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06 玄野メリアの鑑定書

 …… 現代から遡ること十二年 ……


 ----- 世界異能大戦末期 -----



 私、メリア・ヴェンツェルは一人だった。


 気がついた時にはもう両親はいなかった。

 祖母と暮らしていたが、ある日友達の家に遊びに行き、帰ろうと家に向かう途中、私は空に流星群を見つけた。私がぼんやりとそれを眺めているとそれはだんだんと明るくなり、空全体を覆った。途端、眩い閃光と共に街に響き渡る轟音。私は爆風に飛ばされた。

 同時に住んでいた家は瓦礫の山となり、翌日には私の国籍があったはずの国はもう地図上に存在しなかった。


 それからは薄暗い橋の下で寝泊まりし、路上でゴミ箱を漁る生活をする日々。


 戦争に巻き込まれ何もかもを失った。

 戦災孤児というやつだ。


 人買いに誘拐され袋詰めにされそうになったのは、九歳の時だった。

 でも、その人買いは私を袋に詰めることはできなかった。

 彼は突然血を吐いて地面に倒れたからだ。それは私の「能力」によるものだった。


 私は知らず知らずのうちに、それが何かも分からず、異能の力を身につけていたのだ。

 その力は『病を発する』という異能だった。そして私は【病を発する者(モーバスクリエイター)】と名付けられることになるが、そのことを知った戦争屋にすぐ目をつけられて捕獲され、十歳の時に兵士として前線に送り込まれた。


 そうしてー戦地を転々とし……私は「南極大陸」で戦っていた。


 私たち使い捨ての弾丸(コマ)が送り込まれたのは極地の戦争だった。


 補給などなく、兵士はただ死ぬまで戦うだけ。

 すでに味方のほとんどは息絶えた。


 敵は極低温の吹雪の中でうごめく異能者たち。

 彼らは正真正銘の「バケモノ」といってもいい。


 息をするように半径1キロほどを消し飛ばすような「爆音」使い。

 氷の槍を文字通り雨のように降らせ、人に刺さるのを見て喜ぶ狂った女。

 まるで綿菓子のように人間を溶かし、一緒に南極大陸を三分の二程度に削ってしまった頬のこけた痩せ男。


 あいつらは強いが、すぐには相手を殺さない。

 殺戮を、戦場での拷問を楽しんでいるようにも見える。


 まだ私が五体満足で生きているのは幸運と言えばいいのか不運と言えばいいのか。

 かえって「弱かった」から生かされているに過ぎないのかもしれない。


 いつになっても攻撃は止まず、敵は休息の暇など与えてはくれない。

 限界をとうに超えた疲労で視界がぼやけ、足がもういうことを聞かない。

 遠くで爆撃音が響き、近くで銃声と悲鳴が聞こえる。


 悲鳴の音はだんだんと、私の方に近づいてくる。


 ああ、ここで私は死ぬのだ。

 たった十二年の短い人生を終えるのだ。


 そう思うと、今まで流すのも忘れていた涙が出てくるのが不思議だったが、その涙も極地の低温で即座に凍りついていく。


 死を意識した私の体は力を失い、凍てついた地面に倒れていくー


「おい、大丈夫か?」


 だが突然現れた太い腕に抱きとめられ、私は地に伏せることはなかった。

 そこにいたのは見知らぬ、東洋人の男。


「まったく、顔まで傷だらけじゃねえか。子供(ガキ)にこんなことやらせやがって…」


 その見知らぬ黒髪の男は、私をゆっくりと地面に横たえる。


「……ここで待ってろ。止めさせてくる」


 男がそう言うと突如として吹雪が止んだ。

 すると視界が開け、周囲にいた脅威がその姿を現した。


 ……その数は数えるのも馬鹿らしい。


 視界を埋め尽くすような数の人影が、そこには蠢めいていた。


 私はすでに数百の異能者(バケモノ)達に囲まれていたのだ。

 この戦場で生き残るなどという可能性はとっくにゼロだったのだ。


 一体、こんな状況で男はどうしようというのだ?


 「止めてくる」?

 何を言っているのだ?

 あんなバケモノの群れに飛び込むのは自殺しにいくようなものだ。


 絶対にダメだ……行ってはいけない……

 体が動くのなら、一刻も早く逃げるべきだ!


