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31 もうひとつの戦争

『『 現在、2勝1敗。みんな頑張っています 』』


 スマートフォンアプリに届いたメッセージに、鶴見チハヤは短信でメッセージ返信をする。


『『 わかりました。よろしくお願いします。私たちももうすぐです。 』』


 彼女は返信を終えるとすぐさまそれを上着のポケットにしまい込み、目前に見える大きな建物に向かって再び歩みを進める。


「チハヤ先生……あなたまで闘技場(かいじょう)を離れてもよかったのですか?」


 一緒に並んで歩く、黒い縁の眼鏡をかけて青いスーツに身を包んだ男性…雪道タカユキが彼女に声を掛ける。


「もう、私ができることは全てやりましたから……雪道先生だって、クラス担任のくせに生徒達を置いてきたんでしょう?」

「うちのクラスは堅田が割としっかりしていますから。それに監督はメリア先生に託してきました。彼女がうまくやってくれている筈です。チハヤ先生こそ生徒が心配なのでしょう?」


 鶴見チハヤは雪道タカユキと横並びに淡々と歩みを進めながら…一呼吸おいて答えた。


「ええ、でもこの件ばかりは…人任せにはできないですから。」

「まあ、そうですね。少なくともこの件は……我々は少しは()を知っている身ですからね…」


 神宮コロシアムが学生達の戦いで歓声に沸いている頃………1-Aの担任鶴見チハヤと1-Bの担任雪道タカヒロはとある施設に向かっていた。


「鷹聖総合病院」。


 その名が示す通り鷹聖学園と同じ資本(オーナー)によって創設された、最新鋭医療設備群を備えた巨大病院。

 そしてここは…

 かつて、地下深くに「異能力開発研究所」という名前の研究施設があった場所。


 あの異能者専門の人身売買ブローカー、白衣の男…狭間キョウヘイの記憶を改ざん(・・・)し、引き出した商品(・・)の納入先の情報。

 そして今回の騒動の仕立て人…帝国貴族院の議員、伊能の運営する人材派遣会社の提携先。

 それらは結局…この場所と、そこに居る一人の人物に収束する。


 設楽応玄。

 今回の帝変高校の廃校騒動の火付け役であり、近年急速に成長した新興企業群を束ねる設楽グループの総帥。

 帝変高校周辺で起きた、全ての仄暗い事件の糸がここ(・・)で繋がっていた。


 鶴見チハヤと雪道タカユキの二人は鷹聖総合病院の送迎用のロータリー脇を通って、エントランスに進む。

 そしてエントランスの自動ドアの前に立つと…ゆっくりとガラス製の扉が開いて行く。

 雪道先生は黒い眼鏡のフレームを指先で撫でながら、呟くように言った。


「ここには………結構、嫌な思い出があるんですけどね」


 横に並ぶ鶴見チハヤも顔には表情を浮かべず…


「私も同じですよ。もう、こんな場所に来たくなどはなかった……でも」


 それでも、どこか決意をにじませるような力強さがその瞳には宿っていた。


「彼らを……うちの生徒たちを、同じ目に会わせたりしたくないものですから……」

「やれやれ……そんな私情に巻き込まれる私の身にもなってくださいよ〜?」


 後ろにはいつの間にか、赤いメガネをかけてボサボサの頭を掻きながら…帝変高校の社会科教師、本宮サトルがついてきていた。


「本宮先生……お願いします。今回は私たちからも追加でお支払いしてもいいですから。」

「まあ、私も……もらうモノ貰ってますから仕事はしますよ?きっちりとね。」


 雪道タカユキもその横から言葉を挟む。


「私からもよろしく頼みます。なんだかんだで私も結構、今の職場が気に入って来たのでね」


 本宮サトルは寝癖で波打っている髪の毛を指先でぐいぐいと引き伸ばしながら


「ええ、僕としても今の職場がなくなってしまうのは少しだけ……ちょ〜っとだけ、都合が悪いですからね。もちろん協力しますよ?有償ならね。」


 いつもの様子と少し違う…低い声で、目を細めて言うのだった。


 そして彼らは雑談しながら散歩でもするかのように淡々と歩みを進めていく。

 病院の風除室を抜け、高級ホテルのような豪華な装飾のあるエントランスホールに入って行き、そして…本宮が受付の高級そうなスーツで身を固めた、若干目つきの鋭い女性に声をかける。


「こんにちは〜!面会の予約を入れてるはずなんですがあ〜」

「かしこまりました。面会される方のお名前と貴方様のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「ええ、いいですよ。名前は…」


