49 天皇帝《ミカド》
天皇帝ユキヒト。
それが今代の『天皇帝』の名だ。
それまで日本という国に存続してきた「天皇制」というシステムは、二十年前に『世界異能大戦』が勃発して以来揺さぶられ、戦争集結後、時代により順応した形の制度に置き換わった。
代々、世襲制で継承されてきた天皇の位であったが、異能者が支配する世界となってから天皇家の中でたまたま異能力に目覚めた彼がその役目を負うことになった。
「国民の象徴」としての天皇から「国家を統べる象徴」としての天皇『天皇帝』となり、国号も「日本」から正式名称「日本天皇帝國」とあらたまった。通称で「日本國」や「天皇帝國」と呼ばれるが、戦前のまま、「日本」と呼ぶ人も多数いる。
天皇帝は国家の元首でもあり、宗教的な頂点でもあり、日本帝国軍の元帥でもある。文字通りこの国家の主人であり、日本天皇帝國の最高権力者。
この国の国民を統べるとともに、この国の異能者をも統べる者。
その役割を持った今代のカリスマとして、この天皇帝は存在している。
「今上様がお見えになりました」
ここは、皇居内の奥深く。
様々なセキュリティを抜け、細い迷路のような路地と通路を通り…
長い時間をかけて通された、この国の最高権力者が棲まう隠れ家。
私たちが居るのは、その前室『下見の間』。
ここは天皇帝が外部の者に会うために特別に設えられた、謁見用の部屋である。
ひな壇のように一三段の階層がつけられ、その中ほどに二人の従者が鎮座し、最上段には薄く優雅な模様が編まれた絹の天幕がかかっており、その奥が天皇帝の鎮座する場所ということになる。
私はその最下段に正座して膝の前に手をつき、頭を下げていた。
横にいるお父さんは正座はしているが、この部屋に通されてからそのままずっと、背中を立てたままだ。
それを、天皇帝の七つ下の段に座る従者が窘めるように言う。
「玄野様。いかにあなた様とはいえ、今上様の御前で御座います。どうか……頭を下げてはくださいませんか。」
そこに、最上段の絹の天幕の奥にいる人物…天皇帝が声を掛けた。
「なあ、右京」
「…は。何で御座いましょう」
天皇帝の言葉にその右京と呼ばれた従者は振り返ることはせず、その場で頭を垂れる。
「私の方が一三段も高いところに座っている。既に頭の高さは彼より高いよ。それで良い、ということにしないか?」
「今上様………お言葉ですがそれでは………!」
「よせ、右京。…今上様の御心に沿うようにいたせ」
「…は。失礼いたしました……御心のままに」
右京を諌めたのは少し高い中段に座する男だった。
彼の名前は西音寺ヒデヒト。
天皇帝の治世が始まって以来、ずっと天皇帝の片腕となって働く、側近中の側近だ。
その彼らを前に、天皇帝は唐突にこう切り出した。
「じゃあ、ここで二人とも外してくれ。彼らと話がしたい。」
「き、今上様……!?」
「右京。良い。外せ」
「…は。……………………御心のままに……」
そうして二人は謁見の間から出て行った。
「いいのか? あいつら護衛なんだろ」
「いいよ。どちらも頭が固くてね……困っているんだよ。メリアさんも楽にして」
「はい」
その声に、私はゆっくりと頭を上げた。
見上げると、ひな壇の最上段、絹の天幕の奥に一人の人物が鎮座して居るのが見えた。
「で、ユキヒト……用事ってのは何だ?」
「ふふ、相変わらずだね。そうだね、本題から先にやっておこうか。他でもない……彼のことだよ」
「…アイツか」
「彼とは……芹澤くんのことでしょうか」
私は、確認の意味で彼の名前を出す。
「そう。その芹澤くんさ。なあ玄野。彼をこちらにちょっと貸して欲しいと言ったらどうする?貸してくれるかい?」
天皇帝は急にそんなことを切り出した。
そんな…!?
