
「なんじゃ? 知らんのか?」
「ああ、よくわからないけど……」
「ならば良い。他をあたるのじゃ」
そう言って、回れ右をして校舎内へと入って行く金髪の少女。あっけにとられる生徒を放置して、ずんずんと進み、同じことを繰り返していく。
いつしか彼女の周囲には生徒たちの人だかりが出来ていた。
◇◇◇
俺は篠崎さんと一緒に登校していた。
昨日は色々とあったわけだが、一応、朝ごはんはメリア先生が作り置きしてくれていたものを一緒に食べ、一緒に家を出た。
「もう、昨日みたいにお風呂で裸見るとか、下着盗むとかはご法度だからね?」
「ああ、だから誤解だってば。どっちも不慮の事故で……」
「その言い訳も、もう二度と通じるとは思わないでね?」
驚いたことに篠崎さんはリアルでも普通に喋れるようになっていた。やっぱり若干、性格がきつめになっているような気がするけど。
これも頭の中が「玄野ユキ」と混ざった影響らしいのだけれど、テンパってる時なんかは以前のような悲鳴が出てしまうらしい。
「信じてよ……テレパシーで俺の頭のぞけば嘘ついてないのは分かるだろ?」
「覗くのはナシ、って言ったのは芹澤くんじゃない」
「そりゃあそうだけど……」
そんなやりとりを繰り返しながら、学校にたどり着くと、玄関を入ったあたりの廊下に、人だかりが出来ていた。
俺がその中を覗き込むと、その中心にはチハヤ先生と見知らぬ金髪の美少女がいた。彼女たちは二人で何やら話しているようだった。
その金髪の子はかなり背が小さいので一見中学生のようにも見えるが、うちの制服を着ている。知らない顔だし、一年生じゃないな。ってことは上級生?
いや、それはないだろうな。背丈は黄泉比良さんと氷川君の中間ぐらいだ。とすると、また転校生かな?
俺がそんなことを思っていると、その子はふと俺の方を振り向き、驚いたように目を丸くした。そしてそのまま目を細めながら顔に満面の笑顔を浮かべると、こっちに駆け寄って来た。
遠目に見て知らない人物だとばかり思っていたが、正面から見ると、俺はその顔には見覚えがあった。でも、ちょっと違和感があるような……?
「アツシ!」
「……シロか?」
「いた! アツシじゃ!」
その瞬間、彼女は猛スピードで加速したかと思うと、あろうことかそのままの勢いで俺に向かって思い切り頭からダイブして俺の胸に突き刺さって来た。
ドン!!!!
「ごはぁッ!?」
あまりの不意打ちで胸に衝撃を受け、その場にうずくまる俺。
止まる呼吸。きしむ肋骨。……折れてねえだろうな!?
「来たのじゃ、アツシ!」
来たのじゃ、じゃねえよ。
俺はとっさに声が出せず、目の前ののじゃロリ狐の顔を睨みつける。
俺にこれだけのダメージを与えておいて、奴は満面の笑顔だ。
このコスプレ狂め……女の子じゃないなら速攻でリベンジものだぞ?
ん……? 狐?
その時、やっと俺は違和感の正体に気がついた。
彼女の姿をよく見ると、前に森の中で会った時にはあった頭の上のとがった『耳』がない。特徴的だったモフモフの尻尾もない。それで一瞬誰なのかわからなかったのだ。
ああ、やっぱ着脱可能だったんだな。本人は必死に否定してたが、これでコスプレ確定じゃん。まあ、当たり前か。
でも、去り際に彼女が本物の狐になったような気がしたんだけど……まあ、あの時は色々疲れていたところだったし、錯覚か何かだろう。
そこにチハヤ先生が駆け寄ってきて、俺の方に質問を投げかけて来た。
「芹澤くん! この子は知り合いなの?」
「え? ええ、まあ、なんていうか……」
どう答えたらいいもんか。
知り合いといえば知り合いなんだけど、それほど深い付き合いというわけでもない。
ここでチハヤ先生が俺にそんなこと聞いてくるってことは、やっぱりこいつはうちの生徒じゃないってことだよな?
「鶴見先生、この子は裏山に住んでいる子ですよ」
そこに割り込んで来たのは、ショートボブがパツっと決まった黒髪メガネの上級生。帝変高校生徒会長の水沢先輩だった。
「水沢さんもこの子のことを?」
「ええ、成り行き上といいますか……少し込み入った話になりますので、場所を移してからご説明します」
「……そうね、その方が良さそうね」
チハヤ先生は周りに出来た人だかりを眺め、水沢先輩の提案に同意する。
「しばらくしたら授業も始まっちゃうし、すぐに4人で生徒指導室まで行きましょう。あそこなら今誰もいないはずよ」
「わかりました。じゃあ、芹澤くん、シロ。行きましょう」
そう言って俺たちも付いてくるように言う水沢先輩。
なんで俺まで?
