126 放課後諜報クラブ 1
「フフ、全員揃ったようだね」
「ああ、準備万端だぜ、司令官殿!」
「――司令官?」
今、俺たちはとあるファミレスの前に居る。
そう、この場所は「僕にいい考えがある」という変態の提案に基づき、氷川くんが霧島サツキ教官に「相談したいことがあるんです」と連絡を入れ、それなら二人で食事でもしながら話しましょう、ということになり、その待ち合わせ場所になったファミレスである。
なぜ、軍人のサツキ先生の連絡先なんていう機密レベルの個人情報があるのかというと、変態が訓練時に「緊急の時には必要だから仕入れて置いた」ということらしい。
……それ、本人了承の上で教えてもらったってことだよね? 仮にも軍の役職ある人の、それも父親が確か軍将とかいう我が国の最高司令官だったりするお方の端末に侵入とかしてないよね……?
と、不安に思って聞いてみたところ、「そういう方法がないわけではないけど、あまりやらないよ。普通に訓練の時に聞いたんだよ」と爽やかな笑顔で返答してくれた。
……本当に顔だけだな爽やかなのは。
「あまり」ってどういうことだ。
もういい、こいつにはあまり深入りしないほうが身のためだ。
「それにしても――何でこんなに大勢いるんだ?」
ここ、ファミレスの入り口前には同じクラスの男どもが俺を含め計5人が並んで立っている。
その中にナチュラルにあのもやし野郎が含まれているのは、もうあまり突っこむ気力もないのだが、気になるのは他の二人のメンツだ。
「……おいおいおい、これはなんだ植木。飯食うだけじゃなかったのか」
「俺たち、好きなもの奢ってくれるって聞いたからついてきたんだけど?」
こいつらは確か……鷹聖学園からの転校生だったな。
一人は、もやし野郎の2Pカラーみたいなヤツで、もう一人は金髪で髪を中央で立ててる、ちょっと意識高い系の格好した奴だ。
ええと、名前は……。
なんだっけ……?
「……音威だ」
「平賀ゲンイチロウ」
俺の心の中の声を読んだかのように、聞く前に答えてくれた。
まあ、俺が「こいつ、誰だっけ?」みたいに露骨にじーっと顔見てたからだろうけど。
「ちっ……話が違うなら、帰らせてもらうぞ。信じた俺がバカだったぜ」
平賀はともかく、音威の方はなんだかとても不機嫌そうだ。
元から、こんな感じな気もしないでもないけど。
まあ、植木に騙されて連れてこられたようだから、当然といえば当然か。
「おいおい、嘘は言ってねえぜ! 奢るってのは本当だぜ? もちろん俺じゃなくって、こいつがな!!」
そういって、植木が指差したのはなんと俺――ではなく、俺の先にいる御堂だった。
「ああ、実は僕が君たちを連れてきてほしいって頼んだんだよ。もちろん、食事代は支払うよ。好きなものを好きなだけ、頼むといい。その代わり、ちょっとした協力をしてもらいたいんだけれど――いいかな?」
その代わり、ときたか。
こいつをよく知る俺から……いや、違った。完全に赤の他人である俺からすると、嫌な予感しかしないわけだが……。
「ちっ、交換条件付きか……」
「頼みごと、ねえ。もし面倒なことだったら、俺らはやらないぞ?」
案の定、この二人も疑っているようだった。
そう、それでいい。こいつの言葉は、簡単に信じちゃあいけないんだ。
旨い交換条件を出してきても、何をさせられるか分かったもんじゃないから。
「フフ、安心していいよ。君たちなら難なく出来るような、とても簡単なことだ。でも、もし、ちょっと無理そうだとか、やり遂げる自信がないとかだったら、遠慮なく言って欲しい。無理強いはしないよ。もし、君たちができないというのであれば――何も問題はないんだ」
そう言って、にこりと笑う変態。
「――それなら、他にもっと有能な人を見つけることにするからね」
「…………」
「…………」
こいつ、あからさまに煽ってやがる。
ここでカチンときて反応するようであれば、まんまと奴の術中にハマることになるわけだが……。
「……はっ! 言ってくれるぜ。いいぜ、やってやろうじゃねえか!! その代わり、なんでも好きなものを好きなだけって話……忘れんなよ!?」
「お、おい、音威……!?」
まあ、高校生にもなってこんな見え透いた煽りに耐えられないような奴は、モヤシ野郎ぐらいしか居ないだろう……なんて思っていたら、いとも簡単に釣れた。
やはり所詮はモヤシ野郎の2Pカラーか。
いや、煽り耐性のなさにに関していえば、奴よりも上かな。
「フフ、そう言ってくれると思っていたよ、音威くん。――もちろん、中で頼むものの値段は気にしなくてもいいよ。本当に好きなものを好きなだけ、高いものから順にテーブルに並べるといいい。その資金はもう、準備してあるんだよ。――他ならぬ、君たちのためにね」
「ほ、本気なのか?」
「それ、ま、まじかよ……!?」
