57 山中の夜と朝
パチパチパチ。
俺の脇で焚き木が燃え、音を立てていた。
俺はその音で目を覚ました。
「……芹澤くん?……起きた?大丈夫?」
声のした方を見やると霧島さんがいた。
彼女は心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。
「……ここは……?」
俺は起き上がると霧島さんに俺が寝ていたこの場所のことを聞く。
「ここは轟先輩の、家の中だよ」
あの竪穴式住居の中か。本当に……中の様子もそのまんまなんだな。
しかし…………随分、暗いな?
見回すと、入り口から入って来るはずの外の明かりはない。
辺りは……すっかり夜になっているようだった。
そうか、俺はあのあと気を失って…………
「ごめん……俺のせいで迷惑かけちゃったね。もう夜だ……帰らないと心配されるな……」
「ううん、ひとまず轟先輩が学校に連絡してくれたから。私も持って来た端末で家族とメリア先生には連絡してあるし、一晩ここに泊まって、明るくなってから帰れば大丈夫だよ」
「そうか…………轟先輩は?」
「それが出て行っちゃたの。また感電させると悪いから外で寝るって……」
外で?轟先輩にも悪いことしたな……
「そっか……そういや、轟先輩ってどんな異能者なの?触ろうとしたらびりっと来たけど……」
「轟先輩は【雷を宿す者】の能力者。体にずっと電気を蓄えているせいで、近づくと感電しちゃうらしいんだけど………本当にごめんなさい…………先に言っておけばよかったよね……」
そうか………ん?待てよ?
じゃあ俺がここに居るってことは………
「もしかして。俺が倒れたあと霧島さんがここまで……?」
「……うん……」
………うは〜。
霧島さんにそんなことまでさせてしまうとは……
でも、それは俺を放置せずに運んでくれたというわけで……
嬉しい反面……
「そりゃ、本当に悪かったね……」
「ううん、今日私に無理に付き合ってここまで来てもらって……それだけでも悪いと思ってるもの」
しばらくの沈黙。
でも、今までとは違う空気だ。
今ならあの温泉の女湯突入の件を切り出せそうな気がするが………
行くか?今しかないのか?
よ〜し……行くぞ!今だ!
タイミングを見計らって……
……そろそろ行こうか………………よ〜し……
…………ふう。
ちょっと息を整えてか〜ら〜の〜……………
「あのさ……俺があの時、突っ込んだ時のことだけどさ……」
「うん、それは聞いたよ」
え?聞いた?
「植木くんが大きな声で言ってたから。芹澤くんを飛ばしたのは自分だって。だから、芹澤くんが悪くないのは知ってる……」
あのモヤシ野郎め……いや、ここはグッジョブだと言ってやるべきか?
「……でも………見てたよね? 結構、じっくり………」
少し、顔を赤くしながら…いや、焚き火でそう見えるだけか?
ジト目でこっちを見る霧島さん。
俺も正直に答える。
「…………つい………不可抗力で…………」
「……………………不可抗力……………?」
「…………はい……………ごめんなさい…………」
結局、沈黙。
先に声をかけて来たのは霧島さんの方だった。
「でも……私の方こそ…………ねえ……芹澤くん」
「……………………はい」
「なんで……今日、手伝ってくれたの?」
「え? なんでって………霧島さんに頼まれたからじゃ?」
俺はそのまんまの理由を言う。
って言うか、それ以外に思いつかない。
「私………てっきり芹澤くんに嫌われちゃったと思ってたの。あれから、全然目も合わせてもくれなかったし………私があんなことしたからかなって」
「え?それは………」
確かにそうだったけど。
それはどちらかといえば、俺のしたことの方が気まずかったからでして………
ん?嫌われる?なんだそれ?
「………あの時、思いつきであんなことして………ごめん。迷惑だったよね?」
そして彼女はだんだんと目に涙を溜め…
「……本当に………………本当にごめんなさい」
謝りながら、ぼろぼろと泣き出した。
………何言ってるんだ?この子は?
