04 クラスメイト
騒動のあった入学式の翌日。
俺は普通に登校していた。
あの後、さすがに放置はまずいだろうと思ってモヒカン先輩を保健室に運び込んだのだが、色々と複雑骨折していたらしく、すぐに救急車で病院まで運ばれて行った。
驚いたことに、保健室の先生は俺が異能力研究センターで会った美人キンパツ鑑定官だった。
あの時のように冷たい目で「これ、あなたたちがやったの?」と問いかけられた時にはなんだか生きた心地がしなかったが、なんとか正当防衛であることを説明した。その努力の甲斐あってか「そう、正当防衛でここまでのことをするのね」としっかり理解(?)してくれたようだった。
入学式の後、本当ならその日のうちにクラスルームで担任と生徒たちが顔合わせするはずだったのだが、モヒカン先輩とあのモヤシ野郎がひと騒動おこしてくれたおかげでお流れになり、今日にずれ込んでしまったのだ。
まったく、いい迷惑だぜ!
そんなわけで、今日が本当の登校初日である。
昨日は色々あったが、色々と自信が持てた日でもあった。
俺はこの高校生活、ドブ色の未来が約束されていると思い込んでいた。
否、決めつけていたのだ。
しかし、不慮の事故ではあったがモヒカン先輩を撃退することによって、未来は自分でも切り開ける、俺でもやっていけるような実感が湧いてきたのだ。少しだけ、希望という奴が見えてきた。
そんなわけで、俺は今朝はかなり早く登校してきた。
でもちょっと早すぎたかもしれない。クラスルームまでまだまだ時間がある。
何して時間を潰そうかと考えているとー
「……あの……」
黒髪ロングの小柄な少女に声をかけられた。この子は確か…
「ああ、昨日の子?えーと、確か、よも……?」
「黄泉比良……ミリア」
そう、黄泉比良さんだ。昨日、モヒカン先輩に絡まれていた人だな。小さいけど、なんか留年した?とか言ってたから年上なのだろうか?
彼女は俺の目の前で大事そうに洋人形を抱え、俯いてモジモジしている。
「……あ、あの…昨日は…」
「………………あの……」
「……………」
そうして無言の時が数十秒ほど流れた。
どうしたのこの子? 電池切れ?
「あ、ああ。その人形壊れたりしてない?大丈夫?」
俺が沈黙に耐えきれず、とりあえず当たり障りのない話題を切り出した。
「……!」
彼女はコクンとうなづくと、彼女の持っていた人形がストンと地面に降り立ち、手を振りだした。
「おおッ!動いた!? いや、動かせるのか!?」
黄泉比良さんはまた、コクンとうなづいた。前髪が長すぎて表情がよく見えないが、ちょっと嬉しそうに見える。そして人形が手を振り、何かジェスチャーのような動きをし始めた。
「ジェスチャー……? これは、もしや文字を表している?」
黄泉比良さんはまた、コクンコクンとうなづいた。
こういう時、何か言いたいことがあるなら口で言えという無粋な奴もいるだろうが…俺は、こういうゲームみたいなのは嫌いじゃない。
乗ってやろうじゃないか!ヒマだし。
そうして人形が手を動かし、ゆっくりと動いては止まりを繰り返す。
「……これは、5文字だな?わかるぞ。」
彼女の方を見ると、嬉しそうにうなづいている。どうやら正解らしい。
「よし、もう一回頼む」
もう一度、同じように人形が手を動かし、ゆっくりと動いては止まりを繰り返す。
「最初の文字は……「お」かな?」
となると…… 次は 「も」 のように見えてきた。俺は頭をフル回転し、次々と文字を解読していく。
「お」「も」? 次は「て」?「な」……そうか!
「正解は……「おもてなし」だなッ!?」
そう確信した俺は黄泉比良さんの方にドヤ顔で振り返った。
しかし、彼女は思い切りブンブンと顔を横に振っている。長い髪が左右に大きく揺れる。
あ、顔見えた。あれ?この子、結構美人さんなんじゃね?
