第7話:秘匿機7
「こりゃ詰みっすかね……ヴァルキリーの奴ら、動けないままっすね」
人工知能バクフの制御室で、ホーネット殲滅から、ここまでの戦況を見続けているヤヨイは、ヴァルキリー隊の圧倒的不利に厳しい眼差しを向ける、隣のサツキに語りかけた。
だがサツキはそれに答えず無言を貫く。どちらかといえば、言葉を発する事ができないといった方が、適切かもしれなかった。
「ホバーとのハイブリッドとはいえ、あのジェットの速度は現行機の二倍は出てるっすね……駐屯地まで約一キロ……いったい何機が無事に逃げ切れるんすかね……」
構わずにヤヨイは自身の感想を、一人語りの様に呟く。その指摘は、サツキの心中の危惧とまったく同じだった。
「さあて、あのタイガー……シャークっすか?あいつの始末をどうつけるかも、考えなきゃならないっすね」
自衛軍の隠密部隊、シチガヤ駐屯地ゼロ部隊に所属する、『日本政府の掃除屋』でもあるヤヨイは、事後の対応に心を巡らせる―――この後始末を命じられる公算が高まってきたからである。
「国連にはもうバレたとして……一応、言い訳するためにも、とりあえず奴は破壊しとかなきゃならないし……あっ、国連動かすの少し待ってもらえないっすかね?」
国連と通じて秘匿機の告発を策した、その当の本人であるサツキに向かって、ヤヨイはぬけぬけと手心を加えてくれと要望をした。
それにもサツキは答えない。当然であった。ヤヨイもそんな戯れ言が通じるとは、もちろん思っていない。
「国連軍が来るとして……やっぱり生で目撃されちゃうのと、消した後だと、ごまかし方も変わるんすよね……ここは、もう一度アメリカに出てもらうか……」
その瞬間、サツキはピクリと反応した。そして沈黙を破り、言葉を放った。
「アメリカって……米軍にまたミサイルを使わせるつもり?」
「……?そうっすよ。あれを倒すのは、現行機にはキツイっすよ。ジェット兵器には、ジェット兵器っすよ」
「あなたも、やはりそう思うのね……」
そう言ったサツキの表情には、明らかな不快感が滲んでいた。
「米軍だって、元々そのつもりだったっすよ。ホーネットを駆逐したら、反転してミサイルを補給した後、出てきたタイガーシャークもミサイルで撃破する作戦だったはずっす……まあ、まさかのホーネットに全滅を食らったので、ご破算だったっすけどね……」
「アメリカは、それでいいわ!」
「―――!?」
ヤヨイは、語気を強めたサツキに困惑した。
「当事者国であるアメリカが、計画通りミサイルの運用を考えるのは、当然の事よ……でもね、巻き込まれた側が、それに対してミサイルの使用を発想するという事―――大きな力に、それと同じ力で……場合によっては、さらなる大きな力で、それに抗おうと考える事が問題なのよ!」
「……………」
突然の剣幕に、ヤヨイには返す言葉がない。だがサツキは我に返ると、「ごめんなさい……キサラギ少佐」と、取り乱した事を謝罪しつつ、今度は穏やかな口調で語り始めた。
「ジェット兵器には、ジェット兵器で……ミサイルには、ミサイルで……その連鎖が世界に広がれば、どうなるかしら?ガーディアンの演算で、航空力を放棄した人類が手に入れた平和なんて、まだたった五十年……ほんの僅かなキッカケで、また世界に長距離兵器開発の波が広がるわ……」
「タカハネ補佐官……アンタ……」
サツキの真意に触れ、ヤヨイは息を呑んだ。
「人類はガーディアンを、制御できていると誤解している。人工知能を甘く見てはいけないわ。それはバクフとフロンティアを見ても、十分に分かったでしょう……人類は人工知能がノーを言うとは思ってないのよ……幸せな生き物よね……」
「……………」
「人類は人工知能と手を取り合って、ここまで来たのよ。なのに人類は人馬戦車において、第三世代機、第四世代機と、その主導権を我が物にしようと目論んだわ……アメリカがトムキャットを単独開発した事で、その連鎖でロシアもKF-29ファルクラム、その支援機KF-27フランカーを単独開発、その運用も間近よ……それを掴んだアメリカはジェット兵器―――ミサイルとタイガーシャークの極秘開発を始めたのよ」
「隣の芝が青く見えるのは、人間の性っすからね……いずれ、天のお裁きが―――人工知能の怒りが、人類を襲う……それがアンタの予測した未来。この電脳謀反は、アンタが作り上げた、そのリハーサル……なんもかんも一網打尽とはいえ、随分な荒療治をしてくれたもんっすねー」
日本政府でさえ知り得ない、電脳謀反の核心を知ったヤヨイであったが、まずは面倒くさいという心理が先に立った。それを表す様に、本気で苦虫を噛み潰した様な顔になってしまっている。
それを見た、サツキは思わず吹き出してしまった。
「ウフフ……本当に正直な人ね。とても政府の汚れ仕事を担ってる人間とは思えないわ。だから、あなたは信用ができる……ともにバベルの塔に雷が落ちない様に、手を組みましょう」
「うわっ、もしかして仲間扱いっすか!?自分、恩給狙いっすよ……まいったっすね……」
不敵な笑みを向けるサツキに、慌てた態度を見せながらも、ヤヨイの心中にも様々な計算が、瞬時に働いた。抜け目ない二人の、虚々実々の駆け引きである。そして、さっそくヤヨイは仕掛けてみた。
「タカハネ補佐官……アンタ、国連だけじゃなくて―――ロシアとも裏で、つるんでるんじゃないっすか?」
あくまでも直感であった。だが一連の会話の中から、それを推測したヤヨイの慧眼は、まぎれもない一流のものであった。
だが聞こえてきたのは、その問いの答えではなく、
「動いたわ!」
という、ヴァルキリー隊の再起動を告げる、サツキの叫びだった。
すぐさまヤヨイも、モニターに目を移す。そこには一機のファルコンが、湾岸部を疾走する姿が映っていた。
そして、それを追うタイガーシャーク。それが百メートルも進んだかと思われた瞬間―――
動きが取れずに海上で沈黙していた、ヴァルキリー隊の有人機五機が、次々と湾岸部に上陸―――トムキャットを先頭に縦一列に並ぶと、駐屯地を目指して、そのまま縦隊での逃走を開始したのだった。




