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07 満開の桜

 入学して最初のクラスルームが終わり、俺は帰ってから何をしようかと考えながら帰宅準備をしているところだった。


 ふと気がつくと、前の席の方から長い黒髪の美少女が、だんだんと俺の方に近づいてくるのに気づいた。

 彼女は中学時代の俺の理想の美少女エリちゃんにも並ぶぐらいの美少女。


 すらりとして、スポーツができそうな優等生ルックス、いい匂いのしそうなさらりとした整った長い髪。

 これはもしかしたらエリちゃんより…


 いや、いやいや。

 エリちゃんに並ぶ美少女などこの世に居る筈がないな。ないない、ありえない。俺はずっとエリちゃん一筋なのだ。もっと言えば、俺はエリちゃんとイチャラブするためにこの世に生を受けたのだ。そうに違いない。


 本当なら高校生活でそのロマンスが花開くのが決定的に確定的な予定だったのに。

 あの保健室の金髪美人鑑定官め、こんな修羅の掃き溜めに送り込みやがって…マジ、許さん。ちょっと色っぽい金髪メガネ美人さんだからって何もかもが許されるわけじゃ…


 とそんなことを考えていたその時。


 バン!!!


 と俺の机が勢いよく叩かれた。


 何事かと思って前を見ると、先ほどの黒髪の美少女が俺の目の前、それも目と鼻の先にいた。


 さらに驚くことに…その美少女はこう言ったのだった。


「芹澤くん…今日の放課後、体育館裏で会えない?」


 放課後?


 体育館裏?


 !!?

 バカな!これは…これはまさか!!!?


 俺はもちろん即答した。


「よ、喜んでッ!!!」


 心の中で、ガッツポーズを決めながら。




 ◇◇◇




 そうして、今。

 俺は学校の体育館裏の倉庫前に居る。

 体育館裏にはたくさんの桜の木が植わっていて、時期ということもあって大量の花びらが舞っている。


 ああ、桜が綺麗だなぁ。

 我が記念すべき日に相応しい。


 そう、待ち合わせのあの子の名前は「霧島カナメ」。

 クラスルーム中、暇を持て余した俺が作成した「クラス美少女番付け」で最上位にランクインした、クラス屈指の美少女だ。


 俺としたことがさっきはあまりに突然な目と鼻の先の邂逅だったので、テンパってとっさに名前が出てこなかったのだ。やはり美人というのは間近で見ると、全然、いい。


 そんな彼女に、いきなり体育館裏に呼び出された。

 他の誰も見ていないところで「二人きりで会いたい」と言う。


 これはつまり、アレしかないだろう。


 修羅の国にもこんな春があったとは…

 俺はちょっとだけ、あの美人鑑定官に感謝の念を送りなら彼女が現れるのを待った。


 しばらくして、彼女がやってきた。


「待たせたわね、ちょっと取りに行くものがあったものだから」


 彼女は腰のあたりに手をやり、曲がった長い筒のように見えるものを掴んでいる。

 なんか、刀みたいな形をしてるなあ。気のせいだと思うけど。


「ううん、俺も今きたところだから」


 ああ、こういうの、っぽい!ぽいシュチュエーションだ!

 女の子と待ち合わせって感じで、いいなあ!


「早速だけど…始めたいわ。覚悟はいいかしら?」


 そう言って、彼女は腰に差した刀を抜き放った。


「ああ、いつでもいいとも」


 俺はとっくに彼女の心を受け止める準備はできている。

 彼女の何もかもを余すところなく、受け止める所存である。


 つい先ほど俺は心の中の恋人、エリちゃんにキッパリ別れを告げてきたのだ。

 これで、なにも思い残すことはない。


「では…行くわ」


 彼女は地を蹴り、こちらに向かって急加速する。


「帝変高校生徒会、第六位。霧島カナメ、参るッ!!!」


 そして抜いた刀で切りかかってきた。


 あれ?

 ちょっと思ってたのと違うかなあ?


 いや、うん、知ってたよ。本当は。

 刀を抜いた時点でなんか違うかなぁって思ってたよ?ほんとだよ?


 でも、告白とかそういう可能性もなくはないじゃん??

 男はそういう可能性にかけてみるのって大事だと思うんだ…


 あまり思考を巡らす間も無く、距離が詰まり、彼女の斬撃が俺を襲う。


 しかしー


 俺は、彼女の太刀筋を見切って(・・・・)ギリギリのところで躱した。


「えっ?」


 彼女はそんな風に躱されるとは思っていなかったのか、少し呼吸が乱れた。

 何を隠そう、俺は小学校から近所の剣道教室に通っていたのだ。


 生徒が俺と俺の妹含めて3人だけの、今にも潰れそうな剣道教室だったが先生(ししょう)は丁寧に、本当に…死ぬほど懇切丁寧にご指導してくださり、時には稽古が真夜中まで及ぶこともあった。そして日々、なぜか俺だけの特別メニューが増えていった。何度も辛い、辞めたい、殺されると両親に泣きついたが、全く聞き入れてくれなかった。


 あの、稽古と称する地獄の拷問の日々。

 何度も児童相談所に駆け込もうかと思ったあの小学生の苦悶の日々。


 あの剣道教室の(ししょう)の動きに比べれば…

 彼女はなんというか、太刀筋が単純すぎる。

 切ろうとしているところを馬鹿正直に目線と筋肉の動きで教えてくれている。


 それじゃあ、当たってはあげられないな。いや、本身だから当たったらヤバイけどな!!

