78 生徒たちの日々 植木ヒトシの場合
本日2話目の投稿です
「あ〜あ、ヒマ!ヒマだ!!」
植木ヒトシは退屈していた。
いつも教室で絡んでいる芹澤アツシは怪我の治療ということでお休み、そして御堂スグルも「お爺ちゃんの家に遊びに行く」とかで今は居ない。要するに、今日は絡む相手がいないのだ。
おまけに学校は改修中で授業も殆どない。彼にとっては授業があろうがなかろうが、その内容はそんなに頭に入って来たりはしないのだが。予定されていた授業時間は午前中で終わり、既に放課後。もう、何もすることがない。
そういうわけで、彼は非常に暇を持て余していた。
「よう、そこの二人。ヒマそうだな」
そこで彼はいつもは話もしない二人に話しかけることにした。
「あ? 何だ、お前。雑魚に用はねえよ」
「おいおい、音威。お前もうちょっとクラスに馴染む努力はしろよな……」
それは鷹聖学園から転校して来た二人の生徒、音威ツトムと平賀ゲンイチロウだった。
平賀はどちらかというと社交的な性格なので割と早くにクラスに馴染んだのだが、音威はその高慢な性格もあって、最初は転校生という物珍しさから人も寄って来ていたにも関わらず、最近は孤立気味になっていた。
それを見かねた平賀が音威のそばについて色々とクラスのみんなと便宜をはかってやっている。そんな状況が続き、音威から人が遠ざかるのと同時に音威と常に一緒にいる平賀からも人が自然と引いて行った。
そういう訳で、この二人もヒマであった。
「はっ! 雑魚だと? わかってねえな、お前。俺とお前とじゃ、お前の方が圧倒的に弱いかもしれねえんだぜ?」
そして、当然のように音威を煽る植木ヒトシ。
「てめえ……」
「おい、音威。止めとけよ。転入早々、くだらないことで問題を起こすことはないだろ」
その様子に、音威をなだめにかかる平賀。
他の生徒はもうとっくに下校して教室から出て行っている。
彼がこの場唯一の常識人、良心である。
「おいおい、怖いのかよ? この俺が?」
だが平賀の消火の努力もむなしく、手のひらを肩の両脇に上げたやれやれポーズでさらに煽りたてる植木。
平賀はもう頭に手を当ててため息をついている。
「ふざけんなよ? もう泣いても許してやらねえぞ。表に出ろ、雑魚野郎」
「へっ! いい度胸だ。早速、勝負だな。戦場は俺が選ばせてもらうぜ?」
「いいぜ? 臆病者がどんなハンディキャップをつけても、勝つのは俺だ。問題ねえよ」
そうして、植木ヒトシは教室の入り口に向かって歩き出す。
それに音威と、心配そうな面持ちの平賀が続く。
「じゃあ案内するぜ。そこは爆弾、飛び道具、銃器なんでもアリの戦場……俺達にふさわしい決闘の場だ」
「へっ……面白そうじゃねえか。案内してみろよ? その場所によ」
「吠え面かくなよ? 俺はそこの常連だ。ついて来い」
◇◇◇
そうして、十分後。
その戦場には様々な音が鳴り響いていた。
ドカーン
ピロリロリーン
ババーン
ガチャ〜ン
ドカーン バババババ
ギュイーン ドーン
ボボーン
ピロリロリーン
ボボーン
「さあ、着いたぜ。これがオレ達の戦場だ」
「これ……ゲーセンじゃねえか!!」
案内される途中で薄々は感づいていたものの、まさか、という気持ちでついて来た二人は呆れ顔で植木ヒトシを見つめていた。
「そうだけど? 見て分かんねえのかよ? もしかしてゲームやったことないとか?」
「ふざけんな!それぐらいあるに決まってんだろ! 馬鹿馬鹿しい……帰るぞ、平賀!」
完全に戦意を削がれ、来た道を引き返そうとする音威。
無言でついて来た平賀はやれやれという感じで、一緒に帰ろうとする。
「はは〜ん。逃げるのか、音威?」
「…………何だと?」
ここでも音威を煽りにかかる植木ヒトシ。
さらに言葉を連ね、煽りに煽りを重ねる。
「はっ!怖いんだな? この俺にけちょんけちょんにやられるのが? 良いぜ、敗北を認めて去る者は追わない……後は俺たちだけで楽しむとするか、平賀」
「おい、ちょっと待て。俺も残るとは言ってないんだが?」
植木の言葉にいやそうな顔をする平賀だが、その横にいた音威が振り向いた。
「まてよ」
植木がニヤついた顔で佇んでいた脇の、格闘ゲームのアーケード躯体のシートに音威がドカッと腰を下ろす。
「お? やるのか?」
「格の違いを教えてやる」
「ちょっと待てよ音威、お前このゲームやったことあるのか?」
横から平賀が心配そうな顔で音威の顔を覗き込む。
「ねえよ。それでもこんな奴には負ける訳ねえしな」
「はっ、いい度胸だ。このゲーセンでの高ランク保持者の俺に簡単に勝てると思うなよ?」
そうして、五分後。
ドゴーン!!
