第9話:限界突破4
僅かではあるが、タイガーシャーク打倒への光明が見えた―――そして日没が近くなった事もあり、その日のこれ以上の出撃は見合わせ、明日に備えて、各自休養を取るという事で、ブリーフィングは終了となった。
そして司令室に向かうリンが、その道すがら隣を歩くミユウに語りかける。
「アカネとアオイは、よくやってくれている……だが、特にアカネの方が、もうすぐ限界だと思う」
そこまで言うと、リンは足を止めてミユウに向き直る。
「もしもの時は、私が代わってストライクイーグルで出ようと思うのだが……その時は、頼めるか?」
リンはもしアカネが、これ以上の戦闘に耐えられないほど疲弊した時の事を考え、自身がそれに代わる事をほのめかす―――そしてその時には、かつてのパートナーであるミユウに、複座機であるストライクイーグルの管制を務めてくれないかと打診したのであった。
「あなたが望んで、私がそれを拒んだ事があって?」
目を細め、あっさりとそう言ったミユウに、リンも親愛の情を見せながら微笑んだ。
「だけど……もう少しだけ、あの子たちに託してみましょう」
続けてそう言ったミユウの言葉に、リンは頷くと、
「そうだな……あいつらなら、今度も成し遂げてくれるかもしれんな……」
そう言いながら、アカネとアオイがこれまで見せてきた、数々の奇跡を思い返した。
「あなたが見出した、あの子たちですもの―――ねっ、アオイ准尉」
「はっ、はいー!」
突然、名前を呼ばれて、廊下の角からアオイが声を上げてしまった。リンはそれに驚いた様子だったが、ミユウはアオイの素っ頓狂な声に、クスクスと笑っている。
そして、その姿を見せたアオイが、頭を掻きながら、
「すみません、別に尾けてきた訳じゃないんですけど……実はお願いがあって……」
と、少しだけバツが悪そうに、釈明と要望を続けて申し述べた。
「お願い……いったい、なんだ?」
物事に無頓着なリンだけに、何も気にしていない様子で、アオイにその内容を問いかける。
「あのー……ストライクイーグルの……機体の資料を、全部見せてもらえないでしょうか?」
日本政府が極秘に開発していたストライクイーグルの、シチガヤ駐屯地から引き渡された資料―――それを操作マニュアル以外にも、すべて閲覧させてくれないかと、アオイは頼み込んだのだ。
KF-15Eストライクイーグルの資料は、国連規定に触れる、違反機の資料でもあり、その国際レベルの問題に際して、操縦に関する必要な部分を除いてリンが、アカネとアオイに対し、その閲覧を制限していたのは事実であった。
これまでの経緯から推察するに、アオイはハッキングの天才であった―――もし手に入れたい情報があれば、たとえ防衛省のシステムであろうと、自室のノートパソコンからでも侵入して、それを知る事は可能であると思われた。
だが、それをせずに真っ正直に、リンにその閲覧を嘆願しにくるところに、彼女のこの件に関する誠実さがある―――そう判断したリンは、隣のミユウに目を向けた。
「何か……策が思いついたの?」
さっそく期待通りに、次の奇跡を起こそうとしている若き知恵者に、ミユウは問いかける。
それに、澄み切った目で、アオイは高らかに答えた。
「はい!試してみたい事があるんです!」
そして翌日も、出撃を繰り返すストライクイーグルを、人工知能バクフの制御室で、タカハネ=サツキとともに、キサラギ=ヤヨイが観戦していた。
「今日も来るなんて、本気で私の仲間になってくれる気になったと、思っていいのかしら?」
アカネたちが、ストライクイーグルでタイガーシャークに攻撃を仕掛けてから、連日通い詰めのヤヨイに向かって、サツキは可笑しそうに問いかけた。
「冗談キツイっす、自分は安全安定が第一っすよ。ここに来てるのは、ここが奴らを見るのに一番、都合がいいからっすよ」
サツキも百も承知である答えを、ヤヨイはいつも通り、やる気のない態度で呟く。
「それにしても、連日ここに来て……シチガヤの方は大丈夫なの?」
所属しているシチガヤ駐屯地を、連日空けているであろうヤヨイの身を面白がるサツキに、
「大丈夫じゃないですよ!」
と、いう可愛らしい金切り声が浴びせられる―――声の主は、ヤヨイと同じくシチガヤ駐屯地所属の、キンジョウ=タマキ少尉であった。
「少佐が毎日ここに来てるせいで、キサラギはどこに行った!?お前がちゃんと見てないからだ!って、私が怒られてるんですからね!で、なんで私も毎日ここに連れてこられてるんですかー!?」
ストライクイーグルの、ミライミナト駐屯地への搬送以来、ヤヨイはタマキを手元から離さず、常にその行動に随行させていた。そして、次第に抜き差しならない深みに、足を踏み入れていく状況への抗議も含めた、タマキの叫びであった。
「うるせー、キンタマ。でけー声出すんじゃねーっすよ。ここは音が響くんすよ」
さらりと受け流すどころか、禁断の愛称まで付け加えるヤヨイに、タマキは絶句しながらヘナヘナと崩れ落ちた。
「ごめんなさいね、キンジョウ少尉。私にはキサラギ少佐が必要で……きっとキサラギ少佐には、あなたが必要なのよ」
まるで祖母が孫を見る様な、優しい眼差しでサツキはタマキを慰める。
「わ、私がシチガヤで、なんて呼ばれてるか知ってます?『キサラギの小間使い』ですよ、小間使い!別に私、ゼロ部隊の所属でもないのに、みーんな私に少佐の事、押しつけて……で、少佐の代わりに怒られるのも私なんですよ!ううう……」
サツキの言葉に気持ちが緩んだのか、タマキは積年の感情をぶちまけた。
彼女の言う通り、シチガヤ駐屯地のゼロ部隊は、ヤヨイ一人の特殊部隊で、タマキはその所属ではない。しかし、それならなぜ、タマキがヤヨイに付いているかというと―――それは目付役であった。
政府の秘密任務を請け負う、その部隊の特性上、様々な特権を与えられているヤヨイへの監視が、シチガヤには必要であったのだが、独断専行、神出鬼没のヤヨイに、監視役の任に就いた者が、次々と音を上げていく中、なぜかタマキだけは、ヤヨイに振り回されながらも、へこたれず今日にまで至っているのであった。
それは言うなれば、相性が良いという事であった―――小間使いと陰口を言いながら、シチガヤ駐屯地の人間も、あのキサラギについていけるのはタマキだけだと、そのコンビぶりを内心評価していたし、どんな目にあってもタマキ自身も、その役目を辞めたいと言った事は一度もなかった。
ヤヨイには、タマキが必要―――そう言ったサツキの言葉は、まさに核心を突いており、心中を見透かされたヤヨイも内心、『余計な事を言うんじゃねえっす!』と言いたい気持ちを抑えながら、平静を保つのが精一杯だった。
あまり若者をいじめては、かわいそうかと思ったサツキは、話題を湾岸部の戦闘に切り替えた。
「どう、あなたの目から見て?」
「今日の動きは……なんか違うっすね。昨日までの、振り回されてる感じがなくなってるっす……」
戦闘映像が映し出されるモニターの中では、確かに昨日までとは打って変わって、ストライクイーグルがタイガーシャークの動きについていっている。心中、秘するところがあるヤヨイも、その変化に目を見張っていた。
試してみたい事がある―――そう言った、アオイの秘策が徐々に効果を上げていたのであった。




