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80 玄野家への侵入者 その2

 俺は思わぬ窮地に立たされていた。


意思を疎通する者(コミュニケーター)】の異能で頭の中に響く声で、浴室の中にいる篠崎さんから一通りの罵声を浴びた後、非常に気まずい沈黙がこの場を支配していた。


 わけがわからない。

 なぜ彼女がここにいる?

 一体、ここで何が起きているのかは分からないが、でも非常にまずい状況であることはわかる。

 何か打開策を打ち出さなければ。

 ひとまず、状況確認だ。


「あ、あのさ篠崎さん? なんでここにいるの?」


「……」


 俺は浴室のドアの向こうに声をかけるが、沈黙。

 返事はない。まあ当然か。


「いやマジで悪かった。篠崎さんがそこに居るとは知らなかったんだよ」


「……」


 また沈黙。やはり返事がない。

 やっぱ相当怒ってる? そうだよな……

 う〜ん。完全に事故なんだけど。

 それだけでも分かってもらいたい。


 彼女は【意思を疎通する者(コミュニケーター)】なわけだし、試しに心の声の方で呼びかけてみるか?


 ……もしも〜し?

 篠崎さ〜ん?


 ……。


 やっぱ駄目か。


『……お客様のお掛けになった番号は、現在、使われておりません』


 電話かよ。


『着信拒否です』


 ああ、良かった。聞こえてるみたいだな。


『全然。何にも聞こえません』


 いや、聞こえてるよね?


『あ〜あ〜! 聞こえません。言い訳は聞きたくありませんから』


 違うんだ。これは本当に事故でして。

 悪気はないって言うか、不可抗力っていうか……


『でも、かなりじっくり見てたよね?』


 ……うん。それは、否めないっていうか、驚きのあまり凝視するしかなかったっていうか?


『とりあえず、出てってくれないかな? そこに居られるとすごく恥ずかしいので』


 ……はい、すいませんでした。



 ◇◇◇



 そうして俺は言われるがままに大人しく自室に行き、気づけばずっと手に持ったままだったコンビニ弁当を机の上に置いて、ひとまず深呼吸して心を落ち着ける。


「マジで、これは一体何がどうなってるんだ?」


 分からないことが多すぎる。

 篠崎さんに直接聞くことができないとなればメリア先生あたりに聞くしかないんだろうけど、帰ってくるのは明日だっていうし。


 明日までこの状況を放置?

 いやいやいや……それもまずいだろ。

 誤解を解くところまでは早急に手を打つ必要がある。


 それにしても、あの子あんなにはっきり物を言う性格だったかな?

 テレパシー使ってる時はちょっと人格変わるのは知ってたけど、あんなにきつい感じの性格だったっけ?

 前は何か、やたら丁寧な口調なのがデフォルトだったような……?


 いや、多分相当怒ってるんだよな。

 まずいな。

 ホント、どうしよう……


『……芹澤くん、聞こえる?』


 ……お、おう。別の部屋にいても篠崎さんの声が聞こえてきたぞ?


 ああそうか。

 そういえば距離とか関係ないんだよな、篠崎さんの異能って。


『うん。あんまり離れすぎると無理だけど、家の中ぐらいの距離ならどこでも問題ないよ』


 そうか、じゃあここからでも話せるんだな。

 それにしても、やっとまともに話してくれた……よかった。


『ごめんなさい、さっきは驚いちゃって』


 いや、全然君が謝ることじゃないと思うぜ?

 っていうか、ちょっとテレパシー使う時の性格変わった?

 いや、それよりも何で篠崎さんが玄野家にいるんだ?


『一度にたくさん質問するのね……確かに感じが変わったかもしれない。私も、最近何だか自分が自分じゃないみたいって思うこともあるし』


 ああ、ホントなんていうか、サバサバした感じになったていうか……前はそんなキャラじゃなかったよね?


『多分、変わったの。私の記憶は今「玄野ユキ」って人と混ざってるらしいから』


 記憶が混ざってる?

「クロノユキ」?

 まさか……


『「玄野ユキ」はお兄ちゃん……あ、ううん、「玄野カゲノブ」の妹よ。ちょっと記憶が混じっちゃって、校長先生のことついそう呼んじゃうの』


 ……お兄ちゃん(・・・・・)だと?

 親子ほども歳の離れてるあのゴリラが篠崎さんからそう呼ばれてるところを想像すると犯罪臭しかしない。

 その手のお店に通う輩にとってはご褒美でしかないだろうな……奴からも金(むし)り取ってもいいと思うぜ?

 いや、それより奴に妹なんか居たのか?


『うん、私は今……いえ、「玄野ユキ」は今、遠いところで眠りについてるの。眠ってるはずなんだけど、何故か私と……「篠崎ユリア」と混ざっちゃったの。それで寮から移って玄野家(この家)にしばらく住んで欲しいってことになったんだけど……』


 うん、何が何だかさっぱりよく分からないぞ?

 私が私で……?

 それ、自分でもどっちがどっちか分かんなくならない?


