表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人馬戦車は少女と踊る  作者: ワナリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/127

第7話:秘匿機9 (第7話 終)

「ミユウ、ファルコンの撃破ポイントの距離は!?」


「二百五十メートルよ!そちらの距離は!?」


 逃走に際してタイガーシャークから、どれだけ距離のアドバンテージが取れたかを確認するリンに、ミユウはそれに簡潔に答えながら、隊列先頭の進行距離を問い返す。


「約百だ!」


「上々ね。ファルコンの逃走距離も、五十メートル余分に稼げたから、計算通りにいけそうね」


 リンの答えに、ミユウは作戦の進行状況を整理する。ここまでは順調であった。


 だが、海戦に特化したN型ファントムの速度が、予想以上に遅い―――縦列を組むに当たって、速度の速い順に並んだため、風よけ効果も働いているはずだが、それにしても隊列五番目のファントムから後続が離され始めている。


「カノン大尉、速度を落として!ファントムが離されているわ!」


 隊列の四番目、ファントムのすぐ前に位置するイーグルのミユウは、自身も速度を落としながら、先頭のトムキャットを操るカノンに、速度調整を依頼する。


「くっ、かしこまりました。アカネ、もっと気合を入れて走りなさい!」


 ミユウの指示に応じながらも、カノンは苛立ちをアカネにぶつける。誰もが、まだ見えぬ後方の追跡者に恐怖しているのだ。


 蛇行した駐屯地までの道のりを、八機縦隊で駆け抜けるヴァルキリー隊―――その隊列は湾岸部のスタート地点から、約四百メートルを進んだ。ここから駐屯地までの約六百メートルは、ほぼ直線道路であった。


「まだ黒い機体は見えないか!?」


「見えません!」


 先頭を走るトムキャットからリンが叫び、それにアオイが最後尾のAI支援機タイガーの、後方モニターを確認しながら答える。


 黒い機体―――タイガーシャークは、フロンティアの電子攻撃に加え、最新のステルスパーツを搭載しているため、この近距離でもレーダーで位置が確認できない。囮のファルコンがスタート地点から、二百五十メートルのアドバンテージを稼いだとはいえ、予想以上に遅いファントムと、タイガーシャークの未知の性能を考えると、まったく油断はできなかった。


「このまま駆け抜けるぞ!」


 そう叫んだリンの声にも、緊張の色が滲んでいた。


 ファントムの速度を気にしながら、直線道路を疾走するヴァルキリー隊。その距離がスタート地点から六百メートルに達した時―――最後尾のタイガーの後方モニターに、アオイは黒い機影を認めた。


「来ました!黒い機体です!」


 一同に戦慄が走る―――タイガーシャークの速度は推定で、第四世代機の約二倍。四百メートル地点に到達したそれが、六百メートル地点のヴァルキリー隊に追いつくのは、八百メートル地点という事になった。


「計算通りか!各機、弾幕射撃開始!」


 リンの号令の下、先頭から奇数の機体が右側面に、偶数の機体が左側面に、威嚇の弾幕射撃を開始した―――タイガーシャークが隊列を追い抜いて、進路を塞ぐ事を防ぐためであった。


「これで奴は、後方からの攻撃しか選択肢はないはず……アオイ、くれぐれも気をつけろ!」


「はい!頑張ります!」


 リンからの言葉に、弾んだ声で答えるアオイ。作戦通りに進めば、アオイの操る最後尾のタイガー三機が、タイガーシャークに機関砲で撃破されたところで、この逃走劇は終わる予定である。


「まったく、アンタは調子いいんだから……」


 アオイの相変わらずの調子に、苦り切った声を上げるアカネ。そこに突然、ミユウからの無線が割り込んできた。


「アカネ准尉、いざとなったら臨機応変の対応よ。あなたならできるわ。私も最大限支援するわ」


 その声はまるで、けっしてこのまま順調にはいかないという事を、暗示している様な色を含んでいた。


 その間にも、直線の利点を活かして、ジェットエンジンで加速するタイガーシャークが、みるみる距離を詰めてくる。この分では、予定の八百メートル地点よりも前で追いつかれそうであった。


