22 利用する者、される者
4/30 色々と違和感のあった表現を修正しました。
「伊能君…例の件、首尾はどうだね?」
日本庭園風の広い庭で、杖を手にした老人は池の中に泳ぐ様々な色の鯉に餌をやりながら、小柄なスーツ姿、胸には金色のバッジを付けた男に語りかける。
「順調でございます、会長。必ずやあの野蛮人の帝変高校を潰して見せましょう」
「期待しているよ、伊能くん」
会長、と呼ばれた老人は男の方を振り返らずにそう言った。
「それにしても会長。過日の素晴らしいアイデアの数々、ご教示誠に有り難く存じます」
高価そうなダークブラウンのスーツを着た小柄な男は老人に頭を垂れながら、恭しく言葉を続ける。
「奴らの脆弱な部分につけ込り、詰将棋の如く追い詰める。その遠慮深謀、愚生にはまったく及びもつかぬことでした。鷹聖学園の皆様にご協力いただく件にも、感謝申し上げます。全く、痛み入ります」
「君もこれで分かったろう。腕力で敵わなくとも、知恵を使えば良いのだ」
「誠に……おっしゃる通りと存じます、会長」
老人はひとしきり鯉に餌をやり終えると、両の手を杖に置き……振り返って男の目を見る。
「だが、分かっているな?これは君が考えたことにすぎん。私が言っているのは全て独り言だよ。そうだな?火の粉は…こちらに届かぬ様に処理してくれたまえ」
老人の目は威厳と威圧感に満ち満ちている。自分に逆らう者がいるとは微塵も考えもしない…老いた独裁者の目がそこにはあった。
「心得ております。では、私は公務がありますので……これにて失礼致します」
そう言うと、小柄な男はまた恭しく礼をし、そのまま老人から離れて姿を消した。
「……小物が、上辺だけの言葉を並べおって……まあいい。せいぜい利用させてもらおうか……あの男の恐ろしさを知らぬ、愚か者。だからこそ、利用価値があろうと言うもの……」
老人は池の中の鯉を眺めながら………不意に杖の頭を抜き、その仕込み杖の剣先を露わに頭上高く振り上げたかと思うと、目の前の黒色の鯉を突き刺した。
黒い鯉は、一瞬、抵抗するように跳ね上がったがすぐに動きを止め絶命し、池の中にうっすらと血の色が広がっていく。
水面に浮かぶ骸となった鯉を見つめながら…………老人は苦々しげに言う。
「玄野カゲノブ……あの異常な化け物。私の大事な研究所を潰した上………私の体の自由を奪った男。必ずや同様の苦しみを……いや。私の味わった絶望を、数倍にして返してやろうぞ……!」
老人はそう呟くと、刃を杖に納め……その杖をつきながら、ぎこちない足取りで庭園から姿を消した。
◇◇◇
伊能と呼ばれたダークブラウンのスーツを着た小柄な男は外に控えている専用輸送機に向かいながら、思考を巡らしていた。
「国立帝変高校…正真正銘の害悪の象徴だな。忌々しい。」
この国には未だに、低レベルの無能者を無料で生徒として受け入れる国立の異能学校などというものが、いくつも残っている。これらは全くの無駄の極み。それどころか社会経済にしてみれば害悪ですらある。
何も、わざわざ無能者や貧乏人どもに税金を与えてやることなどないのだ。彼らは、自分で稼げばいい。いや、稼ぐべきなのだ。それは当たり前のことだ。
民間の教育サービスの授業料が払えないというのなら、すぐに軍務につかせれば良いし、軍務にも耐えられないような無能者どもにも使い道はある。戦没したことにして実験用検体として闇市場で売れば、無能者にもかなりの値が付き、売れば相当な利益になる。買い手はいくらでもいるのだ。
それを市場が求め、またそれで市場が潤うのだから、それが本来のあるべき健全な経済なのだ。
私のその考え方に賛同する大企業や団体はいくつも存在する。先程の偉そうなジジイ…設楽会長もその一人。自分を智慧者だと勘違いしている哀れな老人。
あの老人が私に提供したつもりでいる「知恵」とやらも、何のことはない、言ってみれば単なる言いがかりだ。「対校戦争の成績が低い」などという理由で廃校にしろだ?そのくだらない発案を実現する為に…あちこち走り回った私の身にもなって欲しいものだ…
