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最初はよく分からないと思いますが、過去編を挟みながら進めていきますので、諦めずよろしくおねがいします。
「愛してる」
「好きだ」
何度も囁かれた言葉。
顔を見て、目を合わせ、幸せそうに微笑み、愛の言葉を零す。
壊れ物を扱うように優しい手つきで俺の身体にふれ、愛おしそうに俺を見つめる。
そして、何度も何度も耳が忘れる前に、脳に刻み込むように。
「愛してる、一生幸せにするから…」
そう告げる。
温かくて、心が満たされて、全身が震えるほど心地良くて。
涙が溢れるほど、幸せで。
でも、俺は一度もその言葉に返事をしなかった。
「俺も愛してる」
そう一言、云えれば…。
だけど、俺は臆病で卑怯な奴だから。
言葉を噤んで、アイツの真剣な眼差しから目を逸らした。
もう、失望したくなかった。
もう、絶望したくなかった。
もう、何度伝えても届かない想いを持ちたくなかった。
もう、誰かを愛して、独りになるのは嫌だった。
俺は選ばれなかった人だったから。
選ばれたのはアイツで、選ばれたアイツでさえ失ったから。
それでも、身体を許したのは、独りが寂しくて、求められることが嬉しくて。
選ばれたアイツを自分のモノにしたら、自分も選ばれた気になれた。
そんな筈ないのに…。
ヒロインがいなくなった世界だからこそ、俺はアイツに選ばれた。
ヒロインが存在する世界で、俺は誰にも選ばれなかった。
ただ、それだけのこと。
俺だけを選んでくれた訳じゃなかった。
「俺、やっぱアンタのこと嫌いだ」
少し、いつもみたいに嫌味を言っただけ。
なのに、白い壁の病室で、アイツは…司はそう言った。
俺に嫌悪と軽蔑を向けて。
気が付いたら、医者と対峙していて、奴が記憶喪失だと告げられた。
司の記憶から、司が愛する俺の記憶が消えた。
残ったのは…。
「ミユ先生、が……結婚した?」
ヒロイン…ミユへの恋心。
司は5年という月日を失った。
彼は高校生の心を持つ、22歳となった。
そして、俺はヒロインの幼馴染、32歳の男。
ただ、それだけ。
ミユと俺は教師、司は高校生。
俺はミユを巡って争う恋敵。
なんて、日だ…。
目の前が真っ暗になって、泣いてその場に崩れ落ちそうになった。
独りの部屋で、記憶を辿る。
数時間前まで、アイツの身体が熱が、自分の中にあったはずなのに、もうその感覚は薄れてしまった。
声と言葉だけが、自分を翻弄するように、はっきりと残っている。
なんとなく、今日こそは告える気がした。
アイツが帰ってきたら、告ってやろうと思った。
好きだと、伝えようと思っていた。
愛してる、とアイツが満足するまで何度も。
なのに、アイツはいつまで経っても帰ってこなくて。
アイツが事故に遭ったことを知ったのは、次の日、アイツの友達から。
俺は世間からしたら、恋人にすらなれないただの他人だったから。
身体が凍えそうになる。
寂しくて、死んでしまいそうだ。
それでも俺は大人で、明日があるから、子供みたいに気持ちの限り泣けるわけじゃなくて。
ただ静かに、音を立てずに、声を押し殺して。
「愛してる……俺も、俺は、愛してる司」
三年ぶりに吸ったタバコは肺を熱くし、一筋を頬にかいて涙が落ちた。
その日、俺の失恋と、片想いが始まった。
次回からは司目線。