「は、速いのですよ!」「もう追いつかれます!」


 隊列二番目、三番目の、チトセとシオンが驚愕の叫びを上げるのを受けて、リンもまた叫ぶ。


「弾幕を緩めるな!奴を絶対に前に出すな!」


 機関砲でも、タイガーシャークから側面攻撃を食らえば、前方の有人機五機が、全機逃げ切るという作戦が崩れる恐れがある。あくまで狙いは後方のAI機三機に絞らせ、四機目を狙うために深追いしてきたそれを、駐屯地のゲートに布陣した射撃部隊で、あわよくば討ち取るという二の策もある―――何があっても、タイガーシャークを前に出す訳にはいかなかった。


 そして遂に、タイガーシャークが八機縦隊の最後尾に追いついた。やはり側面を通過する事ができないため、鎌での攻撃は仕掛けてこない―――この点では、アオイの読みは当たっており、側面の弾幕射撃も功を奏していた。


 だが位置がまずい。追いつかれた時点で、先頭のトムキャットは、まだ七百メートルまでしか到達していなかった。当初の希望的観測では、それは八百メートル地点であり、現状でタイガーシャークに、三百メートル分の攻撃時間を与えた事になる。


「最後尾タイガー、やられました!」


 撃破アラートを確認してアオイが叫ぶ―――追いつくやいなや、すかさずタイガーシャークは、機関砲のゼロ距離射撃をタイガーの背中に食らわせたのだった。残るタイガーは二機。


 崩れ落ちるタイガーをかわしながら、体勢を立て直したタイガーシャークが、新たに最後尾となったタイガーに機関砲射撃を加え、その撃破を完了させたのが八百メートル地点―――当初の予定では、ここで先頭が九百メートルに到達しているはずだった。


 そこから残り百メートルで最後のタイガーを撃破させて、有人機五機は駐屯地に駆け込んで逃走完了、というシナリオはもろくも崩れ去ってしまった。


 残り二百メートル。攻撃の機会は二度ある計算―――つまり、隊列五番目のファントムまでが、撃破対象という事になったのだ。


「アカネ准尉、覚悟して!」


 危機が迫ったファントムのアカネに向かって、静かにだが力強い言葉が、隊列四番目、アカネの直前にいるミユウから投げかけられた。


 覚悟―――それは、なんの覚悟?すぐには、その真意が理解できなかったが、ミユウもまた何かの覚悟をしているらしい事が、アカネには伝わってきた。


 そもそも、足の遅いN型ファントムを、当初自身一人で守りながら逃げると表明したミユウ。きっと彼女は、ここまでずっと覚悟をし続けていたのだろう。


 それに『いざとなったら臨機応変の対応よ』と、まるで暗示の様な言葉をかけた事でも、こうなる事が見えていたのかもしれない。


「了解よ、ミユウ!」


 そう言い返すと、アカネは大きく息を吸った。危機に面しているというのに、その心がひどく落ち着いているのが、自分でも不思議だった。


 そして、ここで異変が起こった―――予定では、このまま最後尾のタイガーにも機関砲を撃つと思われたタイガーシャークが、速度を落として隊列から距離を取ったのだ。


 まさか!―――全員の胸に不安がよぎる。そして、それは現実のものとなった。


 隊列から距離を取ったタイガーシャークは、機体側面に鎌を出してきたのだった。


 その意図は分からない。残り二百メートルという距離で、駐屯地に近付く前に撃破数を増やしておこうと考えたのか、機関砲攻撃に効率の悪さを感じたのか、はたまた別の計算によるものなのか―――いずれにしても、人ならぬ人工知能の決断―――人智の及ぶものでない事だけは、確かであった。間違いなくタイガーシャークは、鎌による二機連続撃破を狙っている。


