121 焼け跡の森にて
「フゥ〜、やれやれ……メリア先生? 僕は今日、大事な休暇だったんですよ!? 二週間も前から申請してたのに、いきなり呼び出すなんて! 本来なら労働基準監督署駆け込み案件ですからね〜!?」
「本宮先生。申し訳ないと思ってます……でも本当に緊急だったんです。あなたの力がなければ、この子は……」
そう言いながら私は、腕の中で静かに息をする小さな狐を見つめて安堵していた。
シロが倒れたその後、理由はわからないがデルタ先生の通信立体の通信機能が回復していた。それに気がついた私は急いでデルタ先生に連絡をとり、本宮先生に繋いでもらった。そうして、彼は急な呼び出しに応じて駆けつけてくれ、少し憤慨していた様子だがきっちりと仕事をこなしてくれた。
そうして今、彼の異能【記憶を操作する者】での処置が全て終わり、シロはひとまず一命をとりとめたことになる。
「フゥ〜、それはわかってますがね。僕にだって一応都合ってもんがあるんですからね!? いつもこんなふうに対応できるなんて思わないでくださいよ〜? …………とはいえ、真面目な話。不幸中の幸いといいますか、かなり綺麗にコピーされていましたから施術は簡単でしたよ」
「……綺麗に、というのは?」
本宮先生はいつものおどけた態度から一転、声のトーンを落として、ボサボサの頭をかきむしりながら言った。
「……そのまんまの意味ですよ。ほとんどノイズやゴミもなく、オリジナルの異能と遜色ないぐらいに丸々綺麗にコピーされていた、ということです」
「オリジナルと遜色ないぐらい? そんなことが有り得るの?」
「まあ、信じられないのも無理はありませんし、はっきり言って僕も同感ですが……事実ですよ。おかげで異形化待った無しの過異能化状態に置かれてたでしょうがね。何せ神楽さんの本来『レベル4』相当の能力を丸々コピーしたわけでしょう。異能野は速攻でパンクのはずです。むしろ、私が到着するまでよく持ったといえるでしょうねぇ〜」
「本当に、そんなことが……?」
それはこの子が一時的にせよ、レベル4相当の能力を持ち得たということ。すでに2つの異能を保持している複数保持者だというのに、その上で、ということだ。それでもすぐに異形化しなかったというのはつまり、この子は元々、それ相応の異能野の容量を有している個体なのだ、と考えるべきなのだろうか……? 今のところ、合理的な説明をつけるならそれぐらいしか見当がつかないのだけれど……まさか、と言う想いの方が強い。
「……それだけじゃない。この異獣は【姿を変える者】の変異精度といい、【意思を疎通する者】の読み取り性能といい、相当な異能の操作技術を持ってますよ。よくわかりませんが……こういうのは動物の本能とやらなんでしょうかねえ?」
「確かに、この子は色々と飛び抜けていますが……」
この子は異能鑑定を受けてはいない為、正式なレベル査定は行われていない。でも、いくつかの条件から考えて、シロの重要度はレベル4相当と看做すべきなのだと思う。
本物と見紛う程の精度の特異な変異異能。それに加え、ただでさえ希少な【意思を疎通する者】だというのに、シロの場合は人間以外の動物とも意思疎通が可能。しかも、それを人間側に通訳ができてしまうという。
それは色々と……人類社会にとって、未体験のことをもたらす要因となるだろう。その上、その個体がレベル4相当の異能の発現可能性を残しているのだとすれば……。どれだけの人間がこの子の能力を欲しがるか、見当もつかない。
この時点で、シロという存在そのものがとてつもない波乱を起こすに足る性質を持っているのだが……シロがコピーした異能の持ち主の神楽さんについても、彼女と赤井君、そして芹澤君の話から、とんでもないことが判明した。
彼女は目の前にいる対象の怪我を治癒しているのでなく、治癒能力を付与して離れた場所から永続的に傷ついた体を再生させることが可能だという。それも、対象となる生物が死んだ状態からでも完全に再生可能だなど、聞いたこともない。そんな異能は最早【傷を癒す者】という異能分類の枠には収まらない。未発見の異能として新たに【再生する者】とでも呼称を与えるべきなのだろうか……?