ユー! ウイン!
「はっ!見てみやがれ、初見の俺に完膚なきまでに叩きのめされた気分はどうだぁ、この雑魚野郎!」
「馬鹿な!? ここいらの小学生相手に無敵を誇った最強のハメ技が通用しないだと!?」
「はっ! そんなセコイ技で俺に太刀打ちしようなんざ百年早いぜ!」
「あーヤメヤメ! こんなクソゲーで勝ったって何の自慢にもならねえからな! なあ、別のゲームやろうぜ」
「お前、いい加減にしろよ……ん?」
ジャララッジャ〜!ジャジャーン!
ニューチャレンジャー!!
「おい、なんだこれは。平賀、ゲームの画面が急に止まったぞ」
「乱入者だな。他のプレイヤーが挑戦して来たんだ」
「乱入者? いい度胸だ。叩きのめしてやるよ」
音威と平賀は正面でつまらなそうにしている植木を無視して、見知らぬプレイヤーからの挑戦を受けることにする。
「キャラはシン老師か。玄人向けのキャラクターだが……何!? プレイヤー名“Tutti”だと!?」
「何だ、平賀? 知ってるのか?」
驚いたような表情の平賀に、音威が疑問を口にする。
「知ってるも何も……オンゲーランキングで全国で三本の指に入る有名ゲーマーだ。プロゲーマーともいい勝負して、負かしたりする事も多いんだぜ。名勝負動画がいくつもネットに上がってる実力者だ」
「へえ、面白そうだな」
音威はそのままゲーム画面を見つめ、ニヤリと笑みをこぼす。
「……ちなみに、俺はこの店舗ランキングで十五本の指に入る腕前だ」
「人間にはそんなに指ねえよ!! だいたい興味ねえし、そんな数え方もしねえよ!!」
いつの間にか隣に回り込み、会話に割り込んできた植木ヒトシの発言を即刻で切り捨て、音威と平賀はゲーム画面に目線を移す。
「挑戦受けろよ、音威。面白そうだ」
「ああ、当然だ。俺の相手はそれぐらいじゃなきゃな」
五分後。
ドゴーン!!
ユー! ルース!
「チッ……動きを全部読まれてるな?こっちの攻撃パターン全てを把握して、冷静に対応しやがる……嫌な野郎だ」
「だが……意外といい勝負してるぞ、音威」
「そうか? もう速攻で3連敗じゃねえか。全然勝ててねえじゃん」
音威の適応力を賞賛する平賀と、容赦なく内容を酷評する植木ヒトシ。
自分がさっき音威に完敗したのはもう忘れているらしい。
「チッ!もう一回、もう一回だ! さっきは一勝もぎ取れたんだ……次は次こそは……!」
……そしてその15分後。
リベンジ10回目。
ドゴゴゴーン!!
ユー! ウイン!
「はっ!ざまあ見やがれ!二勝0敗!ストレート勝ちだぜ、ワンパターンカウンター野郎が!!」
「音威……凄えな、お前。初日で全国ランカーにまで勝っちまうなんて……」
「はっ!頭の出来が違うんだよ!凡人とは違ってなぁ!見てたかよ雑魚野郎?」
満面のドヤ顔で振り返る音威。
だがそこに植木ヒトシの姿はない。
植木はもう飽きたのか別の席に行って違うゲームに興じていた。
「……」
ジャララッジャ〜!ジャジャーン!