 そんな私の視線を受けながら、男は僅かに笑いー


「じゃあ行ってくる」


 そう言って私に背中を向けて……

 ふっと幻が搔き消えるように男の姿が見えなくなった。


 …………消えた?


 …ああ、そうか。


 あの男は私が見た夢だったのだ。私の叶うはずのない、非現実的な願望が幻となって出てきたのだ。


 私は、これからあの遠くに見えるバケモノの群れに八つ裂きにされる。

 それが現実だ。動かない未来。絶望的な将来。


 戦争が終わる?

 そんなことなど、あるはずがない(・・・・・・・)


 そう思った瞬間、あたりから同時に(・・・)爆音が響き渡り、視界に映っていた全ての(・・・)異能者が「殴られたように(・・・・・・・)吹き飛んだ」。




 ◇◇◇




 後で知ったのだが、彼の名は玄野(クロノ)カゲノブ。

 『【時を操る者(クロノオペレーター)】S-LEVEL 5』。


 それが、その極地の戦争を終わらせた男の名前だった。




 ◇◇◇




 ----- 世界異能大戦終結から十年後 -----


 ----- 国立異能研究センター -----




「はい、次の方どうぞ」


 私、玄野(・・)メリアは現在、国立帝変高校の保健室担当医と、国立異能研究センターの鑑定官を兼任して務めている。どちらも、私の強い要望によるものだ。


 通常、絶対に無理なのだが、帝変高校校長(あのひと)の口利きもあり、適正的にも能力的にも問題ないということで、特例として兼任を許可されている。


 今の私は、以前の私からすればとても考えられない立場にいる。

 十二年前、南極の戦地で玄野カゲノブに拾われ、この東洋の国に連れてこられた私は当局者や軍部をとても困らせた。


 私の異能評価は『【病を発する者(モーバスクリエイター)】S-LEVEL 3』。

「病を発生」させるだけの能力だ。治すことはできない。害となるだけの異能。私の存在はそのまま生体大量破壊兵器のようなものだ。


 おまけに身寄りのない、国籍不明、素性不明の外国人。

 当然、国家当局からも軍部からも危険視され、治安と国民の安全の為に「殺処分」という意見が大多数だったらしい。

 そして、軍部は私の秘密裏の殺処分を決定した。私もそれは当然のことだろうと思い、受け入れていた。


 しかし、そこに玄野(あのひと)が割り込んだ。

 大多数の説得にも関わらず、玄野は一人、「納得いかない」と私の処分に反対し続けた。軍部が処刑を強行しようとした時も、力づくで阻止したそうだ。


 最終的には「あいつは俺の娘にした。それで俺の親戚だ、文句あっか」の一言でケリをつけたという。当時、私が監禁されている独房に彼が入ってきて突然、「お前、俺の子供になったから」と言われても何のことだか分からなかったけれど…


 …昔のことを思い出すのはこれくらいにしておこう。


 今日は異能研究センターの鑑定官として、先日の地震後に異能を自覚したという中学生3人を鑑定することになっている。


 特に気になっているのが、これから部屋に入ってくる「熱い鍋を頭からかぶっても何ともなかった」という男子生徒だ。


 事前のヒアリング担当者によると、彼が今まで自覚した異能の力は


「冷めたお風呂が適温まで温まる」

「冷めたおでんをアツアツに温めることができる」

「蒸し暑い部屋を快適な程度にひんやりさせることができる」

「夏場でも手に持ったアイスがずっと溶けない」


 という現象だという。

 つまり異能が自分の「意識外(・・・)」で、都合の良いように発現されているということ。

 そして自分の意思でものを自由に「温める」、「冷やす」ということが可能だという。


 その報告を聞いて私は一つの結論を出した。

 そして、自分が出したその結論に背筋が寒くなった。


 彼は確実に、養父と同じ「原理を操る」タイプの非常に特殊な異能……『【特種】根源系(プリンシプル)』の異能保持者だ。


 本人がその異能の本質(・・)に気がつけば、確実にレベル5に届き得る。それどころか、下手をすればレベル6の<厄災級>……「世界に対する脅威」に成長する危険性も十分にあるのだ。