「くそっ!」「なぜなのですよ!」「あと少しなのに!」


 皆が口々に声を上げる中、「やっぱり人工知能ね……」とミユウは呟くと、八百五十メートル地点で突然、機体をヒューマンモードに変形させた。


「何をしてるの!?」


 目の前で、背伸びをする様に変形するイーグルを見て、アカネは驚き叫んだ。そしてイーグルはそのまま左に逸れて、隊列から離脱していく。


「ミユウー!?」「あああああー!」「中佐ー!」


 その行動をレーダーで確認した各機から、驚愕の叫びが次々と上がる。だがそれに向かって、


「みんな、そのまま進んで!私もこいつを足止めしたら、すぐに追いつくわ!」


 落ち着いた口調で、ミユウはそう言い切った。彼女は最初から、策が破れた時はこうする覚悟だったのだろう。


「食らいなさい!」


 ミユウのイーグルの、二十ミリ機関砲が火を吹く。その弾丸は、タイガーシャークに次々と吸い込まれていったが、強化装甲なのか、まったくその機体軌道に影響を与えない。


 それどころか、あえて標的となったミユウのイーグルに、機首を向けるそぶりも見せず、依然タイガーシャークの狙いは縦隊の最後尾に向けられている。


 無情にも、すれ違いざま、ミユウの真横でタイガーシャークは、ターボファンエンジンを高らかに鳴らして、再加速を始めた―――隊列は九百メートル地点。九百五十メートル手前で、ファントムは鎌の餌食になる。


「正念場だね」


 前を向いたまま、アオイが呟く。その言葉に恐怖は微塵もなかった。『アカネならできるよ』―――逃走開始前、いつもの様にそう告げた彼女の信念は、この場においても何ひとつ揺らぐ事はなかったからである。


 迫り来るタイガーシャークを感じて、アカネは考える―――もし左右に大きく逸れて、逃げられたとしても、前のシオンが代わりに襲われる可能性がある。それじゃあダメだ。奴の鎌を正面から止めないと。


 そこにフッと、ミユウの『臨機応変の対応よ』という言葉が甦ってきた。彼女がその言葉を自ら実践し、目の前で機体をヒューマンモードに変形させた、その勇姿がフラッシュバックされる―――その瞬間、アカネは閃いた。同時に最大加速のタイガーシャークが、真後ろのタイガーの胴体を切り裂き、その鎌がファントムにも迫ってきた。


「ミユウ、参考になったわよ!」


 叫ぶなり、アカネはタンクモードのファントムを前傾姿勢にすると、アクセルを踏み込みながら、機体をヒューマンモードに変形させた。


 前傾姿勢の急加速状態の変形によって、わずかだがホバーの上昇に勢いのついたファントムが、頭ひとつ浮き上がると―――タンクモードの胴体を狙ったタイガーシャークの鎌は、ファントムの両脚を切断した。


 ホバー機関を失い、背中から地面に落ちるファントム。だがその胴体部分は、まるまる無事であった。アカネは、ミユウの変形の映像を思い出し、瞬時にこの発想に至ったのであった。


 タイガーシャークは、タイガーの胴部とファントムの脚部を切り裂くと、衝撃緩和のために走行ラインを右に逸らすと、オーバーラン状態で駐屯地に向けて特攻していった―――その眼前には、残留部隊によって設置された防護柵と、その後ろに控えるイーグルによる射撃部隊が待ち構えていた。


