03 モヤシ男、登場
3/26 あとがき部分に人物ファイルを追加しました。
「人の趣味をッ……馬鹿にすんじゃねええええええええ!!!!」
俺は気づけば、思い切り叫んでいた。
「……お前、誰にケンカ売ってるのかわかってんの?」
ギャハハとバカ笑いしていた先ほどとはうってかわって、声のトーンが2オクターブぐらい落ちたモヒカン上級生、桐崎ノボルが俺を睨みつけてくる。
ああ間違いない、怒っている。
それもかなり。
「ああ、そう。お前、刻まれたいんだな? 死にたいんだな?」
そこで俺は少しばかり冷静になった。
とりあえず言うべきことは言ったな。
さて、これからどうしよう?
相手は【万物を切断する者】レベル2の異能力者。
俺が戦っても絶対に勝てないのは明白だ。
ケンカなんか無理無理!
俺は元来、平和主義者なのだ。
こういうときは……ああそうだ。
土下座だ!
とにかく、さっきはちょっとカッなってしまっただけなのだ。そういうことは誰にでもあるだろう。きっと謝れば許してくれる。きっとそうだ!そうしよう!!!
そして俺が鮮やかに土下座フォームへ移行しようとした時、奴の足元の人形が目に入った。
…ああそうか。言い忘れていたことが一つあったな。
「その汚い足を、人形から退かせ!! このロリコントサカ野郎がッ!!!!!!」
考えるよりも前に、口が動いた。
一気にモヒカンの顔が赤くなった。
あ、これヤバい奴だ。
完全に怒らせたなこれ。
「てめえええええ!!!!!殺してやるッ!!!!」
よ〜し、言うべきことは言ったから。
あとは誠心誠意あやまるだけ!!
俺が速やかに土下座フォームへ移行しようとしたその時、
「よく言った!!!カッコいいぜえ、お前ッ!!!」
突然、火に油を注ぐ奴が登場した。
「俺は、植木ヒトシ!助太刀するぜッ!!!」
颯爽と飛び出してきたのは、黒髪をツンツン立たせたツンツン頭の男だった。
「てめえら…!俺の異能を知らねえようだなぁ…?」
今、モヒカン野郎…もとい、モヒカン先輩は非常に怒っている。
顔面が紅潮し、目が血走っていて、とても怖い。
こんな奴にケンカを売るなんて……コイツ、どうかしているぞ?
あと複数形にしないでください、先輩。
俺はこうして、誠心誠意謝ろうとしているのに。
この変な奴と一緒にしないでください。
「アンタこそ……俺たちの能力を知っているのかよ?」
火に油を注ぐ男はさらに油を注ぎ続けた。
お前もさらりと「俺たち」とか言うな!!
俺までケンカ売ってるように聞こえるじゃないか!!
俺、お前のこと知らねえし!!!
「俺は植木ヒトシ……『【植物を成長させる者】』の能力者だ。そして……これが何かわかるか?」
そう言うと植木ヒトシはポケットから山盛りの小さな黒い粒のようなものを取り出した。
「植物の種だ。俺はこれを一瞬のうちに成長させることができる。つまり……」
そしてその男は、その種をモヒカン先輩に向かって投げつけた。
「これが俺の武器だっ!!喰らえッ!『成長促進』!!!!!」
植木ヒトシが叫ぶと、
パパパパパパン!!!!
と弾がハジける様な音が辺りに響きー
「!!!?」
気づけば辺り一面にはモヤシの山が出来上がっていた。
「どうだ!」
どうだ、じゃねえよ。
モヒカン先輩はモヤシまみれになりながらも、一切ダメージは受けていない。当たり前だ。しかもかなり不愉快そうだ。
「……? ああん……これだけか? ふざけてんのか?」
モヒカン先輩はご立腹であられる。
顔面から「ピキピキピキ」と擬音が聞こえそうなぐらいご尊顔を歪めている。
正直、俺もコイツが何をしたかったかサッパリわからない。
「ちなみに、俺が使えるのはモヤシとカイワレ大根……この二種類だ。他は無理なんだよな!」
だれも聞いてねえよ。
というか想像以上に使えねえなその能力!俺の能力とどっこいどっこい……いや、俺の方が上だな。根拠はないがアイツと同じとは思いたくない。
「さあ、自己紹介はこれで終わりだ!今度はお前の番だ!あとは任せたぜ!どうせお前の異能なら余裕なんだろ?」
植木ヒトシが俺の方を向いて何か言って来た。ああ、さてはお前、目立ちたがってただけだな?
でも、正直ホッとした。
アイツは「モヒカン先輩にも確実に勝てる」と思えるような知り合いが居るからこんなに強気だったんだな。よかった、悪いがあとはそいつに任せてしまおう。
そう思って俺は後ろを振り向く。
しかし…そこには誰もいなかった。
あれ?
