第9話:限界突破6
その日は結局、その後に三回の出撃を重ねたところで日没が近くなり、戦闘は終了となった。
結果は痛み分け―――だが、撃破には至らなかったものの、前日までの内容に比べれば、回を重ねるごとに互角以上の戦いを繰り広げた事は、大きな戦果であった。
まずは、タイガーシャークのジェット燃料と弾丸を消費させ、それをただのホバー機に機能低下させた上で、格闘戦で海に突き落し、沈黙させる。
その狙いからいえば、作戦は順調に進捗していた―――今日の戦闘で、タイガーシャークは相当のジェット走行を強いられており、ストライクイーグルを近付けないための弾幕射撃も、前日とは比較にならないほどの回数を重ねていた。
すべては、ストライクイーグルのリミッター解除の為せる業―――徐々に人間の限界を超える様な、アオイのコントロールに、アカネの本領が発揮されている証であった。
このペースでいけば、目標であるタイガーシャークのジェットを停止に追い込む事も、いずれは達成できるはず―――皆はそれを思い希望を抱いていたが、ただ一人、策の実行者であるアオイだけは、別の思いにその思考を巡らせていた。
成果は予想以上だ。きっとアカネなら、その上をいけるはず。ここは一気に勝負をかけるべきだ―――そう考えたアオイは、その夜、アカネを自室に招くと、リミッター解除のカラクリをすべて説明した。
「ええっ、そんな事してたの!?アタシが知らない内にー!?」
当然、アカネはその事実に驚き、目を丸くした。
「ごめんね……でも、もし無理だった時の事も考えて、アカネに気負わせたくなかったんだ」
「アンタらしい、やり方ね……でも確かに、おかげで気負う事なく、回を追うごとに、どんどん動かしやすくなっていったのは事実だし……」
両手を上げて、参りましたのポーズで、アオイからの謝罪に苦笑いで応じたアカネは、続けてガッツポーズを作ると、
「もう負ける気がしないって感じよ!」
と、自信満々に、今度は満面の笑みを見せるのであった。
だがそれに反して、『負ける気がしない』という言葉に、敏感に反応したアオイは、表情を硬く曇らせた。
「ど、どうしたのよ?」
なにか自分が、まずい事を言ったのかと思ったアカネは、少し慌ててアオイの顔を覗き込んだ。
そして、少しの沈黙の後、アオイは口を開く。
「ねえ、アカネ……明日、負けないじゃなく―――勝ちにいこうと思うんだ」
その言葉に重い決意を感じたアカネは、思わず息を呑んだ。
「リミッターを解除していくごとに、アカネはストライクイーグルを自分のものにしていってる……だけど、今日の最後の時点で、まだ解除したリミッターは半分なんだ……」
半分の解除で、タイガーシャークと互角にまで持ち込んでいるのなら、常識で考えればアカネの戦果は、それだけで十分といえたのだが―――アオイの言葉と表情は、それではダメだと告げている。それが、アカネにはひしひしと伝わってくるのであった。
そして、次の言葉が、なかなか口に出せないアオイが、目を伏せていると、
「分かったわ……そのリミッター……明日、全部解除してしまいましょ」
と、アカネの方から、その人間の限界を超える選択を、迷いのない目で宣言してきたのだった。
「あ、アカネ……でも……」
さすがにアオイも、アカネの返答に、思わず躊躇してしまったが、
「なによ、アンタもそうするつもりだったんでしょ?だったら言いなさいよ、いつもみたいに―――アタシなら、できるってね!」
アカネはそう言うと、心から信頼するパートナーの肩に、両手を置いた。
自分を―――そして自分の策を、いつも百パーセント信じてくれるアカネに、思わず涙ぐみそうになるアオイだったが、今はその思いをグッとこらえて、その肩に置かれた手に自分の手を重ねると、同じく心から信頼するパートナーの目を真っすぐに見つめて言った。
「大丈夫、アカネならできるよ!」
翌日―――
出撃に際してのブリーフィングで、アオイは前夜、アカネと打ち合わせた、リミッター全解除の方針をリンに告げた。
