36 ある空軍中尉の目撃証言
太平洋の上空。
とある南半球の国の管制空域の哨戒任務にあたっている一機の戦闘機があった。
安定した天候。
いつも通りの空。見慣れた海と島々。
熟練したパイロットは抜かりなく、しかし順調に任務にあたっていた。
気の抜けない仕事ではあるが、自分はこの風景をみるのが何よりも好きなのだ。しかし、自分も飛行機乗りとしてはもう歳だ。後続も育って来ていることだし、上官に申し出て陸の任務に当たる頃合いなのかもしれない。なに、空を飛びたければ故郷の海岸で自家用のセスナでも買って飛ばせばいい。
この戦闘機の独特の流れて行くような空…雲を突っきる感覚も捨てがたいが、ゆったりとした空もまた、いいものだ。
パイロットが慣れ親しんだ風景を前にそんなことを考えていると…
レーダーに映る一つの影があった。
レーダーの端に映ったその影は見る間にこちらに接近し……異常な速度で自分の操縦するFS-32戦闘機に向かってくる。
このままだと数十秒しないうちに遭遇する。
『『 こちらホークワン。管制室へ至急報告! 』』
「こちら管制室。何事だ?ホークワン」
『『 何かわからないが非常に小さな物体が、後方から異常な速度で接近してくる。このままだと交戦コースだ。指示をくれ 』』
「なんだ? そんなもの、こちらのレーダーには何も映って……いや、反応があった…なんだこれは!?こんな速度…巡航ミサイルか!? いや、ミサイルでもこんなに速くは…」
『『 こちらホークワン!撃墜するか?指示を! 』』
「待て、状況がつかめない。撃墜は許可できない…指示を待て」
『『 あと5秒で接敵!もう後方にいる!早く指示を!!なければ回避するッ!! 』』
そして…パイロットが回避行動に入った…数秒後。
パイロットは見た。
自身の操縦するFS-32……現在、世界最高速度を出せる最新鋭戦闘機を、おそらく数倍の速度で追い抜いて行く人影を。
そして、その人影は……目前の積乱雲を幾つもぶち抜きながら…見たこともない速度で視界から離れて行く。
その現実離れした光景に、彼はしばらく我を忘れる。
そうして十数秒が過ぎ……そのパイロットはやっと自分の仕事を思い出す。
『『 …ホークワンから司令室へ 』』
「こちら管制室。機影が通り過ぎて行くのを確認した。異常はないか?状況を知らせてくれ」
管制室の司令官の指示に、パイロットは目に残った残像を頼りに覚束ない言葉を続ける。
『『 ………人………いや、人のようなものが… 』』
「人?人がどうした?」
『『 人が飛んで来ました。あれはおそらく、人間です。 』』
「なんだそれは…!?まさか高レベルの異能者か!?姿は見たのか?」
『『 いえ…あまりにも一瞬で… 』』
「なんでもいい、思い出せるだけの情報が欲しい」
『『 …………何か………オランウータンのような大男が、アジア人の少年を抱えていて……それが高速に飛行していました…………本当に、冗談のような光景でした 』』
「………オランウータンのような大男……まさか………!?」
管制室の責任者はひとしきり考えると………
「この件は極秘事項に設定する。機密レベル10。本日、ここで見聞きしたことの一切の口外を禁じる。ここにいる全員……軍事法廷にかけられたくなければ、今の出来事の一切を忘れることだ。わかったな?ホークワン。」
『『 ………………了解。これから、通常の哨戒コースに戻る 』』
そうして、パイロットは今見たことを「夢だったのだ」と自分に言い聞かせ………
最新型の戦闘機は旋回し、自身の帰還すべき空母のある空へと消えて行ったのだった。
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