60 異能研究者 八葉リュウイチ
「そうですか……ご報告ありがとうございます。ええ、こちらからも何か分かりましたら、必ず」
私…玄野メリアは保健室で帝国空軍所属の霧島少佐と秘匿回線で情報交換をした後、通信を切った。
「やはり、あの男が……」
設楽応玄の研究施設で発見された痕跡についての所見は、彼女とお互いに概ね一致し、この件についてのある人物の関与が濃厚……いや、ほぼ決定的になったのだ。
押収された記録によると設楽の設立した「異能開発研究所」の所長「桐生ヨウスケ」は五年前、「帝国陸軍時代に身につけたノウハウ」を設楽応玄に提供して取り入ったとされる。その「ノウハウ」とはかつて国の極秘研究プロジェクトによってもたらされた「異能者製造技術」と「異能強化技術」のことだ。
彼はその後の五年間、軍の中枢にいた者しか知り得ないそれらの技術を設楽に提供しつつ、自身の研究を進めていたはずだが、軍と私たちが突入した時にはその重要な部分が根こそぎ持ち去られていた。その資料の重要性を深く理解する者…「桐生ヨウスケ」が持ち去ったとしか思えない。
だが、世界中探してもそのレベルの知識を有する研究者となると人物は非常に限られてくる。というより条件を照らし合わせると、もはや一人しかいないのだ。
間違いない。
彼はあの「八葉リュウイチ」だ。
戦時中に帝国陸軍の極秘研究プロジェクトの主任を務め、十年前に謎の失踪を遂げた人物。彼は顔を変え「桐生ヨウスケ」という偽名を使って設楽の異能者製造プロジェクトに手を貸していた疑いがある。
十年もの間、軍や政府、いや、世界中の情報機関が血眼になってもその足取りを辿ることすら出来なかった、世界でも最重要レベルに値する機密情報を握っている男。その男の消息が今、おぼろげに見えてきたのだ。
彼は、世界屈指の天才的な異能研究者だった。
いや、「世界最高の」と言っても良いぐらいだ。その異常な人格を除けばだが。
決して公にはされないものの、彼の業績はそれほど凄まじいものだからだ。
今日の最先端の異能研究は彼によって礎が築かれていると言っても良いのだ。
現在、異能を語る上でもはや必要不可欠な「異能野」、「異能情報」、「異能帯域」という概念は、戦時中、帝国陸軍兵器開発局の命令によって行われた「異能者増産計画」と呼ばれる研究に端を発している。その異能者増産計画の第一号計画………通称「一号計画」から始まり、終戦に伴い「六号計画」で打ち切られた悪夢のような研究の研究主任……それが彼だったのだ。
現在、原則として国家首脳級以上のレベルでしか閲覧が許されないその研究書の概要にはこうある。
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【異能者増産計画 概要】 極秘資料
一号計画 BMH 7 ~
備考:動物実験段階
【個体識別コード】 P1-N0001 ~ N0963
二号計画 BMH 6 ~
備考:死刑囚を使った人体実験段階
【個体識別コード】 P2-N0001 ~ N0338
三号計画 BMH 3 ~
備考:安全性の確認段階 孤児、志願者、死刑囚を使った実験
【個体識別コード】 P3-N0001 ~ N0311 【番外個体】P3-EP01~04
四号計画 BMH 1 ~
備考:安全性の確立 スペック向上試験 性能にムラ有り 成果E~S
【個体識別コード】 P4-N0001 ~ N0012 【番外個体】P4-EP01~02
五号計画 BMH 1 ~
備考:安定性向上 成果C~A
【個体識別コード】 P5-N0001 ~ N0026 【番外個体】P5-EP01~03
六号計画 BMH 0
備考:コンセプト刷新 新理論『区間ごとの書き込み手法と成長性概念』導入
【個体識別コード】 P6-N0001 ~ N0005 【番外個体】P6-EP01
計画終了 MH 1
※【個体識別コード】N以下は被験順の被験者の通し番号を示す
※【番外個体】は記録抹消、施術のみ
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(※BMH : 皇紀前 MH : 皇紀)
この資料によれば彼はこの七年間の研究の中で、動物の被験体963例、人間の被験体692例によってデータを集めている。非人道的な人体実験を含むその研究の中で、彼は様々な業績を上げた。
まず「異能野」の解明。
人の脳内で異能の能力を宿す場所。脳の中央近く、戦前の脳医学で松果体と呼ばれていた部位のさらに中央部分にあることを彼が突き止めた。
そして「異能帯域」。
人の脳内で異能の能力の書き込みを受け付ける場所の最大の「情報領域的な広さ」を示す。個人差があり、一般人の脳と異能者の脳とで100倍以上の開きがあるということを実験データにより証明した。
その次に「異能情報」の発見だ。
