113 森の中の戦争14 森の中の光1
「…………ああ……ああぁぁぁ…………!?」
芹澤くんは地に伏しながら傷ついた身体を必死に持ち上げ、叫んでいた。今、彼は知らない。首の落とされたあれが『人形』であることを。早く、彼に伝えなければ。あのままでは……まずい。
私は彼からの正体不明の威圧感から来る身体の震えを必死に抑え込み、彼に語りかける。
「……待って、芹澤くん。あいつらが斬ったのは、メリア先生じゃなくて……」
「……メリア先生じゃなくて……? だったら何なんだ……? サツキ先生」
彼が振り向いた瞬間、ぞくりとした。そこにあったのは芹澤くんの顔。でも、彼の顔ではないような気がした。先ほどまでの穏やかで愛嬌のある彼の表情は消え、そこには目を冷たく輝かせる少年の姿があった。目が合うだけで心の奥底まで凍えるような恐ろしく冷たい眼をした、少年。
「……それは……それは」
私は次の言葉が紡げなかった。あまりにも、その表情が私が見知っていた彼とはあまりにもかけ離れていたから。肌に刺さる鋭利な刃物のような視線。……どうやったら、ここまで様子が変わってしまうのだろう。
「……追わなきゃ。アイツらを追わないと……」
芹澤くんは彼の吐いた血溜まりに手をつき、そこから立ち上がろうとしている。夥しい血の量……いえ、ちょっと待って。何で今まで気がつかなかった? あんなに血が流れていたら、本当に危険だ。彼は意識を保っていられるのが不思議なほどの怪我をしている筈だ。でも、何で動ける? 早く、助けてあげないといけない。そう思うのに、体が竦んで動かない。……私はこんなに臆病な人間だったか?
「……フヒッ……」
硬直していた私の背後から囁くような笑い声がした。
そうしてその声の主はゆっくりと息を吸い込み、言った。
「……追う必要はねえぜ……芹澤。もう、終わったんだ……」
「……何いってるんだ……暗崎くん……だって、あいつらは……あいつらは…………メリア先生を……!!!」
彼はゆっくりと首を動かしメリア先生の『死体』を見つめる。その途端、彼からの『圧』が高まり辺りに濃密な恐怖の匂いが漂う。……駄目だ。また足が竦む。
「……フヒッ…………ざんねえん……それ、ニセモノでしたああ…………!」
暗崎くんは絞り出すような声でそう言った。そうだ……私がそれを彼に伝えなければいけなかったんだ。
おそらく、彼も私と同じことを感じている筈だ。その証拠に、彼は先ほどからずっと芹澤くんから視線を外そうとしない。今も周囲に、呻き声をあげる異形の群れが迫ってきているというのに。
「ニセ……モノ……?」
その瞬間、地面に倒れていたメリア先生の身体が、頭部も同時に黒い布の様にねじれ、地面に吸収されていった。
「本物は俺の影の中だよ。守れって言われてるからなァ…………フヒッ」
「なんだ……そうか……よかった……じゃあこれから……すぐに」
「そう。だから、芹澤くん……もういいの。あいつらは、追わなくても……」
「すぐに……あいつらを殺さなきゃ」
地の底から湧き上がるような昏い声がした。彼の声は、こんなに低い声だったか? 冷たく、重く、恐ろしい声。
それに……彼の言葉の、前後が繋がっていない。そこにも底の知れない不安を覚える。本当に、今の彼は彼なのか? 一体、彼の中で何が起こっている? それに……メリア先生が無事だということを伝えたのに、彼から感じる圧力は、先ほどから大きくなり続けている。
「……行かなきゃ……」
そう言って、彼はよろめきながら立ち上がった。やっとで棒立ちの姿勢。フラフラと揺れ、今にも倒れてしまいそうな、やっとで立っている状態。いや、もう……倒れかけている。
「芹澤くん、待って。その身体じゃ……!」
彼の体が大きく傾き……支えなければ、咄嗟にそう思った私が急いで彼に近づいたその瞬間、彼の姿が消えた。気づけば、あたりに生温い風だけが残っていた。
「……え……?」
そこにいた筈の彼が、忽然と消えた。動くものは何も見えなかった。
彼は、どこへ? どこへ行った?
