70 襲撃事件の終わり
空へと向かって伸びる一本の光の筋。
崩れ落ちる岩の巨人。
その側に立つ三人の生徒。
森本先生のもとにチハヤ先生が向かい、彼女の異能で肉の塊の異形を貫くとそれも動きを止め、地面に向かって潰れて行く。
そうして、正門側校庭に存在した異形は皆、活動を停止し……
帝変高校の上空には、細かな塵が舞い散る。そこには先ほどまであった大岩の姿もなく、瓦礫も全て処理され消滅しているようだった。
私が空を見上げると、一人の少年の姿を見つけた。
その少年はゆっくりと地上に降り立ったかと思うと、ふらりとその場に崩れ、倒れた。
「芹澤くんッ!」
私は、その少年のもとに走った。
◇◇◇
私は保健室で芹澤くんを篠崎さんの隣のベッドに寝かせた後、校内の状況を確認していた。
「デルタ先生、校内の状況を教えてもらえますか?」
「「 はい〜! 侵入者は全滅したようです! 雪道先生が眠らせた分と、本宮先生が記憶を消した分も合わせて〜! あと、帝変高校側の損耗は軽傷23名、重傷者は5名出ましたが、死者はゼロですよ〜! 」」
「わかりました。先生方の掃討の再確認ができたら、放送室にも連絡して校内放送でその旨伝えてクラスごとに安否確認するように指示してください」
「「 りょ〜かいです! 」」
そうして私はデルタ先生との通信を切るとベッドに横たわった芹澤くんの横に座る。
校庭で倒れた芹澤くんは今も気を失っており、呼吸も脈拍も正常範囲ではあるが、見るからに消耗している。
当たり前だ、あんな無茶をすれば……本来あんなこと、この子には……ついこの間まで常識の範囲内にいたような子供には不可能なはずなのだ。それでも、彼はやってしまった。やり遂げてしまった。
…………お父さん。
あなたがいない間でも、何とかなったよ。
みんなが……芹澤くんが。生徒達が、先生達が皆、ここを守ってくれた。
私は何も、できなかったというのに……
特に芹澤くん。
彼がいなければこの高校どころか、この街ごととっくに消えて無くなっていた。
誰もが死を意識しただろうあの瞬間に、彼は一人でそれを撥ね除けたのだ。
いつも校長がやっているようなことを、やってのけてしまった。
私は眠る芹澤くんの頭を撫でる。
「「 ……あいつは、早い。早すぎる 」」
彼の顔を見ていると、お父さんがそう言っていたのを思い出す。
つい数ヶ月前まで、自分の能力のことすら知らないで生活していた少年。
このあどけない少年の内に、とんでもない力が眠っている。
その力が、急速に彼をこじ開けようとしている。
彼は、このままどこまで行ってしまうのだろう。
「おい、メリア……この襲撃は……どういうことだ?」
そこへ、校長が帰還した。
彼は歩いて保健室に入ってきた。
顔には普段表さない怒りと焦りの表情が浮かんでいる。
「お父さん……? 来てくれたの」
「すまねえ、遅くなった。これは誰がやった? すぐ報復に行く。教えろ、メリア」
静かに怒気を滲ませた声色。
それを向けられているわけでない私でさえ恐ろしいと思える程の本物の怒りの感情。
「ううん、お父さん、ひとまず大丈夫。芹澤くんが……生徒達が頑張ってくれたから、一番の危険は無くなったよ。だから……」
「アイツが……?」
「だから、今は外からまた外敵が来ないか見張ってて。生徒達の安否を確認してるところだから……首謀者の尻尾を掴むのはこれからね」
「……わかった」
そうしてお父さんが部屋から出て行こうとした時、ふと目をやるとベッドから起き上がる一人の生徒がいた。
「篠崎さん?意識が戻ったの?」
「…………」
しかし、篠崎さんの目は虚ろだ。
何かを見ているようで、見ていない目。
まずい、これはまさか精神に異常が出ている?
私は最悪の事態も想定し、確認の為に篠崎さんにまた声をかけようとするのだが、篠崎さんはすっとこちらを向き、私の方を……正確には私の後ろ、校長の方に目をやる。
「……!」
すると篠崎さんの目は何かを見つけたかのように大きく見開かれ、目の中に生者としての光が宿った。
ああ、良かった。もしかすると意識は戻ったのかもしれない。
私がそう安堵しかけていると、篠崎さんは校長を見つめながら
「……お兄ちゃん?……なんでこんなところに……」
はっきりと、そう言ったのだった。
私がそれに戸惑い、校長の方を振り向くと、お父さんも驚愕の表情を浮かべている。そして、さらに驚くべきことを口にした。
「お前……ユキか?」
彼は、現在南極に囚われている……彼の妹、玄野ユキの名前を口にしたのだ。
この世界における、もう一人の『根源系』。決して公にはされないが、特殊災害として世界中の高位異能者から最優先討伐対象に指定されている「世界滅亡級の脅威」。
この世界にただ一人しかいない、最大の脅威……「レベル6」の玄野ユキの名前を。
「老けたね……お兄ちゃん」
そんな。
これは、一体……
こんなことがあるはずは……!!!
彼女は今……眠らされているはず。
お父さんのほとんど全能力を割いて時を止め、存在を封印されている筈なのだ。
それが、ここにいる?
いや、そんなわけはない。
彼女は篠崎さんだ。彼女が、倒れる前に何かに触れてしまって意識が混濁していると考えるのが妥当だ。
さもなければ……
篠崎さんはベッドから飛び降り、校長の元へと駆け出す。
「会いたかった……本当に、会いたかったよ、お兄ちゃん」
そうして校長に抱きつき、目から大粒の涙をこぼしながら泣き出す篠崎さん。
お父さんは僅かに戸惑いの表情を浮かべ私の方を見てくる。
私は静かに首を振る。
こんなこと、起こるはずがない。
少なくとも私の知識では、全く説明ができない。
私たちはただ呆然と、その泣きじゃくる少女の姿を眺めていることしかできなかった。
その時、校内アナウンスが鳴り響いた。
『『 校内の侵入者の全滅を確認しました
生徒は速やかに教室へ戻り、担任の指示に従い点呼をしてください 』』
モヤシサイド
「ふわあ〜あ!! よ く 寝 た ッ !!!」
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