第6話:海上の攻防8 (第6話 終)
「な、何が起こったんすか!?」
閃光とともに、次々と爆炎が上がる海上の映像に、ヤヨイは思わず立ち上がってしまった。
そして一面にたちこめる煙が晴れると―――海上から二十四機のファルコンと、それと同数のホーネットが消えていた。
「な、な、どういう事っすか……」
ヤヨイはまだ状況が把握できない。だがサツキは、リンの作戦を理解したらしく、
「やってくれたわね、リン。ファルコン全機を爆破して、ホーネットを道連れにするなんて」
そう言いながら愛弟子の大胆すぎる発想に、満足気な表情を浮かべると、モニターにリプレイ映像を映し出した。
二十分近く続いた動かぬ戦況の終盤、突然、二十四機のファルコンがホーネットに組みついた。それはアオイが、「奪いました!」と、ホーネットのハッキングに成功した事を宣言した直後であった。
バクフからのハッキングを防護し続けながら、その瞬間を待っていたリンは素早く、ファルコン全機の起爆操作を行うと、海上が一面の閃光に包まれ、合計四十八機の人馬戦車は、一瞬で海の藻屑と化したのだった。
唖然とするヤヨイをよそに、戦況は動き始める―――
起爆装置搭載の支援機を使って、二十四機を撃破したヴァルキリー隊であったが、ホーネットはまだ十八機が健在。それに対して、まだアオイのハッキングが有効な間に、トムキャットが機関砲攻撃を開始したのであった。
動けないホーネットに、ゼロ距離射撃を次々と加えるトムキャット。
「くたばれ、くたばれ、くたばりやがれ!」
今のうちに一機でもその数を減らすべく、カノンはいつものごとく戦闘モードに豹変しながら、機関砲を撃ち続けた。
一機、二機、三機―――蜂の巣になったホーネットが、海中に沈んでいく。そして四機目を仕留めんと、移動を開始した矢先、
「取り返されました!」
再びアオイの叫びが、無線から響き渡る。
次の瞬間、残った十五機のホーネットが凄まじいスピードで、海上を疾走し始める―――アオイのフロンティアを相手にしたハッキングは、一分と、もたなかったのであった。
だが、世界最強の人工知能を相手に競り勝ったその成果は、四十二機の敵機を、十五機にまで減らすという大殊勲であった。
残り十五機をトムキャットだけで殲滅する―――リンの決意を受けて、カノンは目まぐるしく動き回るホーネットを、レーダーとモニターで追った。
米軍追撃部隊を一瞬で葬り去った、その動きは今までのどの相手よりも俊敏で、計算しつくされたその弾幕射撃も、こちらに攻撃の糸口をまったく与えてくれない。
敵対行動を示した相手に対するフロンティアの本気―――予想される苦戦に、カノンは思わず戦慄した。
「何をしているアカネ!?退がるんだ!」
前方のホーネットへの対応に、神経を集中させていたカノンの耳に飛び込んできたリンの叫び声―――はたと側面のモニターに目を移すと、なんとファントムが機関砲を撃ちながら、攻撃に参加しているではないか。
瞬間、カノンの心に怒りが込み上げる。
「アカネ、今すぐ退がりなさい!あなたはリン様の思いを無駄にするつもりなの!?」
リンは、同盟国に矢を放つという重罪に、皆を巻き込まないために、誰も手を出すなと命じたはずだった。だが、それを再度警告したカノンに向かって、アカネは毅然と言い返す。
「なに言ってんのよ!アタシはただアオイを、ここまで運ぶためだけに、アンタのスパルタに耐えた訳じゃないのよ!それにリンの思い?……じゃあアタシたちの思いは、どうなるのよ!?アタシたちは、リンと一緒に……みんなで一緒にこの電脳謀反の『アンサー』を見るって誓った、仲間じゃなかったの!?」
アンサー―――それはタカハネ=サツキが見たいと言った、人類と人工知能の人馬戦車をめぐる未来。そしてリンも、人が人として生きるために、それを見るべく戦うと宣言し、ミライミナト駐屯地の全員がそれについていくと誓い合ったはずだった。アカネはその絆を、リンに問うたのだった。
「今さら、アタシたちを置いていこうなんて―――」そう言いながら、アカネはファントムを海上に踊らせると、「そうはいかないわよ!」という気合の咆哮とともに、回り込んだホーネットの背中に、お得意のゼロ距離射撃を加えた。
そして胴部を粉々に砕かれたホーネットが海中に沈む―――ついに、アカネは米軍機を撃破した。
「これでアタシも共犯だからね」
誇らしげに宣言するアカネに、リンとカノンが呆然とする中、
「リン、さっきのは随分とつれなかったんじゃないの?」
聞こえてくるのはミユウの声。そして「そうですよ大佐!」「その通りなのですよ!」という、シオンとチトセの声も続いてくる。
「お前たち……」
そう言いながら慌てるリンの視界に飛び込んできたのは、湾岸部から突入してくる三機のイーグルだった。
