106 森の中の戦争7 力の限界
突然、ブツンという破裂音がして芹澤くんからの音声が途切れた。先ほどからサツキ先生が通信機で必死に呼びかけている。でも、返事はない。赤井にも、芹澤くんにも、さっきからサツキ先生の音声は届いていないようだった。
そのことが分かるとすぐに、サツキ先生は二人が向かった方向に駆け出した。
『芹澤くん? どうかしたの? ……赤井くんも……聞こえてるなら返事をして』
今、彼女は走りながら二人に呼びかけているが、やはり返事はない。
『…………おい、待てよ…………!』
不意に赤井の声がする。誰かに、何かを呼びかけている。芹澤くん……ではないようだ。他に、誰かいるの? 直後、戦闘が始まる。あいつは誰かを足止めしようとしているらしい。あいつが異能を使い、音声が歪む。それからノイズが混じり、音はよく聞こえない。
ノイズの中で、何かがぶつかる音がした。そこで少しノイズは弱まった。
『……ぐあッ……』
「…………赤井?」
雑音の奥で、あいつの声が聞こえる。とても苦しそうな声。
そしてまた、何かにぶつかるような音。わずかに水気のある音が混じる。
『……………………な…………………だ…………こ………』
アイツの呟くように小さな声は、周囲の雑音に打ち消されよく聞こえない。何を言っているの? こんな、掠れるような声であいつは何を話している? そう思って耳をすませると、やっと意味のある言葉が聞こえた。
『…………神…………楽…………』
私の名前。弱々しく啜り泣く様な声で……赤井は私の名前を呼んでいた。
「…………赤井……どうしたの…………?」
『…………………ご………………め………………』
くぐもった音声で、アイツの言葉ははっきりと聞こえない。でも、必死に何かを訴えかけようとしている。私はそれを聞き取ろうとするが、それっきりアイツの声は聞こえなくなった。
「ねえ……赤井……? どうしたの……?」
思わず通信機で呼びかける。赤井からの返事はない。
ノイズだけが響く。サツキ先生も先程から声をかけ続けている。でも、何の反応もない。
あたりの雑音だけが耳元のスピーカーから流れてくる。
「……赤井……ちょっと……返事しなさいよ……!」
……なんで。
なんであいつは返事をしないんだ。なんで何も言わないんだ。
「…………ねえ……答えてよ…………!」
「…………マイ」
気がつけば、シロが私の手を握っていた。その脇にはタロウもいる。両方とも、悲しそうな顔をして私の顔を見ている。……なんで今、私は泣いているんだろう。
「……いや…………いやだよ……こんなの…………」
アイツはもしかしたら生きているかもしれない。無事でいてくれるかもしれない。……そんなことを思いたくても、希望を持ちたくても、私の直感がすべてを打ち消してしまう。
……あの声で、すべてが分かってしまった。絞り出すように私の名前を呼んでいた、あの震えた声。あんな声は、聞いたことがない。ずっとあいつと一緒に暮らしてきて、あんな風に話すアイツなんて私は知らない。
「……ごめん………赤井………ごめんね……」
掠れて、弱々しく……寂しそうな声。今にも泣き出しそうな子供のような……いえ、もう泣きはじめているかのような、か細く悲しそうな声。あいつのそんな声……私は一度も聞いたことがない。
だからそれで、分かってしまう。あれが、最後の声だったのだ。アイツとはもう……二度と、話すことなどできないんだ。そうやって理性でも理解できたとき、たまらず、私の目から大粒の涙が溢れていく。
「……本当に……ごめん……ごめんね……」
私はさっきから、謝ってばかりいる。他にするべきことがあるかもしれないのに、ただ「ごめん」とだけ言っている。私は……誰に謝っているんだろう? 誰に謝りたいんだろう。
……決まっている。アイツにだ。
「…………ごめんね……私…………何もしてあげられない…………」
私の口からは同じ言葉しか出てこない。
でも、返事はない。もう何も伝えることができない。
私が、もしその場に居れば。もしかしたらアイツを治してあげられたかもしれないのに。私は何もしてあげられなかった。ずっと……子供の頃からずっと、アイツに守ってもらっていたのに。
いや……違う。
私ができることといえばせいぜい擦り傷を治してあげるぐらいのもの。そんな中途半端な力、こんな戦いの場ではなんの役にも立たない。そばにいても邪魔になるだけだっただろう。私にできることなんて、もともとなかったんだ。
今の私は無力だ。
こうしてただ、座って泣いていることしかできない役立たず。こんな奴を守るために、アイツは……。
「マイ……大丈夫じゃ。タロウはそう言っておるぞ」
シロが私の背中に手を置き、声を掛けてくる。この子たちは私を一生懸命慰めてくれようとしている。
でも……私は……。
「もう、自分のことは気にしなくて大丈夫じゃと、そう言っておる」
「……えっ……? タロウの……?」
「ワォーン!」
……タロウ? タロウが大丈夫? この子はいったい、何を言ってるの……?