 まあ余裕あるし、ちょっとこっちからも仕掛けて見るか。


 俺は姿勢を低くして彼女の懐に飛び込み、霧島さんに足払いを仕掛ける。


「!?」


 スパァン!!

 という小気味よい音とともに俺の足払いは見事に決まり、彼女は縦に一回転しながらしながら綺麗に宙を舞いー


 そして、俺の目の前に着地した。


 いや、言い直そう。

 こんな表現では不適当だ。不敬に当たる。

 …大変お見事な大開脚でお着地あそばされたと。

 そこには、綺麗なピンク色の花柄のおパンツ様が鎮座されていた。


 でもね、これだけはわかってほしい。

 これは故意ではないんだ。事故なんです。


 俺は心の中で合掌しながら、心の中のシャッターを押した。

 ご馳走になります。


「くっ、まだよッ!!」


 すぐに立ち上がり、なおも執拗に切りかかってくる霧島さん。

 体が温まったのか、先ほどよりも剣筋が良くなってきている。

 でも…


「なんでよっ!!」


 全然当たらない。基本的に、さっきの彼女の欠点は変わっていないからだ。

 それに、一振り一振りが大振りすぎる。


「なんで…」


 彼女はなおも刀を振り回す。あっ、足を滑らせて転んでしまった。また見えました、花柄様。本当にありがとうございます。

 もう腕にあまり力がこもっていないな。


「なんで」


 もう剣技とは呼べない、ただの素振りだ。


「なんで当たってくれないのよ!」


 そして、次に来るのは見え見えの大振り。そろそろ俺は終わりにすることにした。

 斬撃を躱す際に、すれ違いざま彼女の手を手刀で強めに打つ。


「あっ!?」


 俺は彼女が手放した刀を奪い取り、距離を取った。

 彼女は一瞬にして自分の刀が俺の手に渡ったことに唖然としている。

 そこで俺はこう切り出した。


「もうこの辺で止めにしとかないか、霧島さん?そろそろ暗くなるしさ」


 君の制服も泥だらけだし、俺も拝むものは拝めたしさ…


「…う…」


 あれ、どうした?


「…う…え…」


 …え?

 な、なんか泣き始めたぞ?


 どうした!?そんなに今の手刀痛かった!?

 いや、あれか?見られたのが嫌だったのか!?

 違う!あ、あれは不慮の事故で…!


 霧島さんは声と体を震わせながら、顔を覆いー


「私は…」


 今にも消え入りそうな声でー


「私は…そんなに無能なの…?」


 そう言って、涙を流していた。


 俺もどうして良いか分からず立ち尽くしていると…

 騒ぎを聞きつけたのか、周囲から野次馬が集まってきた。


 彼らの視線の中心には、泥だらけの制服ですすり泣く女の子と、抜き身の刀を持って彼女の前に佇む俺。


 あれ?

 これって…なんか、俺が悪いみたいになってない…???

 絵的に、俺が一方的に苛めてた感じになってない?


 社会的な危機を察知した俺は彼女の手を引き、「いやあ、彼女目に砂が入ったみたいで…!」と最大限の俺悪くないんですよアピールをしながら野次馬を通り抜け、人気のない校舎裏の非常階段のところまで走った。




 ◇◇◇




 俺はどうしていいか分からず、とりあえず階段に二人で腰掛けていた。

 彼女はしばらく泣きじゃくっていたが、しばらくすると落ち着いたようで「ごめんなさい」と小さく謝ってきた。


 俺はなんで彼女が自分に切りかかってきたのか、わからなかったので、とりあえずそれを聞いてみた。すると彼女は


「あなたがあの「桐崎ノボル」を倒したって聞いて、どうしても手合わせしたいって思ったの」


 そう言った。


 ……桐崎ノボル?


 誰だそれ?


 二年生…?