「私たちはゴールデンヴァルキリー。私たちは、あなたと運命を誓い合った……一心同体の戦乙女よ!」
三機のイーグルは、ミユウの叫びに合わせ、一斉に機関砲を放つ。ついに海上にヴァルキリー隊の七人、五機が勢揃いしたのだった。
「あー、あー、陸戦機のイーグルまで海に出ちゃったっすよ。こいつらアホっすね」
サツキとともに戦況を観望するヤヨイは、着水機能を持たないイーグルの戦闘参加に懸念を漏らす。そして、それはすぐに現実のものとなった。
シオンのイーグルが、ホーネットからの射撃を回避した末に、機体制御を誤りバランスを崩したのだ。
「きゃーっ!」
叫びながら、シオンは転倒を覚悟した。そして着水すれば、そのまま再浮遊はできず、戦線離脱―――己への不甲斐なさに、シオンは目を閉じた。だが衝撃とともにに、その耳に飛び込んできたのは、
「しっかりなさい、シオン!」
という姉の声だった。
目を開けたシオン。着水はしていない。モニターに移るのは、金色のペイントが施されたトムキャットの胴部―――カノンは、妹シオンのイーグルが挙動を乱したのを発見すると、すかさず全速でその先に回り込み、トムキャットでそれを受け止め、シオンの戦線離脱を防いだのだった。
「お姉様……」
「シオン、軸がぶれてましてよ!アカネを見習いなさい!」
カノンからそう言われ、シオンが戦場に目を移すと、自分と同じ初めての海上のホバードライブのはずなのに、アカネのファントムは鮮やかなターンを次々と決めながら、流れる様な動きでホーネットの間を駆け抜けている。
ぶれない軸による、流れる様な動き―――カノンから手厳しく叩き込まれた日本舞踊の真髄を、アカネは荒削りながら、もう自分のものにして、ファントムを海上に踊らせている。
「俄仕立てに、負けてられませんわよ、シオン!」
「はい、お姉様!」
姉からの手厳しいエールを受けると、気合いとともにシオンは再び戦線へと復帰していった。
「それにしても、あのファントム、いい動きしてるっすね……あれ誰が乗ってるんすか?」
激戦が続くホーネット部隊との戦闘の中、ヴァルキリー隊の中でも、ひときわ目立つファントムの動きに注目したヤヨイは、再びスナック菓子を頬張りながら、サツキに問いかける。
「あなたにもそう見える?……フフフッ……あのファントムを操縦してるのは、ヒビキ=アカネ……リンが見つけた民間人の高校生よ」
「み、民間人ー!しかもJKっすか!」
サツキの返答に、さすがのヤヨイも、口に詰めたスナック菓子を吹き出しそうになるほど驚いた。
「それだけじゃないわよ……管制官のコダマ=アオイも、ヒビキ=アカネの同級生……フロンティアを止めたのは、彼女よ」
「はーっ!?アンタの愛弟子であるクスノキ=リンじゃなくて―――民間人のJKが、世界最強の人工知能であるフロンティアとの電子戦に勝ったっていうんすか!?」
「そうよ……解析データが出ているわ。リンはバクフからのハッキングに、電子防護を行なっていたみたい。フロンティアにハッキングを仕掛けていたのは―――ファントムよ」
「かーっ、信じられねーっす!」
ヤヨイはスナック菓子の残りを、袋ごと口に流し込みながら、しかめっ面を作ったが、それを飲み込みと指を舐めながら、
「しっかし師匠のアンタが鬼畜なら、弟子のクスノキ=リンも鬼畜っすねー……アンタは愛弟子を戦場に引っ張り出して、その愛弟子は民間人を戦場に引っ張り出す……」
率直な感想を、まるで揺さぶりをかける様に、サツキに投げかけた。このあたり、やはりヤヨイは食わせ者であった。
だがそれに、なんの感情の変化もサツキは見せない―――それは、この電脳謀反を引き起こした大策略家の、鋼鉄の意志が為せる業であったか。
「あー、これホーネットの負けっすね……」
自身の仕掛けが空振りに終わったと悟ると、ヤヨイは話を戦況に戻した。
ここまでの激闘の末―――カノンとリンのトムキャットが、ハッキング中の撃破も合わせて八機、アカネのN型ファントムが五機、支援中心の動きながらイーグル三機も、ミユウが二機、チトセが一機、転倒の危機から復帰したシオンも、その後奮闘の末、一機を撃破して―――合計十七機のホーネットを、ヴァルキリー隊は自軍は一機の離脱もなく撃破した。残るホーネットは一機であった。
「もらったー!」
アカネの雄叫びとともに、最後の一機の背後にファントムが回り込む。そしてゼロ距離射撃の銃声がやむと―――あれほどの精強を誇ったホーネット部隊がすべて、跡形もなく海中に消え去った。
奇策、戦闘力、そして何よりもその絆で、彼女たちは勝利をもぎ取った―――世界最強の人工知能を相手に。それはまさに奇跡の勝利であった。
海上に集う五機の人馬戦車―――だが、その勝利の余韻を許さないかの様に、漆黒の機体が湾岸部に出現したのだった。
第6話:「海上の攻防」終
第7話:「秘匿機」に続く