……まじでチョロいな。
変態の方も、どうやら、この二人の扱いを既に心得ているようだ。
そういえば、こいつ、家が超お金持ちなんだっけ……? サツキ先生が「ウチよりもずっとお金持ち」って言ってたレベルだから、ファミレスの支払いなんか痛くも痒くもないはずだ。
完全に悪魔の囁きだな。
「さあ。もう氷川くんは中に入ってスタンバイしているよ。僕らも、早速作戦会議を始めようじゃないか。食事でもしながら、ね」
「何食べようかな……」
「まあ、その分の仕事はしてやるよ」
……結局、奴ら、完全にいいように操られてるな……。
◇◇◇
テーブルにいっぱいに敷き詰められた料理の皿を、次々と平らげるモヤシ野郎とチョロ男二名を尻目に――俺は一人、ウーロン茶をすすっていた。
当然、俺は別会計で自腹である。
便乗する手も無くはないのだが、変態に何かを奢ってもらうなど後が怖くて仕方ない。極上和牛ステーキやローストチキンなどなど、並ぶ豪華な料理には目移りするが、ここはぐっと我慢だ。
「……まだ、待ち合わせの時間まで結構時間があるよな……ところで」
辺りを見回して、不思議に思ったことがある。
今、店の中にはお客は殆んどいないのだが、数名、見知った顔がいる。
店内、というか、隣のテーブルに。
「――キミら、なんでここにいるの?」
「別に、私たちがファミレスに来て時間潰してたっていいじゃない。そんなの自由でしょ。何か、おかしいことでもある?」
そう答えた風戸さんの他に、火打さん、香川さん、音無さんーー偶然にもあの時、氷川くんと御堂が熱く語り合っているのを遠くから見つめていた女子たちだ。
そういえば、あの後氷川くんがサツキ先生にメッセージを送り、ファミレスで待ち合わせをする……という流れまでは彼女たちも目撃していたはずだ。
まさか、とは思うが……。
「……たまたま?」
「そう、偶然よ」
そういう風戸さんの横で、香川さんは例のノートをしっかりと抱きしめている。いや、ちょっと違う。表紙の文字が「B x B」でなく、「B x G」に変化している。ボリュームは「vol.3」前より数字が下がっている。……その意味はあまり考えたくないところだが。
「偶然、ねえ」
俺たちの座っているテーブル席は、氷川くんの居場所がよく見え、かつ彼の正面に座る予定のサツキ先生からは見えにくい。でも、この奥のテーブルはあまり繁盛してないこのお店では普段あまり使わないテーブルだということで、嫌がる店員さんに頼み込んで入れてもらった場所だったのだが――。そういうのを渋るから客足が遠のくんだよ、と思わなくもないのだが、今の問題はそこではない。
「偶然、ここには来ないと思うんだけど」
「ちょっと静かにしてくれる? バレちゃうじゃない」
俺の追及には答えずに、テーブルの上のポテトをつまんでいる風戸さん。女子テーブルの上は、男子テーブルよりも、だいぶさびしい風景だ。グラスが4つに、ポテトの皿が一つ。どうやらドリンクバーとポテトのみで、長時間居座っているらしい。
というか、これだけあからさまにガン見しておいて、バレてないとでも思ってるのだろうか。
「大丈夫。さっきから私が『音を消す者』で音を消してるから、テーブルの外には大声で話しても聞こえないはずだよ」
「さすが音無ちゃん! やるぅ!」
風戸さんが音無さんに親指を立てた。
偶然とか言いつつ、もうあまり隠す気もないのだろう。
完全に野次馬ギャラリーと化している。
まあ、無理もない。
元いた鷹聖学園では氷川くんは名実共にアイドル的存在だったみたいだし、彼のような存在の恋愛事情なら、知りたい女子はゴマンといるだろう。彼女たちも、見逃す気はないということだろう。
火打さんはじっと、遠くのテーブルについている氷川くんを眺めている。
「確かに、こちらの発する音の対策はいいけど……ここからだと、ちょっと音が聞き取りづらいのが難点といえば難点ね……とはいえ、あまり近づく訳にもいかないし。あの人に感づかれでもしたら……想像するのも恐ろしいわ」
あの人、というのは他でもない。
サツキ先生のことだ。
あれから、俺たちの間では鬼教官の名をほしいままにしている。
見つかったら、ただでは済まないだろう――でも、見たい。
恐怖心と好奇心では好奇心の方が勝っているいるようだ。
「フフ、その点、心配はないよ。強力な助っ人がいるからね」
準備があるから、姿を消していた奴だが、またどこからともなく現れた。
その出現方法に慣れていない音威・平賀と女子たちはギョッとしている。
まあ、普通はそういうリアクションになるよな――。
「そして、たまたま居合わせた君たちにも協力してもらえると、ずっと仕事がやり易くなるんだけど――頼めないかな?」
なんか、彼女たちがここに来るのを最初からわかってたみたいな言い草だな?
