124 戦争のあとの登校初日
「この度はッ!! ホントウにッ!! 申し訳ありませんでしたッ!!!」
その翌朝。
俺は心からの謝罪の姿勢を示すため、教室の前方中央であらん限りの力を込め、土下座をしていた。
「……………………?」
教室内に広がる、静寂。
しばらく、誰からの反応もなかった。
それも当然。昨日の出来事を知らない生徒たちも大勢いるのだ。
彼らに取っちゃ、俺の土下座は何のこっちゃで、意味不明な行動にしか見えない。
だが、俺が今謝罪すべきなのはそれを知る奴ら……俺が、危険な目に遭わせてしまった人たちのことだ。
『異能警察予備隊』の訓練生として集まったみんなを、俺は盛大な失敗で死の淵に追いやったのだ。
俺の作り出した熱による――あわや、全員蒸発という大惨事。
その事態に至らなかったのは、氷川くんや土取さんたちが必死に協力して障壁を作り、俺の作り出した強烈な熱線を和らげてくれたかららしいのだが、それでも全ては防ぎきれず、中には瀕死のダメージを負ったメンバーもいたらしい。
熱線が収まるまで暗崎くんの作った影の異空間に身を潜め、それからかろうじて持ちこたえた神楽さんが全員を治療して回って、やっとみんな一命をとりとめた、という話をメリア先生から聞かされた時はもう、生きた心地がしなかった。みんな無事だったから良かった、とメリア先生は言ってはいたが、そういう問題じゃない。
一歩間違えば、全員が死んでた。
むしろ、死ななかったのは運が良かったからに過ぎない。
俺はあの場にいた全員を一瞬で殺しかけたのだ。
それを考えると、これぐらいで許してもらえるとは思っていないが、とにかくまずは誠心誠意、謝らなければならない。
そう思って、俺は朝登校すると同時に、土下座を実行したのだった。
「………………」
しばらく教室内に沈黙が漂った後、不意に、俺に近づいてくる足音が聞こえた。
(……誰だ?)
確認はしたくても、俺は顔を上げることは出来ない。今、土下座の真っ最中だ。額を床に擦り付けながら、見える範囲で相手を確認する。どうやら、近づいてきたのは一人の女子のようだった。
「ねえ、芹澤くん。いきなりなんで……君は土下座なんてはじめてるの?」
このキツく問い詰めるような声……弓野さんだった。
彼女の質問に、俺は地面に顔をつけたままで答えた。
「昨日の、せめてもの謝罪をと思いましてッ! 俺のせいで、みんな死にかけたわけですし! 本当に――」
俺は再び、謝罪の言葉を口にしようとしたのだが、その途中、頭の上で盛大な溜息をつかれた。
「はあ…………それ、本気で言ってるの?」
……あれ? 怒られるのは覚悟してたんだけど……なんか思ってた方向と違うぞ。
「別に今回のことで誰もあなたのことを責めたりはしないと思うわよ。というか、感謝してるんだけど」
「え? 何で??」
俺は謝罪の土下座の途中なのだが、思わず素で聞き返してしまった。感謝? そんな筈はない。はっきり言って、昨日の一件は大量殺人未遂だ。一生、恨まれるか、逆に殺意を抱かれても仕方がないと思っていたのだけれど……。
「何でって、あなたは命の恩人なのよ?」
不意に飛び出したキーワードに、俺は少し混乱した。それは、俺の認識と完全に逆では……?
「――命の恩人???」
「まさか自覚してないの? ……本当に呆れたわ」
また溜息。
ええと、これは……やっぱり怒られてるんだよな?
俺が混乱していると、弓野さんは静かに続けた。
「確かに――あなたの暴走で一時はみんな死にかけたわ。それこそ、あっという間に蒸発して全滅ってぐらいに。今思い出しても酷いものよ。どうして生き残れたのかも不思議なぐらい」
やっぱり。その話だ。俺は問い返しにならないことを――
「そそ、その節は、本当にッ……!!!」
「――でも、それと同じぐらい……いえ、それ以上にあなたに助けられたってみんな思ってるわ。だって、あの絶体絶命の状況を体を張って食い止めてくれたんでしょう。それに関していえば、あなたは今回の事件のヒーローなのよ? 少しは自覚した態度をとって欲しいものなのだけどね……いきなり土下座だなんて、幻滅だわ」
「――えっ?」
ええと……やっぱり結局、怒られてるような気がするんだけど。
でも、土下座したことを、怒られてる?
「だからといって、昨日のあなたに対する感謝の気持ちが変わるわけじゃないけどね。いいから、その格好をやめなさい、芹澤くん。誰もそんなの望んでないから」
その言葉を聞き、俺は大岡裁きを受けた町人のような心持ちになり、少し穏やかな気分になった。
――もしかして、俺が思ってたほど、みんなは怒ってない?
本当にそうなのか……?
その言葉を、信じてもいいのか……!?
「フフ、弓野さんの言う通りだよ、芹澤くん」
脇からは聞き覚えのある爽やかな声――御堂スグルの声がする。
いつもは聞きたくないこの変態の声も、なぜだか今、とてもありがたいものに聞こえる。
「本当に……? 本当に、俺を許してくれるのか……?」
「ああ。もちろんさ。いいから、そのままの姿勢で顔を上げるといい。誰も怒ってなんかいないからさ」
そうして俺は言われるがままに、静かに、大岡裁きを受けた後の町人のような面持ちで、ゆっくりと、しかし晴れやかにそのまま、土下座フォームから頭をあげて目の前の人物を見上げた。
……ん? そのままの姿勢? 「そのままの姿勢で」ってどういう意味だろう?
「……ちょっ!? ちょっと待って……!?」
不意に聞こえる、弓野さんの動揺する声。珍しいな、彼女がこんな声を出すなんて。
「……?」
そして、顔を上げた俺は見た。
確かに、そこで俺が目にしたのは弓野さんの怒り顔などではなかった。
それは、輝かんばかりの純白の何かで――。
「これは――純白の? ――ぱ」
その瞬間、純白の何かがブレ、側頭部に ゴッ! と言う強烈な衝撃を感じた。そして――
「――前言撤回。やっぱり最低よ、貴方たちは……!!」
薄れゆく視界の中、弓野さんの蔑むような声がする。
……たち? たちって? ああ、これは――
「フフ、芹澤くん。これは昨日僕たちを救ってくれた君への、僕からのささやかなお礼だと思って欲しい。気に入ってくれたかい?」
そうして、御堂スグルの口車に乗った己の愚かさを呪いつつ、
「……お前は……お前だけは、いつかコロスから……」
その言葉を最後に――俺は意識を手放したのだった。