52 転校生たち
朝、もう少しでホームルームの時刻になろうというところだった。
チハヤ先生が何やらニヤニヤしながら教室に入って来るなり言った。
「は〜い!!!みんな席について!転校生を紹介するわね!」
転校生?
まだ入学からひと月も経っていないというのに……こんな時期に?
まあ何かしらの事情のある生徒なのだろう。
そういうのも一人ぐらい居てもおかしくはないか。
俺がそう思いながら席についてボーっとしていると
「はい、みんな席についたわね?じゃあ早速紹介するわね!みんな、入ってきて!!!」
チハヤ先生はそう言って転校生に教室に入って来るように促す。
ん?みんな?
そんなにいるの?
疑問に思いながら教室の入り口を見やると、そこから入ってきたのは数人の生徒だった。
まず最初に入ってきたのは、かなり際どいミニスカートの、髪は肩の辺りで横にバッサリと切り揃えた快活そうな女の子。
次に、おしゃれなグリーンの縁のメガネを装着し、長い黒髪を後ろでポニーテールに束ねたインテリ系の美人さん。
その次はなんか金髪をトサカみたいに立てたやつで…
その次に出てきたのは赤茶に染めた髪を上にツンツン立てた……なんかモヤシ野郎の2Pカラーみたいな奴。若干目つき悪いけど。
まあ、男どもなどどうでも良い。
俺にとっては最初の二人の女子生徒の方が遥かに重要だ。どっちもドえらい美人さんである。
これは、一層教室の中が華やぐな……俺が、そう思っていた時だった。
そこで俺は、信じられないものを見てしまったのだ。
そのモヤシ野郎その2の後に顔を出した生徒。
それは俺がよく知る顔だったからだ。
「く………暗崎くんッ!?」
そう、俺が受けるはずだったヘイトを全て引き受け、ゴリラ抱っこ動画の増殖を未然に防いでくれたネットの英雄。
もはや、あの『ざんねええええん!!!』動画で知らぬものはない、伝説のアイドル。
みんなのおもちゃ、暗崎くんである。
彼は下を向きながら何やらブツブツと言っているが、俺はかつての恩人にあったような気がして、心がとても暖かくなるのを感じた。
そこまできて、俺は大体状況を察した。
彼は鷹聖学園の生徒だったはずだ。
そして、この時期の大量転校………それはつまり………
俺がそこまで考えたところで、次の生徒が入ってきた。
まだ居るの?多いね…
その瞬間、今までも騒然としていた教室が一層騒がしくなった。
それもそのはず……当然のことと言える。
「はい、これで全員ね!!みんな、自己紹介を!!」
「風戸リエです。前は、鷹聖学園にいました」
「同じく鷹聖学園から来ました、火打ユミコです…」
「平賀ゲンイチロウ。同じく鷹聖から」
「……音威ツトム。なんだよ。ジロジロ見んじゃねえよ!!」
「………暗崎………ユウキ………」
そして、最後の転校生。それは………
「氷川タケル。初めましての人が大体だけど……ハハ!!芹澤くん、また会ったね?」
俺に向かって手を振って来る、ちょっと小柄な爽やかイケメン。
あのレベル4、氷川君の姿があったのだ。
突然のレベル4の出現に沸く教室内。
ちらほらクラスの女子がキャーキャーいう声が聞こえてくる。
………やっぱあの時、少し顔面の造形を作り変えてあげておいたほうが良かったかな???