それはさておき。不正解らしい。
「うーん、もう一回頼む!」
あのリアクションからすると、全然違うような気がする。出だしからミスったか? 俺は注意深く人形の一挙一投足を追う。一文字めは結構複雑な動き。でも、なんとなく掴めたぞ。
「わかった!最初は「あ」だな?」
そう言うと俺は、正解ボード……黄泉比良さんの首の動きを注視する。
首は長い髪と一緒に、大きく縦に振れた。
「よし!じゃあ……次の文字は……」
こう言うのは最初の頭文字がわかれば、結構簡単だったりする。5文字で、「あ」から始まる言葉が正解だ。俺はまた注意深く人形の動きを観察する。
「あ」の次は「り」だな。次が…ちょっと複雑でわからない。でも、最後の文字は「う」で確定だと思う。その前は「と」か?
そうやって俺は頭をフル回転させていく。そうやって導かれた答えは…
「わかったぞ!正解は「あ」「り」「が」「と」「う」だな!?」
黄泉比良さんはぴょん、と一度飛び跳ねた後、ブンブンと首を思い切り縦に振っている。
あ、これ知ってる。ライブでちょっとコアな人がやってるヘドバンとか言う奴だ。やりすぎるとムチウチになるんだよね?
そして彼女は笑顔(推定)でまたぴょんぴょん飛び跳ねると、人形を抱きかかえ、すごい勢いでどこかへ走って行ってしまった。
あれ? なんだ、ワンゲームでもう終わり?
これ、結構楽しかったのに。
……後、何してヒマ潰そっかな。
◇◇◇
本当にすることが何もなくなり、俺が自分の席に着席して暇を持て余していると、
「やあ、芹澤くん。奇遇だね」
背後から俺がどこかで聞いたような……でも是が非でも思い出したくないような声が聞こえてきた。
俺の直感が振り向かなくても良い、絶対に反応するなと警鐘を鳴らす。
「いやあ、ここで君に会えるとは! 親友として嬉しいよ」
「誰が親友じゃああああああ!!!?」
俺は思わず振り向いてしまった。
そこには、見た目だけは見目麗しい、清潔なイケメンがいた。
こいつは……ああ、思い出すのも悍ましい。
俺と同じ中学校で3年間ずっと同じクラス。そしてその間、ずっと「変態紳士」の名を欲しいままにした男。御堂スグル。なんでこの変態がこんなところに……あれ?
いや、ちょっと待てよ!!?
「お前、ここにいるってことはまさか!?」
「そうだよ、芹澤クン。僕にも芽生えたんだよ。異能の力がね」
うはー。
俺は全力で頭を抱えた。誰だ、こいつに異能なんてものを与えてしまったのは。
神か!?神なのか!?
神よ、仕事しろ! 今すぐにでも持ち帰って再検討しろ!!!
こいつは世界で最も異能の力を持ったりしちゃいけない奴なんだよ!!!
いや、待て。
落ち着け俺。
まだこのクラスが変態色に染まる未来が決まったわけじゃない。
異能というのは、かなりのバリエーションがある筈だ。むしろ、こいつの変態性を押さえ込むような何か……まったく全然思いつかないけど、何かそれ的な奴が芽生えている可能性も無くは無いのではないか?
まずは、そう、事実確認だ。
俺は呼吸を整え、奴に聞いてみた。
「へえー。ちなみに、どんな能力なんだ?」
俺は生まれて初めて、真剣に神に祈っていた。
この変態を懲らしめるような「正義」がこの世に存在すると信じて。
神様、俺はあなたのこと、信じてるからね?
だから……
そうして、奴、御堂スグルは俺の問いに対する答えを口にした。
「鑑定結果は【姿を隠す者】だったよ。僕が一番欲しかったものかもね?」
はい!!!駄目でした!!!
ていうか、一番あげちゃ駄目な奴にピンポイントで一番駄目な能力が発現しちゃってるよ!
神様!!!
お願い!!!!
仕事!!!!!
仕事してッ!!!!!!
俺は机に突っ伏して、頭を抱えた。
「どうした芹澤? 昨日ので頭でもヤっちまったのか?」
今度は別の方向から、頭の悪そうな声が聞こえる。
「うるせえ。モヤシ野郎。俺は今人生最大の苦悩に直面しているんだ」
俺はどうすればいい?
どうすればこの巨悪を打ち倒すことができるのだ?
どうやったらこの力を得た悪魔から俺の大事な妹を…
…………殺ルカ?
殺ルシカナイノカ?
