第6話:海上の攻防3
「キサラギ=ヤヨイ少佐でーす。開けてくださーい」
人工知能バクフの制御室の開錠を要求する声が、集音マイクを通して、タカハネ=サツキの耳に入る。そのやる気のない声に、サツキはクスクスと含み笑いを漏らす。
そしてサツキによって開錠された扉から、自衛軍の制服に身を包んだ一人の女性が入室してきた。モタモタとした歩き方、半開きの目―――それは声にも増して、やる気のなさを全身で表現していた。
「いらっしゃい、キサラギ少佐。今日の御用は何かしら?」
屈託のないサツキの問いかけ―――どうやらすでに二人は相当の面識がある様だ。
「べーつに用ってほどのモンはないっすよ。ただ様子を見てこいって言われたから、来ただけっすから」
電脳謀反の黒幕であるサツキに向かって、動じるどころか、ふてぶてしいまでの態度を見せるヤヨイ―――それは彼女が、ただの無気力な使い番でない事を証明している。
自衛軍東部方面隊シチガヤ駐屯地所属、キサラギ=ヤヨイ少佐―――政府レベルでの交渉を、すべてシャットアウトしているタカハネ=サツキに対して、日本政府が差し向けた隠密の取り次ぎ役であった。
政治にはすべて表と裏がある。敵対する両勢力があっても、その水面下では和戦両様の駆け引きが、繰り広げられるのが常であり、今回の電脳謀反でもそれは例外ではなかった。
「で、日本政府はなんて言ってるの?今回のフロンティア参戦に対して―――」
単刀直入にサツキが切り出した。
「はー?それ私に聞きますー?私は取り次ぎって言っても、それにかこつけて、アンタの様子を窺いに来ている『スパイ』っすよー。そんなの言うと思いますー?」
無気力に加えて、まるで阿呆を見る様な、憐れみを含んだ視線でヤヨイは答える。
「嫌なら別に言わなくても結構よ」
だが、その視線を真っすぐに捉えながら、そう言うサツキに、
「別に……嫌じゃないから、言いますけどね」
と、ヤヨイは国家機密レベルの情報を、敵方であるサツキに向かってベラベラと語り始めた。
「さすがにフロンティアが、バクフに援軍を送ったのは想定外だったみたいっすねー。すべての秘匿情報をドナルドモルガンで、アメリカに運んでから、国連に救援を要請するっていうシナリオが崩れて、永田町も霞が関も、てんやわんやみたいっすよ」
「戦力をアメリカに連れ去られる前に、空母から脱走するなんて……フロンティアもなかなか役者だったわね」
「しらじらしい……アンタがヴァルキリーを使って、そう仕向けたくせに……」
半開きの目で、本気で白けたように、ヤヨイが椅子に腰掛けたままのサツキを見下ろす。
ヤヨイは、リンたちヴァルキリー隊のマザ駐屯地制圧が、首都防衛のパワーバランスを崩し、バクフ救援にフロンティアが参戦する引き金となった事を指摘している。
その洞察力に、やはりこの女は食えない、とサツキは感じながらも、それと同時にヤヨイに対する好感が高まるのを、禁じ得なかった―――だから、彼女に対しては本音で語ってしまう。
「マザ制圧から、フロンティア参戦までは計算通り……でも米軍があそこまで不甲斐ないのは、私も計算外だったわね……」
「あー、トムキャット部隊っすか……弱かったっすねー。虎の子のミサイルが尽きたら、ホーネットごときにボコられてましたからねー……」
この点においては、完全に同意とばかりに、ヤヨイも呆れ顔で応じた。
「ミサイルの後始末はどうつけたの?」
「国連には、小型船舶の連続爆発って言ったみたいっすよ。三十艇も続けて爆発するなんて、ありえねーっすから、バレバレっすよ……」
「もう政府もどうしていいのか、わからないのね」
可笑しくてたまらない、といった体でサツキは声を出して笑った。だが、そこに切り込む様に、
「で、国連はなんて言ってるんすか?フロンティアの参戦に対して―――」
先程と同じ質問を、今度はヤヨイが投げつけた。
「あら、まるで私が国連と裏で繋がっているみたいな言い様ね……仮にそうだったとして、日本政府のスパイを自称するあなたに、それを言うと思って?」
サツキは、ヤヨイとは対照的に、パチクリと目を見開き、珍しいものを見る様な眼差しで、それに笑顔で答えた。
「嫌なら別に……言わなくても、いいっすよ」
目をあさっての方向に泳がせながら、そう言うヤヨイに、
「私も別に、嫌じゃないから答えるわ」
サツキも敵方であるはずのヤヨイに、策の中枢である機密を、惜しげもなく語り始めた―――二人の間に存在する奇妙な連帯は、当人同士でさえ理解不能な危うさを秘めていた。
