21 とりあえず、限界まで
俺は昨日の夜から何も食べていないことを思い出した。
そのことを校長に言ったところ、奴は何かの動物の生肉を差し出し、
「食え」
と言う。
俺はとても腹が減っていたので、言われるがままにゴリラが用意した何かの動物の肉を焚き火で焼いて食べた。どうせ何の肉だ?とか聞いてもまともな回答は返ってこないだろうし。ああ、調味料が欲しい。
そんなワイルドな朝食を取った後、
「じゃあ、はじめるか」
早速、俺とゴリラの山岳修行が始まった。
とはいえ…
「修行って何をすればいいんだ?」
「そうだな…まず、限界までやってみろ」
限界までやる?何のことだ?
「…何を?」
「……お前は何ができるんだ?」
薄々、ゴリラは俺の異能のことを全く知らないんじゃないか疑惑があったが、これで確定した。
そんなんでコーチとか務まるのかよ…俺はそう思いながらも答える。
「ものを冷やすのと、あっためることだよ」
「じゃあそれだ。やってみろ」
このゴリラがコーチに適任かどうかはさておき、とにかく、「限界まで」と言うのをやってみることにした。
俺自身、どこまで出来るのかってのは知らないからだ。鑑定の時にちょっとしたテストはあったけど…思い切りやって見たことは一度もない。
とりあえず、俺は「冷やす」ほうからやってみることにした。
「冷やす」のでは俺が街中ではやったことがあるのはアイスを保温するぐらいのもんだった。それ以外は…家でバナナ凍らせるとか?
実際、俺はどこまで冷やせるんだ?メリア先生は「絶対零度」とか言ってたけど…やった事がないから分からない、というのが正直なところだ。
俺は地面に手をつき、「冷やす」ことに気持ちを集中する。
すると、地面はみるみるうちに白くなり、空気中に白いモヤのようなものが濃密にたち込め始めた。なんだか、雲の中にいるような…そんな感じだ。
しばらくすると、周囲の高山植物も凍ってきた。見れば、ゴリラにも氷が張り付いている。
「なあ、もう、やめようか?」
「なんでだ?」
なんでって…アンタまで凍りつきそうなんだけど?
「南極はもう少し寒かったぞ。いいから、出来るところまでやってみろ」
南極って…
俺はこのゴリラのことを心配するのは放棄し、さらに「冷やす」ことに気持ちを集中する。
だんだんと、周囲の空気が変化していくのがわかる。
地面が凍りつき、さらに濃厚な冷気を放ち始める。
あ、空から結構大きめの鳥がポトンと落ちてきた。凍え死んだらしい。今日の昼メシはこの鳥の冷凍肉で決まりだな。もちろん解凍して焼くけど。
でも、まだまだ冷やせる気がする。
「こんなもんか?」
俺は寒さは感じないが、あたりに強い冷気が立ち込めているのがわかる。これ以上やって大丈夫か?
気がつけば、あたりは真っ白になっていた。
高山植物はバキバキに凍りつき、さっきまではてっぺんだけが白かった山々が、いつの間にか下の方まで、白くなっている。谷底を流れていたはずの河は凍りついているようだった。
やっべ…やりすぎた?
「こんなもんで、限界なのか?」
ゴリラは真顔で問いかけてくる。
「いや…」
限界かといえば、まだ全然いける。
まあ、ゴリラはまだ普通に喋れるみたいだし、意外とまだそんなに気温は下がってないのかな?
「じゃあ、続けろ」
俺は言われるままに冷やし続ける。とりあえず出来るところまでやろうか、ということで、意識を集中してどんどん温度を下げる。
なんか、またさっきと空気が変わったな?
妙に澄んでいるというか…
そう思っていると、またさっきと同じ種類の鳥が空から何羽か落ちてきた。
ああ、鶏肉には困らなそうだな…俺がそう考えていると、
カシャン
落ちてきた鳥は地面に当たると同時に、粉々に砕けた。
「え?」
上空から落ちてきた鳥は粉々の破片となった。これ、もう食材としては…
じゃなくてさ。これヤバいよね。
結構周りに甚大な被害出してない?かなりの自然破壊になってない?
「こんなもんか?」
ああそうか。まだ周りがあんまり冷えてないじゃない。こいつがヤバいんだ。こいつがちょっとおかしいんだ。
「これで限界か?」
「いや…そういうわけじゃないけど…」
「なら、続けろ」
このゴリラは容赦というものがないのか?ゴリラのくせに大自然に対する敬意というものがないのだろうか?
「なあ…お前は知っておく必要があるんじゃねえのか?自分の能力をよ。」
「…ああ、そうだな」
ゴリラのいうことも一理あるな。
俺は目的を思い出して申し訳程度の良心を押さえ込み、さらに地面を「冷やす」ことに集中する。
すると、さらに濃密なもやが立ち始めた。
と同時に空気が急に薄くなり…息が苦しくなってきた。
これ、もしかして…!?…ヤバい!これヤバい!よく分からんがこのまま続けたら死ぬ!
