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100 森の中の戦争1 襲撃の朝

 私は朝の光がうっすらと透けるテントの中で目を覚ました。


「ここは……?」


 私は昨日、霧島少佐に「一杯だけだから」とお酒を注がれ、彼女と話をしていたらいつのまにか寝入ってしまったらしい。今、テントの中にいるということは、彼女が運んでくれたのだろうか?

 私の隣には、あられもない姿の霧島少佐が一升瓶を抱えながら寝息を立てている。昨日着ていたバトルスーツはテントの隅っこの方に脱ぎ捨ててあり、今、彼女はいろんな意味で無防備だ。


「こんな姿、とても生徒たちには見せられないわね……」


 私もかなり酔っていたらしく、着衣がかなり乱れている。手鏡を取り出して自分の顔を写してみると、寝癖がひどい。


 テントの中は独特の甘い匂いが充満している。

 見れば、霧島少佐の抱えている一升瓶の中身は空になっていた。この空気は彼女の吐く息によるものだろうか。


「……ちょっと……いえ、かなりお酒くさいわね……」


 でも、人のことは言えたものではない。

 たぶん、私も同じような匂いを放っていることだろう。

 生徒たちを監督する立場の人間が二人ともこんな状態とは……まったく、私たちは二人とも、こんなことではいけないのに。


「体に残ってる感じがないのは救いね」


 でも昨日のお酒は悪いお酒ではなかったらしく、不思議と体には残っていない。

 二日酔いどころか、随分と頭がスッキリしている。

 その代わり、今まで必死に考えていたことをすっかり忘れてしまったような気がするけど……。


 まあいい……か?

 それは仕方がない。たまにはこういうことがあってもいいだろう。

 おかげで私は、久々にぐっすり眠ることができたのだ。


 体はとても快調。

 あとは、彼女が無事に目覚めてくれることを祈るばかりなのだけど……。


「……うう……ん……にゃむ……うふふう……」


 彼女、今日の教官業務は大丈夫なんだろうか?

 確か早朝から訓練を始めるって言っていたはずだけど……?

 私がちょうどそんな心配をしていたとき、


「う〜ん、あ、メリア先生……おはよ〜ございま〜す……」


 彼女はそう言って大きなあくびをしながら、ぐっと背伸びをしたのだった。



 ◇◇◇



 今日は早朝から訓練を始めるということで、俺たちは眠い目をこすりながら指定の集合場所に整列していた。

 そこへ、メリア先生とサツキ先生が二人並んで歩いてきた。

 ちょうど、集合予定の時間だ。


「は〜い! みんな、揃ってるかな? 寝坊した人はいない?」


 さすがに昨日の鬼畜訓練を体験した上で、夜にも氷川くんを「ニャん☆」と言わせる強権っぷりを見せつけられて「寝坊しました」なんて言う勇気のあるやつはいない。

 そう思っていたのだが……


「サツキ先生、弓野さんがいません!」


 そう声をあげたのは、音無さんだった。

 え? あの弓野さんが? 一番時間とか規律とかにうるさそうなのに……?


「寝坊……というわけじゃないみたいね」

「はい、目が覚めたらもう姿がなくって……てっきり先に集合場所にいるかと思ったのに、いなくって。……どこに行ったんだろう」

「彼女がどこに行ったのか、知ってる人はいる?」


 そう言ってサツキ先生が他の生徒たちに視線を移した時だった。


「「「……ォォォオオオオオオオオオオオォォォォォォ……」」」


 いつか聞いたことのある、うめき声とも絶叫ともつかない不気味な声。

 それが、辺り一面から響いてきた。


「……えっ?」

「これは……?」

「……まさか……?」

「おいおい、マジかよ」


 俺を含めた生徒たちは突然の事態に戸惑った。

 見れば、サツキ先生とメリア先生も驚いた表情で周囲を見渡している。


『メリア先生、サツキ教官……聞こえますか』


 そこに、通信機を通して俺たち全員に弓野さんからの音声通話が入った。

 通信機は昨日の夜、「明日の訓練で使うから」と皆に配布されていたものだ。

 それを今、全員が装備している。


「弓野さん、どこにいたの? いえ、それより今の音は……弓野さん、何か見える?」

『はい。夜明けから遠くに妙な人影が見えると思って、昨日訓練をしていた丘に登って周囲を観察していたのですが……あの化け物……『異形』。あれが突然大量に出現して、ここ一帯を中心に取り囲んでいます』


 弓野さんの報告と同時に、無数の爆発音がこだまする。


 それも、方位は一定じゃない。

 いろんな方向から、まばらにうめき声に混じった破壊音が響く。


「……何、今の……!?」

「またあの化け物かよ……!!!」

「……ホントに……訓練じゃなくて……?」


 拡がる動揺。

 当然、俺たちはあの日の出来事をよく覚えている。


「みんな、落ち着いて。まず状況を少し把握したいから」


 狼狽えるみんなを制止し、サツキ先生が弓野さんに再び問いかける。


「弓野さん……相手の数はわかる?」

『……数千はいます。それだけは確実です』


 それを聞いた俺の背筋が一瞬で凍りついた。

 『異形(ヴァリアント)』。

 この前、帝変高校を襲ったあの化け物。


 あれが、数千(・・)


 ……馬鹿げてる。

 ちょっと想像できない。

 でも、あの弓野さんが冗談でそんな数を報告するとも思えない。

 彼女が、見間違うとも、思えない。

 だとすれば、本当に……!?


「……メリア先生? 大丈夫ですか!?」


 ショックで凍りつく俺の背中から、神楽さんの声が上がった。

 その声につられて振り向くと、そこには体を震わせ、ふらふらと足元の覚束ないメリア先生の姿があった。



 ◇◇◇



 私の体は困惑と恐怖で震えていた。足に、力が入らない。


 そんな……!!?