「国連は、もう動いてもいい頃合いじゃないかって言ってきてるわ。ミサイル使用の物証も取れたし、あとは状況証拠を積み重ねる事で、十分だろうって。それよりも戦火の拡大によって、各国ガーディアンが新たに反応する事を懸念してるわ」
「バクフ……フロンティア……人工知能が、国単位で世界を考える……なんか気味悪いっすね。で、アンタはなんて答えたんすか?」
「まだ、もう少し事態を見定めましょう、って伝えたわ―――真の悪は、まだ隠れたままってね……」
妖しい笑みを浮かべ、サツキは策士の顔になると、『真の悪』という存在に言及した。
「で……その真の悪は、どうやったら出てくるんすか?」
ヤヨイはその『真の悪』について、ある程度把握している様であったが、サツキの存念を推し量るべく、あえてわざとらしく問うてみた。
「フロンティアもそれが国家機密という事は認識しているので、おいそれとは、それを出してこないわ。もしホーネットで事が済むのなら、それで済まそうとしているわ」
「つまり……ホーネットを撃滅しないと、そいつは姿を見せない―――」
半開きのままだが、ヤヨイの目が一瞬厳しい光を放った。
「その通りよ」
「なんか、中ボス、大ボスみたいっすね」
国家の大事を、ゲームに例える非常識さながら、その言い得て妙なヤヨイのセンスに、思わずサツキは吹き出してしまった。
「で……また、ヴァルキリーにやらせるんすか?」
まだ笑いがおさまらないサツキに構わず、ヤヨイは話を次に進めた。大ボスを出すための、中ボス討伐の方策についてである。
「そのつもりよ……本当は米軍に、その役を担って欲しかったんだけど……もうホーネットを倒せるのは、あの子たちしかいないわ」
ようやく平静に戻ったサツキは、淡々とそう答えた。それに対して、ヤヨイはやや不快な表情を浮かべると、
「愛弟子を修羅場に巻き込んで……ひどい人っすねー、アンタは」
これもまた淡々とした口調だが、ハッキリとサツキを非難した。
「そうね……だから、リンには謝ったんだけど……拒絶されたわ」
サツキは、マザ制圧後に交信した際の、リンとのやり取りを思い返して、自嘲気味に呟く。
「そりゃそうでしょうね。あんなひどい事しておきながら、ゴメンで済むなら警察いらないっすよ」
どうやら、ヤヨイは他人ながら、この電脳謀反にサツキの駒として組み込まれたリンに対して、同情的な感情を抱いているらしい。
「で、ヴァルキリーは動くっていう確証はあるんすか?」
非難の言葉を受け流す様な無表情で、口をつぐんだサツキを促す様に、ヤヨイは言葉を重ねた。
「動くわ……ホーネットを倒さなくては、ここに……私のところに来られないのなら、あの子たちは必ずホーネットを撃破するために動くわ!」
そう言ったサツキの表情は、輝きに満ちていた。
「やっぱりアンタ……ひどい人っすね……」
吐きすてる様に、ヤヨイは言った。だがそれにサツキは、「そうね……」と満足そうに頷く。
「あー、めんどくさいっすねー……もし、ここまでヴァルキリーが来たら……止めるのはシチガヤの私たちっすよー……もうこれ以上、仕事増やさないでくださいっすよー……」
サツキの笑顔にあてられたのか、ヤヨイは突然、話題を切り換えた。だが彼女が言う通り、もしリンたちヴァルキリー隊が、首都侵攻を果たした際には、人工知能バクフを守護するために、ハッキングされたAI機とともに、それに立ち塞がるのは、首都防衛の要―――シチガヤ駐屯地の人馬戦車部隊である。
日本政府は電脳謀反に対して不干渉を貫く―――そんな過去の表明は、もはや建前と化していた。
「シチガヤのゼロ部隊……『ゼロのキサラギ』の出番かしらね?」
「ゼロ部隊の仕事は、表沙汰にできない事案を闇に葬る事っすよ……あっ、ちなみに私、もしそれで事態が沈静化できるなら、アンタをブッ殺してもいい権限も与えられてるっすよ……」
ゼロ部隊と自身の異名を出したサツキに対して、遠回しの威嚇をかける様にヤヨイは、己がサツキの殺害権限も保有している事を明かす。だが、サツキはまったく動じない―――この奇妙な盟友に、その意思がないことを十分に理解しているからである。
「いつでもどうぞ。あなたなら歓迎するわ―――キサラギ少佐……」
「……………今日のところは、やめておくっす。帰ってやりたいゲームが溜まってるんすよ」
「そう……命拾いしたわね」
ここはサツキの老練さが上回った形となった。少しだけバツが悪そうに、ヤヨイはサツキに背を向けると、
「また来るっすよ、タカハネ補佐官―――次はお茶ぐらい出してくれると、ありがたいっすね」
そう言いながら、振り返らずにバクフの制御室を後にした。そして一人になると、人知れず彼女も満足そうな笑みを浮かべたのであった。