 今はまだいい。せいぜい、彼ができるのは、飲み物や食べ物を「温めたり」「冷やしたり」する程度だという。それは「そういう能力」だと本人が勘違いをしているからだ。


 でも、もし彼が自分の本質に気が付いたら?彼の異能が、物質を「どこまでも」温め、「どこまでも」冷やせる異常な能力であると気が付いてしまったら?もう、誰も彼を止めることはできないだろう。彼がそれを望むなら……この星を壊すのも凍らせるのも自由にできるだけの力があるのだから。全て、本人の資質に委ねられているのだ。


 それにもし、彼の異能の有用性が国や軍部に認知されたら?当然、戦力として軍事利用がされるだろう。異能に関することで、国民は国の決定に絶対に逆らえない。そういう絶対的な法律をこの国は作ってきた。


 戦場に送り込まれ、ただ殺戮するための機械となるなんて最低だ。あんなこと(・・・・・)はもう誰にも体験させてはいけないのだ。


 でも、命があるというだけ、まだマシな最低なのかも知れない。脅威を重く見られれば、「潜在的な脅威」として殺処分されることになるかも知れないのだから。


 そう、私の時のように。


 ……そんなことを考えている時だった。

 突然、激しい音を立てて勢いよく鑑定室の扉が開いた。


「よろしく、お願いしまぁッす!!!」


 その例の異能者本人「芹澤アツシ」が鑑定室に入ってきたのだ。

 私は動揺を隠しながら彼に異能の鑑定結果を口頭で伝え、彼を観察することにした。


 目の前にいるこの子、「芹澤アツシ」はどこからどう見ても平凡な少年だ。

 彼次第で世界が危機に瀕する?

 彼を前に話していると、それはとても馬鹿げた妄想のようにも思えてくるのだ。


 それに彼の目はどこかあの人(クロノ)に似ている。

 同じ『根源系』の能力者だからだろうか?


 不思議な生きる力に溢れ、妙に楽しそうでー


 しかし、私にその子は次に問いかけてきた質問で、私のそんな考えは甘かったのだと思い知った。


「あの!俺の異能の『【温度を変える者(サーモオペレーター)】』って、どうやったら国を守るような「戦力」として使えるんでしょうか?」


 彼は言った。

 自分は「戦力」になれるのか、と。


 途端に私の背筋は凍った。

 もし彼が戦場などに送り込まれ、自身の能力を自覚などしてしまったら……いえ、気づくだけならまだマシな方だ。もし戦場で心を壊し、もしその敵意の矛先が広範囲の人間に向いてしまったら?

 そうなれば「十年前の異能災害(レベル6)」の被害よりもっと酷いことが起きかねない。

 それは、それだけは絶対に防がなくてはならない。

 出来るだけ、可能性の芽は詰んでおくこと。


「はあ…キミ、本気で言ってるの?」


 だから私は、必死だった。彼の願望を否定することに。体の震えを押さえ込みながら、精一杯の演技をして。今、この時が分岐点なのかも知れないのだから。


「え?…あ、はい…一応。俺、大戦で活躍した異能者の英雄の一人に憧れてて!自分もそんな風になれたらなぁって」


 彼は英雄、という言葉を口にした。

 英雄願望。強くありたいという願望。それは彼を戦場に駆り立てるものだ。


 だから、私は意図して突き崩すように否定する。


「英雄? あなた頭は大丈夫? あんなのは山を粉砕したり、核ミサイルを殴りとばしたり、大洪水で島を沈めちゃったり…世界の地形図をめちゃくちゃに書き換えた、バケモノの群れでしかないわ。それが英雄? 笑わせるわ」