 本宮はまっすぐ女性の目を見つめ、言った。


「『記憶編集(エディット)』」


 受付の女性は座ったままの姿勢で硬直し、目とその中の瞳孔が急激に開く。

 焦点はどこか遠く…エントランスの奥の方を見つめているように見える。

 そんな様子で佇む彼女に、本宮はカウンターに手をつき言葉を続ける。


「で、そういう訳なんで、彼に会いたいんだけど?」


 それだけでは何の説明にもなっていない、彼の適当な言葉に対して受付嬢はーー


「…………承りました。設楽応玄会長への面会ですね。応玄会長は現在地下の特別研究施設の奥の庭園(ガーデン)におります。地下の特別研究施設フロアに行くには、奥から二番目のエレベーターに乗り、3階、5階、9階、そして地下1階を押した後、『閉』ボタンを5回押してください。地下15階に到着後、このゲスト用のカードキーで入場してください」


 そう言ってカウンター下の金庫から一枚のカードを取り出した。

 そして本宮先生はにこやかに受付の女性からカードを受け取り…


「はいはい、ありがとね〜!助かったよ。『記憶消去(イレース)』」


 彼がそういうと応対をしていた受付の女性は体をビクンと震わせた後、焦点がまたどこかに外れ…

 はっと何かに気がついたように、病院のエントランスに視線を送る。


 だが…その先には誰もいない。

 受付の女性は彼らが入ってきた時の姿と同様、入り口の方向をじっと見つめている。

 目の前に三人の人物が立っているというのに、彼女は彼らが存在しないかのように振る舞っている。どうやら彼らのことが全く見えていない(・・・・・)という様子だった。


「本宮先生、彼女は…?」

「僕たちがここにいるという認識を消去(・・・・・)した、それだけです。彼女の日常生活に支障はありませんよ。じゃ、行きましょうか」


 本宮先生は手にしたカードを弄びながらエレベーターホールにてくてくと歩いて行く。

 鶴見チハヤと雪道もそれを追って病院の奥へと向かう。




 ◇◇◇




 エレベーターの中に入ると…


「コード入力……ッと」


 本宮サトルは受付嬢に聞いた通りに「3階」、「5階」、「9階」、そして「地下1階」を押した後、人差し指で


 ダダダダダッ

 と『閉』ボタンを5回連続で押す。


 すると操作盤の文字のバックライトが全点灯し、程なくエレベーターが下へと動き出す。

 その「地下1階」までしか表記がないはずのエレベーターは、速度を上げて下降を続け…

 …数十秒後にゆっくりと停止した。


 そして扉が開くと三人の目前に「WARNING 関係者以外立入禁止」と赤字で大きく書かれた金属製の重厚な(ハッチ)が姿を現した。


 その大仰な門の右側操作端末ディスプレイには「IDを提示してください」という文字が表示されている。

 ディスプレイ脇にはカードを差す為のスリットがあり…本宮先生はそこに、先ほど手渡されたカードキーを迷いなく差し込む。


 ピッ


< ID認証完了 NAME : V.I.P.GUEST >


 ディスプレイに文字が表示され…


 ピッ


< 付添人のIDカードを挿入してください >


 さらにIDを求めるメッセージが出る。

 本宮はおもむろに懐からもう一枚のカードを取り出し…機械に差し込む。


 ピッ


< ID認証完了 NAME : 狭間キョウヘイ >


< 認証完了 ゲートを解放します >


 そしてー


 ガシュ ガシュ ガシュ ガシュ ガシュ 


 重い金属製のハッチが音を立てて手前から順々に開いていく。


 まるで何かの暴威を閉じ込めるかのようにーーまたそれが逃げ出すことを恐怖するかのように、過剰なまでに厳重に…

 幾重にも幾重にも設置された重厚な金属製の扉の群れが一枚一枚取り除かれていき…


 …プシュ…


 ガコン


 ヴオン… グィー…ン


 そして大仰な駆動音と共に、最後の鈍銀色のハッチが開く。


 ハッチの先ーーその奥には四方を金属製の板で覆われた薄暗い通路が広がり、奥からは得体の知れない呻き声……そして獣の咆哮のようなものが微かに聞こえるような気がした。


 鶴見チハヤは額にうっすらと汗を掻きながら…「特別研究施設フロア」と呼ばれた階層に一歩目を踏み出す。


「では、行きましょう……未だここで続く悪夢を終わらせに」

「ええ…鷹聖(・・)の生徒たちの為にも……ひと暴れ、してやりますか」


 雪道は表情を変えず、メガネをクイッと上げてそれに続く。


「やれやれ、これは労働対価に見合わないかもなぁ〜」


 頭を掻きながら、数秒遅れて本宮サトルも…のらりくらりとした歩調で彼らの後を追っていった。

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