48 クロノとアツシ
あの天国と地獄の両極を味わった温泉旅行から帰ってきた、翌日。
今日は、日曜日である。そう、休日である。
俺は玄野家の居候として与えられた個室の机に置かれたノートパソコンを前に、動画投稿サイトで気になる情報を検索していた。
キーワードは「春」「異能学校対校戦争」「帝変高校」「鷹聖学園」。
あの試合は全国放送されていて、その録画が著作権グレーな感じで(実質真っ黒だが放置状態)色々上がっていると聞き、それを確認するためだ。
もちろん霧島さんの試合を動画で見たかったというのもあるけれど、それよりも俺は気になっていることがあった。俺の、登場シーンだ。
俺は、あの会場に「上空からゴリラにお姫様抱っこされたまま降り立つ」というかなり目立つ、羞恥プレイものの登場をしてしまったのだ。
当然、インパクトというか注目も集まるわけで…………おもしろ動画風に加工されて大衆の「おもちゃ」になっていてもおかしくはない。
そう思って、必死に検索していたのだが…いくら検索しても、見つからない。
いや、俺と氷川君が戦っているところの動画はちゃんと上がっているのだが、なぜか登場シーンは一切ない。
俺はひとまず安堵した。
とりあえず、俺は面白動画のネタにはされていないようだった。
その代わりに大量に出てきたのは、
『『『ざんねええええええん!!!!!』』』
『『『フリでしたあああああああ!!!!!!』』』
大量の『ざんねええええん!!!』動画だった。
マジで、大増殖していた。
サイトのランキングのトップに幾つもの同種の動画が躍り出ている。
音楽に合わせた「MAD動画」に「歌わせてみた」、果ては「踊らせてみた」、様々なジャンルが一斉に花開いている。超・大人気。恐ろしいまでの使い回し素材と化している。
………………なにこれ?
これも鷹聖学園の生徒なの?
なんでも、赤井と対戦していた鷹聖学園の暗崎ユウキ君のビジュアルと言動がかなりインパクトのあるものだったらしく、おまけに今回の鷹聖学園のオーナー設楽応玄の騒動だ。合わせ技で大炎上したとみて間違いがないだろう。
哀れ………彼は犠牲になったのだ。
そうか。
そうなのか。
彼が俺のヘイトを全て、引きつけてくれたのだ。
俺の「ゴリラにお姫様抱っこ」動画がないのは、そういうことだったのだ。
そう思うと、俺は動画の中で絶叫する彼のその姿が英雄のように思えてきて。
こころの奥底からふつふつと感謝の念が沸き起こってくる。
俺は動画の中でひたすら音楽に合わせて「「「ざッざざッざッざんねえええええん!!!」」」「「「フッフフッフッフリでしたあああああ!!!」」」と繰り返す彼に向かって敬礼し、心からの畏敬の念を彼に送りながらブラウザをそっ閉じした。
暗崎君。
この恩は忘れないよ。
多分。3日ぐらいは。
まあ、俺としてはゴリラそのものが面白素材として出回っている可能性もあると思っていたのだが、そういうのも一切なかった。
というか、ゴリラが登場する動画自体全く見かけなかったな?
試合の中継録画をそのまま上げたようなやつもあったけど、なぜか綺麗にその部分だけ編集されてなくなってるようだった。まあ、俺としてはとてもありがたいことではある。
そういえば、あの校長はここ数日姿を見せなかった。家に帰ってきてもいない。
なんでも、大事な会議があるからとかで海外に出張しているらしい。
いいご身分である。
メリア先生の話によれば、奴は今日やっと日本國に帰ってくるということらしい。
そういえば、奴に会うのは試合の日以来だ。
気は進まないが、一応、準備だけはしておいてやるか。
◇◇◇
「ありがとうございました〜」
俺は近所のコンビニで、一升瓶に入った日本酒を購入してきた。
なぜ未成年の俺がそんなのものを買えるのか?
俺はさっきメリア先生からこのコンビニのお客のIDとなる「お使いカード」を借りてきた。
後追いで登録者承認が必要になるが、こいつさえあれば誰でもお酒を買って帰れるというわけだ。
とはいえ、今回の買い物は俺の自腹だ。
なけなしの小遣いから捻出した予算で購入している。
なぜに、あのゴリラにこんなものを買ってやらねばならないのだという思いもある。
奴には相当な辛酸を舐めさせられたからだ。
あの理不尽な訓練で、マジで死にそうになったこともある。
あの無茶振りの数々。
大岩の雨を降らせ「よけろ」。
奴の砕いた岩の破片が次々に飛んできてそれで死にかけたりもした。
さらには奴が高速移動で十人ぐらいに分身したところで「やれ」。
挙げ句の果てには断崖絶壁から突き落として「とべ」だあ??????
せめて突き落とす前に言えよ!!!!?
………これ、お礼の必要とかある????
むしろお礼参りモノじゃないか?
そうは思うが、もう買ってしまったものは仕方がない。
また結果的にではあるが、奴の特訓によって俺が力をつけられたのは事実といえば事実には違いないのだから。
その点だけは、評価してやっても良い。
それに、あの酒はあの店で一番安いやつで、さらに「処分品」の半額セールで超安くなってた奴だ。
あいつにはそれぐらいで、ちょうどいい。
そう思って玄野家の玄関を開けると、当の校長が帰ってきていた。
メリア先生と何やら話して居たようだった。
「おう、居たかアツシ。今晩、メリアと出てくる。夕飯は適当にやってくれ。」
帰るなり、また出ていくという。
せわしないゴリラである。
そこで俺は早速コンビニで買ってきたばかりのビニール袋を差し出し…
「まあ、アンタに言いたいことはたくさんあるが…一応、礼だよ。」
安物の一升瓶の日本酒を奴に渡す。
奴はビニール袋から不思議そうに茶色い一升瓶を取り出し、ひとしきりながめまわすと…
「おう」
少し嬉しそうに、返事をした。
あ、やっぱゴリラでも酒飲むんだな。
「じゃあ、早速で悪いけど、行ってくるわね? 何かあったら、すぐ電話するのよ?」
そういうとゴリラとメリア先生は二人で玄関を出て行った。
というわけで今晩、俺は一人。
自由の身だ。
………何して過ごそっかな?
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