「いや、お前だよお前」
「え?」
コイツが一体何を言っているのかわからない。困惑する俺に、植木ヒトシが狼狽えた様子で聞いてきた。
「いや…お前、芹澤だっけ? 勝算があるからあんな強気だったんじゃないの?」
「はあ?」
お前は何を言っているんだ。
お前の目は節穴か?
強気もなにも俺は華麗な土下座をキメて、ひたすらに赦しを乞おうとしていたのだよ?
「俺の異能は『温度を変える程度の異能』で、レベル1だぜ? あのモヒカン野郎に勝てるわけないじゃん」
「なっ!?」
植木ヒトシは明らかに狼狽している。そこで俺も気になっていることを聞いてみる。
「なあお前…植木こそ、勝算があるんじゃなかったのか?」
「フッ…あるわけないだろ?俺はただ、お前がきっと勝算あるんだろうと思って…勝ち馬に乗って、目立つつもりで出てきただけだ!」
ああ、そういうことか。コイツ爽やかなまでにダメ思考な人間なんだな。
つまり今、俺達が出来ることといえば……土下座……はもう遅いか。
モヒカン先輩は先程から無言だ。
でも、目は血走り、顔はさっきより赤いというか赤黒い。何というかもはや人間じゃなくて節分の時の赤鬼みたいだな。ああ、人って怒るとこんな風になるんだ。興味深い。
「なあ、芹澤。確認しとくけど。本当の本当に奥の手とかないんだよな?」
「ああ……そんなもの、ねえよ。」
最終奥義『土下座エクストリーム』はさっきお前に封じられたばかりだからな。
「……」
モヒカン先輩は既に赤黒さを通り越して紫色だ。憎しみと憤怒の権化。お寺の魔除けとかにこういうのありそう。
「……」
「……」
俺たちは目を互いに見合わせる。
その瞬間、無言のままに同じ結論に達した。
「「 逃 げ る ぞ ! 」」
そして同時にモヒカン先輩から逃げる方向に猛ダッシュした。
「てめえええらあああ!!! まちやがれええ!!!」
当然、モヒカン先輩は鬼の様な形相で追っかけてくる。
うん、追いつかれたら間違いなく殺される。
ていうかもう、斬撃が飛んできてる。異能による斬撃はコンクリの壁をバターのように切り裂いている。ああ、本当に殺す気ですね、そうですか。
……このままいけば、明日の新聞の一面を飾るのは俺たちだ!
「てめえ芹澤ァ!!! 変な期待させんなやあああ!! 巻き込まれちまったじゃねえかああ!!」
「ふざけんなあああ!! 火に油そそぎやがってえええ!!!」
俺と、全ての元凶、植木ヒトシは必死に逃げながらもお互いをディスり合う。
「うっせえええ!!!お前はやかんでお湯でもあっためてやがれええええ!!!!」
「使えねええええ!!!!このモヤシ野郎使えねええええ!!!!!」
しばらく廊下を逃げ続けるが、なんだかモヒカン先輩の足の方が早いらしい。だんだん距離が縮まってきた。
ヤバいぞ、これは。
「もう一回豆まいてみろモヤシ野郎!!!!俺はその隙に逃げるから!!!!」
「ふざけんな!!!!さらに加速して追っかけてきてるぞ!!!」
「くそッ!!!」
苦し紛れに俺は廊下に備え付けられていた消火器を手に取った。
「『あたたまれ』!!!」
そして思いきり「あたため」た消火器をモヒカン先輩に投げつけた。
モヒカン先輩は飛んできた消火器を切り裂き一
ボバァン!!!
結果、大爆発した。
消火剤が飛び散り、辺りが白いモヤに包まれる。
「よし、今だ!」
俺たちはとっさに理科準備室と書かれた部屋に飛び込んだ。モヒカン先輩は俺たちを見失った筈だ。これで少しは時間を稼げるはず…
「ぜえ、ぜえ」
「はぁ、はぁ」
俺はすこし息を整え、思考をめぐらした。
どうする?逃げ込んだはいいが、打つ手はない。
やっぱり謝るか?俺の土下座スキルを持ってすれば…
駄目だ。
土下座した体勢のまま、ブチ切れた赤鬼に介錯される未来しか見えない。
一体どうすれば…そう考えたところで理科準備室の棚の中にある薬品に目が止まった。
「成長促進剤?」
見れば、植物用?の栄養剤アンプルが棚に大量に並んでいた。なんで園芸用品が理科準備室に?
よく見ると「取り扱い注意!劇薬!」の文字が。どうやらヤバそうな成分が入ってるらしい。ああそれで、理科準備室にあるのね…
てかそう言う危ない薬があるなら鍵閉めとけよ!!助かったけど!!!
……ん?成長促進剤?