「もう、自分の傷はとうに治った。じゃから……もう、自分のことはもういいと。そう言っておる」
……タロウの、傷? そんな話は私は知らない。
だって、私はあの事件……タロウが何者かに殺されて、当時の力の強かった私が『蘇生』したあの時以来、タロウに力を使ったことはない。それに、タロウはそれから一度も怪我したことなんてないのだ。……多分、何かを勘違いしているんだろう。
「ごめん……シロ……タロウ。……私にはもうそんな能力はないんだ……もう、できないの」
どちらにしろ……駄目なんだ。私にはもう、あの時みたいな力はない。
「何をいっておるのじゃ? 今お主がタロウに使っている力はもう不要じゃと。それをやめて、ツバにやれと。タロウはそう言っておるのじゃ」
「ワォ〜ン!!」
……やめる? タロウに使っている力を? ……私はタロウにそんなことはしていない。シロとタロウは一体何のことを言っているのだろう。二人は本当に何かを勘違いしているんじゃないか。タロウに力を使っている……?
……いや。
タロウのことなら……。
よく考えると、少し引っかかっていたことがある。
私はタロウを『蘇生』したあと、力が上手く使えなくなってしまった。私はその理由を「異能の力を使い切った」せいだろうと思っていた。一度死んだ生き物を蘇えらせる。それもバラバラになった体をくっつけて蘇生させた。そんな非常識な奇跡を起こしたのだ。持っていた異能の力が消費されてなくなる。それぐらいの代償はあってもおかしくない。
私はそんな風に納得していたし、周りも結局、同じように納得した。
……でも。その後、不思議なことはあった。
数年前、タロウは散歩の途中で大怪我をしてもおかしくはない大きな交通事故に巻き込まれたことがある。それなのに、全くの無傷でケロッとしていた。……運が良かった。当時の私たちはそんな風に片付けた。
それに最近でも、少しおかしいと思ったことがある。私がさらわれた時、助けに来てくれたタロウは大男を壁まで吹き飛ばすぐらいの強烈な体当たりをした。体重差から考えると、自分だって同じだけの衝撃を受けていたはずなのに、後から調べても何の怪我もなかった。ずいぶん頑丈なんだな、ぐらいに済ませてしまったのだけど……冷静に考えると、あれは怪我をしていなければおかしいのだ。
だとしたら――
「今、タロウにしていると同じのを、ツバに使ってやれと。タロウはそう言っておる」
……そうか。そうだったのか。そんなこと、思ってもみなかった。
タロウはあれから一度も怪我をしていない。私たちはそう思い込んでいた。でも、タロウは怪我をしていないんじゃない。怪我が治ったのだ。怪我をしたその瞬間に、治っていたんだ。……私の異能の力で。
「……そうか……そうだったんだ………………馬鹿みたいだね、そんなの……!」
私は、まるっきり勘違いしてたんだ。
使ったんじゃなかった。消費したんじゃなかった。私の力は、無くなってなかった。
――使い続けていたんだ。
多分、ずっとずっと……あの時から。
力を使うのをやめてしまったら、体がまたバラバラになったりしちゃうんじゃないかって思って……無意識のうちに、ずっとタロウに力を使い続けてたんだ。私の力の……ほとんど全部を。
「ワォーン!」
私は意識をタロウの体に持っていき、彼の体を撫でる。すると、手によく馴染む、私の知っている感触が伝わってくるのがわかった。私がいつも使っている異能の感覚……いえ。私が小学生の時に持っていた、大きな力の感覚。それが自分に戻ってくるのがわかった。
……本当だ。
私の思っていた限界は、限界じゃなかったみたいだ。急にこの力がなくなって、悩んだりもした。なのに……こんな近くに答えがあったなんて。それも自分で、無意識にやっていたことだなんて……。
……本当に私は、馬鹿みたいだ。
「ありがとう……シロちゃん……タロウ」
私は目に溜まった涙を手で払い、両手に意識を集中する。私の持つ力を最大限に使うために。アイツは今、遠くにいる。どんな状態かもわからない。
でも、できると思う。
……私はずっと、意識もせずにタロウに同じことをしていたはずなのだから。
まだ続くのじゃ
次は午後2時に更新予約しました。
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