114 森の中の戦争15 森の中の光2
「着いたよ、黄泉比良さん」
「……お〜け〜……ご苦労」
訓練生たちは霧島サツキの通信機を通した指示で、急遽拠点に集められていた。
異形の群れを殲滅する役目だった氷川タケルも、黄泉比良ミリヤを抱えて飛び、拠点のある丘まで戻ってきたところだった。
「来たね、ヨモちゃんと氷川くん。赤井くんと暗崎くんはこっちに向かってるっていうし、これで全員……かな?」
「ああ……だいたい揃ってるみたいだが……」
風戸リエと平賀ゲンイチロウが周囲を見回し、そこにいる全員の顔を確認していた。相変わらず『異形』の群れは全方位から迫ってきているが、各方面の奮闘の成果もあって、群れの進行速度は落ち着いていた。周りを見回す程度の余裕は出てきていた。
だが、そこで平賀は足りない人間がいることに気がついた。
「いや……植木と御堂がいねえぞ。あいつら、まだ戻ってねえのか?」
その平賀の疑問には弓野ミハルが狙撃銃のスコープを覗き込みつつ答えた。
「……あいつらも今、向かってるそうよ。今何故かこちらに連絡があったわ。じきに到着するらしいわよ」
「そうか……じゃあ、あとは芹澤だけだが……」
平賀がその名前を口にした時、霧島サツキから全員に向けた音声通信が発された。
『みんな……芹澤くんは来られないわ。今は自分の身を守ることに集中して』
そうとだけ言ってすぐに通信は切れた。
無言で通信を聞きながら、黙々と『異形』の1キロ先の頭の中の『核』を撃ち抜くという精密作業を繰り返している弓野の隣で、音無サヤカは空を少し見上げ、遠くに浮かぶ、眩く光る球体に手をかざした。
「それにしても……あれは一体、何なんです? 弓野さん……わかりますか?」
「……わからないわ。視ようにも、直視するだけで目を焼かれそうだもの。でも……危険なものには違いないわ」
数分前……芹澤アツシと赤井ツバサを追ってサツキ教官が走っていった方角の空に、奇妙な球体が現れた。それはかなり遠くにあるように見えるが、まるで小さな太陽のように自分たちの肌をジリジリと焼く。
今は辛うじて、土取の作った粘土の即席シェルターの影に隠れてなんとか凌いではいるが、その球体の放つ異常な熱量で粘土のシェルターが赤熱した『焼き物』となるまで、それほど長く持たないだろうということは誰もが察していた。
すでに拠点の内部は蒸し風呂のように暑い。皆、汗だくになっている。
そんな状況の中、再び氷川の元に霧島サツキからの通信音声が届く。
『……氷川君、拠点に戻ったわね? 早速、頼みたいことがあるんだけど……』
「……ええ、サツキ先生。これからどうすれば?」
『すぐにそこで氷の防壁を張ってもらえる? 時間はもうあまり残されていないけれど……出来るだけ急いで、可能な限り厚く、高い壁を構築して』
「……分かりました。あれを防げるかどうかは保証できないけど……やるしかなさそうだね」
一瞬で大方の事態を悟った氷川は、すぐに拠点の外側に『氷の壁』を作り始めた。周囲の空気と地面が一瞬冷えたが、またすぐに熱されて蒸気を発し始める。氷の壁も作った瞬間に融かされて水になっていく。それでも氷川はその水を再利用しながら、氷の壁を厚く、大きく成長させていく。
「……本当にすごい熱だ。一体、誰があんなものを……? いや、方角からすると、やはり……」
ひとり呟きながら作業にあたる氷川の背後では、土取マユミが膝をついて地面に座り込んで手をつき、その脇で音威ツトムがその様子を不安そうに眺めていた。
「おい、土女……お前、大丈夫かよ?」