……決まっている。彼らの元へだ。
どうやって? そんなことわからない。でも、確実に彼はあそこにいる。遥か向こう……襲撃者たちが逃げて行ったその先に。それが、誰の目にも明らかにわかる形で示されている。
何故なら……。芹澤くんが消えた直後。
あの二人が逃げていった先――
その上空にはとても明るい……巨大な灼熱の球体が出現していたからだ。
数キロ先の上空から私の戦闘服を焼き、近くの草木を焼く、まるで太陽のように異常な熱量を持つ球体が。
「オイ……なんだよ……アレは……!? まさか芹澤がやってんのか……!?」
赤井くんも私と同じように空を見上げ、呆然としている。
「あれは……芹澤くん……!? 一体、何が……!?」
この異常事態を察したのか、メリア先生が暗崎くんの影の中から這い出てきた。
彼女も、遥か遠くから確認できる巨大な光体を見上げて、愕然とした表情を浮かべている。
「あんな、あんな力……!!!」
「……メリア先生、危険です。まだ隠れていてください」
「フヒッ……ありゃあ、本当にやべえな…………笑えねえ」
あの灼熱の光球の大きさは増大している。
あれは今、存在するだけで辺り一面を焼いている。木々が焼け、地面から湯気が立ち始めている。それでも……あれはこれから起きる何かの前触れでしかない。本当の脅威はこれから来る。私の直感が強くそう訴えかける。あれは……まだ何かを準備している状態だ。
「……まずい。暗崎くん、赤井くん、急いで拠点に戻るわよ」
――何の準備か? 決まっている。あれはこれから起きる破壊の準備だ。おそらく、芹澤くんはあの『透明な壁』を作る異能所持者にあの力を振るうのだろう。彼はただ『壊す』、そう言っていたのだから。
でも、あんな力が……あんな膨大な力が、何の思慮もなく振るわれたら。
「待って、芹澤くん……! そんな力の使い方は!」
あの光体に向かって走り出そうとするメリア先生。
彼が、あんな力を使う前に止めなければいけない。
でも無理だ。今からでは彼に声を届けるのは、もう不可能だ。
「……ダメ、すぐに離れるわよ、メリア先生。暗崎くん、お願い」
メリア先生は暗崎くんの影に足を止められ、影の中に呑み込まれた。
「……先生、悪いが時間がない。さっさと行くぜ……!」
そうして私たちはその場から逃げ出した。とにかく急がねばならない。
あれへの対処を、すぐにでも皆で集まってしなければならない。でなければ……。
――私たちは全員、あれに骨まで焼かれて……死ぬ。一人残らず、消滅してしまう。
その確信めいた予感に従って、私は無線でできる限りの指示を飛ばし、拠点へと急いだ。
◇◇◇
「……わからないな……」
俺は冷静になるにつれてどんどん怒りがこみ上げて来た。
事態を理解して俺は冷静になった。冷静に……考えていた。
「……なんで最初からこうしなかったのかな……」
そうだ。最初からやれたんだ。
俺が出し惜しみせず、他人の力なんかに頼らず、全力でやれば……こいつらなんて一瞬のはずだ。簡単に倒せたはずだ。
だってほら。
「『熱化』」
俺は目の前で『透明な壁』の中に閉じこもる二人の上空に、空気を温めて小さな太陽を作り出した。
空気中のあらゆる分子構造が熱で元素にまで分解され、すぐに元素同士が融合して強い光を放つ。それがわかる。その熱で周囲の木々が焼け、見る間に消失していく。
……これぐらいのことは、簡単にできる。なんで最初からやらなかったのか。目の前の二人の男は空を見上げ、驚いている様子だった。これぐらいのことで、驚くなよ、二人とも。とても簡単にできるんだから。
「チッ……やっぱり本当の化け物かよ……!!」
「……俺がここで抑える。お前だけでも……」
「あ〜、ダメダメ。お前ら二人とも逃さないから……『保温』」
「……なッ!?」
「……やばい、動くな!」
俺は『保温』で奴らの周囲に球体状の超高温の壁を作った。
