77 喫茶黒猫2
「八葉じゃなかった?」
「ああ、間違いねえ。あいつは違う」
襲撃事件が起こった当日の夜。
お父さんに家のベッドまで芹澤くんを運んでもらうと、私は首謀者とみられる男の顛末を聞いていた。
「顔は変えられるが、骨格は無理だ。違う奴だった」
「そんなことって……?」
どういう事?
霧島さんから聞いた話ではその男は「八葉リュウイチ」と名乗っていたと聞いた。そして、状況から私もそうに違いないと思っていた。犯人は「桐生ヨウスケ」の偽名を使って生きていた「八葉リュウイチ」だと。
でも、過去、実際に八葉リュウイチに会い、会話もしているというお父さんは「違う」と断定している。
お父さんは考えるのは苦手だけれど、直感で物事を瞬時に見抜く。一瞬の判断ミスで命を落とす戦場で、それも最高峰の異能者がひしめく異常な世界で、数年もの間、ほとんどそれだけで乗り切って来たのだ。
その勘が全く外れているとも考えにくい。だとしたら……?
まさか……
私は自分が思い至ったアイデアに背筋が寒くなる感覚を覚えた。
思い当たるひとつの可能性。
つい最近、不意に遭遇した事態がその思考を加速させた。
篠崎さんの記憶が書き換えられた事例。
「玄野ユキ」の記憶が内部に入り込み、人格まで書き換える事例を私たちは目にしている。
それを利用すれば……自分の記憶と思想を他人に植えつけることも可能だ。
普通、そのようなアイデアが浮かんでも実行には移さない。
理論として可能でも、人の心はそれを否定する。
当たり前にある倫理観がそれを邪魔し、思いとどまる。
でも、それが頭に浮かんでしまった以上、私はそうとしか考えられなくなる。
「もしかすると」
理論的に可能である以上、そしてその有効性が想像できる以上、八葉はそれを実行する。
彼に倫理的な葛藤を期待するのはお門違いだ。
「八葉は自分のコピーを作っている」
他人の人格を書き換え、あるいは上書きし、自分の亜種を作り出している。
恐らく、複数。そうして自分の影響範囲を広げつつある。
「思っていたよりも事態はずっと深刻かもしれない」
「……どういうことだ?」
こちらも動かなければならない。
早急に天皇帝に、お父さんを通して「異形」や「第三派閥」についての限定的情報開示の許可を得なければならない。
私の想像どおりであれば、こちらも持てる戦力を全て吐き出さなければならなくなるかもしれないのだから。
多分、その時は近い。
その前に少しでも、出来る準備はしておかなければならない。
◇◇◇
「『異能警察予備隊』の創立?」
俺はメリア先生から出て来た言葉に首を傾けていた。
異能警察って『週間異能』で無能警察とか叩かれてたアレか?
でも「予備隊」って何?
「ええ、犯罪を起こす異能者を取り締まるために、早急な増員の必要が出て来たの。そこに「有望な学生」をスカウトしたいっていうのが国の方針になったのよ」
「え〜と? それって、もしかして」
それをわざわざ俺に話すってことはもしかして。
「ええ、芹澤くんにもそこに参加して欲しいっていうのが今日のお願いよ」
「……へ〜え、なるほどぉ」
……マジで?
俺、さっきつい勢いで「喜んで!!!」とか返事しちゃったけど早まったか?
警察の予備隊とかちょっと想像もできないんですけど。
体育会系のタテ社会じゃないよな? だったらやだな……
「ちなみに氷川君と赤井君、暗崎君、弓野さんにも声をかけてあるわ。あなたの友達の御堂くんにもね」
「へ? あいつにも?」
氷川君や赤井は分かるが……
ああ、当然今をときめくネットアイドルの暗崎君も分かるけど、なんであの変態まで?
いや、あいつのステルス能力は帝変高校の職員室にも忍び込めるレベルなんだよな……だとしたら不思議でもないか?
前々からあいつの異能の過小評価は気になってたし、案外妥当なとこなのかもしれない。
ただ、あいつ逆に犯罪引き起こしそうな異能者筆頭じゃね?
「今回の襲撃事件で発生した岩の巨人の『異形』を最終的に倒したのは御堂くんと弓野さんなの。「対校戦争」を含めて、彼の今までの戦歴を考慮した順当な結果よ。彼は多分、諜報を含めたいろんな状況に対応できる逸材ね。今後すごい成長をすると思うわ」
マジで?
てっきり氷川君がやったのかと思ってたけど、あいつと弓野さんで?
一番相性悪そうなチームメンバーじゃない?
よく弓野さんに後ろから刺されなかったな。
「それで、初期創設メンバーとしてはあなたを含めて15名。みんな一年生を予定しているわ」
「てことは、別にタテ社会的な上下関係とかない訳ですよね?」
皆一年生と聞いて少しホッとする俺。
「監督はチハヤ先生と雪道先生にお願いするけどね」
……ほう。へぇ〜、そうですか。
それ、完全にタテ社会決定ですわ。
命令に従わないと高速で致死性のチョークが飛ぶ未来しか見えない。
いや、今の俺なら別に怖がることないか?
