第7話:秘匿機2
米軍が、何らかの秘匿機を開発しているらしいという情報は、ヤヨイもその職務の性質上、把握はしていた。
だがその開発は、日本国内で隠密に行われているらしく、政府レベルの機密事項ゆえに、ヤヨイもそれに関して深入りは避けていた。諜報も兼ねる隠密部隊であっても、それに触れるのは命取りと思われたからだ。
だが防衛省の補佐官でもあるサツキは、その秘匿機の機体番号と愛称まで、ハッキリと言ってのけた。すなわち防衛省のトップレベルは、この存在を把握していたという事だ。
だとすると、それが漏洩する事は、アメリカだけでなく日本にとっても非常にまずい。だとすると、その掃除役はきっと自分に回ってくる。予想される困難にヤヨイは頭を抱えたくなる気分だった。
「タイガーシャーク……言い得て妙なネーミングっすね」
とにかく情報は必要だ。その処理を命じられるとして、国家レベルの機密をどこまで与えられるかは分からない。『あれを、なんとかしろ』―――上からの命令は、いつも結果しか提示してこない。そのためにヤヨイは必要な情報を引き出すべく、まずは機体の特性についてサツキに問いを仕掛けた。
「あなたもそう思う?あの独特のシャークノーズと、KF-5タイガーをベースにしている事が由来よ……イタチザメとは、よく言ったものね」
サツキの説明通りタイガーシャークは、人馬戦車の第三世代AI機であるKF-5タイガーをベースとしている。だがその形状はタイガーに似ているものの、空力を追求した神経質なフォルムは、タンクモードの時点で扁平ながら鋭角で、およそ今までの人馬戦車とは一線を画している印象を、ヤヨイは感じ取ったのだった。
「あれが『真の悪』……何がそこまでヤバイんすか?」
基本情報を仕入れたので、あとはストレートに核心を突いた方が時間短縮になると踏んだヤヨイは、『真の悪』の意味について、単刀直入に問いかけた。
だが、それに返ってきたのは答えではなく、
「まさか―――動くの!?」
というサツキの叫びであった。
モニターに目を移すと、なるほどタイガーシャークが、その漆黒の機体をタンクモードのまま、ゆるゆると動かし始めていた。
AI機である、それを操るのは人工知能フロンティア―――だとすると、その狙いはホーネット部隊を殲滅したヴァルキリー隊である事は間違いなかった。
「まずいわ!」
素早く手元のキーボードを叩き始めるサツキ。どうやらヴァルキリー隊の回線に割り込んで、この危機を伝えるつもりらしい。
「存外、甘いんすね」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で、ヤヨイは率直な感想を呟いた。そして思う―――敵という立場ながら、サツキの事を面白く、かつ親しくも思ってしまうのは、彼女のこんな所なのかもしれないと。
「くっ、フロンティア!バクフを経由した回線にまで、電子攻撃をかけてくるなんて!」
予想外の事態にサツキは、らしくもない焦りの感情を全面に表した。人工知能フロンティアは、自国の秘匿機に関しては、同盟国のガーディアンでさえも、その関与を許さない姿勢らしい。
タイガーシャークが動き出した事で、機体の全容が見え始めると、モニター画像に目をこらすヤヨイは、その異様さに衝撃を受けた。
遠距離カメラで見ると、確かにKF-5タイガーに類似している。だがズームモニターに入ったその姿は、機体各部に歪なパーツが装着されており、それはサツキが言った、新型のステルスパーツもあるのだろうが、それだけではなさそうであった。
ヤヨイの読みでは、それは空力パーツ―――フォーミュラカーの様なウイングは、ダウンフォースを得るためであろうし、それはすなわちタイガーシャークが相当な高速走行をする事を意味していた。
その真偽をサツキに問う必要もなさそうであった。タイガーシャークが動き出した事で、それは間もなく分かる。そして技術者でないヤヨイでも、ハッキリと確信できた―――その背中の円筒の突起物は、間違いなくジェットエンジンである事を。
そして付近の集音マイクが拾った、キュイーンという甲高い音がヤヨイの耳にも届いた。航空技術の五十年という廃絶期のため、それがターボファンエンジンの音だという知識はないとしても、すぐにそれがジェットのものであるという推測はついた。
ヤヨイは思う―――これが『真の悪」か、と。
次の瞬間、短いホバー滑走の後、タイガーシャークはジェット加速を始めると、モニターからその姿を消した。
「速い!」
思わずヤヨイが叫んだほど、タイガーシャークの動きは、それまでの人馬戦車の動きを超越していた。
ホバーとジェットを合わせ持つハイブリット機構ながら、その矢の様な動きは、広角映像のモニターでなければ追い切れないほどのスピードを見せながら、湾岸部のヴァルキリー隊に向け突進を続けている。
無線でその存在を知らせる事はもう諦めたのか、サツキも今はただモニターを睨みつけるばかりであった。海上の様子から、ヴァルキリー隊がタイガーシャークに気付いている様子は見受けられない。
高速移動形態である、タンクモードのまま疾走を続けるタイガーシャーク。
そして湾岸部に到達し、海上に出たアカネたちに追いていかれた十二機のAI支援機の列を掠める様に、それが駆け抜けると―――またたく間に、そのうちの二機が地上に崩れ落ちた。




