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125 氷川くんの恋話

「生きがいを、見つけたんだ」


 いつの間にか氷川くんから氷川きゅんにクラスチェンジしたらしい、我が校の誇るレベル4は、目をキラキラさせながら俺にそう語ってくれた。


「なんていうか、《人生の目標》って言えばいいのかな……? 僕にも将来、なりたいものが見つかったんだ」


 そう将来への展望を語る氷川くんの顔は輝いている。とてもいい顔だ。

 今までも眩しいぐらいのショタ系イケメンだったのが今日はさらに輝いている。机に頬杖をつき、窓から空に浮かぶ雲を見上げつつ彼が語ってくれたところによると、その目標というのは「サツキ先生のお婿さんになりたい」だそうだ。


「―――――へえ、そうか、それは、良かったな。目標ができるのはいいことだ」


 俺はとりあえず、祝意を述べた。何であろうと、人生の目標ができるのはいいことだからだ。


「そう思うかい、芹澤くん。キミにそう言ってもらえて嬉しいよ」

「ああ、でもどうしてそんな急に?」


 正直、この話に限らず、今日は色々と唐突に事が起こりすぎてわけがわからない。

 登校してからの開幕土下座謝罪ののち、変態の謀略により弓野さんに側頭部を思い切り蹴られて気を失い(よく見えなかったが非常に見事な後ろ回し蹴りだったらしい)、数分後、神楽さんの応急処置のおかげで俺が目覚めた頃には、何事もないかのようにチハヤ先生の国語の授業が始まろうとしていた。

 そうして、そのまま流されるままに、なんだかぼーっとしながら授業を受けていたら、あっという間に休み時間に突入。

 そうして、いつものようにモヤシ野郎(植木)変態(御堂)が絡んでくる前に、どこか他の場所にでも行こうかな、と考えているうちに、氷川くんが俺のもとに近づいてくるなり「生きがいを、見つけたんだ」と、いきなり打ち明けられたということになる。

 ちょっとばかし、イベント過多である。俺の脳がついていっていない。


 だがしかし、氷川くんが俺にこんな風に打ち明けてきたというのは、やっぱり話を聞いて欲しいということなのだろう。飛び級しているという秀才でもある彼は俺より一つ下の年齢で、俺からすれば一年だけだけど人生の後輩ということにもなる。なのでまあ、お悩み相談ぐらいは買って出てやろうかと思う。


「それにしてもサツキ先生か……何か、きっかけでもあったのか?」


 この際、年の差がどうこうという話は飛ばしておこう。そういうのは年齢なんて関係ないっていうし、氷川くんも元々大分マセてる感じの奴だからそんなに違和感はないし。でも、彼は当初サツキ先生をかなりナメてかかり、傍目には随分ひどい目にあわされて、その後も無理矢理服従させられていたようにしか見えなかったのだが……。


「それはね――あの夜の出来事が、どうしても忘れられなくて。なんていうか、思い出すたびに、心の芯が――とても熱くなるんだ」


 氷川くんは、俺の質問に、ぽわーっ、とした感じで、頬を赤らめつつそう答えた。


「――――――――――そうか」


 俺は思わず、氷川君と一緒にぽわーっと窓の外を見上げた。


 ――うん、今日はとてもいい天気だ。


 ……いや、現実逃避してる場合じゃないな。でも、困った。いきなり俺の人生経験の範疇を超える話になってしまった。


 異能警察予備隊の訓練合宿初日のあの夜、森の中で何があったのかは知らない。知らないが、俺の記憶では、氷川くんはサツキ先生に軽く暴言を吐いた後、二人だけで夜の森の中に入っていき、しばらくののち、氷川くんのものと思われる悲鳴が聞こえて……その後、彼は真っ青な顔で俺たちのいるキャンプ場所に帰ってきた。

 そして、その時点ではもう氷川くんのサツキ先生への返事の語尾が「にゃん☆」になっていた。時間にして数十分と、あっという間の出来事だった。そこで何があったのか、恐ろしすぎて俺には想像すらできない。