 ああ、あれか。モヒカン先輩か。ちょっと誤解があるようだから解いておこう。


「いや、それは誤解だよ。あれをやったのは全部、あのモヤシ野郎…植木ヒトシって奴なんだ。俺は、その場に居合わせただけだし。第一、俺の能力なんて『【温度を変える者(サーモオペレーター)】』のレベル1だぜ?ケンカになんて使えないって。」


 そう、俺はあのバカに巻き込まれただけの被害者なのだ。まあちょっとはアシストしたけれど。


「あなたもレベル1…そう…そうだったのね。勘違いで迷惑かけてしまって本当に、ごめんなさい…」


 彼女は消え入りそうな声で謝って来る。


「…「あなたも」ってことは霧島さんも?」


「ええ、私は桐崎ノボルと同じ『【物を切断する者(ディバイダー)】』の能力者よ。しかもレベル1…小石すら満足に切れない程度の、最弱のレベル1よ」


 ああ、そういえばクラスルームの時に自己紹介でそんなこと言ってたな。レベルは言わなかったけど。


「でもなんでさっきは異能を使わなかったんだ?やっぱり手加減はしてたんでしょ?」


「言ったでしょう?小石も切れないって。小指の爪ぐらい、ちょうど桜の花びらぐらいの大きさの刃、それが私の扱えるサイズの限界よ」


 そういえば、あのモヒカン先輩はコンクリートの壁をバターのように切り裂いてたな。それに比べれば、貧弱と言えるのかもしれない。


「そして、あの剣術も本気よ。私の、全力全霊だった…あなたには全く歯が立たなかったけどね」


 彼女は悲しそうに俯いて言った。


「私って…なんでこんなに無能なのかしらね」


「無能、かぁ…」


 彼女が無能かと言われれば俺は「違う」と断言できる。さっきの剣術とい、あの地獄のような日々を過ごした俺には一歩譲ったが、この年頃の女の子としてはかなりのものだったからだ。でも、気になることがあった。


「霧島さんがさっき使ってたのは、大振りで強引に相手を断つ(・・)為の、剛の剣だろ?やってて違和感ない?」


「…どういうこと?」


 多分、女性には向かないタイプの力押しの剣術。彼女はそれを使っていた。でも、それは彼女の素質と致命的にかみ合っていない。


「腕力マッチョな鍛え上げた武人は別として…非力な人の剣はとにかく「当てる」べきなんだ。与えるダメージは小さくても、細かく当てて引くこと。」


 これは俺が教わってきたことでもあった。


「霧島さんには、そっちの方が向いてると思うよ?力が弱くても、相手を見極めながら多く打つ。そうすりゃ、いつかは岩だって削れるもんさ。」


 師匠(せんせい)からの受け売りをドヤ顔で言い放つ俺。


 俺たちの側を一陣の春の風が通り抜け、桜の花びらを舞い散らせた。

 そして、しばらくの沈黙。


 …まずい、偉そうな説教じみて聞こえたかな?


 やり切れなくなった俺は、もう一つ気になった話題を切り出した。


「そ、それにさ、霧島さんの異能だって…一緒に出せるのは「一つだけ」とは限らないんだろ?」

「……えっ?」

「………………えっ?」


 この反応…まさかもしかして、試したことなかったとか?


「やってみたら?」

「え、ええ…」


 彼女が胸の前に手をかざすと、手の先から、一つの小さな花びらのようなものが飛び出す。

 続けてもう一つ。


「もう一回」


 そして、次は…同時に二つ(・・・・・)飛んで行った。


「…できた」

「できるんじゃん」


 彼女は、肩を震わせて…


「で、出来た!出来たよ!芹沢くんっ!」


 一つしか出来ないと思っていたのが、二つ出来た。

 それだけのことで、彼女はすごく喜んだ。

 すごく喜んで、俺に抱きついてきた。俺の腕にも何かすごく柔らかいものが当たっている。

 俺も、すごく、嬉しい。


「あっ…ご、ごめんなさい!つい…嬉しくって…」


 そんな、謝ることなんてない。

 お礼を言わなければならないのはこちらの方だからだ。

 もうちょっと抱きついていてくれたら、こちらが謝礼を支払わなければならないところだった。


「…ごめんなさい…いえ、芹沢くん。本当に、ありがとう…!」


 また涙を流しながら…泣き上戸なのかなこの子?

 不意に風が吹き、彼女の涙が伝った頬のあたりに桜の花びらが張り付く。

 ちょっと間抜けな姿だが、桜の花びらに包まれた彼女の笑顔は、本当に綺麗だった。


人物ファイル010


NAME : 霧島カナメ

CLASS : 【物を切断する者(ディバイダー)】S-LEVEL 1


帝国に君臨する霧島重工(霧島グループ)総帥の息女で三姉妹の三女。「逆境に置かれれば人は成長する」という帝国軍軍将の父親の教育方針もあり、帝変高校に入学。能力は『【物を切断する者(ディバイダー)】』であるが、実は極秘の先端技術である「人工的な方法」で受け継いでいる。しかし、最弱のレベル1。同じ処置を受けた姉達は同じ能力で初期状態で超越レベル3以上の発現であり、周囲からはカナメは「失敗例」と見なされている。


しかしその評価は「刃一つあたり」の評価であって、同時に出現させることの出来る刃の数はカナメが桁違いに多い。


その事実に気がついた時、彼女は無双の刃使いの道を歩み始める。


<特技>

千ノ刃 サウザンドエッジ

桜花 オウカ

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