55 山中の狐
参った…完全にはぐれちまった。
あの後、顔を赤らめた霧島さんは一切振り返ることなく、ぐんぐんスピードを上げ、気付いた時にはもう視界からすっかり消えていた。
俺の異能を使った裏技『点火』で推進力を得て、速攻で追いつくこともできるといえばできるのだが、やはり背負ってるバッテリーを落としてしまったら……と思うと怖くて使えない。
それにあれの副作用はあの強烈な風圧だ。周りに霧島さんがいるような状態で使えば…………確実に布を捲り上げる。今のような関係性でそんなことになれば、それこそ俺にとって致命的なダメージになりかねない。点火、即、死。
そう思って必死に徒歩で彼女を追っかけて居たのだが………
気づけば、どっかで見たような草むらに、どっかで見たような樹木。
全てに見覚えがあるような気がするし、全てが見知らぬ初めての風景にも見える。
これは、あれだ……遭難ってやつだ。
俺は本格的に完全に山中で迷っていた。
まあ最悪、俺だけなら空高く舞い上がって飛び上がれば、森を抜けて家に帰ることはできる。
しかし…問題は霧島さんだ。
彼女はきっと、目的地に向かってずんずんずんずん進んでいき、気づけば一人、と言う状況だろう。
とりあえず、彼女は地図と軍用GPS端末を持っているので、無事に目的地についていると思いたいが。
しかし、参った。
どっちに行けばいいのか、さっぱりわからん。
そう思い途方に暮れかけていたのだが、俺は遠くに小さな人影を見つけたような気がした。
霧島さんか?
そう思い、生い茂った草木をかき分けながら近づいていくと……その人影がだんだんはっきり見えて来て…………
それは霧島さんではないことがすぐにわかった。
知らない人……いや、子供だ。女の子?
着物を着て……なんかどこかで見たような格好だ。
いや、全然知らない子なんだけど……その格好は、どこか既視感がある。
その子供もこちらに気がついているようで、さっきから俺の方をじ〜っと見ている。
俺はそのままその子に近づいていき……そのまま、軽く声を交わせるぐらいの距離に近づいた。
背格好からすると、中学生ぐらい?霧島さんよりちょっと低いぐらいか。
お互い、もう目と鼻の先にいる。
だが……俺はその子に話しかけられないでいた。
どう話しかけたらいいか、少し迷ってしまったのだ。
その少女は深い山の中で出会うにはあまりにも奇異。
とても変な格好。だが、どこか見覚えのある姿。
その姿は……頭のてっぺんに狐耳を生やし、裾の短い着物に天狗が履いてそうな一本足の下駄。黄金色の長い髪に、幼い顔つき。ついでにお尻から生えた数本のモフモフの尻尾が、何か別の生き物のようにゆらゆらと揺れている。
俺はこう言うの、いろんなところで見たことがある。そう、彼女の姿はもはやゲームやらアニメやらそこら中で見るテンプレそのまんまの「のじゃロリ狐」姿だったのである。
とりあえず、俺は思ったことを口にした。
「…………すごいクオリティのコスプレですね」
「違う」
………その子供は否定する。
いや、どう見ても……
「コスプレだろ?」
「違う。変化じゃ」
変化…………変化ね…………
…………まあ……いいか。
この手の趣味にまともに反論しても仕方がない。
「名前はなんていうんだ?そのキャラの。」
「ナマエ?なんじゃそれは?」
ナマエ、なんじゃそれは、と来たか……
筋金入りのロールプレイだな。
設定ガバガバな気もするけど。
コスプレなんて単語が通じて名前知らないって……
「そうかそうか…名前を知らないか…」
この際だ、俺も乗ってやる。
「あれだ、人間は誰か他のやつを呼ぶとき、その人だけの呼び方をするんだよ。俺はアツシってんだけど…他の人間は違う呼ばれ方をするんだ」
「その者だけの……呼び方……?」
のじゃロリ狐の耳がピコンと立った。
……凄いな。どういう仕組みになってんの?それ?
この手合いはホント、妄想に無駄なテクノロジーを注ぎ込んでくるよな…
「じゃあ、俺がお前に名前をつけてやろうか?」
まあ、こういう流れだとこういうロールプレイになるよな?