ーっ!」


 駐屯地に到達したリンの号令一下、射撃部隊の機関砲が次々と火を吹いた。


 至近距離からの一斉射撃を浴びながら、急速反転するタイガーシャーク―――その強化装甲と加速性能のおかげで、九死に一生を得ながら、一目散に逃げていく。


 そして横たわるファントムの横を、タイガーシャークが駆け抜けた。そこには追いついた、ミユウのイーグルの姿もあった。


「さあ、帰還しましょう」


 黒い機影が消えたのを見届けると、ミユウがそう言いながら、ファントムをイーグルで抱え起こす。


「悪いわね、ミユウ……あと、助けてくれてありがとね……」


「もうミユウ中佐、カッコ良すぎでしたー!」


 逃走を終え、アカネとアオイは最後まで自分たちを守ろうとしてくれた、ミユウに感謝の言葉を送る。


「あら、どういたしまして」


 それに対して、ミユウはいつもと変わらぬ朗らかな口調で応じた。これで、戦闘は静かに終わる―――という訳にはいかなかった。


「あなたはー!また機体を、それもリン様の思い出の機体を、こんなにしてしまってー!」


 それは、いつの間にかファントムのところまで戻ってきた、トムキャットのカノンからの口撃であった。両脚を切断され、ほぼ半壊状態のファントムの姿に、その口元はワナワナと震えていた。


「しょうがないでしょ!一番後ろだったんだから!アンタなんて、先頭で真っ先に逃げてたんじゃない!」


 ひるむ事なくアカネも、いつもの調子で言い返す。


「逃げてたなんて、なんて言い草なの!私が先頭なのは作戦だったでしょう―――」


 そんな二人のやりとりが、この後もしばらく続いた。全員が生還できた安堵からか、皆それを聞きながら、ひどく心が和む思いだった。




「逃げ切ったっすね……ヴァルキリーの奴ら……」


 人工知能バクフの制御室で、この逃走劇を見届けたヤヨイは、驚きに満ちた表情で額の汗を拭った。


「まさかね……私も正直、驚いているわ……」


 同じく呆然とした表情ながら、口元に薄い笑みを浮かべながら、サツキはどこか満足気だった。


「嬉しそうっすね……こっちは頭が痛いっすよ……」


 日本政府の先鋒として、自身が事後の対応に当たる事が予想されるヤヨイは、微笑むサツキに向かって愚痴りたい気分であった。


「ねえキサラギ少佐……あなた、さっき私が国連だけでなく、ロシアとも繋がっているんじゃないかって聞いたわよね?」


 確かにヴァルキリー隊の逃走が始まる直前、ヤヨイはサツキに向かって、その読みをぶつけてみた―――だが、このタイミングでそれを蒸し返すサツキに、ヤヨイは警戒の念を抱き、無言でそれに応じた。


「世の中にはね……パワーバランスが必要なのよ」


 ヤヨイに構わずそう答えたサツキ。それは自身のロシアへの関与を認めているのと同じであった。


 日本政府の防衛省補佐官であり、米軍の人馬戦車ケンタウロス第四世代機の開発にも関与しながら、裏では国連だけでなくロシアとも通じているサツキ。


「アンタ……自分に何をさせる気っすか?」


 自分が思わぬ深みに、足を踏み入れている事を悟ったヤヨイは、警戒心を前面に押し出してサツキに問う―――『手を組みましょう』と言った、その真意もまだ判然としていない。


「国連軍……私が止めてあげるわ」


 突然、サツキはとんでもない事を言い出した。


 確かにタイガーシャークの処理が済んでない、現時点での国連軍の介入は、日本政府にとっては避けたい事態である。だがアメリカと日本のジェット兵器開発という、国連規定違反の告発を目的とするサツキに、今、国連軍を止めるメリットがどこにあるというのか。


 ヤヨイは言葉を発しない―――今は沈黙を貫くのが、もっとも有効であるという事を、彼女は知り抜いているのだ。


 その通り、一方的にサツキは語り続ける。


「その代わり、政府に伝えてちょうだい……」


 交換条件か―――ヤヨイは、サツキの言葉を緊張しながら待った。


「ストライクイーグルを……ヴァルキリー隊に提供しなさい―――それが条件よ」


「ストライク……イーグル……?」




 第7話:「秘匿機」終


 第8話:「ストライクイーグル」に続く




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