ちょっとでも触れれば、奴らは焼け死ぬ。奴らの周囲はそれぐらいの温度……岩でも瞬時に蒸発する程度の温度に設定して、保温した。だから、奴らはもう、どこにも逃げることはできない。
「そうだ……動くな。少しでも触れたら、体が蒸発するから。残念だなァ……もう、どこにも行けないな」
「チッ……それなら……!!!」
スーツの男が何かしようとする。でも、それもさせない。何も、させない。
「駄目だ……『熱化』」
「……カハっ……!?」
俺は瞬時に奴らが展開している『透明な壁』の限定空間内の空気を「温めた」。
「……もう、呼吸もするな」
一呼吸しただけで、肺が焼ける程度の温度。それぐらいに調節して保温した。このまま奴らの体を焼くこともできる。でも、それはやらない。だって、それでは……全然楽しめないから。
「おおおお!!!」
だが一人の男は肺が焼けるのも構わず、即座に反撃に出た。
大男の攻撃が俺の保温の隔壁をぶち抜いて俺の眼前にまで到達する。
先の尖った無数の『透明な剣』。
そうか、あの透明な壁はこんな使い方もできるのか。なるほど。だが……
「そんなものが届くかよ」
その透明な壁は俺の目前でドロリと溶ける。
「『概念の壁』が……溶けただと……!?」
さっきから俺の周りには高温の障壁を展開させ続けている。なんでも溶かす。それぐらいの温度を想定して。だから、もう俺にはなんの攻撃も通らない。なんだって防いでやる。
「駄目だって……動くなって言ったろ……? 『熱化』」
「……があっ……!!?」
俺はさらにあいつらの周囲の温度を上げた。身動きすらできなくなるくらいに。
すでに俺はブチ切れていた。こいつら相手に遠慮する必要なんてない。思うがままに力を振るう。
ああ……こんなに力を出すのは久しぶりかもしれない。
……久しぶり? そうだったか?
まあいい、今はそんなこと、どうでもいい。
今、とても気分がいい。さっきまであった身体の痛みなんか感じないし、全てが快適そのものだ。今、なんだって出来る。
……はは、ちょっと楽しくなってきた。
「……はは、わかる。いろんなことが、わかる」
そこにある全ての分子の挙動。
原子の、それを構成する粒子の運動が、震えが、手に取るようにわかる。
その振動を大きく。強くする。すると熱が急激に高まる。それを感じる。力が格段に強くなるのを感じる。
これは楽しい。今の俺は自由自在にエネルギーを、無限の粒子の運動を作り出せる。それが分かる。
「……まだまだ……まだまだ、いくぞ」
まだ足りない。もっと。もっとだ。こんなのでは足りない。こいつらにはもっと大きな力をぶつけてやる必要がある。俺がそう考えると、上空の灼熱の球体がどんどん大きくなっていき、地面から蒸気が立ち始める。
「……なんだ、簡単じゃないか……」
いつもの俺が温められるものは、触れたものぐらいだ。
でも今は、そんなことを気にすることなく、自由にやれる。
そのやり方が、わかる。今なら地球の裏側だって……宇宙の向こうの太陽だって温められそうだ。
なんだってできる。それが分かる。
――ああ、これは愉快。愉快だ。
とても気分がいい。
こいつらをここで逃すわけにはいかないから。
メリア先生を守らなきゃいけないから。
みんなをこいつらに殺させるわけにはいかないから。
何より、こいつらは敵だから。
だから、こいつらの存在そのものを、
『……跡形もなく壊してやる……』
俺がそう考えるとまた、上空の光は大きく、強くなっていった。
光が、熱線が辺りを焼き尽くしている。周りの木々はとっくに無くなり、地面すら蒸発しかかっている。
いい具合だ。いい具合にあたたまってきた。
これなら、あいつらを、骨の一片残らず……いや。
分子構造一つ残さずに一瞬で焼いて消滅させてやれる。
「ははは……終わりだ……『壊れろ』」
自分の口から聞いたことのないぐらいに低く重い声が出た。
いや、違う。俺はこの声を聞いたことがある。
そう、それはあの時……あの時?