 だが言えることは、とにかくあの時、サツキ先生とのマンツーマンでの指導(トレーニング)の中で彼は「何か」に目覚めて(・・・・)しまったらしい。


「フフ、やはり君にはそちら側(・・・・)の属性の才能があったようだね。僕の目に狂いはなかった」


 どこからか音もなく現れた変態が、背後で何かを囁いているが……まあ、確かにその片鱗はあったと思う。それは俺も認めよう。

 元々、痛いと悦んじゃうというちょっとアレな思考回路の持ち主ではあったが、でも、今までの彼はそこまで酷くはなかったはずだ。


「御堂くん……キミのおかげだ。お礼を言わせてくれ。いろんなことに目が覚めたよ」

「なに、たいしたことはしていないよ。同好の士の一助となれば僕としても嬉しいよ」


 ガシっと熱い握手を交わす二人。

 話から察するに、どうやら俺の知らないところでこの二人は親交を深めていたらしい。ということは、こいつだ。間違いない。こいつが氷川くんのアレ度の悪化の元凶だ。


「御堂くん。キミの一言で目が覚めたんだよ。「もっと自分に素直になるべきだ」って――君の助言がなければボクは自分の本当の気持ちに気づけずにいたかもしれない」

「フフ、ボクの一言でそこまで開眼するとは……やはり思った通り、キミには才能がある。その開花に立ち会えたことを誇らしく思うよ」

「芹澤くんといい、御堂くんといい……ここにいると自分が井の中の蛙だったことに気がつかされるよ。本当に、帝変高校に編入してきて良かったと思っているよ」

「フフフ、そういって貰えて光栄だよ、氷川くん」

「ハハハ……御堂くん、今後ともよろしく頼むよ」


 ……まずい。あの純真無垢だった氷川くんが変態色に染まって来ている。 

 確かにM(それ)っぽい気質は感じてはいたけれど、でも先日の一件でその扉が完全に花開いてしまったらしい……というか、どうでもいいけど俺とこの変態を同列に並べないでくれない?


 目の前には中小の残念なイケメンが二人、熱い視線を注ぎあっている。独自のフィールドを形成しつつあり、俺は一刻も早くこの場から離れたい衝動に駆られる。だが、ちょっと踏み留まって考えてみる。


 このまま俺が逃げるのは簡単だ。だが、氷川くんが御堂(変態)ワールドに引き込まれるのを黙って見ていてもいいのだろうか?

 俺は人の趣味をどうこう言えるような立場でもないが……。この状況を放置するのはとてもまずい気がする。

 歳の差としては俺と氷川くんは一年ぐらいの違いではあるが、できることなら、一応、人生の先輩としてどう考えても茨で敷き詰められたHARDモードルートに入るのはを止めてあげたいと思う。いや、もう彼は第一歩どころか結構道の奥まで踏み込んでしまっている感じがするけれど……ここまで来てるると俺一人でなんとか出来る気がしない。どうしたものか?


「誰か、他に助けとなる人間は……!?」


 そう思って教室を見回すと、俺の他にも、彼らを見つめる女子たちの姿が目に入った。


「彼女たちは、確か――」


 風戸さんと火打さん。そして、香川さんと音無さん――。

 彼女たちは熱い握手を交わす二人に、視線を注いでいた。


 ――そうだ。彼女たちなら。

 先の対校戦争で、彼女たちはあの変態に酷い目に遭わされたらしい。詳細はあまり知らないが、まず間違いなく(あの変態)を快くは思っていないはずだ。彼女たちならば、反変態勢力を結成し、氷川くんをまともな(ルート)に引き戻す手助けをしてしてくれるかもしれない。


 そう思って席を立ち、彼女たちに声をかけようと思ったのだが……よくよく見ると、ちょっと様子がおかしい。


 香川さんは氷川くんと御堂を観察しながら、なにやら手元のノートに素早くメモを取り、風戸さんと火打さん、音無さんはそれを神妙な表情で見つめ、時折大きく頷いている。そのノートの表紙には「B X B 研究 vol. 24」と書かれており……掛け算?? どうやら数学の問題じゃなさそうだ。……そのメモ、何? 何と何を掛け合わせるのかな……?

 俺が疑問に思っていると、彼女たちの間から、


「……氷川くんと御堂くんか……」

「……それもアリね……」

「アリだね」

「イケると思う」


 ――そう、囁く声が聞こえた。そして耳を澄ますと、需要、供給、攻め、受け、などの単語も、わずかにだが聞き取る事ができた。


 ……これは……。


「………………」


 俺はそのままUターンし、再び、自分の席について静かに窓の外の空を見上げた。


 ――ああ、本当にいい天気だなぁ。


 ……そうだな。

 考え直そう。俺は人様の趣味をどうこう言えるような立場でもない。

 というか、そういうのは他人がどうこう出来るわけではないのだ。

 だから、この件には極力関わらないでおこう。

 知らない方がいいことも、決してわからないことも世の中にはあるのだ。

 それはそのまま、そっとしておくのが正しい対応だと思う。


「はあ――どうやったら、サツキ先生と結婚できるんだろう」

「フフ、僕にいい考えがある。任せておくといい」


 変態のセリフが使い古された死亡フラグにしか思えないが、今の俺にはなすすべは無いように思う。

 今はただ、この純真無垢な少年の夢が長持ちすることだけを祈ろう。

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