9フレーム目 『酔っぱらいのキミ』
「ビール工場に住むとか良いんじゃない?」
何が『良い』のかと言うと、毎日お酒を飲める環境についてという話題。
アイラは酒飲みだ。その長い黒髪片目にかかるが、それをかき上げもせず、右手に持ったジョッキを持ち、さらにあおる。
「工場…酒屋じゃだめなのか?」
タカオがあきれ顔で聞く。タカオは仕事帰りでスーツだったが、ネクタイは外していた。
「だめだね。作りたてと比べたら、ビールの鮮度が落ちる」
「そういうものなのか…じゃあ居酒屋は?」
「酔っぱらい相手が面倒くさいもん」
と言ったところでアイラは自分にブーメランを投げた気分がして、少し顔をしかめた。
「ほら、帰るぞ」
「やーだー、もっと飲んでくもん」
「明日も仕事だろ。すいませんお会計お願いしますー」
ガラガラガラ。ぴしゃ。
夜の住宅街にポツンと明かりの灯った居酒屋を出て、ゆらゆらと帰るタカオとアイラ。
2人は近所に住んでいる。もう帰り道には飲み屋は無い。
冬も近いので、家々の庭に植えられた木々の多くは落葉していた。
「どうして私の家はビール工場じゃないんだろう」
ふらふら歩きながらアイラは話す。
「まだ言ってるのかよ、工場稼働させる方が面倒くさくないか?」
「面倒くさいのは嫌だけど、ビールは飲みたいの」
「じゃあ、俺が毎日キミのうちに調達するでどうだよ」
アイラは立ち止まる。
数歩、先を歩いたタカオは振り返る。
「どうした?ビールの鮮度落ちるのが気に入らない?」
「…それでも…」
下を向いたままアイラは言う。
「いいよ」
言い終わると、そのままバランスを崩してアスファルト上にへたり込んでしまった。
「ああ…ったく」
タカオ、アイラの傍にしゃがんで、そのまま彼女を背負った。
ふたたび歩くタカオ。アイラポツリと背中で呟く。
「ちなみにビール工場は諦めてないよ」
「はいはい、じゃあ今度工場見学に行こうな」
静かな夜の住宅街。2人が歩き去り、晩秋の冷たい空気と静寂が周囲を包んだ。