54 山の中
土曜日の放課後。
俺と霧島さんは生徒会室で待ち合わせをして、準備を整えて裏山の麓まで歩いて来た。
山の麓まで辿り着くと、水沢先輩が原付でバッテリーを運んできてくれていた。
「じゃあ、ここからお願いね。上で轟先輩にあったらよろしく言っておいてね。霧島さん」
「はい」
挨拶もそこそこに、彼女はそれだけ言うと年代物のベスパにまたがり、ブロロロロロ…と走り去って行った。忙しい人だなぁ…
そうして俺は20キロの重さのあるその大容量バッテリーを担ぎ、霧島さんと二人で山を登り始めた。
ちなみにこの山は「電源供給元」から強力な電磁波が発生しているため、基本的に一般人は立ち入り禁止。頂上付近では電子機器などもすぐに壊れてしまうらしいので、霧島さんが実家から借りて来たという軍用GPS端末のような、特殊防護がなされている機器でないと持ち込めないのだそうだ。
そうして今、俺は霧島さんと二人並んで山の中を歩いていた。
もう大体、一時間ぐらい歩き続けたところだろうか?
時計はないので何となくの感覚だが、それぐらいの時間はたっていると思う。
それぐらいの間、俺と霧島さんは二人っきりで山道を歩いて来たのだが…………
その間、俺たちはずっとお互いに沈黙を守り続け、一切の会話が無かった。
山の麓を出発後、俺たちは一言も口をきいていないのだ。
気まずい沈黙のまま、俺たちは肩を並べて歩みを進める。
俺は何か話そうと思うが、うまい話題が見つからない。
何より、霧島さんの沈黙が重い。
あの後、別に何があったと言うわけでは無いのだが………
なんだか少し気まずい感じになり、今日までずっと、お互い避けるようにして過ごしていた。
彼女は一体何を考えている?
あの件を引きずっているのは確かだが……
そもそも、なぜ俺を誘ったんだ?
男手が必要だってのはわかったが、俺じゃなくてもよかったんじゃ?
いや、本当に声をかけられるのが俺しかいなかったのかもしれない。
だとしたら、俺に声をかけた理由というのも、
ごく単純に男手が欲しかっただけに過ぎないのか?
だとすれば…彼女は別に、俺のことを………?
いろんな思考がぐるぐる回り、俺は口から出す言葉を決められない。
そうして、しばらく沈黙が続いていたのだが……
ある時、彼女の方から口を開いたのだ。
「…………ねえ、芹澤くん………あの………ちょっと聞きたいんだけど………」
そして少しだけ俺の方を向き、彼女は静かにこう問いかけてきた。
「………見た…………よね?」
その問いかけに、俺はこう答える。
「……………………………………………うん、見た」
何を?
とは聞かない。
とても聞ける空気ではないからだ。
俺の方からも、何を、とは言わない。
それを憶測で言える雰囲気でもない。
「そう…………」
そして、彼女はーー
「……それで……………………見てどう思った?」
さらに、難しい質問を重ねてくる。
………さて。ここで俺は考える。
彼女は、何のことを、見た?
と聞いてきているのだろう。
A 霧島さんの裸
B 霧島さんのB地区
C 霧島さんの試合の動画
この流れで行くと、
きっと俺は……
そのどれかのについての感想を述べなければならないのだろう。
きっとここで選択肢を間違えたら、大変なことになる。
今は目的地に向かう道中。
と言うことは、当然帰りもある。
これ以上気まずい雰囲気になったら……もう目も当てられない。
俺は、慎重に回答を選ばねばならない。
そう思って、俺は瞬時に頭をフル回転させ推理を始める………
<思考加速開始>
……………やはり…Aか?
今の空気からすると…これだろうか?
だが…あの時、俺は彼女と目が合っている。
つまり、もう、彼女は見られたことを知っている。
それで敢えて「見た?」と聞くだろうか?
いや、それは複線で…第二の質問「どう思った?」を導くための「見た?」なのか?
…まだだ。まだ、しっくりこない。
ではBか?
これは大いに有り得る。
なにせ、あの時……彼女は手で大事な部分を隠していた。
その隠された部分に対しては俺は「見てない」のだ。
しかし、大事な部分に関しては見えてないが、その外形に関しては俺は見ることができたとも言える。その曖昧性に対しての第一の質問、「見た?」だと考えればこれは納得できる。
だが、難しいのが第二の質問…「どう思った?」だ。これは、素直に感想を求めているとも思えるが……見られたと知った上で俺の評論を欲している?そ、そんな…そんな大胆な子って……!
違う気がする。
俺の中の霧島さんはそんな子ではないのだ。
山中で男の子にB地区の感想をねだる、そんなはしたない子ではない。
となるとCか?
これが一番無難だ。
もし間違った答えだとしても、俺には一番ダメージが少ないだろう。
だが…本当にこれだろうか?
彼女がもし………万が一、AかBのことを問いかけてきていた場合、
彼女に要らぬ恥ずかしい思いをさせてしまうのではないか?
だとすれば…これは俺がとるべき選択肢なのだろうか?
<思考加速終了>
この間、約0.5秒。
俺は一瞬で思考と選択を済ませ、口を開く。
「そうだね、うん、すごく…………………」
そして、俺は彼女の顔色を伺いながら、その完璧な答えを………
「………すごく?」
「……………すごく……良かった、と思う」
完璧にどうとでも取れる、七色の回答を選択した。
「そ、そう………」
彼女はそう言うと、顔を赤らめ、ふっと前に顔を逸らした。
…
……何?
なんだろう、今の反応は?
な、なんで顔が赤くなるのかな?
も、もしかして正解は…A…?
いや…Bだった!!!?
そ、そんなまさか!?
「…さ、先を急ぎましょっ!!日が暮れちゃうから!!!」
彼女はそう言うと、歩くスピードを上げ、ずんずんずんずん進んで行く。
「あ……ちょ、ちょっと待って……?」
俺も彼女に追いつこうとするが、巨大なバッテリーのバックパックが重い。
その上、これはとんでもない高級品だ。
転びでもして壊したら……考えただけでも恐ろしい。
彼女のスピードはぐんぐん上がり…あっという間に数メートルも距離をあけられてしまった。
それでも俺が移動スピードを上げられないでいると、みるみるうちに彼女は視界の点となり…
気づけば、俺の視界から姿を消してしまったのだった。
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