第6話:海上の攻防6
―――そして今、アカネはホーネット部隊討伐のため、リンから託された海戦型ファントムKF-4Nを駆り、湾岸部を目指している。
「アンタは、すいぶん楽しそうね……」
並列複座のコクピット管制席で、電子戦に向けてハッキングシステムを走らせながら、喜色満面のアオイに、アカネは呆れ顔で問いかけた。
アオイが上機嫌な理由は分かっている―――この海戦型ファントムが、かつてリンが使用した機体だったからである。
「えー、だってこのファントム、リン大佐が乗ってた機体なんだよー」
予想通りの返答に、もはやそれについて何も言うがしないアカネを置き去りにして、アオイは語り続ける。
「KF-4N―――アメリカが水陸両用の海戦対応機を構想した際に、データ収集のために試験開発されたファントム。しかもリン大佐が、トムキャットのテストドライバーになる事が決まった際に、実機が届くまで訓練機として使ってた機体が、まさかミライミナト駐屯地にあったなんてー。この前アカネが、リン大佐が模擬戦で使ったファントムを壊しちゃったからショックだったけど、またリン大佐の使った機体に乗れるなんて本当に―――」
「あー、もー、分かったわよ!」
鼻息荒く、リン賛美のマシンガントークを続けるアオイの言葉を、アカネは遮った。放っておくとエンドレスになるのが、目に見えているからである。
「まったくアンタといい、カノンといい……リンのお下がりに目の色変えて……」
そう言いながらアカネは、ホバードライブの走行訓練の初っ端に、そのコーチ役を務めたカノンから受けた、手厳しい注意を思い出す。
「よろしくて!?このN型はリン様が、ホバー機の修練をなさるために使用した、リン様の血と汗と涙がしみ込んだ、それはそれは思い出深い、尊い機体ですのよ!これまでの様に、この機体を壊しでもしたら、承知しませんわよ!」
ここまで累計三機のファントムを廃機に追い込み、一部からは『壊し屋』と呼ばれ始めた、アカネに対する警告であった。
思わず、ハアとため息を漏らすアカネだったが、アオイはその顔をのぞき込むと、
「でもカノンさん、一生懸命教えてくれたよね。日本舞踊の時もそうだったし、厳しいけど……いい人だよね」
そう言いながら、カノンの不器用ながら真摯な人柄を称賛した。
それについてはアカネにも異存はなかったが、素直にそれを認めるのが癪らしく、「フン……」と微妙な表情で応じるのみであった。アオイはそんなアカネが、可愛くてたまらない。
「しっかし、カノンの奴……スパルタだったわ……」
アカネは、カノンから受けた特訓を思い返して、そう言いながら苦い顔をした。
「今日中にファルコンへの新型AI搭載とセットアップが完了して、明日には作戦が実行される予定ですわ!つ、ま、り、あなたがN型のホバーを習得する時間は、今日一日しかないのです!心して挑みなさい!」
リンの作戦説明が終わるやいなや、カノンはアカネとアオイを、すぐさま駐屯地のランウェイに引っ張っていき、特訓を開始した。
以前、模擬戦の褒賞という事で、アカネはリンのトムキャットを借りて、ホバーを体験済みではあったが、第三世代機の車輪走行とは違う、その地に足がつかない乗り心地に嫌悪感を抱いたまま今日に至っており、それはN型に乗ってみても同様であった。
「あー、もー!やっぱりこれ、思ったとこで止まれないし、急角度で曲がる事もできないわよ!」
路面に車輪を食いつかせ、急ブレーキとクラッチ操作による急加速で、変幻自在のダンス走行を得意とするアカネは、浮遊によりその利点がすべて封じられたN型に、すぐさま苛立ちを爆発させた。
「アカネ!郷に入らば郷に従いまし!ホバードライブは、流れる水の様な動き―――すなわち日本舞踊と同じ、ぶれない軸をイメージするのです!」
特訓にKF-15イーグルで立ち会うカノンは、そう言うとすぐさまヒューマンモードの機体を、滑らかな動きで操ってみせた。それはまるでカノンの舞いのごとく、無駄のない挙動で縦横無尽にランウェイを駆け巡り、ファントムの前でピタリと止まった。
その瞬間、アカネの目の色が変わった。
「なるほどね、やってやろうじゃないの!」
人馬戦車ばかりでなく、踊りでも好敵手であるカノンの煽りに、アカネの闘争本能に火がついた。
「流れです!戦闘における流れをイメージして、それに動きを合わせるのです!」
カノンの言葉に、なるほどそう言われると、制動距離を予測した上で、イメージに合わせ加減速すると、思う様な動きができる。アカネはそのままホバードライブのコツを掴み、なんとかその日一日で、N型ファントムの操縦を体得したのであった。
だが今回は実戦である。しかも海上浮遊はこれがぶっつけ本番なので、いやが上にも緊張が高まる。それをごまかす様に、
「でもリンの奴、一機で乗り込むみたいな事言っといて、こんなN型まで用意してんだから、最初からうちらを連れていく気満々だったんじゃない」
アカネはアオイに向けて、リンへの愚痴を、わざと大げさに言って見せた。
「皆、聞こえるか?」
そこに入ってきた、リンからの全体無線―――瞬間、アカネは慌てふためき、アオイはその仕草に吹き出してしまう。今の愚痴はコクピット内での雑談なので、リンに聞こえているはずはないが、あまりに絶妙なタイミングであった。
そんなファントム内でのやり取りをよそに、リンはヴァルキリー隊全機に向けて、言葉を重ねた。
「間もなく湾岸部に到着する。作戦内容は予定通り―――トムキャットとファントム、そして私の支援機、計二十六機のみが海上に進入する」
新型AIの安定性が保証されないため、今回も作戦は最小単位の精鋭で構成される事となり、必然的にヴァルキリー隊の出動となった。
その編成は、リンとカノンのKF-14トムキャット、その支援機に起爆装置を搭載したKF-16ファルコンが二十四機。ミユウ、チトセ、シオンのKF-15イーグルに、支援機ファルコンが各三機ずつ。アカネとアオイのKF-4Nファントムも、KF-5タイガー三機を支援機として従え、総機体数四十一機の構成で、待ち受ける四十二機のKF-18ホーネット部隊と互角の陣容であった。
「もし狙い通り、私の支援機で二十四機のホーネットを撃破できれば、残りは十八機だが―――」
アオイの電子攻撃で、ホーネットのハッキングに成功した後、起爆装置搭載のファルコンによる攻撃が成功した後の展開を、リンは語り始めた。
「私のトムキャット以外は、支援射撃のみを行い、けっして残りのホーネットを撃破してはならん!」
一同に衝撃が走る。だが皆に二の句を継がせない様に、
「いいな!これは命令だ!」
リンは決然と言い切った。
そしてヴァルキリー隊、総勢四十一機が湾岸部に―――作戦区域に到着した。