元々、彼女の幼少時には『失われた四肢や欠損した内臓を再生可能』として『S-LEVEL4S』という最上位の重要度を示す評価が与えられていた。この件で恐らく彼女にその評価を再び与える必要が出てくるわけだが……それにしたって、破格すぎる。死人を蘇らせるなど、異能という力が存在するこの世界にあっても、奇跡でしかない。
彼女は誰の目から見ても超重要な人物となってしまった。彼女の異能を表沙汰にすれば、『根源系』が表に出ない以上、事実上最重要クラスの異能保持者として認知されるだろう。
……ということは、つまり。
シロはその異能さえ、完璧にコピーできるということ? そんなことが……本当にあり得るのだろうか。
そんな考えに耽り始めた私だったのだが――本宮先生は一つ大きくため息をつくと、
「じゃ、僕はもう帰りますので! 今日はもう呼び出したりしても絶対に応じませんからね〜! あと、この分の費用、チャーターした戦闘機の往復費用込みで請求しときますからね〜!!! 支払いよろしく頼みますよ〜!!!」
それだけ言って、バタバタと足音を立てながら焼けただれた森の中へと去っていった。
彼の乗ってきた戦闘機が飛び立つのを見送った後、私はまた考えに耽った。
今、考えるべきことは山ほどある。
「――本当に、課題が山積みの上に山積み……頭が痛いわね」
現状、私たちにとって『守るべき人間』が増えすぎていると感じる。
篠崎さんに霧島さん。神楽さん、そしてシロ。加えて、私自身の身も守らなければならない。
それに対して……圧倒的に守る方の手が足りていないのは明白だ。保護対象に不自由を強いて一箇所に集まってもらえば保護は比較的容易だが、そう都合よくもいかないだろう。どうしたって別行動しなけれればいけない場面は出てくるのだ。早急な護衛人材の育成と確保が必要だ。
「今回の訓練はとんだ『実地訓練』になったけれど……でも……」
人材の育成と確保。
そういう意味では、今回のごくごく短期間の――『実質1日』という中途半端な形で中断された『異能警察予備隊』の訓練も、意味がなかったとは言えない。全く想定外のタイミング、それも考えられないぐらいの大規模の襲撃ではあったが、奇跡的に――結果として、『死傷者無し』で乗り切れたのだ。
あれを乗り切った経験というのは本当に大きい。一つの大きな戦場を生き延びた経験というのは、個々の生徒たちの中に大きく根付いたはずだ。彼らはこの件で間違いなく大きく成長した。
いや人によっては、大きく成長した、などという言葉では追いつかないだろう。目についた人物は驚く程の目覚ましい変化を遂げている。
――まず、赤井君。彼は今までも十分有能な戦闘系の異能者だった。でも、世界最上位の異能者と対峙して戦えるかと言われれば、まだまだ成長の余地がある……そんなレベルの少年だった。でも――神楽さんの存在によって彼の異能の性能は大きく変化した。条件付きということもあり、あまり無茶をさせてはいけないけれど……それでも今の彼は単純に最大の戦闘能力だけで考えるなら、軍人含めての日本有数レベルと言ってもいい。
それに暗崎君。彼は本当に柔軟な思考と適応力を持っている。私の『人形』を作ってもらった時にも感じたが、観察力や洞察力がずば抜けている。普段の奇異な言動に目を奪われがちだが、彼はとても物事を精緻に捉えている。困窮した場面でもどこまでも冷静で、土壇場で他人の思いもつかない行動を大胆に平然とやってのける。彼は護衛として考えるならば、これ以上ないぐらいに優秀な人材なのだろう。
彼についてはどのくらい成長したか、というのは分からないのだけれど……確実に今回の件を分析して吸収している。次に何かがあった時、また目が醒めるような動きを見せてくれるだろう。
他にも、驚くほどの動きを見せた生徒はたくさんいた。
弓野さんは冷静に状況を見極め、あの絶望的な状況で淡々と最後まで自分の為すべきことをしていたし、黄泉比良さんや土取さんも、予想以上の活躍を見せてくれた。
特に弓野さんは周囲の生徒たちに指示を飛ばして動かしながら、全方位を観察しつつ……優先順位の高い順に異形を片っ端から狙い撃ちして倒していくなど、プロの軍人でもおいそれとできることではない。彼女は間違いなく……指揮官タイプの人材だろう。その才能の片鱗が見えた。
氷川君も他の異能者たちと柔軟な連携を取りながら、忙しく動き回りながら働いてくれた。彼はもちろん単体でも強いのだけれど、どちらかというとチーム戦で能力を発揮するタイプなのかもしれない。
御堂君も植木君も驚くほどの活躍を見せてくれたけれど、何より――彼。芹澤君だ。
彼はあの『根源系』の破滅的な力を自覚し始め、自分のものとして掌握し始めている。それが今回の戦いではっきりと分かった。もちろん、いくつかの不安要素は残っていて、彼自身の力によって、あわや全滅という絶望的な場面を引き起こしはしたが――彼は危ういところで持ち直した。
今後は、前にも増してその辺りのコントロールに気を使う必要はあるけれど……彼はもう、決して守られる側の人間ではないのは明らかだ。
図らずも、すでに単体で災害級と認定されている轟君と並ぶ程の戦闘力があることが証明された。
……ついこの間まで、自分の異能のことなど全く知らなかった少年が、だ。
本当に、彼はどこまで強くなるのだろう。
この分だと、彼はすぐに……いや。もうすでに……世界トップレベルの領域に足を踏み入れている。
この短期間で? そんなことが本当に……?
……まだ、私には信じることが出来ていないのかもしれない。
広大な森を一瞬で焼き尽くすような大破壊を引き起こし、その後、異常なスピードで飛び回りながら異形の群れを駆逐して行ったのが、会話をすれば只のあどけない少年でしかない、あの芹澤くんなのだと。
「――本当に、普段の彼は普通なのにね」
――いずれにせよ。
今回の経験によって、彼らはさらに強くなっていくだろう。
かえって――足手纏いなのは自分なのだと痛感させられた。
その上、今回の襲撃事件は明らかに『私の命』が目標だった。そのせいで彼らをこんな危険な目に合わせてしまったことになる。それについて思うところはないこともないのだけれど――今はまだ、感傷に浸れるような場面じゃない。
「とっさに張った伏線が機能することを願うばかりだけど……そう、うまくいくかしらね」
幸いと言っていいのか、皆の頑張りの甲斐あってと言えばいいのか、彼らは私が死んだと勘違いして撤退して行った。いつまで知らないままでいてくれるのかは分からないけれど――おかげで私たちの首の皮一枚は繋がった状況だ。
暗崎君のおかげで、私たちが用意した罠も気づかれずに彼らに手渡せたようだった。
とはいえ、土壇場の思いつきなど、そう上手くいくものではない。
私はそう思いながらも……今後一層厳しさを増す戦況にそれがなんらかの反撃の糸口になることを願わずにはいられなかった。
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さて、戦争も終わったところで――次話、お風呂回です。
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