 声が震えているかもしれない。でも、やめるわけにはいかない。戦場なんかに希望を微塵も持たせないために、注意深く言葉を選んで彼の願望を刈り取ろうとする。


 あなたは、戦場(あんなところ)になんか行くは必要ないのだから。そんな危険を冒さずとも、この時代では、この国では生きられる。あなたがその力を自覚さえしなければ。


「逆に聞きたいんだけどね。キミは飲み物の温度を変えられるぐらいの力で……誰と戦うつもりなの?」


「……」


 少年は僅かに悲しそうな顔で俯く。

 この年頃の子供に、言い過ぎたかもしれない。

 でも彼にはひとまず、「自分の能力がその程度(レベル1)の異能である」と誤認してもらわなければならない。

 それと同時に、国にも同じ報告をしなければならない。


「キミのは珍しい能力には違いないんだけどね……使いみちが電子レンジにも劣るのよね」


 私はさらに、できる限り精一杯の否定をした。


「そうですかあ。いやぁ、あまり役に立ちそうな能力じゃなくて残念だなあ!」


 私の辛辣な言葉になおも、立ち上がってくる少年。


「うん。全く役に立ちそうもないわ。」


 でも、私は言葉を緩めない。

 しばらくの、沈黙。


 少年は何かを考えていたようだったがこう切り出した。


「じゃ、じゃあ俺はまたこれで元の普通の生活に戻っていい訳ですね?」


 しかし私はそれも否定する。


「そんな訳ないじゃない? そんなのでも異能は異能。今後、君の人生…もとい能力は国家の管理下に置かれることになるの。春から君は帝都の異能者養成学校へ通うことになるわ」


 あなたは今後多くの人間に狙われることになる。その強大な潜在能力が周囲に知れたら、確実に国家から、軍部から利用される。脅威と考え命を狙う者だっているだろう。


 せめてあなたが成長するまで。

 誰かが、守らなければいけない。


 ……私が、そうしてもらったように。


 そして私は彼に言った。


「異能鑑定の結果、入学先はFランクの帝変高校(うち)で決まりね。ちなみに法律で決まってて拒否権とか無いから。」


 そして私は彼の鑑定書に「レベル1」と書き込み、「特定保護対象」のスタンプを押した。


 ここから、私は彼に嘘をつき続けることになる。そして、国にも嘘をつくことになる。

 結果、もし彼が自分の力で生きていけないようであったら、私が責任を取ろう。


 彼に恨まれることがあっても、それでもいい。それが私の決断。それが私の覚悟。

 それが、彼の生きる道につながるなら。

 それが私がお父さん(クロノ)に教わった生き方なのだから。

人物ファイル008


NAME : 玄野メリア(メリア・ヴェンツェル)

CLASS : 【病を発する者(モーバスクリエイター)】S-LEVEL 3


金髪碧眼の保健室の先生(担当医)。保健体育の教科を担当。二十四歳。異能研究センターの鑑定官も務めている。

世界異能大戦中、幼い頃に家族を失っている。いわゆる戦災孤児。戦争屋に拾われて傭兵として戦場を体験し、戦場で死にかけていたところを玄野に拾われた。現在、玄野の養子。

彼女の異能『【病を発する者(モーバスクリエイター)】』はあらゆる病を作成し、発生させることが出来る。空気中に散布することも、人体内の特定の部分に発生させることも自由にできる。そういった『病』のイメージから、彼女を敬遠する者は多く、現在、彼女自身もほぼこの能力を封印している。


<特技>

感染 インフェクション

壊死 ネクローシス


///


人物ファイル009


NAME : 玄野カゲノブ

CLASS : 【時を操る者(クロノオペレーター)】S-LEVEL 5


現帝変高校校長。四十三歳、独身。戦争終結の立役者で「終戦の真実」を知る一人。現在、とある理由により能力が大幅に制限されている。ステータスは例えるなら「武力999 内政0 外交1」の武力極振りの人。

彼の異能『【時を操る者(クロノオペレーター)】』は、時間を加速することも遅延させることもでき、範囲も自らの意思で自由に操作できる。応用として、自らを極限まで「速く」し、周囲を極限まで「遅く」することで、擬似的に「時を止める」ことができる。基本戦法は「時を止めて敵が降参する(or気絶する)まで一方的に殴り続ける」という非常に地味な戦い方だが、加速と遅延による時間差を利用してどんなものでも問答無用で断裂させるという反則級の「最強の剣」も持ち合わせる。


<特技>

加速 アクセラレーション

遅延 スロウダウン

延長 エクステンド

停止 ストップ

時空断裂 クロノスティアー


///


DATA


レベル6 <厄災級> 世界滅亡級の脅威


「存在するだけで世界の脅威となり得る者」として世界異能協会で特別討伐対象に指定されている。過去に一例あるのみだが、現在その存在は秘匿されている。

「世界の戦争を終わらせたー否、終わらせざるをえなかった存在。今もソレは眠っている」

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