そう思って確認の意味で俺がのじゃロリの顔を見つめると、そいつは目を細めながらにっこりと微笑み…
「そうか…?では、一番良いものを所望するz「じゃあシロで」」
俺は速攻で思いつきを口にした。
どうせこの場限りのロールプレイだ。
こいつはこれだけのクオリティのコスプレを人気のない山の中で実行するという病気中の病気だ。
どうせ、ここでは語りきれない………………なんかオリジナルの設定がモリモリとあるんだろうし。
わざわざ俺がその黒歴史に介入する必要があるのかが疑問だが、まあ上級者の考えることだ。こういうやりとりも含めてのプレイということなんだろう。
その証拠に、奴はまだきょとん、とした様子で俺の言った出任せの名前を口の中で転がしている。
「………シロ……………シロ…………………シロ?」
この演技力……プロか?凄えな。
「色だよ。頭のてっぺんと尻尾の先、なんか白いじゃん」
俺はそのまんまの適当な理由を言う。
まあこの辺であんまり疲れて来ないのは、このコスプレのクオリティの高さ故か。
本当にリアルだよな。毛のふさふさ具合とか。
極まった職人魂を感じる……まさか本物の毛皮とか使ってないよな?いや、この手合いならやりかねない。
「なんか…………いいな」
その子は自分の頭のてっぺんと、尻尾を撫でながら…
「シロか。気に入ったぞ!」
また、頭の上の耳をピコンと立てて喜びを表現する。
ホント、動力どっから持って来てんの?その機構?
「気に入っていただけたようで何より。ところで……俺道に迷っちゃったんだけどさ…」
とりあえずメカニズムについての疑問は置いておき、俺は早急に解決しないといけない問題を口にし、説明した。
「なんじゃ、そんなことか。ついて参れ。儂はこの辺りには詳しいからな。山頂の神社の近くにヒトが一人棲んでおる。お主の言うのは、其奴のことじゃろうて」
やっぱ地元の子だったか。
ここは立入禁止区域らしいけど……まあ、地元の子ってそんなもんだよな。
そういうところに入り込んで遊んだ経験は俺にだってある。
でも、一応忠告はしておく。
「そういや、ここは一応立入禁止区域になってるらしいぜ?あんまりここで遊んでると怒られるし、遭難したら大変だぞ?」
あまり俺が言えたことでない忠告に、その子はこう答える。
「異な事を……儂はこの山で生まれ育ったのじゃ。そもそも、この山が住処じゃ。そのような心配は無用じゃて」
あ、ここの地主の子かなんかか。それなら色々納得が行くな。
いや、ただのキャラの設定かもしれないけど。
しかし、こんな子供を放ったらかしにして、親は何してるんだ?
まあ、子供がもうコレだから親もきっとアレな感じなんだろうな。
きっと相当闇は深い……深入りはしないでおこう。
「で、その耳の仕組みどうなってんの?凄いね」
「これか?動かしたいように動くのじゃ」
「へー。触ってもいい?」
「ダメじゃ。そこは敏感なところなのじゃ」
「わかるわかる。あるよねそういう設定」
そんな適当なやりとりを繰り返しながら、10分ほど歩き…
俺たちは山頂近くの神社にたどり着いた。
「助かったよ。俺一人だったら遭難してたかもしれない」
そうして俺がお礼を言うと……
「よいのじゃ。アツシ……」
その子供は、またさっきのような目を細めた笑顔を浮かべ、
「良いナマエをありがとう」
そう言うと…
ふっと一匹の狐の姿になって走り出し…
深い森の中へと消えて行ったのだった。
人物ファイル046
NAME : シロ(裏山の狐)3才
CLASS : 【姿を変える者】S-LEVEL ? 未鑑定
【意思を疎通する者】 S-LEVEL ? 未鑑定
裏山に住み着いていた狐。異能の力を発症した「異獣」である。言葉を介せずコミュニケーションできる【意思を疎通する者】と、自分のイメージする者に姿を変えられる【姿を変える者】の複数保持者。自然の中で暮らす分には、樹に変化したり、鳥に変化したりと平和な使い方がなされていたのだが…
あるとき棲家としていた山中の神社の縁の下でたまたまそこに立ち寄った重度の二次元おたく(二次創作活動中)の思念を読み取り、その時、その人が強く考えていた妄想「のじゃロリ狐に一本下駄で踏まれる」を自分の中にイメージとして取り込んでしまう。その結果、割とテンプレそのまんまの「のじゃロリ狐」に変化出来るようになった。人の言語もそのイメージから追って、習得中。
ちなみに、オスである。
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DATA :
【意思を疎通する者】は問答無用で「特定保護対象(重点的監視・保護対象)」に指定される。
機密事項を読み取って拡散する恐れがあるというのが表向きの理由だが、もっと恐ろしいのが「異能情報を読み取って他人に書き込む」ということが可能な点である。
これは戦時中の秘密研究『異能者増産計画』によって明らかになっている(と言うより、異能者増産計画がこのことの発覚によって決定された)が、国家上層部だけの最高クラスの秘匿情報となっている。
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