第10話:バベルの塔1
自衛軍東部方面隊シチガヤ駐屯地から、二機の人馬戦車が、南方のミライミナト駐屯地を目指して、迂回路を進んでいる。
一機は、自衛軍の標準機となっているKF-15イーグル。それを操るのは同駐屯地ゼロ部隊所属、『ゼロのキサラギ』ことキサラギ=ヤヨイ少佐。
もう一機は、イーグルの練習機である並列複座型のKF-15B。操縦席には同じくシチガヤ駐屯地の、『キサラギの小間使い』という不名誉な二つ名を持つ、キンジョウ=タマキ少尉が―――そして、その隣に座っているのは、清楚な佇まいながら、圧倒的な存在感を醸し出している、初老の美女であった。
「いつ見ても、胸くそ悪い光景っすね」
中央省庁の外周を囲む様に展開しているAI機、KF-16ファルコンを見ながら、ヤヨイは不快感を表に出して、そう言った。
そのファルコンは、元はといえばシチガヤ駐屯地所属の支援機であったのだが、電脳謀反によって人工知能バクフにハッキングされ―――今やその支配下となり、対ヴァルキリー隊への防衛の任に就かされている、忌まわしき機体なのであった。
同じくAI支援機をハッキングされた全国の駐屯地は、それを放棄して事態の沈静化を待つという政府指示によって、有人機のみを回収して駐屯地を離れた。
だが首都防衛の要であるシチガヤ駐屯地だけは、中央省庁の防衛という使命があるため、その撤退は許されず、日々ハッキング機を横目に見ながら、それを刺激しない様に、綱渡りの対応を強いられていたのである。
今、ヤヨイが、シチガヤからミライミナトを目指すのに、直行路である湾岸連絡橋を使わずに、迂回路を選択しているのも、その配慮であった。
連絡橋を使う事で、人工知能バクフに『敵意あり』と判断されれば、下手をすれば追撃される恐れもあり、今回の行動が政府からの命令とはまったく関係のない『私事』であれば、尚更でもあった。
私事―――それは、共犯者からの依頼であった。
人工知能バクフに、人類の人馬戦車運用に関する懸念を吹き込み、日本全土を舞台とした電脳謀反を引き起こした、タカハネ=サツキ。
人工知能ガーディアンシステムの発展と、それに連なる機甲兵器『人馬戦車』の開発の、その両方に寄与した大科学者という顔だけでなく、その見識から防衛省の臨時職である補佐官の地位にもあり、また湾岸施設ミライミナトに、幼稚舎から大学院までを備える『ミライミナト学園』の創設者兼、現学長でもある稀代の才女。
そんな彼女からの依頼に、ヤヨイは応じたのであった。
そのサツキは、タマキの操縦する練習型イーグルの教官席で涼しげに微笑んでいる。だが多少の面識ができたとはいえ、電脳謀反の首謀者と二人きりという状況に、タマキは緊張の面持ちで、片時も気の休まらない時間を過ごしていた。
「でも、これも人工知能なりに、未来を考えての行動なのよ」
胸くそ悪い、と言ったヤヨイの言葉に対して、サツキは弁解する風でもなく、淡々と自身の見解を述べる。
「だからこそ胸くそ悪いんすよ。機械が人間の未来を考える……どうも自分には、しっくりこないんすよ」
「正直ね……だから、あなたは信用できるのよ。あなたは率直な意見をぶつけてくる様で、その裏では真剣に未来を考えている―――あなたは、この先の世界に必要な人間よ」
ヤヨイを最大の賛辞でもって称賛するサツキに、目を丸くするタマキ―――彼女にしてみれば、いつもキンタマだのタマキンだのと言って、自分を弄ぶヤヨイが、そんな偉大な人間だとは、すぐには受け入れられなかったのだ。
「それはそれは、ご大層なお言葉で……で、アンタ、バクフを置き去りにしてまで、ヴァルキリーの奴らに会って、何をしようっていうんすか?」
サツキの賛辞を軽く受け流すと、ヤヨイはいつもの様に、やる気のない態度ながらも、今回の『依頼』の真意について問い質した。
「そうね……私は会って何を話そうというのかしらね……」
そう言って、サツキは練習型イーグルのコクピットで、遠い目をした。
「ノープランっすか、まったく」
それに呆れた様にヤヨイは応じたが、本当にそれがサツキの正直な気持ちである事を感じ、それ以上責める様な事は何も言わない。
「フフフ、付き合わせちゃって、ごめんなさいね……でも、あの子たちに会っておかなきゃならないって、思ったのは事実なの……私のわがままをきいてくれて、本当にあなたたちには感謝してるわ」
「別に、礼には及ばねえっすよ。タイガーシャークの討伐では、アンタには世話になったっすからね……これであいこっすよ」
サツキの謝辞に、謝辞で返すとヤヨイは、「それに―――」と前置きした上で、
「あーしも、ヴァルキリーの奴らとは、ケリをつけとかなきゃなんねーと思ってたところっす。渡りに船でも、あったっすよ……」
と、意味深な発言をした。サツキとタマキは、その時の表情をうかがい知る事はできなかったが、ヤヨイの目は、獲物を狙う鷹の目となっていた。
そして、「あのー……」という、タマキの声が割り込んでくる。
「なんすか、キンタマ?」
それに、いつもの調子でヤヨイが応じると、
「お二人とも、無線でそんなにベラベラ喋って大丈夫なんですか?これ傍受とかされてたら……」
タマキが至極真っ当な指摘を入れてきた。
それに「あーん?」と、ヤヨイは呆れた様な声を出すと、
「おめー、あーしを誰だと思ってるんすか?ゼロ部隊のキサラギっすよ―――ジャミングなんて基本っすし、あーしのイーグルにはオプションの特殊ステルスが付いてて、今この機体がどこにいるのか、シチガヤのレーダーでも分かんねーっすよ」
と、タマキの懸念を一蹴したが、「あー、でも」と付け加えると、
「お前のボロイーグルは、たぶんすべてのレーダーにバレバレっすからね。もしかしたら、ミライミナトに近付いた瞬間、速攻で撃破されるかもしれねーっす」
と、意地悪い口調で言うと、ケタケタと笑い声を上げた。
「そ、そんなー、少佐ー!」
ヤヨイのからかいに、本気で慌てふためくタマキ。それを、その隣のサツキは、微笑ましく見つめるのだった。