『そうね、私も今すごく混乱してる。でも、私がこんなことになってるのは多分……私が芹澤くんの中を覗いちゃったからなの』


 え? 俺の中をのぞいた?

 何それ、いつの話?


『春祭の、襲撃のあった前の日ね、授業中すごくヒマだったから興味本位で覗いちゃったの』


 マジで?

 そんな軽い理由で?


『だから、裸を見られたぐらいで私が芹澤くんにどうこう言える訳じゃないんだよね。本当は』


 うん。確かにそれはどうかと思うけど。

 裸は裸で別問題な気がするな。


『そういうわけで、今回のところは「おあいこ」ってことにしておこうよ? どっちも見られちゃったってことで』


 う〜ん。

 それ、あんまり釈然としないんだけど……


『私からそれで良いって言ってるのよ? それで手を打っておくのが得策だと思うわよ?』


 ねえ、君ホントにあの篠崎さん?

 性格変わりすぎじゃない?

 まさか変なのに意識乗っ取られてないよね?


『変なのとは失礼ね。色々記憶が混ざっちゃってはいるけど……私は私。全部私の意思で言っていることに違いはないから』


 その()ってのがもう誰なのかよく分かんなくなってきたんだけど……

 まあ、いいか。篠崎さんがそれで良いっていうなら。


『示談成立ね。じゃあ、私はそろそろお風呂から出るけど、もうのぞいたりしないでよ?』


 しないって。

 あれはホントに事故なんだから。

 それにそっちも、もう勝手に人の頭の中をのぞいたりしないでね?

 知らぬところでプライパシーが脅かされてるとかちょっと怖いから。


『わかってるわ。でも、もし私がのぞいてもテレパシーではあまり嘘はつけないようになってるから、すぐばれちゃうから。安心して』


 それ、安心材料何一つ無いんですが。ただの事後報告ってことだよね?



 そうして、頭の中の会話は終わったのだが、その数分後。



「はわわっ!? ひゃわわわわわ!!?」



 突然、浴室の方から篠崎さんのいつもの悲鳴が聞こえた。

 あ、リアルの方はそのまんまなんだ。なんかちょっと安心したな。

 だが、何か不測の事態が起きたらしい。


『え? なに!? どういうこと!?』


『どうした?』


 コンビニ弁当を食べ始めていた俺の頭の中に、篠崎さんの焦った声が響いてくるが、俺は落ち着いて状況を確認する。


 こういう時、慌てて現場に駆けつけて「ラッキー事故」を狙うような不届きな輩もいるらしいが、俺は違う。

 ここぞという時、余裕を持って振る舞えるのが本当の紳士なのである。

 どうやら侵入者に襲われてるとかそういう感じでもないようだし、様子を見よう。

 それに今これ以上、失点を重ねたらクラスの女子内での評判は大変なことになるし。


『無くなってる……私の……確かにここに置いておいた筈なのに……?』


『ない? 何が無いの?』


『…………』


 そして沈黙。

 一体どうしたっていうんだ? 何がなくなったって?


「……まあ、とりあえず放っておこうか」


 彼女からもう何も言ってこない以上、俺の出来ることはないと考えよう。ここで下手に動くのは良くない。こういう時は慌てて動いて、また事故が起きる二次災害みたいなのが怖いのだ。


 しかもさっき、彼女は気になるワードを出していた。

 ここに「しばらく住む」と。

 それってもしかして、いや、もしかしなくても俺と一緒に玄野家に居候するってことだよね?

 それなら、なおさらこれ以上こじれた変な関係になりたくないし、慎重に動くべきだろう。


 そう思って俺はコンビニ弁当の残りに手をつけ始める。


 だがその時、俺はふと自分の足先にピンク色の布状のものが引っかかっているのに気がついた。


「ん、なんだこれ?」


 俺はその小さな布のようなモノを手に取り持ち上げる。

 そのくるりと丸まっていたピンク色の布を両手で持って、びろーんと伸ばしてみると、そこには二つのまあるい穴が空いていた。


 もしやこれは……もしかして……篠崎さんの?


 さっき、脱衣所で慌ててバタバタしてた時に……足に引っかかって、それでかな?

 ああ、それでこれがここにあるのかな?


 なるほど。

 それで俺の手の中に、このピンク色の物体があるのかあ。


 なるほど……


 ……


 これは……


 俺は手の中に握られているモノを冷静に見つめながら、あくまで落ち着いて篠崎さんにコンタクトを取る。


『篠崎さん。ちなみにさ、参考までに聞くんだけど探してるものって何?』


『……ねえ、芹澤くん? 心当たりがあるみたいね?』


『……違うんです。事故なんです。これは事故です』


『そんな言い訳、もう通じないと思うよ?』


『……ねえ、信じて? すぐ返しますから』



『この、変態』



 そうして俺はその夜、彼女が眠りにつくまでの間ずっと、頭の中に鳴り響く謂れなき罵倒を受け続けたのであった。

ひとまずの伏線回収…!

次回は学校フェイズでまた一人(一匹)の来訪者。

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