音威ツトムは柄にもなく土取マユミの身を案じていた。それもそのはず……土取は地面に触れることで、能力を発動できるタイプの異能者だ。土取は今、粘土の壁を拡大しようと汗だくになって地面に手をついているが、今、地面は焼けるような熱を持つ。当然、彼女の掌からは白い煙が上がっている。ただでは済んでいないのは明白だ。
「うひ〜……! きついけど、いま、頑張りどころさぁ〜……!」
土取マユミは【粘土を操作する者】で氷川の壁を内側から覆うように粘土の壁を拡大していく。熱を持っていた粘土のシェルターは氷で冷やされ、再び隠れ蓑としての役割を果たし始める。次第に重厚な土と氷、混合二重構造のシェルターが出来上がりつつあった。
ほどなくして、霧島サツキと赤井、暗崎が拠点へと戻ってきた。拠点の中にいた神楽マイはそれを見つけると、声をかけた。
「赤井ッ! 大丈夫!? 体は、なんともない?」
「……神楽か。ああ、お陰でな……ちゃんと礼を言いたいところだが、今はそれどころじゃねェな……!」
赤井が振り返って空を見上げると、先ほどよりも火球が大きくなっているように見える。だいぶ離れた筈だが、先ほどまでと変わらずに辺りを焼き続ける熱線に戦慄を覚えていた。
「あれは……本当にヤベェ……!!! なんてモン作り出しやがる……!!!」
火を扱う異能だから分かるあの熱量の異常さ。自らの体を焼いた炎と比べても格段に高熱を持つ光体。どうやったらあんな熱源を作り出せる? 赤井がしばらくそれを凝視していると、脇から氷川タケルが静かに声を掛けた。
「あれは…………やっぱり芹澤くんがやってるのかい、赤井くん」
「ああ……確証はねェが、多分そうだ。……ちょっと、信じられねェけどな……」
氷川タケルが張っている氷の隔壁を通してなお、身を焦がす強烈な光。
あれを創り出しているのは芹澤アツシ。それで間違いないはずだ。
でも、俺たちは皆を守るために出て行ったはずなのに……今、アイツはみんなを危険に晒している。どういうことだ? ……アイツは、そんな奴じゃなかったはずだ。
アイツは多少ビビりではあるが、周りが見えない奴じゃない。いざという時はやけに大胆な行動に出るが、基本的に臆病で慎重な奴だ。あの芹澤が、こんな状況を生み出しているなんて……付き合いはそれほど長くはないが、こんなことをしでかしそうな人間にはどうしても思えない。
「ちょっと前からアイツの様子がおかしかったが……一体、どうなってるんだ?」
「……光球はまだ、大きくなるね。どこまでの力を隠してたんだろうね、彼は」
「……ああ……あれはヤベェなんてもんじゃねえな……」
赤井と氷川は同時に空を見上げた。
彼らが見ている間にも、灼熱の球体は大きく、明るくなっていくのがわかる。同時に発する熱も増大していき、辺りをさらに激しく焼いていく。
周辺の木々は焼け焦げ、既に炭化している。今この拠点にいる生徒たちは氷と粘土の壁の陰に避難しているが、このままではそれもすぐに限界がくるだろう。
「おい、氷川…………一緒にあの周りが冷たくなるやつもできねェのか?」
「『絶対零度』のことかい……? ……もうやってるよ」
「……何……? やってる……?」
赤井が思わず氷川の方を見ると、いつも涼しい顔をしている氷川の額にうっすらと汗が滲んでいた。
「もちろん全力でね……それでこの状態さ。焼け石に水ってまさに、この事だね。ハハ、ここまでとは……本当に凄いよ、芹澤くん」
「……ちっ……!! 本当にヤベェな……!!!」
このままでは、自分たちは焼け死ぬ。なんとかしなければ……!!
