第7話:秘匿機6
リンの危惧に対して、ミユウはキッパリと言い切った。タイガーシャークの鎌の弱点を提起した時点で、ファントムの問題も見越して、それを自分が守る事をすでに決意していたのだろう。
「ちょっ、ちょっと待って、アタシがお荷物なのが前提な訳!?」
たまらずアカネが口を挟んできたが、
「当然でしょ!ノロマなあなたのために、ミユウ様が犠牲になろうとしているのよ!」
カノンは頭ごなしに、それを一蹴した。
「まあ待て、カノン。アカネたちにN型に乗る事を、指示したのは私だ。至近距離でホーネットにハッキングを仕掛けるには、N型で海上に出るしかなかったんだ。アカネのせいではない」
リンの言っている事は、カノンも十分に分かっている。それでもミユウが―――誰かが犠牲にならなければならない様な策を、選ばざるを得ない現状に、アカネに八つ当たりでもしなければ、収まりがつかなかったのだ。
「落ち着いてカノン大尉。なにも私は犠牲になるつもりはないわよ」
穏やかな口調で、ミユウもカノンを諭した。
「何か考えが、あるのかミユウ?」
「あるわ……」
リンの問いにミユウは、今度はやや緊張を含んだ声で語り始めた。
「さっきファルコンが撃破されたデータを見直したのだけど……黒い機体は、ファルコンが百メートル離れた状態から追撃を開始して、二百メートルの地点で撃破を完了させているの」
「およそ倍の速度という事か……」
第四世代機のトップスピードの、倍の速度で駆けるタイガーシャークの性能に、あらためてリンをはじめ皆は息を呑む。
「ここから駐屯地までは、直線距離で約一キロ強。もし、さっきと同じ手が通用したとして―――囮と私たちが同時にスタートしたならば、私の演算では、黒い機体が囮を二百メートル先の位置で撃破して、元の位置まで反転してきた時、相手が要する様々なロスタイムも考慮すると、私たちは四百メートル先まで逃げられてる計算になるわ」
「そこから奴が再加速を開始したとして―――」
ミユウの考えが見えてきたリンは、言葉を繋ぐ様にして、その先を促す。
「あくまで計算上だけれど、追い付かれるのは八百メートルの地点。駐屯地まで、あと二百メートルよ。たとえN型の速度の問題があっても、向こうも高速ゆえに、反転までの制動距離のロスがあるはずだから、大体それで相殺さえるはず。という事は、残り二百メートルの距離を凌げれば―――逃げ切れるわ!」
「到達点が駐屯地なら、奴にとっては行き止まり。反転のための制動距離も考えれば、攻撃は一回がいいところだな」
「その通りよ。事前に駐屯地に連絡して、防護柵とイーグルの射撃部隊も配置しましょう。あわよくば―――そのまま、あいつを討ち取りましょう」
完全に不利な状況下ながら、そこから相手を討ち取る算段を、わずかなデータから導き出したミユウ。一歩間違えれば、己の身さえ滅ぼす策ながら、そこには静かなる闘志が見て取れた。
「奴の攻撃が一回だという事は分かった……だが、もしそちらに奴が行った時は、その一回にどう対処するつもりなんだ?」
それでもミユウの身を案じるリンは、その先の策について問うた。
「じゃあリン、黒い機体がそちらに行った時は、どう対処するつもり?」
ミユウからの反問に、リンは返す言葉がない―――すべては希望的観測に基づいているのだ。それでなくても絶対などはない。ミユウの推論と策が、その通りに進んだとしても、最後には展開に対する臨機応変の対応力と、技量と、そして運が勝敗を決めるのだ。
「やるしかないのか……」
他の良作があれば、とっくにそれを選んでいる。リンも代案など出せるわけもなく、ただ決断を迫られるばかりであった。
重い空気がヴァルキリー隊に流れる中、先程、逃げを打ったファルコンを撃破したタイガーシャークが、有視界に戻ってきた。その速度は意外なほど緩やかなもので、湾岸部にたたずむミユウのファルコン一機と、アオイのタイガー三機を間合いにとらえると、ゆっくりと停止した。
「なによ!あのいつでも、お前らを狩れるぞって言いたげな態度!ムカつくわね!」
アカネはタイガーシャークのその姿勢を、余裕と受け取り憤慨した―――だが、アオイの考えはそうではなく、その動きに違和感を感じていた。
モニターを見ながら考え込むアオイ。それに対して、「どうしたのよ?」と問いかけるアカネにも答えない。アオイは深い思考の中に、身を置いていたのだ。
「奴が戻ってきたか……このままでは、ラチが明かない……二手に分かれるミユウの策に賭けるか―――」
タイガーシャークが、元いた位置に戻ってきた事で、ふりだしに戻った状況。このまま海上に浮遊し続けていても開けぬ展望に、リンが二手に分かれる事を決断しようとした瞬間―――
「作戦が浮かびましたー!」
皆がその言葉に耳を奪われる―――それは弾ける様な、アオイの叫びであった。
「なによ突然……もう、うっさいわね!」
並列複座のコクピットの直近で、黙りこくっていたかと思えば、急に叫びだしたアオイに、アカネは苦情を投げつけた。
だがそれに悪びれる事なく、アオイはニコニコしている。
アカネには感じるものがあった―――こういう態度を見せる時は―――アオイは、確実に勝てる方法を思いついたのだと。