「協力? 笑わせるわ。前の対校戦争でのあなたの仕打ち――忘れたわけじゃないでしょう? 私たちは、あなたの敵――あなたに手を貸すなんて絶対に嫌よ」
鋭い目つきで変態にそう答える風戸さん。うんうん、と頷いている他の三人。
一方の変態はこういう敵意満タンの視線を前にしても全く動じてないのが流石というか、なんというか……。
「もちろん、君たちには悪いことをしたとは思っている。真剣勝負だったとはいえ、ね。でも、ここは取引、といかないか? 一時的な『共闘』と言ってもいい――互いにメリットのある話だと思うんだ」
「ふざけないで。どんな条件を出されたって私たちは――!」
「――コレで、どうだい――?」
風戸さんの口を塞ぐように、目の前に差し出されたもの――それは、数枚の写真だった。
そこに写っていたのは、他でもない、氷川くん――
それも、クールでちんまいイケメンオーラを放つ、天才的レベル4異能者としての氷川くんではなく、普段の学校生活の中で無防備で、あどけなく愛らしい姿を晒す氷川くん――
――否、それは氷川きゅんとでもいうべき人物だった。
「そ、それは……!? ど、どこでそんなものを――!!?」
女子たちは突然現れたその写真に、目が釘付けになっている。
……っていうか、こいつはなんでそんなものを用意していたのか。
「これかい? もちろん、僕が撮影したのさ。本人の承諾を得て、ね」
奴のことだから当然盗撮写真かと思ったが、違った。あくまで、奴の言葉が真実であるとしてだが。
でも、百歩譲って本人の撮影許可はもらっているんだとしても、写真をバラ撒くことまで了解していたとは思えないんだが……?
女子たち四人はその写真を手にし、わなわなと震えている。
何か、彼女たちにとって貴重なものが写っているらしかった。
「写真はまだまだある。お望みなら、他の写真もご覧に入れるよ。それに――」
女子たちの表情を伺いつつ――この変態は畳み掛けるように、言った。
「君たちも、こっちのテーブルのように、なんでも好きなものを頼むといい。もし、協力してくれるのであれば、僕は支出を惜しまないよ――君たちのように素敵な女性なら特に、ね」
顔だけは爽やかな笑顔で覆っている変態にそう言われ、女子たちは思わず男子テーブルに並ぶ豪勢な料理を見つめた。
――誰かのお腹が、ぎゅう、となる音がする。
「…………なんでも……?」
「……お腹すいた、な」
「…………パフェが、いいな」
「…………………………ケーキ…………ケーキ」
そして同時に、唾をごくりと飲み込む音と――決して耳には聞こえない――何かが、ぐらりと揺らぐ音が聞こえたような気がした。
彼女たちは、受け取った氷川くんの写真を手にしながら、何やら小声で相談をしているが――その協議の時間はものの十数秒で終わった。
彼女たちの中で、何かの結論が出たようだった。
「御堂スグル。あなたのしたことは絶対に忘れない――」
そして、風戸さんが意を決めたように、口を開く。
「――でも、仕方ないわね。大義のためなら手を組みましょう。一時休戦ってことでね」
「助かるよ」
そう言って、風戸さんは氷川くんの写真を懐に仕舞い込みつつ、変態とがっちりと握手を交わした。
……大義のため?
……欲望のためじゃなくって???
「では、これで役者も揃ったことだし――早速、会議を始めようか」
そうして、いとも簡単に女子たちを籠絡した御堂は、これからの作戦内容について、静かに語り出すのであった――。
予約投稿分に書き足してたら思ったより長くなったので、前後編になります。