「本気か!?それで大丈夫なのか!?」
当然、リンはその申し出に懸念を表明した。
「半分だった解除を、一気に外すなんて……何か訳があるの?」
ミユウはアオイの考えに、何か裏があると読んで、それを問うた―――事実、ミユウの推察通り、アオイにはその先の考えが存在していた。
「今日の戦闘で、勝負をつけたいと思っています……それは首都への進攻を、一日でも急ぐためという事もありますが……でも、それだけじゃありません―――今日じゃなきゃ、できない勝ち方があるんです!」
アオイは居並ぶ、ヴァルキリー隊の面々の顔を見つめながら、決意に満ちた表情でそう言った。
そして、続けて隣のアカネが、
「狙うのは―――完全勝利よ!」
と、アオイの言葉を補足する様に、こちらは自信に満ちた表情で、そう言い放った。
「完全勝利?」
リンは、言葉の真意がつかめずに、そう問い返す。
「そうです。完全勝利です!」
と、アオイもその目に闘志をみなぎらせながら、そう言うと、続けてその内容について説明を始めた。
「おそらく、このペースでいけば今日明日には、タイガーシャークの燃料は尽きて、そのジェットエンジンは無力化すると思います。でもアカネなら―――リミッターをすべて外したストライクイーグルなら、今日、タイガーシャークがジェットを使用できる状態でも、必ず勝てます!」
「でも、一日待てば、タイガーシャークのジェットが使えなくなるのなら、そこまで無理をする必要はないと思うのですよ」
「どうして、リミッター全解除という危険をおかしてまで、そんなに勝ち急ぐんですか?」
アオイの言葉に、その性急な方針が理解できないチトセとシオンが、次々と疑問を呈した―――口に出さなくとも、皆も同じ気持ちで、アオイの考えに危惧を抱き、その表情は等しく険しいものになっていた。
「皆さんの考えは分かります……確かに、これは危険な賭けだと思います……でも!―――人間の力を人工知能に見せつけてやりたいんです!まだジェット燃料の残っているタイガーシャークのエンジンに、機関砲を撃ち込んで完全破壊する事で、人間は人工知能に屈しないと思い知らせてやりたいんです!」
人間の力を人工知能に見せつける―――物言わぬシステムが、それをどこまで理解できるのかは分からない。
だが、『人が人として生きるため』に、人工知能との決戦を選び、今日まで戦い抜いてきた彼女たちの心を、アオイの言葉は強く打った。
「覚悟は……できているのでしょうね?」
輪の中から、カノンがアカネの前に進み出てきて、その意志を確認する。
「当然よ!」
ライバルからの、素直じゃない心配とエールを受け取って、アカネは毅然とそう答えた。
「武運を……祈っておりますわ」
心からの思いを、カノンはライバルに送る。ヴァルキリー隊の全員にも、もはや決戦への迷いはない。
「アカネ、アオイ、頼んだぞ!」
リンの言葉を受けて、「はい!」と二人は声を揃えて、敬礼のポーズを取った。
そして、暗緑色のジェット搭載機―――KF-15Eストライクイーグルが、タイガーシャークとの最終決戦に向けて出撃する時がきた。
これで勝負をつけるという決意から、戦闘時間に制約がかからない様に、危険を承知でジェット燃料もフルタンクで積んでいる。
「アカネ、ここからは未知の領域だよ!」
ホバー装置を起動させながら、管制席のキーボードで、すべてのリミッタープログラムを解除するアオイが、操縦席のアカネに向かって叫ぶ。
それに静かに頷き、シフトレバーをドライブに入れると、アクセルを踏み込みながら、アカネは管制室に向かい発進を告げた。
「KF-15Eストライクイーグル、ヒビキ=アカネ、コダマ=アオイ、出るわ!」
そして、ランウェイを疾走するストライクイーグルの、昨日までとはまったく違う、その不安定な操縦感に戸惑いながらも、アカネは不敵な笑みを浮かべながら叫んだ。
「さあ……限界突破よ!」