「ちょっと待って?全然違うぞ?それ」
「………ごめ゛ん゛……………え゛っ゛?」
俺の言葉に、彼女は涙声で聞き返してくる。
すでに涙腺全開だ。ホント、涙腺ゆるすぎだろ。
とにかく、俺は間違いを訂正する。
「まず……あんなの俺にとって超ご褒美でしかないし、どこをとっても断然、誓って、俺は良い思いしかしていない」
俺は、なんの品もひねりもなく、思ったことそのまんまを言った。
というか、とっさに頭が回ってないので、そういうことしか、言えない。
「それにな……俺は……君の……………………」
「…………私の……?」
彼女は涙を流し赤くなった大きな瞳で、俺をまっすぐに見すえた。
一瞬、ドキリとして、俺の頭は真っ白になる。
………あれ?
俺、何を言おうとしてた?
やばい。俺は必死に言葉を紡ぐ。
出任せでもいい。
心から浮かぶ言葉を、出せ。
つまり………!!!
「俺は、君の尻に敷かれたい」
よく分からないが、これが、俺の本心らしい。
尻に…………?敷かれたい?
「だから、俺は……君のためなら、なんだってやるぜ?」
とにかく俺はその勢いのまま、言いたいことを言う。
もはや自分がさっき何を口にしたのかも、覚えてない。
でもなんか少し、辻褄が合った気がする。………多分。
「…………なんで…?」
もう、涙腺ガバガバの霧島さんはちょっとすごい顔になっている。
いや、まあ、なんで、と聞かれりゃあそれは………
……ああ、そうだ、こっちを言いたかったんだよ。
「そりゃあ、俺、霧島さんのこと……………」
そして、そういうタイミングに限って…………
「「 お〜い、お前ら!!! 一応、火の始末はして寝ろよ〜!!? 」」
外から、轟先輩の馬鹿デカイ声が響く。
だが、俺はその声をガン無視し………
「………すっげえ好きだからさ。当たり前じゃん?」
ドヤ顔で言い切る。
そうして、俺たちは、その夜……………
とりあえず、キスまでは行けました。
◇◇◇
翌朝。
まだ空が少し暗い、朝もやの立ちこめる山の早朝。
俺はちょっと寝不足気味ではあったものの、心地よく目を覚ました。
霧島さんは先に起きて帰りの支度をしてくれていたらしい。
俺もあることの準備を整えて外に出ると轟先輩がやってきて、少し離れた位置から俺たちに話しかけてきた。
「よく眠れたか? 案外、ああいう家も悪くないもんだろ?」
いや、結局色々あって……というか俺は色々と抑えるのに必死で、全く眠れなかったのだが……
「ええ、ホントいい所でした」
そうとだけ言っておく。
俺にとって思い出に残る場所になったからだ。
「はは!じゃあ、またな!今度は遭難するなよ?」
轟先輩はそう言って俺たちを送り出そうとしてくれる。
だが、俺はこのまま山を降りて帰ろうとは思っていなかった。
少しだけ、試したいことがあったからだ。
「霧島さん。少しだけ、時間をもらってもいいか?」
「えっ…?」
「ほんの…20分…いや、きっちり15分でカタをつけるから」
「…あ……うん……いいよ……?」
不思議そうな顔つきの霧島さんをよそに…
「…先輩。肩………凝ってませんか?」
俺はそう言いながら轟先輩に向かって歩き出し、ゆっくりと距離を詰める。
「馬鹿、やめとけ。また感電して大変なことに……」
俺の行動を制止してくる轟先輩。
だが、元来、俺はやられっぱなしではいられないタイプなのだ。
それよりも何よりも。
この…秒速で億を稼ぐ先輩とコミュニケーションの一つでもして帰らなければ、俺はきっと後悔する。
是非とも……仲良くなっておきたいではないか?