 数千体の異形(ヴァリアント)……?

 私たちは、今そんな数に囲まれているの?


「ダメ、私が怖がってちゃ……考えなきゃ……みんなを守らなきゃいけない」


 私は、震える体と動悸を必死に抑え、考えを巡らせた。

 一体、どういうことだ……!?

 今までこんな数の気配はなかったはず。

 突然出現した? どうやって?


 それに、数千体(・・・)

 そんな数……ありえない。


 どれだけの人間が、あの悪魔の実験の犠牲になったというの……!?

 しかも、それはつまり、それだけの失敗(・・)を重ねながら人工的な異能者を生み出している勢力があるということの証左に他ならない。

 あの技術は人を人と思わぬ所業。悪意で悪意を研ぎ澄ませるような愚行でしかない。それがこんなにも大々的に使われているという事実に、吐き気と同時に目眩をおぼえる。


「……本当に、なんてことを、しているのよ……!」


 一体、どれだけの人を……!!!

 軍が全国の異能者をかき集めても、数千人なんて数にはならない。

 そんな規模、もはや……すぐにでも戦争を始められるようなレベルじゃない……!!!


 そんなことを繰り返していたら、すぐにあの混乱の時代に逆戻りだ。

 そう、戦争。異能大戦の、再来。

 いや、あの時代でさえ、こんな数の異形(ヴァリアント)や人工の異能者なんていなかった。


 本当に彼……いや、彼らは何を考えているの…………!!?


「とにかく、みんな集まって!! 隊列を組まなければ……!」


 とにかく、今の彼らの狙いは!?

 やはり芹澤くんを……!?

 私が守らなければ……どうすればいい!?

 でも……そんな数に囲まれたら、もう……どこにも……!!!


「メリア先生」


 動揺して冷静さを失った私の肩をぽん、と叩く霧島少佐。


「私が指揮を執りますから。先生は各方面に連絡をお願いしますね」


 彼女は穏やかに微笑みながら私に語りかけてきた。

 こんな状況でも、彼女は落ち着いて笑っている。


「……はい」


 ……そうだ、私は今、一人じゃないんだ。


 ここは専門家の彼女に任せればいい。私は別のことをするべきだ。

 情けないことに、私は今、足が竦んでいる。

 でも、少なくとも体は動く。

 昨日しっかりと寝たおかげで、足も手も動かそうと思えば、動くのだ。

 そう思って深呼吸をすると、すこしだけ私の体の震えは収まり、頭も回り始める。


「みんな、そういうわけで敵の襲撃よ。これから陣形を組むから、指示通りに動いてね? あと、ここから通信機は常にオンよ。それが生命線だと思って」


 そうして、霧島少佐は生徒たちに次々に指示を出していく。


「まず赤井くんと芹澤くんは二人で0時の方向に移動。出来る限り出会った異形(ヴァリアント)を殲滅して。暗崎くんと黄泉比良(よもひら)さんは二人で反対側、6時の方向。やることは同じよ。危なくなったらここ、宿営ポイントに帰還してね」


「ああ、わかった」

「了解です」

「フヒッ。りょ〜か〜い」

「……わかった……」


 そう言って名前を呼ばれた四人の生徒たちはすぐさま、それぞれの方向に走り出す。


「御堂くんは姿を消して状況把握に走って。交戦は避けて、可能なら突破可能なポイントを見つけて報告して」


「フッ、了解だよ」


「氷川君は異形(ヴァリアント)を片っ端から凍らせて来て。効果のない奴もいるはずだけど、動きを止められたら弓野さんが異形のコアを撃ち抜いていくから」


「了解しました、サツキ先生」


 御堂くんも氷川くんも、指示を聞くや否や、飛び出して行った。


「残りのみんなは今弓野さんがいる丘に集まって、昨日の訓練と同じチームを組んで。土取さんのチームで防壁を張って、弓野さんのチームで遠距離から敵を落としていくわ。言って見ればそこが私たちの城ね。そこが落ちたらもうおしまいだと思ってね?」


「了解」

「うひゃ〜、大丈夫かなぁ〜」

「……わかったわ」

「くぞ、マジで訓練じゃねえのかよ……!!!」

「俺はまた充電器、か……?」


 今は、実際、絶望的な状況だ。

 でも彼らは諦めていない。絶望はしていない。

 だったら……私だって、諦めるわけにはいかない。


「最初の指示は以上よ。…………みんな、ちゃんと生き残ってね」

 

 霧島少佐の声を合図に、私たちはすぐに全員で移動を始める。

 私も一緒に走る。昨日、頭を空っぽにしたせいか足はちゃんと動く。まだ、動ける。


 私はこれから起こる事態を予想しながら、目の前のできることにだけ思考をシフトさせていく。

おかげさまで100話に到達しました。

ここまでお付き合いいただき、御礼申し上げます。


また書籍版について、荻poteさまからキャラデザラフの公開オーケーいただきましたのでお知らせいたします。ラフ段階で、すでに女の子が可愛い……!



挿絵(By みてみん)

左から 芹澤アツシ 霧島カナメ 玄野メリア

挿絵(By みてみん)

黄泉比良(よもひら)ミリヤ 神楽マイ

挿絵(By みてみん)

モヤシ(書籍版では植木フトシ君に改名) 変態(御堂) 赤井ツバサ

挿絵(By みてみん)

篠崎ユリア(とても大きい)


『クズ異能』書籍版、発売日は12月21日です。

今後とも、よろしくお願いいたします!


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