しかし彼は特に私の事務所への大口の献金や、暗黙裏での謝礼を非常に多額で渡してくる。まだまだ利用価値は十分にあるのだ。設楽が裏で取り組む『異能者増産技術』………アレは私の権力基盤を築くにあたっても、非常に役に立っている。有能な異能者の確保が出来れば、その分権力は増すからだ。
現時点では法律に反していることにはなるが、それは未だ、法が追いついていないだけのこと。いずれ法を変えてしまえばよいのだ。そうすれば、私も大手を振って事業に専念できるというものだ。
手始めに、設楽会長のご機嫌取りも兼ねて、私の構想を阻んでいる目障りな障害物、帝変高校を潰すのだ。
なに、三流以下の異能高校の校長の玄野などと言う小物など、恐るるに足りない。奴はその異能を公表していないが、普通、有能な異能者であれば、それを宣伝し、学校経営に生かそうとするものだ。それだけで、奴がいかに無能なのか知れると言うモノだ。
設楽があんな男の何を恐れているのか分からないが……
私にかかれば、すぐにでも潰してくれよう。
◇◇◇
「廃校…!?そんな、対校戦争の結果ぐらいで…理不尽すぎますよ!!」
私、玄野メリアはまずは事情をチハヤ先生に打ち明けた。それに対する反応はやはり予想した通りだった。
「私もそう思うわ。でも、向こうにとっては口実にさえなれば、理由はなんでも良いのよ。重要なのはそれが行政の公式決定として決まってしまったと言うこと。手を引いているのは、文武科学省のあの伊能よ…」
私の言葉に、チハヤ先生は息を呑んだ。
「イ、イノウって、あの…神楽さんの誘拐事件でも名前が…!」
「ええ。本宮先生の「記憶操作」であの誘拐事件の首謀者の口からから出てきた依頼人の名前でもあるわ。これは…おそらく同一人物よ。」
「そんな…文武科学省の長官…それも異能学校連盟の会長が…!?…まさか…」
「というのはね。追加の調査の結果…もう一つ。無視できない事実…共通点が浮上してきたからなの。」
「共通点、ですか…?」
「伊能の政治資金の大口寄付者と、そしてあの白衣の男の会社の主要取引先。そして次の対抗戦争の対戦相手…学校法人鷹聖学園の設立者の名前がどれも一緒なのよ。たまたま、というのは無理があるわね。」
「対戦相手は鷹聖学園!?あのAランク強豪校の…その設立者といえば、あの…」
「そう、その名前というのは…あなたもよく知っていると思うわ。新興企業群を束ねる『設楽グループ』……会長の設楽応玄。」
ここ数年で急成長した…黒い噂の絶えない、ブラックカンパニーの主。
そして…お父さんが過去に潰した生体実験場の影のオーナー。
それは、表向きは職にあぶれた<無能>異能者に、高給の職場を提供する人材派遣会社だった。しかし…その裏では、その異能者たちが次々に行方不明になっているという噂があり、お父さんが「調査」しに行ったところ、そこではとんでもない実験が行われていた。
即座にお父さんはそれの施設を破壊し…そのオーナー、設楽応玄を見つけ出し、襲撃した。
そして、そこで実験材料にされていた人達を、帝変高校の職員として引き入れた。
これは互いに法を侵している為、当時、公には出来ず、設楽を法廷に引き出す事はなかった……その為、奴と校長は今も睨み合っていたのだがーーそう、奴だ。恐らく今、お父さんを……帝変高校を最も憎んでいるだろう人物のうちの一人。
全てが、繋がった。繋がってしまった。
敵は…設楽グループの設楽応玄。
「これは…ますます負ける訳には行かなくなりましたね。」
「ええ、お願いします。チハヤ先生。他の先生方にもすぐに伝えなければいけませんね。」
いつになく深刻な表情のチハヤ先生。
そう、なぜなら彼女も…当時の関係者だったのだから。
これから臨むのは、生徒たちのだけの戦争ではない。
これはー帝変高校全員で臨む戦争なのだ。
DATA
「調査」 … 時を止めて徒歩で不法侵入するだけの、簡単なお仕事。
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