58 赤井ツバサと神楽マイ
それは俺が6歳の時だった。
はじめて異能の力に目覚めた俺は、家の中でそれを試して遊んでいた。
そうしてその日、当時俺が住んでいた家は火事になり全焼した。
その時うちで寝ていた祖父と祖母が焼け死んだ。
俺が目覚めた能力、それは『【炎を発する者】S-LEVEL 2』。
簡単に……人を焼き殺せるほどの炎を生み出せる能力だった。
それが判ると両親は俺を恐れ、すぐに育てることを放棄した。
親戚にも拒否され……俺は、里子に出されることになった。
しかし、こんな能力だ。
引き取り手はない。誰もが恐がり、疎み……俺を突き放した。
そうして結局軍の施設に引き取られようとしていた時……
「うちに、来ないか」
俺に声をかけてきた人物がいた。
それは小学校の同級生の父親だった。
同じクラスの一年生…神楽マイ。その父親。
地元では有名な神社の神主だった。
確かにマイとは保育園から一緒で、何回か一緒に遊んだこともあった。
この父親にも会ったことはあった。
でも、親にまで見捨てられた俺を引き取るほどの仲とは、当時6歳の俺からしても思えなかった。
疑問に思っていたところにマイの父親は言った。
「その力で…うちの娘を守ってくれないか?」
彼はそう言い俺の手を引いた。それが、その男が俺を必要とする理由だった。
聞けば、同じ時期に神楽マイも異能の力に目覚めていたという。
鑑定結果は『【傷を癒す者】S-LEVEL 4 S』。
成人を含めて国に十人もいない「希少人材」。
それも、欠損した人体を再生できるという、欲しい人間にとっては喉から手が出るほどの強力な力。だがそれだけ有用なものであれば、同じだけ、それを欲する者に狙われる。当然その情報は秘匿され……彼女を命がけで秘密裏に守る、ボディーガードが多数、必要とされた。
それで「同級生を偽装した護衛」として白羽の矢が立ったのが俺ということだった。
俺はそれを受け入れた。どうせ他に行くところはどこにもない。
この、誰からも忌み嫌われる力の使い道があるというのならそれを教えて欲しかった。
そうして俺は神楽家の離れをあてがわれ、神楽とともに成長し……
だんだんと力の使い方を覚えていった。
だが、小学五年生のときにある事件が起こった。
神楽が拾ってきた小犬、タロウが何者かに惨殺され、路上に転がっていたのだ。
戦争で行き場をなくした浮浪者の犯行だとも言われていたが、定かではない。
ともかくその時、タロウの手足はバラバラにされ…内臓はそこらにぶちまけられていた。
彼女は泣きながらそれらを手でかき集め、異能を行使した。
だが、彼女の異能がいかに強力だと言っても、それは既に物言わぬ死体。
どうにもできるはずはなかった。
死んだものが蘇るはずがない。それがこの現実の理。
そのはずだった。
だが、タロウの肉片が淡く輝いたかと思うとそれは別々の生き物のように蠢き始め………だんだんと、元あるべき場所へと移動して………最後には子犬の形に戻ったのだ。
それだけでなく……その子犬は息を吹き返し、その場で歩き始めた。
俺と神楽の目の前で、ありえない奇跡が起きたのだ。
だが、それからだった。
彼女の異能の力が急激に弱まったのは。
それまでどんな大怪我でもたちどころに治すことのできた能力が、ほぼ消滅したのだ。せいぜい打撲や擦り傷を癒すのが精一杯となった。
その後、様々なテストや調査が行われた結果………彼女の異能評価は『【傷を癒す者】S-LEVEL 1』にまで下がった。民間医療レベルでは需要があったとしても、手足や胴体がバンバン飛ぶような異能者の戦場では使い物にはならない、ということらしかった。
そうして、小学五年生にして、唐突に俺の護衛の任は解かれたのだった。
俺の役目はそこで終わったのだ。
もう誰にも必要とされていない。
だからもう、ここにはいられない。そう思った。
だが、そのまま俺は神楽家に居候を続けることになる。
神楽の親父さんが俺にこう言ったからだ。
「居たいならまだ居ていい。出来るならこのままマイと友達でいてやって欲しいんだが……頼めるかい?」
その時のことは、とても感謝している。
一度も口にはしたことはないが、それでもこの時、俺は神楽とその父親に一生分の恩ができたような気がしていた。
その気持ちをなんて言葉にしたらいいか、判らないのだ。
結局、今でもまだ判らない。
そして…………
中学生の時だった。
もう一つの大きな事件が起こる。
気の強い神楽が、タチの悪い不良グループと諍いを起こし……監禁されたのだ。
俺は夕方になっても神楽が家に帰っていないことに気がつき、探しに行った。
同級生達の自宅に押しかけて無理矢理入手した目撃情報を辿り、奴らは、学校のどこか一室で神楽を監禁していることがわかった。
俺は必死に学校まで走った。
校門をぶち破って侵入し、神楽の監禁されている部屋が判らなかった俺は学校中の壁という壁を炎でぶち抜き、すべての部屋を片っぱしから探して回った。
そうして、すぐに俺は神楽を見つけ出し、相手の不良達をボコボコにするのだが…
俺は、壁に穴を開けすぎたらしい。
それに、壁をぶち抜く時に使った火力が少し、強すぎたらしかった。
結果…
ボロボロの穴だらけになった校舎は倒壊し、大きく炎上。
その光景はニュースとして全国に報道されたのだった。
◇◇◇
結局、俺はそういう色々のごたごたを通して『【炎を発する者】S-LEVEL 3』に評価が改められた。
それは全国に二百人もいないという希少な人間、という評価らしかった。
俺はそんな評価なんて願い下げだったのだが、その評価を得たことで、私立の異能高校とかいうところから沢山の推薦入学の話があった。
軍からも即戦力としてのオファーもあった。だが、そんなものは俺にとってはどうでもいいことだった。
神楽はその異能評価が低いことと、家から近いこと、あとは親父さんがそこの校長と知り合いだとかで国立の帝変高校に入学が決まっていた。
だから、俺もそこに行くことにした。
アイツのことは、戦闘に特化した異能のある俺が守らなければ。
俺を養ってくれた親父さんへの恩義もある。
そう思っていたからだ。
俺がいれば、多少の諍いからだったら守ってやることが出来る。
そうも思っていた。
それが……
「……あのザマだ」
俺は弱い。あまりにも弱すぎる。
あの腕を生やす異能者との戦いでも、そのあとの白衣の男との対峙でも、鷹聖学園の暗崎との試合でも。
腕を生やす奴には芹澤がいたから勝てたのだし、あの白衣の男には手も足も出なかった。
おまけに同年代の学生との戦いでも、どうでもいい油断をした挙句、完敗している。
俺は、本当に弱いのだ。
それが身に染みてわかった。
話にならない。
「チッ……雑魚すぎるだろ」
こんなことでは、到底アイツを……神楽を守りきることなど、できない。
自分で自分に悪態をつきながら………
俺は街灯の光の落ちる夜の道路を一人と一匹で歩く。
「ワォーン?」
歩くペースの落ちた俺にタロウが早く行こうとリードを突っ張らせてくる。
「お前は……いいよなァ、気楽で」
そうして、俺はペースを速め…
タロウと競い合うように、俺の居候する神楽家の離れへと走って行くのだった。
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