俺が真理と結論にたどり着きかけていたところで、バカと変態が話し始めた。
「やあ。君は昨日、芹澤くんと一緒にあの可憐な少女を助けた人だね。確か、植木くん?」
「ああ、アンタ、芹沢の親友なんだってな? 俺のことはヒトシでいいぜ」
「誰が親友じゃあああ!!!?」
「うわッ!?なんだお前!?」
絶叫をあげながら、俺は会話に物理的に割り込んだ。
「断じて、俺はこの変態と親友では無いのだ」
「ひどいじゃ無いか、芹澤くん。いつも重要な作戦の時は、いつも一緒だったろう? 僕は君を間違いなく無二の親友……いや、戦友だと思っているよ」
「はッ! 俺がこの変態と行動を共にしていただって? ひどい濡れ衣だ!風評被害も甚だしい!俺がやったのなんて、修学旅行で女湯を覗きに行ったり、夏のプールの時間に誤って女子更衣室に紛れ込んだり、学校一番の美少女エリちゃんのリコーダーを共有したり……それぐらいだぜ!!」
それぐらいだぞ?
俺がお前と一緒だなんて……
……あれ?
なんか背後から複数の視線を感じる。
俺が振り返ると、遠巻きにクラスの女子……人数的にこのクラスのほぼ全員が、こちらを軽蔑の眼差しで見ていた。
ああそうか。
もうそろそろ、ホームルームが始まる時間だ。
全員が揃っている頃合いだものな。だものな。だもの…
クラスの女子たちの間からヒソヒソという話し声が聞こえ、ちらほら「変態」「サイテー」「リコーダー?」「うわキッモ……」という単語が聞こえる。
なんで、彼女たちはこちらを見ながら話しているんだろう?それになんで、彼女たちは俺達からあんなに離れているんだろう?なんでかな〜?
…………
俺はだんだんと、目に涙が浮かぶのを感じた。
「ふふ、高校入学早々、Mプレイかい? それでこそ、僕の親友たるに相応しい……」
ああ、終わったな。
さようなら、俺の高校生活。
こんにちは、ドブ色の未来。
◇◇◇
変態の好感度が20上がった!
クラスの女子全員(黄泉比良さん含む)の好感度が30下がった!
バカの好感度が5上がった!
人物ファイル004
NAME : 黄泉比良ミリヤ
CLASS : 【人形を操る者】S-LEVEL 1
黒髪ロングの根暗っぽい少女だが、お礼はちゃんと言える子。よく机の上で自作の人形達を動かして遊んでいる。長い髪が顔を覆っている為に表情が分からず、その上殆ど喋らない為に何を考えているか分からない。そういう訳で、あまり友達はいない模様。
主人公と同じクラスだが年齢は14歳。学業優秀のため二年飛び級しているが、昨年は家での人形遊びにかまけていた為、留年した。
<特技>
人形操作 マニュピレイト
人形創造 クリエイトドール
人間操作 マニュピレイト
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人物ファイル005
NAME : 御堂スグル
CLASS : 【姿を隠す者】S-LEVEL 1
主人公と同じ中学で同じクラスだった男子。主人公の親友を自称する。美男子といっても良い容姿で頭も良く、スポーツも万能、文武両道を体現する優秀児だが、生粋の変態である。数々の武勇伝に加え、周囲の批判的な目を意に介さない豪胆な性格から「変態紳士」「女の宿敵」「下半身の妖精」と呼ばれる。知能テストでは驚異的なIQを叩き出しているが、その能力を変態行為にしか生かそうとしないところに彼の生き様が伺える。
中学時代の卒業文集では「将来警察に捕まって欲しい人 」ランキング堂々の一位。主人公と同じく中学三年の冬に能力を自覚し、帝変高校に入学することになった。
<特技>
影隠れ バニシング ー 気づいていない人に認知されない程度の異能。一旦認知されてしまうとそれとわかるぐらいの存在感になるが、それまでは気づかれずに自由に行動できる。
雲隠れ ハイディング ー 人の目の前から姿を消す能力。仕掛けられた人間にはどこかに消えたように見えるが実際にはそこに居り、ただ認識から消えただけである。
紳士協定 ジェントルマナー
脱衣 アーマーブレイク
<パッシブスキル>
属性付与 エレメンタル ー 自らにM属性を付与する。