赤井がそう思っていたところで、背後から突然、喚き声がした。
「……ダメじゃ、アツシ!! そっちに行ってはダメなのじゃあ……!!!」
振り返ると、神楽の隣で叫び声を上げながら倒れていくシロの姿が見えた。
「……シロ?」
「シロちゃん!?」
神楽が突然倒れたシロを抱き上げ、慌てて声をかけた。
「……ちょっとシロ!? 大丈夫? どうしたの!?」
「…………うぅ…………それは…………ダメなのじゃぁ…………!!!」
神楽が呼びかけても反応がない。何やら苦しそうに奇妙な呻き声をあげるだけだ。しばらくすると、寝入るようにストンとシロの体の力が抜け、静かになった。
「……シロ? どうしたの……?」
呼吸はある。脈もある。でも、どうも寝ているのとは違う。唇だけが何かを訴えるかのように動く。だがそのまま、神楽がいくら呼びかけてもシロの意識が戻ることはなかった。
神楽がシロの様子を不安に思っていると……辺りが急に明るくなった。
「……これは……何……!?」
「……おい、何か様子がおかしい」
「光が急に強くなった」
「……あつい……」
突然の変化に皆が戸惑っていると、霧島サツキが声を張り上げた。
「みんな!!! 壁の影から絶対に出ないで!!! そこを動いちゃダメ!!!」
気づけば、空全体が白んでいた。
辺りに輪郭のはっきりした強い影が落ち、影のない部分は焼けるように蒸気を発している。拠点の外に立ち並んでいた木々は黒く瘦せ細り、燃え尽きたマッチ棒か何かのように脆く崩れ去っていく。今、ここにいる全ての人間は土取と氷川の作り出した防壁の影に隠れて身を縮めている。そこから一歩でも出れば、あの木々のようになる。それは誰の目にも明らかだった。
「……なんだよ……コレ……なんなんだよ、一体……!!!」
「これは……本当に芹澤がやってるのか……?」
周囲の『異形』たちは光体を脅威、あるいは攻撃と見たのか、吸い寄せられるようにそこへと向かっていく。だが焼かれて動きが鈍っている。中には、体が溶けて、そのまま崩れ去る者もいた。『異形』の体内の『核』を焼き崩す程の熱。それ程の凄まじい熱線が辺りを覆っていた。
「……熱い……死にそう……」
「……うう……眩しい……!!」
「…………光を見るな、目をやられるぞ……!!」
空が、更に一段と白くなる。
先ほどまで青天だったはずの空が、最早眩いばかりの純白に塗り潰されていた。視界の端にいる異形の群れが、どんどん焼けて消滅していくのが見えた。
既に空気はカラカラに乾いている。周囲の水分は全て失われ、かろうじて氷川の作る氷の壁に残るだけだった。辺りを焼く光は更に強まり、既に、影も消え失せた。
「そんな……こんなの。こんな力って」
「おそらく……芹澤くんはもうレベル4クラスの最上位……いや、それすら超えているかもしれない。ハハ……ここまでなんて」
「……芹澤くん……!! ……駄目よ……こんな力の使い方……!! 」
玄野メリアは生徒たちと一緒に、為すすべもなく……ただ座り込んで白んだ空を仰いでいた。己の無力さを全身で感じながら、ただ空を見上げていた。今、自分には何もできない。彼に声をかけることも、彼のそばに居ることすらできない。……なんの為の保護者なのだろう。私は、彼に無事に育ってもらう為に彼の監督役に志願したのではなかったのか。
こんな力を振るったら、彼自身も無傷では済まないはずだ。
「……どうか…………無事でいて、芹澤くん」
自分に失望し、咄嗟に出てきたのは、やはり何にもならない祈りの言葉だった。
本当に……自分はここで、ただ祈ることしかできない無能でしかない。自分は彼に何かをしてあげられたのだろうか? ここに居る生徒たちにも、何もしてあげられない。……自分にもっと力があったら……力を振るう勇気があったなら。こんな事態にはならなかったのかもしれないのに。
そう思いながらも、やはり自分は今、縋るような可能性の為に祈ることぐらいしかできない。自分はとことん、無力で無能なのだ。
そこまで考えたところで――さらに辺りの熱線が強まるのを感じた。
「……来る……」
ここまでは、予兆。これから来る大きな破壊の前触れでしかない。
そして――
空間の全てを光が満たしていく。
辺り一面が輝き、影すらも白一色に塗り潰される。
その瞬間、地響きと轟音ともつかぬ、衝撃。
はっきりと感じる、死への秒読み。玄野メリアはそれをしっかりと見据え、隣に座る長い黒髪の生徒に声を掛けた。
「……暗崎くん。今すぐに『影』でみんなを覆って」
「フヒッ…………熱にゃあ弱いし……アレに効果あるかは知らないけどな…………気休めだぜ?」
暗崎ユウキはそういうと、彼の異能でそこにいる全員を漆黒のカーテンで包み込んだ。全てが白くなった世界で、それだけが黒く、はっきりと見えた。
直後、氷と土のシェルターは辺り一面を消し飛ばす極大の熱線に覆われ――
地鳴りと共に隆起する土砂の雪崩に呑み込まれ、崩れ去った。
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