これを明確に理解することによって、異能を「読み取り」「書き込む」ことが可能だということを理論的に示した。異能【意思を疎通する者】がその機能を果たせることも実証する。これが「異能者増産計画」の根幹となる発見だった。
さらには「異能帯域」を超えた「異能情報」の書き込みによる「過異能化」の発見。これは業績と言っていいのかわからないが……この確認も彼によるものだ。
加えて「異能強度」の用語の定義。異能の発現の強さを示す概念だ。彼は「異能帯域」が広く利用されているほど異能強度があるという仮説を立て、これも実験により実証している。
また「異能可塑性」という異能帯域の書き換えのしやすさもという概念も定義した。歳をとるほどに難しく、若い、あるいは幼子であるほど柔らかく受け入れやすいことを実験により証明している。
さらに、今日の「異能種別」も彼の研究によってもたらされたものだ。
彼は命名法のルールとともに、異能の種別を以下のように定義し、【第1種】から【第5種】にまで分類した。
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【第1種】万物系
異能種別 : あらゆる物に特定の概念を作用させる者
【第2種】感応系
異能種別 : 特定の対象の感覚に作用を及ぼす者
【第3種】操作系
異能種別 : 特定の対象に操作作用を及ぼす者
【第4種 1類】発生系
異能種別 : 特定の概念を元にした現象を発生させる者
【第4種 2類】創造系
異能種別 : 特定の概念を元に、複雑な現象を発生させる者
【第5種】干渉系
異能種別 : 特定の法則や概念に干渉する者
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ここまでは「表」にも出ている情報だ。
だが、彼はそこにどうしても当てはまらないものとして【特種】というカテゴリーを作り出した。
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【特種】根源系
異能種別 : 根源となる法則を操作する者
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この「【特種】根源系」の異能種別は現在公にはされていない。その名前や素性、関係者情報までもが国家機密扱いとなる「レベル5」と「レベル6」の存在に触れることだからだ。この特質は、「おそらく時間などの根本の現象を『どこまでも』操作することを可能とする」と書かれているが、厳密な定義は八葉の執筆した研究書のどこにも見当たらない。彼がこれを特種として区別した理由が、なぜかどこにも見当たらないのだ。異様なほど几帳面な彼の性格からすると、私はここには違和感を覚える……些細なことではあるのだが……
ともかく、彼の業績は他にもあり、挙げて行けばきりがない。
彼は言ってみれば、ほとんど一人で異能研究を躍進させてきた人物なのだ。
彼には異常性と天才性の両方が備わっていた。
罪人とはいえ次々と人間の脳を切り開き、嬉々として自分の研究の糧にしていく狂気の科学者。
彼の目覚ましい業績は軍部と彼……そして当時の世界全体を覆っていた狂気の産物だ。
その狂気をまた自らの糧とし、本物の怪物と化してしまった男。
それが彼、「八葉リュウイチ」なのだ。
「こんなに近くにいたなんて。これはほんとうに、まずい状況だわ……」
その男が、今回の件に関わっていたということ。それは彼にはもう既に帝変高校に居る「彼ら」の存在が伝わっている可能性があるということだ。
設楽の研究所からは帝変高校に関する調査資料が山ほど出てきたという。重要な部分ではそのどれもがこちらが流した偽情報だったということで、一安心していたところだったが、彼らが入手していた資料から生徒の個人情報の記載された部分だけがごっそりと抜かれていた。これを八葉は持って行った可能性があるのだ。
また、彼が設楽の研究所で行なっていた「重要な部分」を全て持って逃亡したこと。それは今彼が現在進行形であの研究を継続しているということを示す。
そして、彼の行方が全く分からないということ。彼から身を守りたくても、具体的な対策の取りようがないのだ。
「……どうして そしてこんな時に限って、校長が出張だなんて……」
お父さんは天皇帝の依頼によって、現在北海道に旅立っている。
海外の勢力と手を組み、芹澤くんを狙って動き始めているという第三派閥の複数の団体を叩き潰す為だ。
順調に仕事を終えれば明後日の夜には帰ってくる予定だ。
それまで……
「何事もなければいいんだけど……」
ほんの数日間の校長の不在。
別に珍しいことではない。
今までも、そういうことはあったし、大きな問題もなく過ごしてきたのだ。
でも、今回に限って私は何故か胸騒ぎが抑えられず………
祈るような気持ちで、窓の外の曇り空を見やるのだった。
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