あくまでも今後の彼のため……何より俺の心の安寧のために。いや、今からでも遅くはないな……
「はいはい!!みんなお静かに!!驚くのはわかるけど、今彼らはとっても大変なところなの。仲良くしてあげてね?」
そういえば、今朝のニュースでもやってたが……
鷹聖学園は設楽の大逆事件の煽りを受けて、学校認可取り消しがほぼ確定となった。
現在政府の権限で廃校への準備を進めているところだという。
在校生のこともあり、廃校そのものは数年先となる見通しだが、既にちらほら他の異能高校へと移る生徒も出始めているという。
彼らが帝変高校にやって来たのも、多分そういう経緯なのだろう。
本当に皮肉なものだ。
少し前まではこっちが廃校するところだったというのに。
「ん?みんな、声が聞こえないぞ? 死にたいの? 仲良くしてあげられるわね〜!?」
「「「は〜い」」」
今さらっと脅迫の言葉が入ったような気がしたが、クラスのみんなは元気よく返事をし、朝のクラスルームは閉会となった。
◇◇◇
一通りの授業が終わった昼休み。
クラスのみんなは新しく転入して来た生徒たちと何やら話し込んでいるようだった。
かつての敵を、早速受け入れているらしい。
まあ、敵と言っても学校行事だ。別に本当に戦争していた訳ではないのだし。
そう言う訳で、俺は一人の転入生の元へと向かう。
他の転入生のところには人だかりが出来ているが、なぜか彼のところには誰一人近づこうとしない。
これは、有名人の彼とお近づきになるチャンスだ。
そう思い、教室の隅っこでブツブツ呟いている彼に声を掛ける。
「暗崎くん、初めまして。光栄だよ、著名な君にお会いできるとは…」
そうして俺は右手を差し出し、握手を求めるが…
「………うるさい、殺すぞ」
彼の返答はこんな感じだった。
ちょっと彼、今日はご機嫌斜めらしい。
いや、違う。俺は大事なことを忘れていたのだ。
「おっと失礼!名乗るのを忘れていたな。俺は芹澤アツシ。こうして生で英雄殿にお会いできて光栄だよ」
「ふざけてんのか?死ね」
やっぱり彼はこんな風な返答だった。
それもそのはず……彼は様々なジャンルの動画で引っ張りだこ。
設楽の事件による鷹聖学園に集まるヘイトを全て引き受けているようなものなのだ。
疲弊して、心が少し歪んでしまっても仕方がない。
ここは誠心誠意の対応をするしかないだろう。
「ふざけてなどいないぜ?俺は君には感謝しているんだ。それだけ伝えようと思ってね」
「…………感謝?」
「君は俺が受けるハズの視線を……全てかっさらっていってくれた。そのおかげで俺は、日々安寧な生活を続けることができている。感謝してもしきれないぐらいだ。本当にありがとう、暗崎くん」
「お前、本当に死ね」
彼はまだ、心を開いてくれないようだった。
一体、何が彼をこんなに頑なにしてしまったというのだ?
やはり第一級のネットアイドルともなると、色んなハードルも自然と高くなるのかもな。
さて、彼の心の氷を溶かすのにはどうしたら良いものやら……
俺がそんなことを考えながら教室を見回すと、不意に教室の反対側にいる霧島さんと目があった。
…………………目が、あってしまった。
あの出来事があり、なんとなく、気まずい感じがしてそっちの方を向くのを控えていたのだが………
そうして、彼女はまっすぐに俺の方に向かって歩いて来る。
な、なんだ?
まずい。
あの時のことを問い詰められる?
その上で改めて吊るしあげられるのだろうか?
いや、いやいや。違うな。落ち着け。
俺は問い詰められても何も問題はないはずだ。
本来、俺は何も悪いことはしていないのだ。
あの時のことは全て、あのモヤシ野郎と変態に仕組まれた罠だったのだ。
俺は、奴らに嵌められたのだ……彼女に真っ先にそう説明したい衝動にかられた。
そうだ、彼女にはちゃんと説明しよう。
俺は、奴らに嵌められて、女湯に墜落しかけ……あわや不時着というところで、仕方なくその場の女子全員のタオルを吹き飛ばしたのだ。
そうしてそのまま、不本意ながら俺はゆっくりと旋回しつつ、その場の女子全員の裸体をガン見することにはなってしまったが……それはあくまで不可抗力だ。バッチリ記憶に焼き付けてはいるが、きっと多分、それは俺のせいではない。
そうして結果的に、俺は奴らに吐かされるまま女子の詳細な乳情報を男子生徒達にもたらしたのだが……
…………
……………駄目じゃん。
全然駄目じゃん!!!!
この説明じゃ、結局俺のやってること思いっきり黒じゃん!!!!!
俺が他に自分が白となる説明を捻出しようと必死に頭を回転させていると……
もうすでに、霧島さんは目と鼻の先にいた。
そして…
「芹澤くん。今日の放課後、空いてる?ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど………」
彼女は突然、そんな話を切り出して来たのだった。
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