私は予想外の問いかけに、どう対処したものか必死に頭を巡らせるが…
先に口を開いたのはお父さんだった。
「ダメだ。あいつは俺が三年預かってる身だ。その間は誰にも手は出させねえ」
あまりに単刀直入。あまりに身も蓋もない。
この国の最高権力者に向かって、暴言とも取れる発言。
「それに、貸す貸さねえの話じゃねえ。そんなの、あいつが自分で決めることだ。」
「ちょ、ちょっとお父さん!」
幾ら何でも、不躾すぎる。私はお父さんを諫めようと身を乗り出しかけたのだが…
「ハハ!いいんだよ!メリアさん。その答えが聞きたかったんだ。誰にも手は出させない。玄野がそう言うなら、どこよりも安全だ。それを聞いて安心したよ。」
「…どういうことでしょう?」
私は、彼の真意を掴みきれず、そう問いかける。
「何……彼を狙ってる人間がどうやら動いてるようだからね」
「八葉の野郎か?」
「それもあるかもしれないが……他の奴らさ。未確認ではあるが…君の耳にも入れておいたほうがいいと思ってね」
そう言って彼は天幕をかき分け…ゆっくりと一三段のひな壇を降りてくる。
「聞かれて居るかもしれない。近くで話そうか」
………
◇◇◇
………
「うちが掴んでいる情報としては、そんなところさ。そういうわけで……彼らの動きを探るついでに、調査をお願いしたいと思うんだけれど、どうだろう。受けてもらえるかい?帝変高校の校長として。」
「構わねェが…別に命令すりゃいいじゃねえか? お前、ここで一番偉いんだろ?」
「ハハ、そんなことできないさ!君は仮にも『トウホクサイト』の主人。公にはならないとはいえ、本来は君の方がずっと上の立場なんだから…」
「そんなこと…今上様は立派に国を治められて……」
彼の発言を訂正しようとする私に、彼は少し悲しげに、暗くなり始めた庭を見やると……
「いいんだよ、メリアさん。僕らはお飾りの象徴なのさ。今も昔も……変わらずのね」
「話はそれで終わりか?」
感傷をよそに、お父さんはまたぶっきらぼうに話を断ち切る。
本当に、この人は……
「まあ、だいたいね。あとは久々に玄野の顔を見たかったってのもあるかな。あの西音寺でさえさっきの様子だ。今や私とまともに話してくれる者など玄野ぐらいなんだよ」
「仕方ねえだろ。それがお前の仕事だ」
「言ってくれるね。まあ、その通りなんだけどさ………最近、酒もろくに飲ませてくれないんだ」
「……………そういや、こんなのもあったな」
お父さんは珍しく持参した黒い鞄をゴソゴソやり始め…………そう言って取り出したのは、日本酒の一升瓶だった。
「どうだ、ユキヒト。昔みたいに一杯、やるか? もらいもんだから味は保証しねえが」
その茶色い瓶には「清酒」と書かれた銀色のシール、680円の値札に赤い「処分品 半額値引き」シールがでかでかと貼られている。
安物の上に……半額処分品!!!? それって確か………
「ちょ、ちょっとお父さん!?」
「ハハ!そんなのを持ち込むのも玄野ぐらいなものだよ!!いいね、付き合おう!!………………見たことない銘柄だね?」
「…き、今上様…!?」
「いいのいいの!これは同窓会みたいなもんだしさ!今日ぐらいは………さ」
そうして、お父さんは半額シールの貼ってある一升瓶の口を開け、持参した安物の湯呑みになみなみとそれを注ぐ。
「うちの教え子からだ」
「芹澤くんかい?そりゃあ………………何よりだ」
そうして…………
二人は庭園の上に顔を出し始めた月を眺めながら、のんびりと酒を酌み交わし。
その宴は結局、朝まで続いたのであった。
「…まずいな、これ」
「ハハ!ほんとだ!こんなにまずいの、初めてだよ!ハハハハ!!」
「まずい。味がしねえ」
そう言いながら、一本空けました。
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これにて、1章完結となります。
ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。
次章から、設定開示しつつの本編展開になってくると思います(予定)
なんか全部描こうとすると5章ぐらい行ってしまうような気が…笑
どうなるかわかりませんが、よろしくお願いします。
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