102 森の中の戦争3 それぞれの遭遇
「フヒヒッ……見えてきたぜぇ……バケモノの群れが……覚悟はいいかい?」
「……余裕……」
地面に広がる漆黒の影が波打つ。
黄泉比良ミリヤと暗崎ユウキはその上に乗って地を滑るように移動していた。
「……手頃な距離だ……この辺りで、準備するぜ。……『影法師』」
暗崎が異能【暗闇を操る者】を発動すると、地面から2本の尖った腕を持った2メートル大の黒い人形が姿を現わす。その腕の先端はレイピアのように細くしなっている。
「フヒッ……言われた通り、コイツは刺突専用だぜ……相当、シビアだと思うけど?」
「……上等……もっと出して」
「……了解だよぉ……」
言われたまま、暗崎はさらに5体の影の人形を生み出す。
「……『人形操作』……」
そうして、6体となった影の人形たちは【人形を操る者】の黄泉比良の操作に従い一斉に目の前の異形の群れに突進して行く。
怪物たちは即座に反撃を仕掛けるが、影の人形たちはそれをか細い剣となっている両腕でいなし、フェンシングのような動きでバケモノたちを突いていく。
そうして、数体の腕で串刺しにして動きを止めたところで、残りの影人形が異形の頭の中央に細剣を突き通す。
「……グボアアァァ……!」
ピンポイントで『核』を貫かれた異形は崩れるように消滅した。
影人形の群れは訓練された熟練のコマンド部隊のように、すかさず次の敵を仕留めに向かう。
「ォォォォォオオオオオオオオオオォォォォォ……!!!」
だが、大量にいる異形の群れの中には影人形を無視して二人に突っ込んでくる者もいる。
人形を全て攻撃に回している黄泉比良は、無防備そのもの。黄泉比良めがけて雄叫びをあげながら突進してくる異形たちだったが、それらは彼女に到達することなく突然現れた漆黒のカーテンにごぷりと呑まれ、姿を消した。
「フヒッ……守備は任せなよ……黄泉比良さん……あと、殲滅はよろしく」
直後、カーテンがうねったかと思うと、呑み込まれた怪物たちは勢いよく影人形たちのいる場所に跳ね飛ばされ、それを黄泉比良が確実に仕留めていく。
「……おう……後ろはまかせたぜ、相棒……」
長い前髪で顔前面を覆う者同士、何か通じ合うものがあるらしく……二人は背中合わせになり、時にくるくると攻守をスイッチしながら危なげなく相手を潰していく。
しばらくすると、影の兵隊たちの動きは鋭さを増し、より機敏に敵を殲滅していく。
「……そろそろ、慣れたから。……お代わりちょうだい……」
「……フヒッ……りょ〜か〜い……じゃあ、あと6体いくぜ?」
「……余裕……どんと来い……」
そして、暗崎はさらに6体の腕の尖った影の兵隊を生み出す。
倍に数を増やした影人形たちは刺突での殲滅速度を格段に上げ、目の前の異形の群れの数を着実に減らしていった。
◇◇◇
『氷川君は異形を一通り凍らせて来て。効果のない奴もいるはずだけど、動きを止めたら弓野さんが異形のコアを撃ち抜いていくから』
『了解です、サツキ先生』
弓野ミハルは霧島教官と氷川タケルの通信を聴きながら、丘の上で静かにため息をついた。
「あの教官……とんでもないことを当たり前のように言わないで欲しいわ」
弓野がこの丘に設置した狙撃銃の最大射程は2000メートル程度。その射程内に入る異形の『核』を狙って撃てと言う。
いくら相手の動きが止まっているからと言って、1キロ以上先の直径8ミリの的に銃撃を当てるなど、至難の技だ。……ほとんど不可能と言ってもいい。
曲芸師でも、もう少し現実的な距離で見世物をするだろう。
「それでも……やるしかないじゃない、この状況じゃ」
不満を覚えつつも、弓野は狙撃銃のスコープを覗き込み静かに引き金を引く。
タンッ。
耳を裂く発射音とともに、肩に強烈な反動を受ける。
射出された弾丸は森の木々を縫うように抜け、正確に目標を射抜いた。
核を破壊された異形は静かに倒れ、崩れるように消滅する。
一発の弾丸を撃ち終え、弓野はただ冷静にバケモノの群れを見据える。
恐怖がないわけではない。内心、死をとても身近に感じている。
でも、もっと内側にあるのは別の感情。
弓野ミハルは考える。
あれは、かつては人間であったはずだ。
それをこんなに大量に化け物に変えてしまった奴がいる。
だとすれば……彼らは被害者のはずだ。
「……本当に、頭にくるわ……」
……全てに怒りを覚えずにはいられない。
それらを躊躇なく撃てと指示を出して来る教官にも。
そして言われるがままに指示に従っている自分にも。
……何より、この状況を生み出した元凶に。
弓野は怒りを覚えながら、また静かに狙いを定め、引き金を引く。
凍りついて動きの止まった異形の『核』を弾丸が射抜き、また一体仕留める。
「……すぐ弾がなくなりそうだわ……」
手持ちの弾薬は少ない。
他の生徒たちと教官は今、こちらに向かっているところだ。
彼らはもうすぐ追加の武器と弾薬を持って自分と合流するはずだ。
でも、それでもとても足りない。
相手は視界を覆うような大軍勢だ。すぐに弾薬は底をつくだろう。
……その前に、弾を撃ち切るまで生き残れる保証なんてどこにもないのだ。
「弾薬が尽きるのが先か……私たちの命が尽きるのが先か……ってところね」
そんなことを呟きながら、弓野はひたすら同じ動作を繰り返した。
訓練の時と同じように、黙々と弾薬を装填し、撃つ。
その繰り返し。
そうしてちょうど手元の弾薬が尽き、仲間たちが到着するまでに弓野は28体の異形を消滅させていた。
活動報告で書籍版のキャラデザラフを公開しております。
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(22と書いてましたが一日間違えてました……!)
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明日も連続投稿予定です。
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