「これ、もしかして……!」
その時、俺の頭に電流のようなひらめきが起こった。
「おい、モヤシ野郎」
「植木ヒトシだ! 名前を呼べ、芹澤。」
「なあこれ、お前の持ってるタネに染み込ませたら、どうなる?」
俺は棚にあった栄養剤アンプルを植木ヒトシに投げた。
「これは……!?」
そして数秒もしないうちに、廊下をバタバタと誰かが走る音がして…理科準備室の前で止まった。
「やべえっ!! きたぞ!! 鍵は閉めたのか!?」
「閉めたけど、時間稼ぎにもならねえよ!?」
ガタン!!
ガン!!
乱暴に扉が開けられようとしている。
そして…
ドガアァアアン!!
モヒカン先輩が扉を蹴破ってのご登場である。
先ほどまで怒りで赤黒かった先輩の顔が、消火剤を全身に浴びて中和されることでサーモンピンク色になっている。うん、コレお笑い番組とかで時々見るヤツだ。思わず俺はちょっと楽しくなった。
「プフゥッ! 先輩、さっきはマジすみませんでした(笑)! お詫びとして、コイツをどうぞッ!!!」
俺は心からの謝罪の言葉と共に、先輩の体についた消火剤を洗い流して差し上げようと、ビーカーの中にたっぷり注いだ熱湯を先輩に向かって豪快に振りまいた。
「熱っ!!! アチいッ!!! 何すんだてめぇ!!!!」
モヒカン先輩はアチチ!アチチ!という芸人みたいなリアクションで答えてくれるが、ほとんどお湯を被っていない。残念ながら、あまり汚れは落ちなかったようだ。チッ。
……さて。
「時間を稼げるのはここまでだぞ、モヤシ野郎!!!」
「ああ、十分だ」
そうして、理科準備室の奥の方からモヤシ野郎が…遠いッ!?
あの野郎、いつの間にあんなに遠くに逃げやがったッ!?
「これでも、喰らえッ!!!」
ピンッ!
モヤシ野郎、植木ヒトシは絶妙なコントロールで一粒の種を指で弾き、遠く離れたモヒカン先輩の足元に着弾させた。
「ああん? なんだこりゃ? またモヤシのタネかよ……」
これにはさすがのモヒカン先輩も拍子抜けだったようで、怒りよりも呆れの色をにじませる。だが…
「『成長促進』!!!!」
先輩の足元から生えてきたのは人の腕の2倍ほどの太さのモヤシ。
先ほどの成長促進剤に漬け込んだ、特別製のドーピングモヤシだ。
そして、それは弾丸のような速さで成長し、その真上にあったもの……つまりモヒカン先輩の股間を打ち据えた。
「あ゛う゛んッ!?」
モヒカン先輩は発情期のオットセイのような声をあげて浮き上がり、そのまま動かなくなった。ああこれは、幾ら何でも……
「て……てめえら……!! もう、絶対に許さねえから……なッ……」
股間を押さえながら、内股で立ち上がり、なおも悪態をついてくる先輩。ご子息が潰れていないか心配したけど、大丈夫なようだ。タフだなあ。
「俺たち風紀委員会を敵に回したらどうなるか……って何してやがる!?」
「えっ?」
「後ろじゃねえ!テメエだよ!!」
俺は、気がついたらモヤシ野郎からドーピングモヤシの種を奪い取り、パラパラと豆まきのようにモヒカン先輩にふりかけていた。無意識に体が動いていた。なんて恐ろしい。
「今だ!!!植木!!!やっちまえっ!!!」
「うおおお!!!『成長促進』!『成長促進』!!『成長促進』!!!『成長促進』!!!!」
ボゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!
鈍い音とともに極太のモヤシがモヒカン先輩を打ち据え、執拗に嬲る。
「ぬおおお!!!『成長促進』!『成長促進』!!『成長促進』!!!『成長促進』!!!!」
ボゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴベゴ!!!!!!!
あれ?今変な音しなかった?
「むおおお!!!『成長促進』!『成長促進』!!『成長促進』!!!『成長促進』!!!!」
ボゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴバキゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴキゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴボキゴゴベゴ!!!!!!
「ちょ! ちょっとストップ!! もういい!! もういいから!!!」
俺は慌てて植木のモヤシ栽培を止めた。もう、とっくにモヒカン先輩は意識を手放していた。
……魂まで逝ってないよな?
さっきまで部屋の隅っこにいた植木ヒトシは、倒れて泡を吹いているモヒカン先輩のところまで近づいてきて口を開く。
「モヒカン先輩…………アンタは、過ちを犯した。それはたった一つの単純な過ちだ……!」
植木ヒトシは指を下に向けて…………言い放つ。
「アンタは、モヤシを舐めすぎたッ!!!」
人物ファイル003
NAME : 植木ヒトシ
CLASS : 【植物を成長させる者】S-LEVEL 1
カイワレダイコンとモヤシを一瞬で発芽させることの出来る能力。植物操作系の能力者の中でも屈指の発芽・成長スピードを実現できるが、何故かカイワレダイコンとモヤシしか操作できない。
<特技>
成長促進 グロウアップ
貝割壁 カイワレウォール
萌槌 モヤシハンマー
萌機銃 モヤシガトリング