飛んで来てから即座に反応できるか不安だけど。
常時「保温」シールド展開は周囲に被害出し過ぎるからなあ。
あれ以来、あの変な『声』も聞こえないけど、あんまり無理するとまた出てくるかもしれないし。あの後、メリア先生からは「異能を無理して使いすぎないように」という厳重注意を受けている。校長も珍しく真剣な顔で「あれはもう使うな」と言って来た。
言われなくても、やらないけどね? また変なのに力を乗っ取られるのは怖いし。
……まあとにかく基本、逆らわないことにしよう。
うん、そうだそうしよう。
「それで、俺は何すればいいんですか? それって学生でもできる感じの内容なんですよね?」
俺は気になっていることその1をとりあえず聞いてみる。
他にも、さっきから「ヴァリアント」とか香ばしい謎ワードが出て来てるけど、あえてスルーしている。
多分、あの岩の巨人の怪物の業界用語的な奴だろう。
その意味を聞いてしまったら、もう後戻りは出来ない系の匂いがプンプンする。
でも、もうとっくに俺は後戻り出来ないところまで来てるんだろうなぁ……
三つのパフェを超高速で食い終わって名残惜しそうにコーヒーを啜ってるそこの校長の異能も本来は機密事項だって言ってたし。
「今回はあくまでも異能警察の「予備隊」の創設よ。普段は緊急時に対応するために特殊訓練を積んでおくのが主な活動ね。今回みたいな事件が今後起こらないとも限らないから……」
そう言って、少しうつむき気味に話すメリア先生。
訓練か。「特殊」ってとこが気になるけど……
まさかまたあのゴリラとの強制共同生活みたいなのは無いと思うし。
「まあ、それぐらいなら大丈夫そうですね」
「それで、予備隊の隊長は芹澤くんにお願いしたいと思ってるの」
「……え?」
……隊長?
生まれてこのかた、リーダー的なものはやったことないんですけど。
いやあ、無理だろ?
俺、人に指示出すとか絶対無理だし。
「いやあ、それ、レベル4の氷川君とかの方がいいんじゃ?」
「忘れたの? あなたはその氷川君に圧勝してるのよ? それに今回の襲撃事件対応のMVPは間違いなくあなたよ。誰もそのことに文句は言わないし、多分、みんな納得してくれると思うわ」
「……それって、そういうもんですかね?」
「そういうものよ。まあ、形だけだから。ね?」
そう言って俺の方をにこやかに見つめるメリア先生。
そのワード、なんか非常に丸め込まれた感がするんですけど。
「そうですね……」
「駄目かな? もし、君が乗り気じゃ無いなら無理にとは言えないんだけど……」
あと、ここでの超絶美人さんの困り顔は卑怯だと思う。
確実に俺の判断力を奪い取る。メリア先生、絶対わかっててやってるよね?
それでも、俺は出来るだけ冷静に考えた上で承諾する。
「う〜ん、じゃあ、いいかあ。……ホントに形だけですよね?」
自分の意思で、それでもいいと思って判断する。
多分、それは今の俺にとって必要なことのような気がする。
今後また、霧島さんが前みたいに狙われないとも限らない。
そういう時に守り抜くためには一人じゃダメだ。
俺だけ強くなっても目の届く範囲には限界がある。
誰かと一緒に強くなる必要がある。
「やりますよ。俺、全然隊長って柄じゃないですけどね?」
「ふふ、お願いね。君ならきっとできると思うわ」
「任せたぞ、アツシ」
さっきから一切口を挟まなかったゴリラが何か言っている。
妙にニヤついているが、まさか、俺が丸め込まれたとでも?
金髪碧眼巨乳美女に屈しただけの浅はかな童貞男だとでも?
童貞ちゃうわ。
少なくても心持ちの上ではな!!!
「言われなくても。俺は俺がやりたいと思うからやるだけだぜ? 勘違いしてんじゃねえぞ、ゴリ校長」
「ああ、頼んだぜ」
そう言うと校長は俺の方を向いてさらにニヤついた顔を見せる。
その顔、なんていうか非常にピキピキくるんですけど。
ああ……こいつとの共同生活の思い出が再燃して来たなあ。
そっち側のお礼はまだなんだよなあ……
いつか、きっちりお返ししてやるからな?
「じゃあ、早速必要な情報の開示をしていくわね。言っておくけどここから先は機密事項が多いから、他言無用にしてね?」
そう言ってメリア先生は俺に色々な必要事項を説明し始める。
次々と出てくる香ばしいワードに俺はちょっとだけワクワクしつつも、この先のことを考えて真剣に耳を傾ける。
そうして気が付いた時には日が傾き、メリア先生がお勘定を支払って俺たちが『喫茶黒猫』の外に出ると、辺りは夕暮れ時になっていた。
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