気づけば、シロは俺の腕をぐいっと掴んで体をぴったりくっつけ、脇で嬉しそうにピョンピョンと跳ねている。
……ちょっと、そういうのやめてくれませんかねえ。
見ず知らずではないにしろ、俺とシロは一回会ったきりのほぼ赤の他人。別に悪い気はしないんだけど、今は周囲のこの人だかりだ。いらぬ誤解を招きかねない感じになってるんですけど?
すでに、俺の隣の篠崎さんはジト目でずっとこちらを眺めている。
それに周りの視線が痛い。見回してないけど、視線がザクザクと刺さってくるのが肌で分かる。
さらに、周りから小さな声でいろんな話し声がするのが聞こえてくる。
「なあ、一年の芹澤って確か、霧島さんと噂になってたよな」
「ああ、いい感じになってるってもっぱらの噂だったな。もう付き合ってるんじゃないかって」
「まさか、もう浮気?」
「あの霧島重工の令嬢相手に、いい度胸してるじゃないか」
「私、見たわよ。今日彼が別の女子生徒と一緒に登校してるのを。仲よさそうに、昨日のお風呂はどうだったとか、お互いに覗いて裸を見ただとか……」
「まさか!? もうそんなところまで!?」
「それに、あの金髪の子はなんだ?」
「ずっと「アツシはどこじゃ」とか聞き回ってたんだろ?」
「腕組みしてるし、きっと幼馴染かなんかじゃないかしら」
「あれだよな、仲よさそうだし、離れ離れの恋人が押しかけて来た、みたいな感じだよな」
「それで霧島さんと?」
「他の女子生徒と?」
「……サイテー」
「襲撃事件で学校を守った英雄とは聞いていたが……人間性はクズなんだな」
誤解だ。
それ、全部誤解ですから!
色々訂正したいが、この場で必死に否定したらかえって逆効果にしかならないような気がする……
俺はそんなヒソヒソという話し声を背に受けながら、泣きそうになりながらその場を立ち去るチハヤ先生と水沢先輩を目で追う。
ああ。
なにこの状況。
どうして、こうなった?
「どうした? 一緒に行くのじゃ、アツシ!」
満面の笑顔で俺の腕をぐいぐい引っ張る、のじゃロリ狐。
俺は引っ張られるままにシロと一緒に歩き出し、観衆の元から離れていく。
ああ、さようなら、俺の釈明の機会。
俺の脇ののじゃロリ狐はさっきから妙に嬉しそうだ。
いや、狐要素はもうなくなったな。こいつはもはや、ただの金髪のじゃロリ。
「ふんふんふふ〜む♪」
だが、俺の腕を引きながら変な鼻歌を歌うシロのお尻のあたりをよく見ると、スカートの中からいつの間にかモフモフした尻尾が生えているのが見えた。さっきは無かったような気がしたけど。
……ああ、尻尾は取ったんじゃなくて隠してたのかな?
それに、心なしか、シロの頭の上からゆっくりと、ニョキニョキ生えて来るものが二つ、見えるような気がする。そうして俺がしばらく眺めているとそれはリアルな狐耳になった。耳が、頭から生えて来た。
そうして奴は、いつのまにか、裏山の森の中で見たような「のジャロリ狐」に戻った。服装は制服だけど。
……耳が、生えて来た?
やっぱコスプレじゃなかったのか?
「ふんふんふふ〜む♪ ふ〜む♪ ふ〜む♪」
頭が疑問でいっぱいの俺をよそに、ノリノリで尻尾をフリフリ歩く、のじゃロリ狐。
目の前で、尻尾に押し上げられたスカートがめっちゃ荒ぶっててすごいことになってるんですけど。
なんだろうこれ?
なんだろうこの状況。
荒ぶる尻尾が手の甲のあたりに当たりまくってぞわぞわする。
「ほら、急ぎなさい、芹澤くん! 授業始まっちゃうでしょ!」
「あ、はい」
「そうじゃぞ、アツシ! ツルが急げと言っているのじゃ! 急ぐのじゃ!」
「ツル?」
「もっと早く歩いて、芹澤くん。遅いわよ」
「あ、はい。すみません、水沢先輩」
そうして、のじゃロリ狐に引っ張られつつ、少し歩みを早める俺。
なんで俺、怒られてるんだろう? 人生は、不思議がいっぱいだ……
もうなんか、昨日から色々と……
俺、ちょっと泣いても、いいですか?
もういっこの伏線を回収です。
また、前回コメントで「俺の中を…?」の変な部分をご指摘くださった方、ありがとうございました!
ご指摘後に速攻で直しました。お礼が遅れてすみませんでした。
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ブクマや最新話の下からの評価をいただけると、継続モチベが上がります!
気が向いたらよろしくお願いします。