あの時ってなんだ? ……まあいい。
光が、収束し凝縮されていく。原子が、粒子が、重なり合って溶け合い、さらに大きな熱を発するのがわかる。これだ。この力を俺は振るいたかったんだ。
……今、心からそう思う。
『……のじゃ……シ…………じゃ……!!』
急に頭の中で声がした。
なんだこの声は?
この声も……どこかで、聞き覚えがある気がする。
『……のじゃ……アツ……は……なのじゃ……!!』
なんだ、のじゃのじゃって……うるさいな……。
……一体、なんなんだ?
『待つのじゃ、アツシ!! それはダメなのじゃ!!!』
……シロ? シロの声? ああ、あいつか。あいつも確か……篠崎さんと同じ【意思を疎通する者】だったか……。
『なんだ、俺は今……こいつらを焼いて……』
『アツシ……自分の体を見るのじゃ!! そいつらは、なんじゃ……!?』
「……何?」
見れば、俺の身体からいつか見た透明な触手が伸びて地面を叩き、辺りをドロドロに溶かしていた。それは生き物のように俺の腹から、腕から足先から、まるで全身の至るところから這い出ようとするかのようにのたくっていた。……同じだ。これは、あの時と同じ……。
そして気づけば心の中から、いつか聞いたことのある別の『声』が響いていた。
『……遊ぼ……』
『……壊して……』『……造って……』
『………………みんなで遊ぼ………………』
『……もっともっと…………全部、壊そ……』
……あいつらだ。いつのまにか、またあいつらが顔を出していた。
あいつら? ――そうだ。思い出した。
こいつらは、あの時――俺が、前に……霧島さんが居なくなって暴走した時の。
――ってことは。今も?
「やべっ……ま、まずい……ッ!?」
……やっちまった。メリア先生にもゴリラにも警告され、自分でもあれほど気をつけてたはずなのに。
油断した隙に……あいつらが、意気揚々としゃしゃり出てきやがった。
「……やばいッ!!! ……てか……なんだよアレ……!? …………マジで本物?」
俺は空を見上げ、瞬時に背筋が凍りつくのを感じた。
そこにあったのは空を覆う灼熱の太陽。
あんなものを、俺が?
どうやって?
あんなもん、前の小石の比じゃねえぞ……!!!
とにかくやばい。
なんとかしなければ……!!!
そう思った瞬間、上空の光の球体は制御不能になった。
「……あっ……?? やべ……くそッ……!!!」
俺はとっさに極低温の障壁を作り出す。
とにかく冷やす。俺にできることはそれしかない。
でも……
――こんな熱量、どうやって?
俺の手はあそこまで届かない。冷却自体も間に合わない。どうしようもない。
制御を失い、行き場のなくなった熱量は全て不安定な渦となり――そこにある原子同士の融合を引き起こし、眩い光が一瞬で空を覆った。
直後、周囲に膨大な圧力の高まりが起きたかと思うと降り注いだ熱線で辺り一帯が壊れるように溶けていき、爆音ともつかない、衝撃。
なすすべもなく、俺の意識は眩い光の中に呑み込まれていった。
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【追記】ずっとサボっていた人物ファイルを追記しました。
人物ファイル061 玄野ユキ
https://ncode.syosetu.com/n7345eq/89/
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