第9話:限界突破2
そして、ストライクイーグルがミライミナト駐屯地に帰還すると、機体を降りるなりアカネは、
「なんで、あいつはあんなに動けて、アタシはそれについていけないの!」
と、タイガーシャークに太刀打ちできずに、逃げ帰ってきた悔しさをハンガーでぶちまけた。
「アカネ、苛立った方が負けだよ」
同じく機体を降りたアオイが、そんなアカネを静かに諭す。
アカネの苛立ちは十分に理解できた―――
ホーネットの海上殲滅を終えた後、突然現れたタイガーシャークの威力に、その能力のすべてを傾けても、逃げるのが精一杯のアカネだったが、今はストライクイーグルという、同じジェット搭載機を手に入れている。
実験機というアドバンテージはあっても、同等戦力であるはずなのに、その戦いは常に、後手後手にまわっていたのであった。
「仕方ないのですよ。相手は強化装甲で撃たれ放題なのに、こちらの強化装甲はエンジン爆発時のための、コクピットまわりしか固めてないのですよ」
「そうですよ、アカネさんたちは、常にエンジンに被弾する事を避けるために、動きにも制約がかかっているはずです」
出迎えたヴァルキリー隊一同から、チトセとシオンが真っ先に、その不利な条件で戦っているアカネの労をねぎらった。
事実、実験機のため、ストライクイーグルの機体両側面の双発エンジンには、被弾対策はまったく施されておらず、実験中の不慮の事故に備えて、操縦者の安全を確保するための強化装甲が、コクピットをぐるりと囲んでいるだけなのであった―――常に、アカネは機体の両側面を気にかけながら、戦わなければならなかったのだ。
爆発の恐怖と、これまでの二倍近い異次元のスピードは、アカネの神経をすり減らしていった。苛立ちの言葉のひとつでも吐かなければ、やり切れないはずである。
「ご苦労だったな、アカネ、アオイ。今日はもう休め」
ストライクイーグルを受領してから、僅かのテストのみで、連日タイガーシャークに挑み続けている、アカネとアオイの疲労を考え、リンは休養を命じた。
「なに言ってんのよ!アイツはまだ残っているのよ!燃料を補給したら、すぐまた出るわよ!」
だが、アカネは苛立った心のまま、目を血走らせながら、再度の出撃を宣言した。
「アカネ准尉、無理は禁物よ。それに、この三日間あなたたちは出撃し通し……そのおかげで、タイガーシャークの燃料と弾丸も相当減っているはず……焦ってはダメよ」
今回の狙いは勝利ではなく、補給のきかないタイガーシャークに対して、ジェット燃料をすべて消費させる事が狙いである。それに対して一定の成果を挙げている事を告げて、ミユウはアカネを押さえようとする。
だが、首を振りながら、
「じゃあ、いつアイツのジェットは止まるのよ!?あと何回、同じ事を繰り返せばいいのよ!?アタシたちは急いでるんでしょ!?早く首都に行って……バクフを倒さなきゃ、ならないんでしょう……」
自身の不甲斐なさ、そして、首都東京へ侵攻して『人工知能バクフ』を倒すという使命への、焦る気持ちを喚き散らすと、アカネは崩れ落ちるかと思われるほど、ガックリと肩を落とした。
それを見つめる一同も、言葉を失ってしまった。バクフを倒さなければならないと逸る思いは、皆アカネと同じだったからである。
だが今、ストライクイーグル以外の機体で出れば、その圧倒的戦力差の前に、撃破されるか足手まといになるのは必定であり、ゆえにアカネとアオイの戦いを駐屯地のモニターで見守るしかなく、タイガーシャークを倒すという難題を、彼女たちだけに背負わせている現状に、皆は胸を痛めていた。
「とにかく、一旦ブリーフィングルームに行こう……そこで戦術を考えよう」
アカネを無理な再出撃に出さないためと、この場の空気を変えるために、リンがそう提案した。アオイに肩を抱かれる様になだめられたアカネも、渋々その案に従った。
ブリーフィングルームに移り、これまでの戦闘映像を見ると、なるほどタイガーシャークとストライクイーグルの動きには差があった。
タイガーシャークの動きには、流れる様なリズムがあり、対するストライクイーグルは、そのリズムに付き合わされる様な不自然さが見える―――これが、次第に展開の不利に繋がり、アカネたちが後手後手にまわされる原因に違いなかった。
「初手はけっして悪くないのですよ。でも二回三回と交錯していくうちに、アカネたちが受け手にまわって、逃げている間にタイムリミットなのですよ」
「でも、エンジンに被弾した時の影響を考えて、ストライクイーグルのジェット燃料は、連続使用で五分程度しか走れない量しか積んでないのですから……時間が経つにつれて、撤退時の燃料も計算すると、気持ちが乱れるのも無理はないかと……」
チトセの指摘に、不利な状況で挑むアカネたちに同情するように、シオンが呟いた。
ストライクイーグルは、シオンの言う通り、万が一燃料タンクに被弾した時の事を考慮して、ほぼ空タンクの状態で出撃していた。そして、それが出撃回数を増やす原因にもなっているのだが、アカネとアオイの安全を最優先するため、それは致し方ない処置でもあった。
「もっと燃費を考えて、走行しなさいな。バタバタ無駄に走り回っているから、すぐに燃料が尽きてしまうのよ」
「なんですってー!」
カノンからの厳しい指摘に、アカネが噛みついた。
「お、お姉様、そんな言い方、ひどすぎますわ!」
すかさず妹のシオンが、姉の言動に抗議するが、
「お黙りなさい、シオン!いいから聞きなさい、アカネ―――」
カノンはピシャリと妹を制すると、アカネの目をまっすぐに見つめながら語り出した。
「よろしくて?あなたはさっきタイガーシャークのジェットがいつ止まるのか、その燃料がいつ尽きるのかと言いましたが、それはあなた次第でしてよ」
その真剣な眼差しに、アカネは返す言葉が出てこない。
「あなたがタイガーシャークに振り回されて、燃料を消費させられている様に、あなたがタイガーシャークを振り回せば、それだけアイツは早く止まるのよ。だからアカネ……冷静になりなさい―――私もリン様と同じ……あなたを信じていましてよ」
それは、嘲りでも侮蔑でもなく、真にライバルを思うカノンの真心だった。リンも、ミユウも、チトセも、シオンも、もちろんアオイも、アカネを優しく見つめている―――それを受け止めて、アカネは泣き出したい衝動におそわれたが、それを懸命にこらえて、「分かったわよ」と小さく呟いた。
そして、一同はヴァルキリー隊の揺るがぬ結束を感じ、希望の光は消えていない事を噛みしめるのであった。
「でもね……なんか、思う様に動けないのよ……そりゃホイールドライブのファントムと、ジェットのストライクイーグルは違うって事は分かってるんだけど―――なんか、こんな感覚は久しぶりだな……」
皆の優しさに、張りつめた気持ちが緩んだのか、アカネは珍しく弱音を吐いた。
だが、それを聞いた瞬間、誰も気付かないほどの変化だったが、アオイは眼鏡の奥の目を、カッと見開いた―――それはアカネの言葉に、タイガーシャーク打倒の秘策を見出したからであった。