だから俺はそのまま轟先輩に手を伸ばし……
肩を、しっかりと掴む。
「俺に……触っただと!?」
「ふふ…轟先輩。…高給のお仕事と、野外の就寝でさぞ、お疲れでしょう。こう見えて、俺は指圧のスペシャリストなのです」
そう、俺は今、自分の体の周りを特殊な三層構造で覆っていた。
空気は本来、絶縁体なのだと聞いたことがある。
それを雷が通るのは不純物…空気中の塵や……主に水分のせいだと。
だから俺は「温めて水分を限界まで希薄にした熱い空気の層」を、常温で『保温』した層で挟み込み、絶縁層を作り出す。これを基本構造として全身を覆い………
手の廻りは分厚いゴム手袋でカバーする。もちろん、これは轟先輩の電流の熱で焼き切れたりしないよう、しっかりと『保温』している。
完璧ッ!!!!!
完璧な布陣ッ!!!!!
そして俺は『従労働型お小遣い制度』の家庭に生を受けたものとして、幼少よりその技術を磨き上げてきた自負がある。
そんじょそこらの安いマッサージ屋と比べてもらっては…………困る。
「ではご覧に入れましょう。幼少より十数年に渡り培ったこの技術を存分にご堪能あれ」
そうして俺は轟先輩の両肩を思い切り掴み、施術を開始する。
「はああああああああああああああああッ!!!!!!」
俺の五指が打楽器を奏でるが如く力強く動き、先輩の肩をほどよく満遍なく打ち据えていく。
ボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!!
「ぬおおおおおおおお!!!?」
快感から来るあまりの衝撃に仰け反る轟先輩。
だが、これは序の口。
さらに俺の指はピアノの鍵盤を奏でるように流麗に轟先輩の背中をほぐしていく。
タタタタタタタタタタタタタタタァン!!!!
タタタタタッタタタタタッ!!!タァン!!!!
タタァン!!!!
「ん゛あ゛あ゛ッ゛!!!?」
固まった筋をほぐされ、全身に電流が走ったかの如くビクンッとなる轟先輩。
だが、まだだ!
畳み掛けるように俺は次の技を放つ。
………とんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんトントンとんとんッ………!!!!
骨格に沿って筋や神経をピンポイントでほぐす、基本にして究極。
肩トントンである。
俺はこの技の習得に実質、十年を費やした。
だが、その価値がある技術なのだ。
それだけの………絶大な威力がこの技には備わっている。
「はおおおおおおおおお………!!!?」
ビクンッ…ビクンッ…!!!
轟先輩は快感に白目を剥き、痙攣しはじめる。
だが………まだだッ!!!!
今こそ俺の究極奥義!!!!『天翔鳳凰トント(以下略
◇◇◇
「以上で…………施術完了でございます」
開始から、きっちり15分。
俺の施術は全工程を終えた。
「ふふ、如何でしたでしょうか?轟先輩?当院の施術は?」
「あ、ああ……ありがとう。なんだかすごく肩が軽くなったよ。人にこんな事をしてもらったのは初めてだ。悪いな、芹澤くん」
「ははは、俺と先輩の仲ですから! お代は…………お気持ち程度で結構ですので。…………本当に、お気持ち程度で、大丈夫です」
「ああ、そうだな。礼として水沢に頼んで、いくらか振り込んでおこう。金なんかで悪いが、それでいいか?」
「あざ〜〜〜〜っすッ!!!!!轟先輩あざ〜〜〜〜っすッ!!!!」
「ああ、できればまた頼むよ。なんだか生まれ変わったような気分だ……」
「じゃあ、行こうか。霧島さん」
「あ………うん」
そうして俺たちは、轟先輩の住処を後にし…
朝早く、淡く白み始めた空を目にしながらゆっくりと山を降りて行くのだった。
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口座 セリザワ アツシ
振込 ¥1,000,000 トドロキ ゴウキ
残高 ¥1,000,231
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コメントでありましたが「国内レベル4十人」は「もどき(模造品)」を含めてない天然モノ(?)だけの数字でございます。あと自称レベル4はカウントされません。またあくまで一般に知らされてる「公表値」となります。若干ネタバレになりますが、既に出てきた内の「五人」はもどきです。誰でしょうかね?笑
(追記:違った…よく考えたらもどきは「六人」でした…(模造技術は逃亡中のあの男が保持))
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