「おお、また別の乱入者か。な!? この名前は、まさか!」
「ん? また有名なやつなのか、平賀?」
「有名も何も……こいつは前人未到の「全戦無敗」を誇る、無敵の王者……“MLA”。世界中のプロゲーマー達がこぞって挑戦しても誰も歯が立たないという伝説のアマチュアプレイヤーだ。まさか奴の名前がここで見られるなんて……!」
「へっ……面白そうじゃねえか。プロゲーマーでも歯が立たない? 本当かどうか、俺が試してやるよ」
そうして、新たなプレイヤーからの挑戦を受け入れる音威。
そうして一分後。
ドゴーン!!
ユー! ルース!
「馬鹿な!? 動きが全て読まれているだと!? こちらの動き全てに即反応して来やがる!」
五分後。
リベンジコンティニュー4回目。
「まだ一撃も当てられないだと? こんな事があってたまるかよ……」
そうしてまた五分後。
リベンジコンティニュー12回目。
ドバーン!!
ユー! ルース!
「こいつ……本当に人間か? AIかなんかじゃねえのか」
そうしてまた五分後。
リベンジコンティニュー20回目。
ドゴゴーン!!
ユー! ルース!
「……駄目だ。どうやっても勝てねえ、なんだコイツ?」
「やっぱり対プロを含めて全戦無敗は伊達じゃねえな。すげえもんを見た気がするぜ。もういいのか、音威?」
「ああ、こんなん人間じゃ勝てねえよ。馬鹿馬鹿しい」
そうして、コンティニューを諦めてゲームセンターを出る音威と平賀。
当然のように置き去りにして来たはずの植木ヒトシも何故か一緒に出て来ていた。
「よし、じゃあ、次はバッティングセンター行こうぜ!」
植木はまだ遊ぶつもりのようだが、辺りは既に夕暮れ時になっていた。
「ふざけんな。もう俺たちは帰る。お前なんかに付き合ってらんねえよ」
「ほう、逃げるのか? ああ、苦手なんだな? 空振りするのが恥ずかしいってんならいいぜ、別に。行こうぜ、平賀」
「いや、だから俺は行かねえって……」
「この野郎。いいぜ、雑魚が。納得いくまで叩きのめしてやるよ」
そうして、安い挑発にまた乗る音威。
植木はニタニタと笑っている。
「じゃあ、行こうか。新たな戦場にな……!」
「雑魚の分際ってものを分からせてやる」
「はあ、お前らなあ……」
頭を押さえ、呆れ顔の平賀。
もう音威は放って置いて、一人で帰ってしまおうかとも考え始めている。
「ん? あれは」
そこで植木が見かけたのはいつも学校で絡んでいる芹澤アツシだった。
保健室のメリア先生と、校長と一緒に喫茶店から出てくるところだ。
怪我で休んでいたはずだが、どうも、元気そうに歩いているように見える。
きっとただのズル休みだったのだと踏んだ植木ヒトシは大声でその背中に声を掛ける。
「お〜い、芹澤!! お前もバッティングセンター行こうぜ!!」
「……はあ?」
植木の声に気がつき、とても嫌そうな顔で振り向く芹澤アツシ。
そこへ歩いて近づいて行く植木ヒトシ。
「なあ、芹澤。行くよな、当然」
「行かねえよ。もう何時だと思ってんだよ。夕飯時だろ」
「はは〜ん。お前も怖いのか。空振りばっかり見られるのが。いいぜ、恥ずかしいんなら」
「……は?」
植木の言葉に一瞬硬直する芹澤アツシ。
「俺は逃げるものは追わねえからな。行こうぜ、音威、平賀!」
そして植木ヒトシは踵を返し、芹澤のもとを離れて行く。
だが、すぐにその背後から彼を呼び止める声がした。
「……おい。ちょっと待てよ、モヤシ野郎」
そうして……
とても簡単に釣れる遊び相手三人に囲まれて、植木ヒトシは満足げに次の目的地へと向かうのだった。
「さっきの相手、どうだった? ヨモちゃん」
「まあ、中々手応えがあった方」
「じゃ、次はヨモちゃん家でFPS対戦やろ〜か?」
「お〜け〜、オールキル十連は余裕だから」
「お手柔らかに頼むよ〜」
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