そう思って、俺は冷やすのを止めた。
「なんだ、もう冷やせねえのか?」
ゴリラは平然として聞いてくる。こいつも大概だな…本当に人間?いや、校長という品種のゴリラだったな。
「いや、冷やせるけど…多分もうこれヤバいって!空気が薄くなりはじめたし…」
「空気をそのままにして、冷やせねえのか?」
「…」
無茶をいうゴリラである。
だが俺も男だ。試してもいないことを出来ませんなんてカッコ悪い真似はできない。まあ、言われてみれば、できないこともないだろうと思う。
要は、「冷やす」のと「温める」のを同時にやって調節すればいいのだ。面倒だけど。
そうして、俺はさらに冷やす。
今度は空気を温めながら、地面だけを冷やす。
するとー
あ、面白い。地面の周りだけすげー真っ白になった。なんか足元が白すぎてなんも見えない。
ちょっと温度を調整すると、もやもやを首のところまで上げたり、足元にまで下げたり自由にできた。
にしても、なにでできてるんだろな?このモヤ。妙に青っぽい。
とりあえず、地面をさらに冷やしていく。
そうして、しばらくすると…なんとなく、「これ以上は冷えない」と言う感覚がわかった。
多分、これが俺の限界なんだろう。
「ここまでだな。もういいか?」
「ああ。自分で限界はわかったんだな?じゃあ、戻せ」
そうして俺は地面の温度を元に戻していく。地面を覆っていた氷がどんどん消えていく様は、何かの早送り映像でも見ているようで面白かった。
ふぅー
いきなり空気が薄くなった時はどうなるかと思ったけど、ゴリラの言う通り、冷やすと温めるを併用すればなんてことはないんだな。野生の感というのも、バカにできないものである。
俺がここで一息つこうかと思っていると、
「じゃあ、次は逆のことをやってみろ」
ゴリラが引き続き実験を要求して来た。
鬼か?こいつは。休憩って概念はないのか?
まあ仕方ない。別に体力的にはどうこういうほど使ってないし、先ほどのアドバイスに免じてやってやるとするか。
「ああ、わかった」
でも…地面を温めるってのは無理があるよな?
別にできないことはないけど、俺は自然破壊をしたいわけじゃない。
アンデスくんだりまで来て、「あたりを灼熱地獄にして来ました!」ではここの国の人になんだか申し訳がない。
あれ?待てよこれ?俺たちって不法入国してない…?いや、今は考えるのをよそう…いざという時はこのゴリラに全ての責任をなすりつければいい話だし。
「この石でやるよ」
俺は地面に転がっていた手頃な石を手に取り、温めはじめる。すると、石はだんだんと赤くなり、どろりと溶けはじめた。
「うおっと」
俺はドロリと溶けた石をこぼさないように手で抱えながら、さらに熱していく。すると、液体となった石はマグマのようにブスブスと煮えはじめて、さらに温め続けると、お湯が蒸発するように消えて行ってしまった。
「まあ、こんなもんかな」
まだまだあっためられるけど、蒸発してしまっては仕方がない。
「消えねえようにできねえのか?」
…
また、無茶を言うゴリラである。まあ、できないこともないか?
さっきの応用だよな?温めるのと冷やすのを同時にやれば…
俺は無言で石を拾い、もう一度あたためる。
さっきと同じように石がブスブスと煮え出したが、俺はその蒸気が逃げないように周りだけを一定の温度に保つことにする。冷やすって言うより、保温するって感覚に近い。
そうやって調整していくと、それはだんだんビー玉のような球体になっていった。
…お、できたな。意外と簡単じゃん。
そして俺はそのままその石だったものをガンガン温めつづけるー
するとー
手の中の石だったものが光りはじめた。
そして、何やら手の中からバリバリと何本もの光の筋のようなものが出始めた。
あ、なんかこれ、知ってる。面白グッズでよくあるやつ。なんだっけ?確か…プラズマボール?そう言うおもちゃあるよね?
俺が手の中の光るものをおもしろがっていると…
「おい。それ…」
あれ?ゴリラがいつになく真剣な顔をしている。
「ちょっと向こうに投げてみろ」
え?綺麗だからもうちょっと見てようかと思ったんだけど…まあいいか。拾った石だし。
俺は渋々、それを放り投げた。
すると、その光るボールはなぜか水平にスーッと飛んでいき…見えなくなってしまった。
なんだ、何にも起こらないな。
俺が残念に思っていると、
「おい、坊主。飛ぶぞ。」
ゴリラがいきなり俺を抱きかかえー 飛んだ。
次の瞬間。
俺は、ゴリラに抱えられ、山々の上空にいた。
俺はそこで目撃することになる。
遥か下の方の山々に、視界を覆うような閃光がきらめいたかと思うとー
とんでもない大爆発が起きた。
そこからは巨大なキノコ雲が立ち上がり…
あたかも核爆弾が落とされたかのような光景になっていた。
酸素
融点 −218.4°C
沸点 −182.96°C
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